土俵には相撲の神様がいらっしゃる、だから土俵は神聖な場所である、とかつて言われたのはたしか初代若乃花だったように思うけれども記憶が定かではない。昨日は、そんなことをふと思い出す場面に出会った。お寺のあと、夕飯を食べに根津の中華屋に立ち寄った。そこは大きなテレビを置いていて相撲中継を流していた。ちょうど千秋楽最後の一番だった。その大一番の相撲が決着し、土俵上に倒れ込んだ横綱と大関が起き上がるところで、勝利した大関が一瞬の間、土俵に向かってしずかに厳かに額を下ろし土俵に付けた。そして、起き上がった大関の額には砂がべったりついていた。それを見たとき、私の心は不思議な感動を覚え、不覚にも涙がこぼれそうになった。そして、ああ、土俵にはたしかに神様がいらっしゃいますな、うん、そうだ、とひとりごちて、餃子に箸を伸ばしたのだ。
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