寝床で瞑目していると、不意に胸奥でピアノとオーケストラがこの上ない優しさに満ちたAndante楽章を奏でたので、起き出して取り敢えずメモしてみた。妙に目と頭が冴えてしまったため、来たばかりの歌誌『塔』3月号を手に取ってパラパラ読み始めた。
土井恵子さんの一連5首は128ページ上段。作中主体のよき相棒でいらっしゃるご夫君との日常をほのぼのとした明るさあるユーモアを通底させた独特の掬われ方で作品化されているところが初期の土井さん作品の圧倒的魅力と思うも、最近拝見する土井さん作品には作中主体の寂しい心の影が見え隠れしているようで、ご夫君も登場されず、一読者の勝手な深読みながら、何となく心配になってしまう。3月号の作品から。
大鍋に仕込んだおでん三日目の夕餉にのぼりまだ鍋にある/土井恵子
50ページの澄田広枝さんの一連5首に漂う独特の妖しさ。たとえば。
沼としてあなたを沈めるゆふさりの粘性をもつ沼になりたい/澄田広枝
51ページの千名民時さんの一連5首に横溢する心優しさ。その一首。
ひとときを我が童心とたはむれて窓いでゆける秋のゆふやけ/千名民時
塔の表紙。