映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

グランド・ブダペスト・ホテル

2014年06月20日 | 洋画(14年)
 『グランド・ブダペスト・ホテル』をTOHOシネマズシャンテで見ました。

(1)本作を制作したウェス・アンダーソン監督の『ダージリン急行』などが良かったこともあって(注1)、映画館に行ってきました。
 ただ、前宣伝が行き届いていたせいなのでしょうか、ほぼ満席でした!ことに、学生ではなく中年過ぎの女性が多かったのには驚きました(注2)。

 本作は、旧ズブロフスカ共和国の国民的大作家(どうやらステファン・ツヴァイクのようです:注3)が、同共和国内にあったグランド・ブダペスト・ホテルのオーナーであるゼロ・ムスタファF・マーレイ・エイブラハム)から聞いた話を描いていきます。
 ゼロ(若い時代はトニー・レヴォロリ)は、1932年に、このホテルのロビーボーイとして働き始めます。



 その彼に何かと目をかけてくれたのが、本作の主人公であるコンシェルジュのグスタヴレイフ・ファインズ)。



 そんななか、彼の上顧客であるマダムDティルダ・スウィントン)が何者かに殺害されます。グスタヴは彼女の居城に行き、彼女の遺言によって、価値の大層高い絵画(注4)を受け取ります。
 ですが、ホテルに戻ると、マダムDを殺害した容疑でグスタヴは逮捕され拘留所に入れられてしまいます。どうやら、彼は、マダムDの長男ドミトリーエイドリアン・ブロディ)を中心とする遺産相続争いに巻き込まれてしまったようです。
 さあ、グスタヴは助かるでしょうか、ゼロはどんなサポートをしたのでしょうか、………?

 本作は、一昔前のホテルのコンシェルジュとロビーボーイのお話ですが、その構成や衣装、装置、それに登場人物の演技などによって、まるでおとぎ話の絵本の世界に入り込んだ感じがするものの、と言って決して荒唐無稽でもなく、むしろとてもリアルな印象を受け、全体として実に面白く見ることが出来ました(注5)。

(2)色々興味深い点があるところ、クマネズミは、本作の最初の方の構成の仕方がいろいろ複雑で随分と面白いと思いました。

 まず、現代の若い女性が墓地(Old Lutz Cemetery)の中に入っていき、男性の胸像の前に行きます(注6)。その胸像には沢山の鍵が吊るされているのですが、彼女も、自分の鍵を一つそこに吊るします(注7)。
 彼女が「グランド・ブダペスト・ホテル」とのタイトルの付いた本を手にしていることから、この胸像の主は、同小説を書いた国民的作家であることがわかります。胸像のそばで、彼女はその小説を読み始めます。

 次いで、場面は1985年となり、その作家(トム・ウィルキンソン)が観客に向かって、「作家は、想像力で物語を最初から創りだすと思われているが、それは誤解。作家とわかると、人は面白い話を進んで話してくれる。この話も人から聞いたものだ」などと語り始めます(ただ、子どもたちが闖入してきて、彼の周りで遊び始めるので、話は何度も中断しますが)。

 さらに、場面は1968年とされ、若い時分の作家(ジュード・ロウ)が、グランド・ブダペスト・ホテル内のレストランにおいて、富豪のゼロ・ムスタファから、そのホテルを所有するに至った経緯を聞き取ります。

 その上で場面は、1932年のグランド・ブダペスト・ホテルとなり、「ルッツに帰るのは怖い」と言っているマダムDに対し、「旅の前の不安はいつもです」などと答えて彼女を宥めて車に乗せているコンシェルジュのグスタヴが映し出されます。
 彼は試用期間中のゼロを見つけて、「ロビーボーイとして適任かテストする」と言って、他のホテルの経験や教育程度、家族について質問しますが、なにもない(すべてがゼロ)ことがわかります(注8)。
 そこで、グスタヴは「なぜ、ロビーボーイになろうと思ったのか」と尋ねると、ゼロが「だれでも憧れるグランド・ブダペスト・ホテルですよ!」と答えたため、「大いに結構!」として受け入れ、彼はグスタヴのもとで修行をすることになります。

 このように、本作の話は、現在時点→1985年→1968年→1932年という具合にどんどん時点が昔に遡り、話し手も、「グランド・ブダペスト・ホテル」を書いた国民的作家→その小説を書く前の国民的作家→富豪のゼロ・ムスタファへと移り変わります。
 要すれば、本作の中心は、ゼロ・ムスタファが物語った1930年代のお話ということになりますが、ただその大部分の話にはゼロ自身が立ち会っているとはいえ、例えば、コンシェルジュのグスタヴが留置された「第19犯罪者拘留所」を巡るストーリー(注9)については、グスタヴからゼロが聞いた話を作家に物語っていることになるでしょう。
 そうであれば、グスタヴは、グランド・ブダペスト・ホテルの名物コンシェルジュとして、その良き伝統を守り伝えようとしていますから(注10)、彼の話の背後にはもっと遠くの過去も様々に入り込んでいるに違いありません。
 本作は、こうした複雑な構成をとることによって(注11)、過去の多層的な分厚い積み上がりを観客が感じ取ることができるようになっているのでは、と思われます。

(3)本作は、ウェス・アンダーソンの作品の中ではDVDで見た『ライフ・アクアティック』と類似するところがあるのではと思いました(と言って、ほんの僅かの作品しか見ていないのですが)。

 同作は、海洋探検家であり映画監督でもある主人公スティーヴ・ズィスー(ビル・マーレイ)らが繰り広げる冒険を描いた作品ですが、
a.なんといっても、ズィスーが所有する探査船ベラフォンテ号の作りは、雰囲気的に、本作のグランド・ブダペスト・ホテルの構造とよく似ているように思われます。



 なかでも、同ホテルにたどり着くために必要なケーブルカーは、ベクトルの方向はまるで異なるとはいえ、同作のベラフォンテ号に取り付けられている潜水艇に類似するように思われます。

b.また、同作のズィスーは本作のグスタヴに、同作のエレノア(ズィスーの妻)は本作のマダムDに、同作のネッド(ズィスーの息子かもしれない男)は本作のゼロに、同作のジェーン(雑誌記者)は本作の国民的作家に、それぞれ対応しているようにも思われます。

c.さらに言えば、同作では、最後にズィスーがドキュメンタリー作品を制作し映画祭で上映されることになりますが、これは本作でゼロの話に基づいて数々の文学書を受賞する小説を国民的作家が描き上げることに対応しているのではないでしょうか?

 とはいえ、本作においては、1930年代の歴史的な出来事が色濃く反映しているように思われるのに対して(注12)、『ライフ・アクアティック』においてはそうした要素は余り感じられません。

(4)渡まち子氏は、「大戦前の東欧の豪華ホテルを舞台にしたミステリ仕立てのコメディである本作は、ウェス印の美学が頂点に達した作品ではなかろうか」として65点をつけています。
 相木悟氏は、「ファンシーな世界を楽しむライトな作品と思いきや、なかなかに捻りのきいた造り手の魂が木霊する一本であった」が、「ファンでもない人間の感想としては一言、つまらなかった。登場人物の誰にも共感も愛着もわかず、至極どうでもいい茶番に辟易。スカした演出にも、終始乗りきれず。そもそも監督と感性が合っていないのだろう」と述べています。
 渡辺祥子氏は、「繊細でモダン。胸躍る民族調の音楽。垣間見える1930年代喜劇、スリラーなどの映画への愛着満ちたおしゃれな映像に見とれながら、そこは『ムーンライズ・キングダム』(2012年)など才気溢れる手腕が心憎いウェス・アンダーソンの脚本・監督作、時間を遡って進む話が示す彼の豊かな感性に魅了されてしまう」として★4つ(「見逃せない」)をつけています。



(注1)『ダージリン急行』については、この拙エントリの(2)で取り上げています。

(注2)『ハンナ・アーレント』の公開時に起きたのと同じ現象でしょうか?

(注3)本作とツヴァイクとの関係の詳細については、町山智浩氏によるこの記事をご覧ください。

(注4)映画の中では、ホイトル作の『少年と林檎』とされています(むろん、そんな画家は実在しません)。この絵は、グスタヴがマダムDから譲り受けて、グランド・ブダペスト・ホテルのコンシェルジュの受付の背後に架けられています。

(注5)俳優陣の内、最近では、ジュード・ロウは『ヒューゴの不思議な発明』、ウィレム・デフォー(ドミトリーの部下の役)は『ミラル』、マチュー・アマルリック(ルッツ城の執事の役)は 『チキンとプラム―あるバイオリン弾き、最後の夢』、エイドリアン・ブロディは『ミッドナイト・イン・パリ』、ジェイソン・シュワルツマン(グランド・ブダペスト・ホテルのコンシェルジュの役)は 『ウォルト・ディズニーの約束』、レア・セドゥ(ルッツ城のハウスメイド役)は『アデル、ブルーは熱い色』、トム・ウィルキンソンは『声をかくす人』で、それぞれ見ました。

(注6)この胸像は、本作のラストにも登場します。

(注7)映画からすると、小説「グランド・ブダペスト・ホテル」では「鍵の秘密結社」(クロスト・キーズ協会:コンシェルジュによる秘密結社)が書き込まれているようですから、胸像に鍵が沢山吊るされているのも同結社絡みなのではと想像されますが、よくわかりません。

 なお、鍵に関しては、クマネズミはこれまでも関心を持っているところ〔例えば、この拙エントリの(2)をご覧ください〕、本作における鍵は、秘密結社の紋章(コンシェルジュの制服の両襟に付けられています)に使われているくらいで、なにか秘密の扉とか箱を開けたりするのに使われるわけではありません(単なるシンボルと化しています)。

(注8)後でゼロ・ムスタファが語ったところによると、戦争で家族を失って故国を追われた難民だったようです。

(注9)ゼロが差し入れた器具を使い、グスタヴらの拘留者は床を掘って拘留所から脱走しますが、ここではクマネズミの大好きなトンネルが描き出されます〔例えば、この拙エントリの(3)などをご覧ください〕。
 なお、器具の差し入れに際しては、人気の菓子店である「メンドル」の菓子と菓子箱が使われますが、その菓子店で働くアガサシアーシャ・ローナン)とゼロは親しくなり、後に結婚します。ただ、欧州で流行ったスペイン風邪によって彼女と息子は亡くなってしまったとのことです。
 ちなみに、グスタヴらが『少年と林檎』の絵をルッツ城で盗み出す際に、代わりに架けておいたのがエゴン・シーレの絵(その絵も偽造品のようです)ですが、シーレは、アガサが罹ったのと同じスペイン風邪で死亡しています。

(注10)ラストの方で、ゼロ・ムグスタファは、「グスタヴの時には既に消え去っていて幻影になっていたが」と付け加えて作家に話しますが。

(注11)もっと言えば、本作は、映画の冒頭に登場する若い女性が読む「グランド・ブダペスト・ホテル」という小説を映像化したものとも言えるでしょう。何しろ、冒頭と末尾に作家の胸像が登場し(上記「注6」)、そのそばで彼女がその小説を読んでいるのであり、その間に映画で描かれていることは、全てその小説に書かれていることとも考えられます。
 ただ、そうだとすると、トム・ウィルキンソンが扮する作家が観客に語りかける場面とか、ジュード・ロウが演じる作家がゼロ・ムスタファと会食して話を聞き出す場面、さらには映画の末尾の方でゼロ・ムスタファが作家に付言する場面(上記「注10」)などの位置づけはどうなるのでしょう?
 あるいは、その小説の「序」とか「あとがき」に書いてあることが映像化されている、と見るべきなのかもしれません(でも、ゼロ・ムスタファが、アガサのことに言い淀んで泣く場面が途中にありますが、それはどう考えたらいいのでしょう?)。

(注12)当初、ゼロとグスタヴが、マダムDの訃報を受けてルッツ行きの列車に乗っていると、突然列車が止められ、軍警察が車内に乗り込んできて、通行証がチェックされます。ただ、ゼロは移民で正式の通行証を持っていなかったところ、軍警察のヘンケルス大尉(エドワード・ノートン)がグスタヴを知っていたことから、彼はゼロに「特別通行証」を発行してあげます。
 しかしながら、ラストあたりになると、グランド・ブダペスト・ホテルはファシスト達によって占拠されており、警察によるチェックも厳しいものとなっていて、グスタヴとゼロが前と同じ列車に乗っている時に、ゼロがその「特別通行証」を提示しても破棄されてしまいます。
要すれば、この間に政府が変わってしまい、ファシストが国を支配する状況になったのです。



★★★★☆☆



象のロケット:グランド・ブダペスト・ホテル


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2 コメント

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Unknown (ふじき78)
2014-11-21 00:48:29
> 他のホテルの経験や教育程度、家族について質問しますが、なにもない(すべてがゼロ)ことがわかります

グスタヴから見てゼロに見えるゼロが、実はグスタヴが知りえない現実的な難民としての過去を持っているという構造が興味深いです。グスタヴの世界はもっと単純にスポコン的で努力すればするほど報われると考えている。反してゼロは不当な力によって自分の持つ物を根こそぎ奪われてしまう事もありうる事を知っている。だから、ゼロはグスタヴに何回もアガサを口説くなと確認する。グスタヴの特性を見抜くと同時に、そういう事態になった時に自分が不当に奪われる事に屈してしまうのではないかという事を自覚してるのではないか、というのは考えすぎかな。
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Unknown (クマネズミ)
2014-11-22 09:26:54
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
確かに、ムスタファがゼロであるのは、ヨーロッパ人のグスタヴからみたおめでたい観点からであり、ムスタファの視点から見れば、ずっと違って世界が見えることでしょう。ただ、そうしたものを封印しつつムスタファはグスタヴに従って、最後は大富豪になったものと思います。
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