さすがに台風雨の行方が心配で、一昨日までに思っていたところの父方の先祖墓のお参りを無事に済ませられたので、残る予定を少しでも早めて行動することにし、昨日は朝早く京都の宿を出た。時折雨も落ちてくる朝の京都駅前からその日のいちばん目の金沢駅前行き高速バスに乗り込み、湖東の道を雨に追い掛けられるように北上した。日本海が見えてくると空はやや明るんで、お昼過ぎに金沢駅前へ降り立つ頃には薄日の指すほどの天気になった。金沢の天気予報では〈昼間は雨〉だったらしい。駅前に予め取っていた宿に荷物を預け、駅前バス乗場の北鉄バス案内所で野田山前田家墓所への行き方とそこから石川県立歴史博物館へ回る行き方を教えてもらい、金沢駅前から〈北陸学院大学〉行きのバスに乗って〈野田東〉バス停で降りた。先刻の駅前バス案内所で〈たしかに歩いて行かれないこともないですが、この季節に初めてのひとが単独で歩いて野田山の前田家墓所にお参りに行くのは止めた方がよいです。タクシーをお勧めします。〉と言われたのに従い、バス停から教えてもらった地元の平和タクシーに連絡し、タクシーで山深い野田山前田家墓所近くに上がった。山上の駐車場辺りには各お墓の所在場所案内板と、〈熊が出没します。ご注意ください〉の看板が出ていて、運転手さん曰く〈万一お客さんがあまりにも戻って来なかったら見に行きますから〉とのことで、少しドキドキしつつ、広大で緑深い前田家墓所に足を踏み入れた。熊よけに持っていったわけではなくてお経をあげるときのためのお鈴を取り出してチンチンチンチン盛大に鳴らしながら他にまったく人影なき山中を進んだ。ちょうど入り口近くに利家さん墓所があり、まずはその墓前で手を合わせてから、その先の森のなかをずっと降りて行く長い石段を下って、斉泰さん墓所を目指した。どうにかこうにか森のなかの斉泰さん墓所に到着し、念願だった墓前にご挨拶をしてから、お経を上げさせて頂いた。
前田斉泰さんの名前を初めて意識するようになったのは去年の夏。本当に前触れなく〈泰〉つながりゆえに行き当たった前田斉泰さんの名前を前にして、唐突に〈この人こそが泰明さんの実父では〉とひらめいた。歴史に関することをこつこつ調べることが昔から好きで、かれこれ三十年ばかり前から母方曾々々祖父の松濤権之丞泰明さんの実父が誰なのかを調べている。家伝によれば、〈泰明さんの実父は前田藩家老で図書家から庄兵衛家に入った人物。泰明さんは妾腹だったために生まれるとすぐに寺へ預けられ、ある年齢まで育てられた。姓と家紋はそのお寺の住職のものを頂いた。〉という。その言い伝えに符合する〈実父〉に相応しい当時の人物として、山崎権丞家出身で図書家を経て庄兵衛家当主となった前田藩家老山崎庄兵衛範古さんがずばり当てはまるのだが、松濤権之丞泰明さんの諱名〈泰明〉の〈泰〉の字の存在がずっと引っ掛かりになって、泰明さんの実父を範古さんとすんなり考えることができなかった。そもそも泰明さんが範古さんの子どもであるならば、なぜ泰明さんの諱名に〈範〉や〈古〉の字が使われなかったのか、なぜ泰明さんは自分の子どもに〈範〉でも〈古〉でもない〈泰近〉という〈泰〉の字のつく名前をつけたのか、が気になった。また、〈妾腹だったために生まれるとすぐに寺へ預けられ、育てられた〉という言い伝えにも、なぜ一介の家臣の子が妾腹ゆえにお寺へ??と思ってしまった。だから、〈斉泰さんが泰明さんの本当の実父かもしれぬ〉とひらめいてその線で考え出すと、これまで引っ掛かってきたさまざまな筋がすんなり通るようになる気がしてきた。さらに言えば、斉泰さんは自分の長男(世子)の教育お世話係りに範古さんを任命しており、範古さんが斉泰さんからの信頼まことに厚き家臣であったという歴史的事実がある。これも斉泰さん実父説を後押しする。とはいえ、正直なところまだまだよく分からない。
そういえば、十数年前になるけれども、加賀前田家の前田氏から分家して紀州藩に仕えたという前田家のご子孫で幼少の頃から不思議な眼力のエピソードをたくさんお持ちという方と偶々お話しすることがあって、その方が初対面の私に〈あなたも前田の血を引いてますね。わかります。〉と言われたことがあって、〈へえ、そうなのですかね。〉と答えたことがあった。これもよく分からない話だが、思い出したので書いておく。ちなみに、山崎庄兵衛家初代山崎長徳さん息子長郷さんの奥さんは、前田利家さん息女豪姫のむすめで前田利長さんの養女となった女性(理松院(貞姫・佐保姫))とのことで、泰明さんの実父が斉泰さんでなくて範古さんだったとしても、泰明さんの身体には前田の血が流れていたことになるのかもしれない。
とにかく、よく分からないながらも、昨日は念願の前田斉泰さん墓所にお参りできて、これまでのこころの痞(つかえ)が一つ下りた思いがし、少しほっとした。
前田斉泰さん。
前田斉泰さん墓所。
前田斉泰さん墓所への道。