映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

クローバーフィールド

2008年05月18日 | 08年映画
 映画『クローバーフィールド HAKAISHA』を六本木で見てきました。

a.本作については、様々な評価が与えられているところ、“つぶあんこ”氏が、「220点」もの前代未聞の高得点を与えているために、良くも悪くも一体全体どんなものなのか、やはりこの際是非見てみようと考えた次第です。
 いずれにしても、様々の映画評について、事前にはその中身を読まずに(評点を見た後、せいぜい冒頭部分及び末尾だけをサッと読むことにしています)、なるべく白紙の状態で映画を見てみようとしています。
 本作品については、見終わった結果からすると、クマネズミとしては“つぶあんこ”氏に軍配を上げたいなと思っています。何しろ、この映画も、「バンデット・ポイント」と同様に、最初から最後まで息吐く暇なく興奮して見ることができましたから!

b.確かに、YAHOOの「作品ユーザーレヴュー」をみると、「何もかもが投げっ放し!たいしたストーリーも無く暇つぶし程度の作品。映画館で見る価値無し。DVDで十分」などといった酷評が溢れています。ただ、そんなレベルのものを一々取り上げても意味がないので、以下では、映画評論家の評に当たってみることとします。

c.精神科医の樺沢紫苑氏は、「出ました!! 星一つです♪ (堺正明風)/星一つは、 一年に一本出るか出ないかという最低評価(笑)/この映画、賛否両論出ていますが、私は正直「激怒」しています/」との冗談めかした評価を下し、さらには、この映画は、「映画史上最大の詐欺映画」だが、それは、「観客にとんでもない不快感を与える作品であ」りながら、事前の段階でそのことがヨク分かるように措置されておらず、実際に映画を見ると、「ひどい手ぶれシーンが、映画の最初から最後まで続く」ために「唖然とした」からというわけです。

 しかしながら、その文末の方では、「意外と具合が悪くなった人は少ないようで驚いた」と述べ(「車酔いしやすい」クマネズミでさえそんな事態にまったくなりませんでした!)、加えて、「私は映画のアイデアやストーリー自体は好きだ。コンセプトはおもしろい。表向きはSF・モンスター・パニック映画であるが、コメディ映画としてよくできている。まあ、日本ではあいかわらずシーンとしていたが、アメリカの劇場は、爆笑の渦につつまれたに違いない」とし、最終的には、「詳しく考察するうちに、実は 「クローバーフィールド」は非常におもしろい映画に思えてきた」とまで述べるに至っています。

 要すれば、始めに「星一つ」とカマしておいて、実のところは、自分はアメリカのコメディがわかるが、アメリカの事情を知らない一般の日本人はこの映画の面白さが分からないだろう、と自慢したいのでしょう!

d.次に前田有一氏の評ですが、「これが○○による大災害を描いた映画だと、○○の部分を知っている方にとっては、本作はほとんど何の新味も意外性も感じられない、平凡な出来である。素人映像に最新鋭のVFXという組み合わせは新鮮だが、それだけのことだ」とあります。
 ですが、「○○の部分を知っている方 にとっては、本作はほとんど何の新味も意外性も感じられない」というのは、この映画の映像の斬新さを軽視して、専らストーリーだけ追いかけているからに過ぎません。元々、「○○」の部分が、例えば「ゴジラ」だと事前に公表されていても、この映画の無類の面白さは一向に減じないものと思います。

e.さらに、“おすぎ”は、「どっかで見たことがあるなぁと、気がついたのが「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の手法で、あれをグレードアップしたものでした。
 まあ、そこがユニークであり、物足りなさでもあります。見て損はしないが満足も半分」と述べています(4月1日付)。
 「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」という映画のことは全く知りませんでしたが(TSUTAYAで借りようとしてもこのところズッと貸し出されています)、手法の類似性を指摘するだけでは映画評として何の意味もないと思います。言うまでもなく、製作者側はそんなことを態々指摘されずとも、百も二百も承知でしょうから。問題は、そうした手法を使ってどんな内容の映画を作り上げたのか、という一点にかかってくるでしょう。

f.ここで、“つぶあんこ”氏の登場です。
 「NYで暴れる謎の巨大生物、逃げ惑う人々、立ち向かう軍隊、巨大生物から派生する小型群体、などなど、実のところ本作、起こっている事象だけを捉えるのなら、超ガッカリ大作として汚名高い「GODZILLA」とオチ以外ほとんど変わらないのだ。お話だけを聞くと特段に目新しくもない内容を、見せ方によって最大の面白さへと転化してしまう、着眼と表現センスの確かさ」云々と述べていますが、マサニそのとおりだと思いました。

g.クマネズミとしては、ストーリーもさることながら、ハッドが撮影したビデオという観点(ビデオカメラのファインダーを通してハッドが視野に入れている世界)がどこまで整合性をもって貫徹されているのか、この点に専ら興味を惹かれました。
 ただ、この点については、確かに、「このカメラマン氏、ビデオの操作も知らない生まれて初めての撮影にしては、その腕前はプロ級である。未曾有の大被害にあいながらも決してカメラを捨てて逃げようとせず、目前まで危険が迫っているのに映し続ける」などと前田氏 が皮肉る要素はたぶんにあるとは思います。とはいうものの、なんとか冒頭からラストまで首尾一貫した出来上がりとなっていると思われ、その点に大層感心しました。

 最近では、フランス映画『潜水服は蝶の夢を見る』が、脳梗塞によって眼球しか動かせなくなった男性から見える世界ということで映像が作られていました。ただし、後半になると腰砕けし、いきなり“神の視点”(第三者の客観的視点)に基づく通常の映像の方へ映ってしまうので、首尾一貫性が損なわれトテモ残念でした。

 いうまでもなく、同じ視点からの映像という手法にこだわりすぎると、映画が酷く単調になってしまい、意図したところが観客に伝わらない惧れがあります。その点で、今回の映画は、最初から最後までうまく観客の興味を惹きつけたものになっていて(最初のパーティーの場面が入念に描かれているために、後半のストーリーがうまく引き出せていると思います)、その点でも感心しました〔85分という長さも適切だと思いました〕。

 勿論、この映画には、様々な問題点もあることでしょう。例えば、怪獣の打撃でヘリコプターが墜落するにもかかわらず、乗っていたロブとベスは助かり(ハッドも助かりますが、スグニ殺されてしまいます)、それも墜落地点から別の地点へ自力で移動できるほどの軽傷で済んでいるのですが、そんなことは常識では考えられません!ですから、“つぶあんこ”氏の「220点」というのは過大評価と思えるものの、少なくとも90点くらい付与できるのでは、と思っているところです。