『リトル・フォレスト』(注1)の後編を新宿ピカデリーで見ました。
(1)昨年公開された前編の「夏/秋」につき、友人から良かったと聞き、クマネズミも、時間があれば映画館に行こうと思ったのですが、生憎すぐに公開が終了してしまい、見ずじまいでした。
としたところ、最近、前編のDVDがTSUTAYAに並べられていたので、早速借りてきて見てみたところ、至極単調な田舎の生活が淡々と描かれていながらも、自分で作った野菜とか周りでとれる物を食材にした料理が色々描き出され、なかなか良く出来た作品だなと感じました。
今回、後編の「冬/春」が上映されると聞いて、公開が終わらない内にと慌てて映画館に出かけた次第です。
後編も、前編と同じようなトーンで映画が綴られているものの、母親(桐島かれん)からの手紙の内容が明かされたり(といって、具体的なことは何も書かれてはいませんでしたが)、友人のキッコ(松岡茉優)やユウ太(三浦貴大)がいち子(橋本愛)に厳しいことを言ったりしたことがきっかけとなり、いち子の心境もかなり変わってきます、さあ、どうなるでしょうか………?
『深夜食堂』と同じように、空腹の時は見るべからずといった作品ですが、本作(前編を含めて)の方は、材料さえ揃うのであれば自分で作って食べてみたい気にさせること請け合いです。そうした料理が次々と映画で紹介されながら、小森という集落が四季折々に見せる自然の光景が実に美しく映し出され、そのなかで徐々に主人公の心が動いていく有り様がじっくりと描かれ、ことさらめいた物語が語られるというわけではないものの、画面から目を一瞬間でも離せませんでした。
特に、主演の橋本愛は素晴らしく、この先橋本愛と言ったらまずこの映画を思い起こすことになるものと思います(注2)。
(2)かなり昔、秋田県の大館で暮らしたことがあるクマネズミにとって(注3)、本作の撮影場所が県を異にするとはいえ(注4)、同じ東北地方ですから、この映画には酷く親近感を覚えました。
特に、春の山菜採りは懐かしく思い出されます。
後編では、ニリンソウとか、カタクリ、コゴミ、コシアブラ、タランボ(たらの芽)といった山菜が出てきて、それらをいち子は天ぷらにして食べていますが(注5)、クマネズミが覚えているのは、ゼンマイ(注6)とかウド、フキノトウ。
そして、なんといっても山菜と言ったらミズでしょう。
「ミズ」という言葉が前編に登場した時は、岩手でも同じように言うのだとゾクッとしました。というのも、他の地方に行って「ミズ」と言っても、ほとんど通じませんでしたから(一般にはウワバミソウと言うようです)。
秋田にいた時は料理法がわからず、ミズをたくさん採ってきても単にオヒタシにするくらいでしたが、前編でいち子は「ミズとろろ」(注7)を作っています(注8)。
次に、これも前編ですが、イワナの養殖の話が出てきます(注9)。
いち子はユウ太と一緒に養魚場でアルバイト(注10)をし、キャンプ場の管理人シゲユキ(温水洋一)から、塩焼きのイワナとイワナのみそ汁を振る舞われます。
クマネズミは、イワナと聞くと、すぐに秋田森吉の太平湖に注ぐ川で釣ったイワナのことを思い出します。10人位の仲間と山に入ったのですが、その日釣れたのはこの1匹だけだったこともあり、とても印象深いものがありました(注11)。
また後編には、「凍み大根」が出てきます(注12)。
これは、大根の皮を剥いて縦に切った大根を、そのまま干して外の寒さで凍みさせたものとされています。
作り方は違いますが、映画の中で軒先にぶら下がっている「凍み大根」を見て、秋田の「いぶり漬け」(大館では単に「がっこ」と言っていました)という大根の漬物を思い出しました。
さらに、前編に登場する「米サワー」(注13)ですが、このサイトの記事によれば、「いわゆる「どぶろく」になる前の状態を楽しむドリンク」とのこと。
「どぶろく」といえば、当時、秋田の山奥の村ではどこでも「どぶろく」をこしらえていましたから(丁度、後編の冬の頃合いです)、至極懐かしさを覚えます。
そして、当時「どぶろく」を作っていた家の感じが、この映画に登場するいち子が暮らす木造の家屋に残っているように思えます。
今どき東北の山奥に行っても、こんな古めかしい素朴な家はかなり珍しく(注14)、大部分の家は都会と同じような快適で効率的な作りになっていると思われますが、その点はさて置くとしても、このところ続けて見ている邦画を振り返ってみると、『さよなら歌舞伎町』のラブホテルは不特定多数の人が出入りする大きなものでしたが、『深夜食堂』の「めしや」の食堂は、いろいろのお客が出入りするとはいえかなり小振りであり、『娚の一生』のつぐみと海江田が暮らすことになる祖母の家は一家族用のものでずっと小さくなり、そしてこの映画でいち子が生活する家は、せいぜい二人が暮らせるほど小さなもの、というように、段々と規模が縮小してきており、同時にそれぞれの映画で描かれる料理の手作り度が増してきているようにみえるのは(注15)、大層面白いことだなと思います。
(3)中山治美氏は、「本作は、女優・橋本愛の成長の記録でもある。食い意地が張っていて食映画をくまなく観ている筆者ですら、料理に目もくれず彼女の表情の変化に見入ってしまった」として★4つを付けています。
(注1)原作は、五十嵐大介作の『リトル・フォレスト』(講談社)。
監督・脚本は、『重力ピエロ』の森淳一。
(注2)俳優陣の内、このところ、橋本愛は『寄生獣』、三浦貴大は『太陽の坐る場所』、温水洋一は『25 NJYU-GO』で見ました。
なお、松岡茉優は、『桐島、部活やめるってよ』や『はじまりのみち』に出演していたとのことながら、印象に残っていません。
(注3)例えば、この拙エントリの(1)で触れたことがあります。
(注4)本作のロケ地は、岩手県奥州市衣川区大森。
(注5)後編の「春」の「Dish1」。
原作漫画では、第2巻の「21 st dish」の「4月25日のタランボ」の中で取り上げられています(なお、原作漫画との比較については、この記事とこの記事が以下参考になりました)。
なお、他にも、つくしの佃煮(「春」の「Dish3」)や塩漬けのワラビ(「冬」の「Dish7」)といったものも登場します。
(注6)当時でさえ、ゼンマイは山奥に行かないと見つからないとされており、普通見つかるのはゼンマイモドキであって、本当のゼンマイは見つけるのが難しいと言われていました。今はどうなのでしょう?
(注7)このサイトの記事によれば、その「赤い根元部分に、焼いた味噌を乗せて切りながら和えたもの」。こんなに簡単に作れるのなら、当時作って食べたらよかったのに、と残念に思います(なお、そのサイトでは冒頭に「ミズナ」と書かれていますが、それと「ミズ」とは違うものでしょう)。
(注8)前編の「夏」の「Dish5」。
原作漫画では、第1巻の「11 th dish」として取り上げられています。
(注9)前編の「夏」の「Dish6」。
原作漫画では、第1巻の「12 th dish」として「岩魚」が取り上げられています。
(注10)養殖場で育てたイワナを、ユウ太が運転する軽トラでキャンプ場の池に運びます。
(注11)なお、上記「注10」で車の助手席に乗るいち子に対し、ユウ太は、「都会では、何もしたことがないにもかかわらず、何でも知っているつもりで、他人が作ったものを右から左へ移している人間がいばっている」と社会批判をします。
これは、「だから、小森で農業を営んでいる人たちを尊敬する。だから、自分は小森に戻ってきたんだ」というユウ太のポジティブな姿勢に通じて、「都会から逃げ出して小森にやってきた」に過ぎないという自分のネガティブな姿勢を反省するいち子にぐさっとくるわけでしょう(後編では、ユウ太やキッコに実際にそう言われてしまいます)。
ただ、意見自体としては、いわば農本主義的なもの(あるいはものづくり重視)に過ぎず、現在の日本が世界の中に置かれている状況からしたら、一時代前のものと言えるのではないでしょうか?
(注12)後編の「冬」の「Dish3」。
原作漫画では、第2巻の「29 th dish」の「寒さ」の中で取り上げられています。
(注13)前編の「夏」の「Dish2」。
原作漫画では、第2巻の「23 rd dish」として取り上げられています。
(注14)なにしろ、真冬でも、暖房器具は「だるまストーブ」(いち子は、自分で割った薪をくべます)とこたつなのですから。
なお、Wikipediaの「リトル・フォレスト」の「製作」の項には、「モデルとなった家に住人が居るため奥州市前沢区にあった納屋を改造して使用した」と述べられています。そういう事情であれば、あの家の作りになっているのも納得できます。
(注15)『さよなら歌舞伎町』では、配達されたピッツァを店長の徹が客室に運びに行きますし、『深夜食堂』では、マスターの作るカレーライスやとろろご飯などをお客が食べます。それが『娚の一生』となると、つぐみの作る食事を海江田は美味しそうに食べますし、本作になれば、いち子は、自分で収穫したものを自分で料理して自分で食べます。
★★★★☆☆
象のロケット:リトル・フォレスト 冬・春
(1)昨年公開された前編の「夏/秋」につき、友人から良かったと聞き、クマネズミも、時間があれば映画館に行こうと思ったのですが、生憎すぐに公開が終了してしまい、見ずじまいでした。
としたところ、最近、前編のDVDがTSUTAYAに並べられていたので、早速借りてきて見てみたところ、至極単調な田舎の生活が淡々と描かれていながらも、自分で作った野菜とか周りでとれる物を食材にした料理が色々描き出され、なかなか良く出来た作品だなと感じました。
今回、後編の「冬/春」が上映されると聞いて、公開が終わらない内にと慌てて映画館に出かけた次第です。
後編も、前編と同じようなトーンで映画が綴られているものの、母親(桐島かれん)からの手紙の内容が明かされたり(といって、具体的なことは何も書かれてはいませんでしたが)、友人のキッコ(松岡茉優)やユウ太(三浦貴大)がいち子(橋本愛)に厳しいことを言ったりしたことがきっかけとなり、いち子の心境もかなり変わってきます、さあ、どうなるでしょうか………?
『深夜食堂』と同じように、空腹の時は見るべからずといった作品ですが、本作(前編を含めて)の方は、材料さえ揃うのであれば自分で作って食べてみたい気にさせること請け合いです。そうした料理が次々と映画で紹介されながら、小森という集落が四季折々に見せる自然の光景が実に美しく映し出され、そのなかで徐々に主人公の心が動いていく有り様がじっくりと描かれ、ことさらめいた物語が語られるというわけではないものの、画面から目を一瞬間でも離せませんでした。
特に、主演の橋本愛は素晴らしく、この先橋本愛と言ったらまずこの映画を思い起こすことになるものと思います(注2)。
(2)かなり昔、秋田県の大館で暮らしたことがあるクマネズミにとって(注3)、本作の撮影場所が県を異にするとはいえ(注4)、同じ東北地方ですから、この映画には酷く親近感を覚えました。
特に、春の山菜採りは懐かしく思い出されます。
後編では、ニリンソウとか、カタクリ、コゴミ、コシアブラ、タランボ(たらの芽)といった山菜が出てきて、それらをいち子は天ぷらにして食べていますが(注5)、クマネズミが覚えているのは、ゼンマイ(注6)とかウド、フキノトウ。
そして、なんといっても山菜と言ったらミズでしょう。
「ミズ」という言葉が前編に登場した時は、岩手でも同じように言うのだとゾクッとしました。というのも、他の地方に行って「ミズ」と言っても、ほとんど通じませんでしたから(一般にはウワバミソウと言うようです)。
秋田にいた時は料理法がわからず、ミズをたくさん採ってきても単にオヒタシにするくらいでしたが、前編でいち子は「ミズとろろ」(注7)を作っています(注8)。
次に、これも前編ですが、イワナの養殖の話が出てきます(注9)。
いち子はユウ太と一緒に養魚場でアルバイト(注10)をし、キャンプ場の管理人シゲユキ(温水洋一)から、塩焼きのイワナとイワナのみそ汁を振る舞われます。
クマネズミは、イワナと聞くと、すぐに秋田森吉の太平湖に注ぐ川で釣ったイワナのことを思い出します。10人位の仲間と山に入ったのですが、その日釣れたのはこの1匹だけだったこともあり、とても印象深いものがありました(注11)。
また後編には、「凍み大根」が出てきます(注12)。
これは、大根の皮を剥いて縦に切った大根を、そのまま干して外の寒さで凍みさせたものとされています。
作り方は違いますが、映画の中で軒先にぶら下がっている「凍み大根」を見て、秋田の「いぶり漬け」(大館では単に「がっこ」と言っていました)という大根の漬物を思い出しました。
さらに、前編に登場する「米サワー」(注13)ですが、このサイトの記事によれば、「いわゆる「どぶろく」になる前の状態を楽しむドリンク」とのこと。
「どぶろく」といえば、当時、秋田の山奥の村ではどこでも「どぶろく」をこしらえていましたから(丁度、後編の冬の頃合いです)、至極懐かしさを覚えます。
そして、当時「どぶろく」を作っていた家の感じが、この映画に登場するいち子が暮らす木造の家屋に残っているように思えます。
今どき東北の山奥に行っても、こんな古めかしい素朴な家はかなり珍しく(注14)、大部分の家は都会と同じような快適で効率的な作りになっていると思われますが、その点はさて置くとしても、このところ続けて見ている邦画を振り返ってみると、『さよなら歌舞伎町』のラブホテルは不特定多数の人が出入りする大きなものでしたが、『深夜食堂』の「めしや」の食堂は、いろいろのお客が出入りするとはいえかなり小振りであり、『娚の一生』のつぐみと海江田が暮らすことになる祖母の家は一家族用のものでずっと小さくなり、そしてこの映画でいち子が生活する家は、せいぜい二人が暮らせるほど小さなもの、というように、段々と規模が縮小してきており、同時にそれぞれの映画で描かれる料理の手作り度が増してきているようにみえるのは(注15)、大層面白いことだなと思います。
(3)中山治美氏は、「本作は、女優・橋本愛の成長の記録でもある。食い意地が張っていて食映画をくまなく観ている筆者ですら、料理に目もくれず彼女の表情の変化に見入ってしまった」として★4つを付けています。
(注1)原作は、五十嵐大介作の『リトル・フォレスト』(講談社)。
監督・脚本は、『重力ピエロ』の森淳一。
(注2)俳優陣の内、このところ、橋本愛は『寄生獣』、三浦貴大は『太陽の坐る場所』、温水洋一は『25 NJYU-GO』で見ました。
なお、松岡茉優は、『桐島、部活やめるってよ』や『はじまりのみち』に出演していたとのことながら、印象に残っていません。
(注3)例えば、この拙エントリの(1)で触れたことがあります。
(注4)本作のロケ地は、岩手県奥州市衣川区大森。
(注5)後編の「春」の「Dish1」。
原作漫画では、第2巻の「21 st dish」の「4月25日のタランボ」の中で取り上げられています(なお、原作漫画との比較については、この記事とこの記事が以下参考になりました)。
なお、他にも、つくしの佃煮(「春」の「Dish3」)や塩漬けのワラビ(「冬」の「Dish7」)といったものも登場します。
(注6)当時でさえ、ゼンマイは山奥に行かないと見つからないとされており、普通見つかるのはゼンマイモドキであって、本当のゼンマイは見つけるのが難しいと言われていました。今はどうなのでしょう?
(注7)このサイトの記事によれば、その「赤い根元部分に、焼いた味噌を乗せて切りながら和えたもの」。こんなに簡単に作れるのなら、当時作って食べたらよかったのに、と残念に思います(なお、そのサイトでは冒頭に「ミズナ」と書かれていますが、それと「ミズ」とは違うものでしょう)。
(注8)前編の「夏」の「Dish5」。
原作漫画では、第1巻の「11 th dish」として取り上げられています。
(注9)前編の「夏」の「Dish6」。
原作漫画では、第1巻の「12 th dish」として「岩魚」が取り上げられています。
(注10)養殖場で育てたイワナを、ユウ太が運転する軽トラでキャンプ場の池に運びます。
(注11)なお、上記「注10」で車の助手席に乗るいち子に対し、ユウ太は、「都会では、何もしたことがないにもかかわらず、何でも知っているつもりで、他人が作ったものを右から左へ移している人間がいばっている」と社会批判をします。
これは、「だから、小森で農業を営んでいる人たちを尊敬する。だから、自分は小森に戻ってきたんだ」というユウ太のポジティブな姿勢に通じて、「都会から逃げ出して小森にやってきた」に過ぎないという自分のネガティブな姿勢を反省するいち子にぐさっとくるわけでしょう(後編では、ユウ太やキッコに実際にそう言われてしまいます)。
ただ、意見自体としては、いわば農本主義的なもの(あるいはものづくり重視)に過ぎず、現在の日本が世界の中に置かれている状況からしたら、一時代前のものと言えるのではないでしょうか?
(注12)後編の「冬」の「Dish3」。
原作漫画では、第2巻の「29 th dish」の「寒さ」の中で取り上げられています。
(注13)前編の「夏」の「Dish2」。
原作漫画では、第2巻の「23 rd dish」として取り上げられています。
(注14)なにしろ、真冬でも、暖房器具は「だるまストーブ」(いち子は、自分で割った薪をくべます)とこたつなのですから。
なお、Wikipediaの「リトル・フォレスト」の「製作」の項には、「モデルとなった家に住人が居るため奥州市前沢区にあった納屋を改造して使用した」と述べられています。そういう事情であれば、あの家の作りになっているのも納得できます。
(注15)『さよなら歌舞伎町』では、配達されたピッツァを店長の徹が客室に運びに行きますし、『深夜食堂』では、マスターの作るカレーライスやとろろご飯などをお客が食べます。それが『娚の一生』となると、つぐみの作る食事を海江田は美味しそうに食べますし、本作になれば、いち子は、自分で収穫したものを自分で料理して自分で食べます。
★★★★☆☆
象のロケット:リトル・フォレスト 冬・春