カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

またすこし。

2017-03-08 10:35:27 | Weblog

 〈町〉へのただ一つの入り口の検問所脇の側溝に秋のある夕方、薄汚れた犬が死んでいたことがあった。その事実は、大きめのぶかぶかな毛糸靴下を履いて就寝しようとしていたメゲネル検問所長のもとにすぐに伝えられ、裁判所へも速やかに報告されたが、酒精で脂ぎった不夜城のごときお歴々の集う〈町〉の裁判所は案の定その犬が〈町〉に入ろうとしていたのか〈町〉から出ようとしていたのかを朝までおいてはおかれぬ大問題とし、検問所長に事実を直ちに判事の前で詳細に説明せよと出頭命令を下したので、犬の第一発見者たる検問所三等係官オルサブローはその夜のうちに寝室兼書斎代わりの家の物置から検問所に呼び出され、検問所事務棟の木製扉脇の壁に自転車を立て掛けた。検問所事務棟は其々の窓の大きく取られた石造りの三階建てで、一階の当直室の灯りと、三階の所長室の灯りが、煌々と外に洩れていた。
 制服のオルサブローは幾分俯きながら木製扉の前に立ち、「こんばんは。当直お疲れさまです。オルサブローです。」と軽く三回ほどノックをした。すると、しずかに扉が開いて、検問官の制服に身を包んだやや小柄な少女が顔を出した。それと一緒に外へハーブティーのよい香りがこぼれてきた。「オルサブローさん、たいへんなことになって。とにかく中へお入りくださいな。」彼女は、その夜の深夜当直の三等係官アスフィータだった。オルサブローは、アスフィータに軽く微笑みながら「アスフィータさん、君にもいろいろと心配をかけて済まない。それで、所長はもう部屋に来られているのですか?」と尋ねた。「はい、つい先程部屋に入られました。所長ったら、『〈町〉の裁判所の能天気な奴らと来たらまったく』とぶつぶつこぼしていましたよ。」アスフィータが所長の口真似をすると、オルサブローは思わず吹き出し、アスフィータもくすりと笑った。「ありがとう。では、所長のところへ行ってきます。」オルサブローは、当直室奥の階段を急いで駆け上がって行った。
 その翌朝のことである。〈町〉を取り囲むように広がる森の中にこじんまりと佇む修道院では、たいへん豪勢で荘重なオルガンがひとしきり鳴り響いて朝の礼拝が行われたところだった。オルガンが止むと、小柄で初老の修道士がひとり聖堂の扉を開けて出て来た。彼は明るんだ辺りを見渡して優しく微笑んだ。聖堂の前の木々にはたくさんの小鳥たちが思い思いに枝へ留まって歌をうたっており、そばの薮には狸や兎などの獣たちが息を潜めて音楽に身を委ねている気配があった。彼はしづかに「そうだな、昨日のシンフォニーの続きを書こう。」とひとりごちて、ゆっくりと聖堂の隣の質素な小屋へ入っていった。窓際に机と椅子があり、やや広めの机の上には数本のペンと整然と書き込まれた譜面と、隅にまっさらな五線紙の束が載っていた。修道士は、フンフン、フンフンと軽く鼻唄を洩らしつつ 、椅子にゆっくりと腰を下ろし、机のペンを取り上げた。
 その頃、オルサブローは森の中を時折後ろを振り返りながら息を切らせて駆けていた。先刻まだ辺りの薄暗い中、検問所事務棟を出て、自転車を押しながら家路についたが、〈町〉への入り口の門に差し掛かったところで、〈町〉の方から出てきた六つの〈黒い影〉が突然前に立ち塞がった。オルサブローはえもいわれぬ寒さを覚えて咄嗟に傍らの自転車に跨がり、〈町〉とも検問所事務棟とも反対の森の方へとペダルをぐんぐん漕ぎ出した。〈黒い影〉は追ってきた。オルサブローは途中で自転車を乗り捨て、森の中を駆けて逃げた。

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メシアン。

2017-03-08 09:55:30 | Weblog

夜おそくなるためにお昼出勤の今日は、ゆったりと朝起きて、レスラー著『メシアン 創造のクレド』(春秋社)をぱらぱら。クレドは信仰告白。そういえば、この雰囲気のやや硬めの訳文をどこかで見たような気がして訳者を確認すると、やはり、アーベル著『我、汝に為すべきことを教えん』(春秋社)を訳された吉田幸弘氏だった。メシアンの音楽創造の秘密がはなはだ興味深い。

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