『オリエント急行殺人事件』をTOHOシネマズ渋谷で見てきました。
(1)予告編を見て面白そうだなと思い、映画館に行ってきました。
本作(注1)の冒頭では、鐘の音が聞こえると思ったら、エルサレムの「嘆きの壁」が映し出されます。時は1934年(注2)。
壁の前には警官が立っていますが、その前を男の子が走ります。
男の子は階段を駆け上り、ホテルのレストランの給仕に卵を届けます。
ウエイターがボイルされた卵を2つ、席に着いているポアロ(ケネス・ブラナー)に出します。
ですが、そのサイズが違っていたためにポアロの気に召さなかったのでしょう、その男の子はまた走り出し、「今度は、完璧に同じかな?」と言いながら別の卵を持ってきます。
ポアロは、小さな物差しで卵のサイズを測り、「同じ卵を産めない雌鳥が問題だ」と言います。
その時警官が現れ、「3つの宗教が絡んだ事件の解決をお願いします」と言うので、ポアロは立ち上がって出ていきます。
ポアロは、現場に出向く際に、道路に落ちていた動物の糞の塊に片足を入れてしまいます。すると彼は、「これではバランスが悪い」と言いながら、他方の片足も糞の中に入れ、「これで良い」とつぶやくのです。
ポアロが嘆きの壁に出向くと、大勢人々が集まっていて、さらにラビと司祭とイマームの3人が嘆きの壁の前に立っています。どうやら、この3人のうちの誰かが宗教遺物を盗んだ犯人ではないかとされているようです。
でも、ポアロは、「宗教遺物を盗んで利益を得るのは誰か」「この3人の聖職者にはそんな関心は薄い」「利益を得るのは、宗教遺物を警備していた警察官だ」「このフレスコ画が酷く汚れているのは、彼がブーツを履いているからだ」と言って、警察官の持ち物を調べてみると、失われた宗教遺物が出てきます(注3)。
次いで、ポアロは、ボスポラス・フェリーに乗船し、港を眺めています。
すると、男(医師のアーバスノット:レスリー・オドム・ジュニア)が乗り込んできて、船員に、「イスタンブールで乗り継ぎがある。間に合うか?」「怒鳴っても無駄だけど」と言います。
また、女(メアリ:デイジー・リドリー)を見かけたポアロが、「バグダッドから?」「チケットを見ました」「家庭教師は楽しめましたか?」と尋ねると、女は「生徒に対しては厳しく教えます」と答えます。
そして、ポアロは、女が男に「すべてが終わったら、誰もわたしたちを邪魔できない」と言っているのを耳にします。
こうしてポアロはイスタンブールに着き、そこで休暇を過ごそうとするのですが、領事から「事件です」と電報を見せられ、急遽、オリエント急行に乗り込んでロンドンに向かうことになりますが、さあこれから物語はどのように展開していくのでしょうか、………?
本作は、アガサ・クリスティの有名な推理小説(1943年)を実写化したものです。同推理小説は、1974年にも実写化され、またイギリスのTVドラマ『名探偵ポワロ』の中でも取り上げられています。ですから、ストーリーはよく知られているとは言え、ジョニー・デップなどの著名俳優がたくさん出演して描き出される本作を見ると、やはり映画に引き込まれます。ただ、雪崩で停まってしまった列車の中は明かりがなく、おまけに暖房も停まってものすごく寒いのではないのかなど、ついつい余計なことを考えたりしてしまうのですが。
(本作はサスペンス物にもかかわらず、以下では色々とネタバレしていますので、未見の方はご注意ください)
(2)本作を見ていると、些細ながらもいろいろ疑問な点が浮かばないわけではありません。
例えば、本作では、ポアロらが乗る車両とそれに接続する食堂車くらいしか描かれませんが、他の車両も付いていて、そこには乗客もいると思われるところ、ほとんど描かれないのはどうしてでしょう(注4)?
また、本作では、12という数字が重要な意味を持ってきますが(注5)、クローズアップされる登場人物は16名もいます。この中から、探偵のポアロと、その親友で鉄道会社のブーク(トム・ベイトマン)、それに殺されたラチェット(ジョニー・デップ)を除くと、残りは13名。まだ1名余計です。それは一体誰なのでしょう(注6)?
さらには、ポアロらが乗った列車は雪崩に遭遇して立ち往生してしまいます。蒸気機関車は雪に埋まってしまい、動かすことができません。そうなれば、常識的には、照明とか暖房とかは止まってしまうのではないでしょうか(注7)?
加えて言えば、ラストにおけるポアロの解決の仕方もよくわからない感じがしてしまいます(注8)。
でも、そんなつまらないことなどはどうでもいいでしょう。
本作は、蒸気機関車の牽引する豪華列車内での殺人事件を巡って、ジョニー・デップなどの豪華配役陣が披露する見ごたえある演技を堪能すればそれで十分のように思われます。
それに、その列車は、イスタンブールを出発してヨーロッパを横断するという雄大なものであり、本作の中で描かれる景色もまた見ごたえがあるように思います。
なお、本作のラストの描き方から、続編が制作されるように思えるところ、実際にもそうした動きになっているようです(注9)。
(3)渡まち子氏は、「訳ありの乗客たちを演じるのは、ほとんどが主役級の俳優だ。犯人を知っていても、結末が分かっていても、十分に楽しめるのは、彼らの演技合戦が素晴らしいからに他ならない。まるで古典芸能を見ているような豊かな気分になる」として75点を付けています。
渡辺祥子氏は、「65ミリのフィルムによる鮮明で美しい映像を駆使して進行する謎解きと乗客の反応。状況説明は丁寧だが、描写があまりに細かくて全体像がぼやけ、原作を知らないと話が見えない不安が残る」として★3つ(「見応えあり」)を付けています。
毎日新聞の高橋諭治氏は、「謎解きの前段となる“アームストロング事件”の説明が駆け足でわかりづらいのが気になるが、お正月映画らしい華やかな娯楽大作である」と述べています。
(注1)監督は、主演のケネス・ブラナー。
脚本はマイケル・グリーン。
原作は、アガサ・クリスティ著『オリエント急行の殺人』(ハヤカワ文庫)。
なお、出演者の内、最近では、ケネス・ブラナーは『マリリン 7日間の恋』、ペネロペ・クルスは『悪の法則』、ウィレム・デフォーは『きっと、星のせいじゃない。』、ジュディ・デンチは『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』、ジョニー・デップは『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』、ジョシュ・ギャッドは『美女と野獣』(2017年)、デレク・ジャコビは『グレース・オブ・モナコ』、ミシェル・ファイファーは『わたしの可愛い人―シェリ』、デイジー・リドリーは『スター・ウォーズ フォースの覚醒』で、それぞれ見ました。
(注2)原作小説には、本作の冒頭で描かれるエピソードは書かれてはおりません(原作小説の冒頭では、ポアロは、シリアに派遣されているフランス軍の中で起きた事柄をうまく解決したとされているにすぎません)。
また、1974年版の冒頭は、1930年のニューヨーク州ロングアイランドのアームストロング邸。幼児・デイジーが誘拐されたとの新聞記事に続いて、デイジーが男たちによって連れさられる姿が映し出されます。最後は、デイジーは死体で発見されたとの報道。そして、時点は5年後のイスタンブールとされ、メアリー(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)がボスポラス・フェリーに乗り込み、それを先に乗り込んでいるポアロ(アルバート・フィニー)が見ています。そのポアロに、見送りのフランス軍将校が近づいて、「将軍が、フランス軍の名誉を守ってくれたと感謝しておりました」等と話します。
さらに、TVドラマ『名探偵ポワロ』で取り上げられた「オリエント急行の殺人」の冒頭では、いきなりポワロ(デヴィッド・スーシェ)が中尉の嘘を糾弾すると、ポアロの目の前で、その中尉は拳銃で自殺してしまいますが、その時の有様を、ボスポラス・フェリーの船上でポワロが思い返しています。そして、その背後から、フランス軍の将校が、「わたしたちの部隊の事件を解決してくれて感謝しているとの上官の言葉をお伝えします」「ですが、中尉が、一度の過ちで支払った代償は不当だと思います」「あれは事故だったのです」「善人が犯した判断ミスです」と言います。これに対し、ポワロは「人には選択肢があり、彼はウソを付くことを選び、裁きを受けることになった」と言います。
わざかな冒頭部分を取り上げたけながら、原作小説の映画化に当たり、本作を含めて様々な工夫をこらしていることがわかります。
それでも、原作小説と、1974年版とTV版とは、どれもシリアにおけるポアロとフランス軍との関係を描いているのに対し、本作では、エルサレムにおける宗教遺物の盗難事件をポアロが解決する様子を描いています。
本作がわざわざこうした作り方をしているのを見ると、ブログ「佐藤秀の徒然幻視録」の12月8日の記事が述べているように、「まさかドナルド・トランプ大統領は本作の前宣伝のためにイスラエルの首都承認宣言したのか、と一瞬思ってしま」います(ちなみに、トランプ大統領がイスラエルの首都をエルサレムと認める旨を宣言したのは日本時間で12月7日)!
(注3)ポアロによるこの解決法は、なんだか、本作のラストでポアロが展開する第1の推理(外部者の犯行説)に類似している感じがします。また、この解決法では、エルサレムの3宗教間の関係には何も踏み込まないわけですから、エルサレムにおける3つの宗教の間のバランスが保たれたことになるのでしょうか(尤も、現状でバランスがとれているというのであれば、この解決法でかまわないことになりますが)?
(注4)雪崩で立ち往生したオリエント急行は、はっきりとはしませんが、少なくとも4両編成くらいであり、映画で中心的に描かれる車両にいた者たち(15名)よりも多い乗客が乗車しているのではないかと思われます(機関士とか食堂車の料理人などのスタッフは除いても)。
ですが、雪崩で埋もれた列車が動き出す際に、危ないからとトンネルの中に誘導されるのはその車両の人達だけです。他の車両にいる人達はどうしたのでしょうか?
ちなみに、Wikipediaのこの記事によれば、「登場時のオリエント急行は寝台車2両、食堂車1両、荷物車(兼乗務員車)2両の編成」だったが、「1909年にはR型の増備に伴い、オリエント急行の寝台車は3両に増えた」とのこと。本作の時点では、少なくとも5両編成だったものと考えられます。
また、ポアロの親友のブークは、途中で部屋をポアロに譲り、自分は他の車両に移ってしまいます。
尤も、このブログ記事によれば、1974年版について、「編成は機関車寄りから荷物車、食堂車、個室寝台車、特別車。各1両でたった4両編成。乗客は15名」だとされていますから、あるいは本作も同じように設定されているのかもしれませんが。
(注5)何しろ、ラチェットは12箇所刺されて殺されたのですから!
といっても、例えば、本作のポスター等で描かれているのは9人ですし、「CAST」で映し出されている登場人物は12人ながら、そこにはポアロもラチェットやブークも入っていたりするのです(尤も、そんなところで12人だけを取り上げたら、それこそネタバレだと難詰されるでしょうが!)。
(注6)バレエダンサーのエレナ(ルーシー・ボイントン)の夫であるルドルフ(セルゲイ・ポルーニン)が、アームストロング事件に直接関わりを持とないものとして、除外されるのでしょうが、実際には、病んでいるエレナに代わってルドルフが犯行に加わったようです。
ただ、本作では、12人の乗客等がアームストロング事件にどのようにかかわっているかについては、大層駆け足で描かれるためになかなか見分けるのが難しく、さらには犯行の際に誰がどうしたのかについてもあっさりと描かれていますから、あまり良くはわからないのですが。
(注7)このサイトのベストアンサーの記事によれば、「客車など牽引する車両の電源は、機関車からは供給されずそれぞれの車両でまかな」うとされていますが、ただ、暖房については、「客車の暖房に関しては蒸気機関車から蒸気が供給される形で暖房が行われて」いるとのべられています。
仮にそうであれば、雪崩で蒸気機関車が立ち往生してしまった段階で、少なくとも、客車の暖房は止まってしまうことになるものと思われます。そうなれば、ポアロが、あのように客車内を優雅に歩き回ることもできなくなってしまうのではないでしょうか?
(注8)ポアロは、ラチェット殺人事件について、2つの推理をして、最初の推理(外部犯行説)は否定し、2番目の推理(内部犯行説)を述べ、ただしその後どうするのかは12名の乗客の判断に委ねます。
ポアロは、それまでは、「世の中には善と悪しかないのだ。その中間なんてものはありはしないのだ」と言い切っていたのですが、ラチェット殺人事件については、司直に委ねることなく列車を離れてしまいます。
ですが、12人の乗客が犯した犯行は、そんなに判断が難しいものでしょうか?
元々、ラチェットが、デイジー・アームストロングを誘拐して殺した真犯人だと分かったら、彼らは、どうしてその時点で警察に彼を突き出さなかったのでしょう?あるいは、事件から時間がかなり経過してしまい、司直に委ねても満足の行く処罰が得られないと判断されたのかもしれません。でも、そのあたりが本作では何も描かれてはいないので、見る方としては、どうして12人もの人たちが寄ってたかってラチェットを殺してしまったのか、どうも釈然としないものを感じざるをえないところです。
(注9)この記事によれば、「20世紀フォックスは続編の準備に着手しており、次作はクリスティの「ナイルに死す」を題材にするという。前作に続きマイケル・グリーンが脚本を執筆し、ブラナーがポワロ役と監督、プロデューサーとして続投する予定」とのこと。
★★★☆☆☆
象のロケット:オリエント急行殺人事件
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(1)予告編を見て面白そうだなと思い、映画館に行ってきました。
本作(注1)の冒頭では、鐘の音が聞こえると思ったら、エルサレムの「嘆きの壁」が映し出されます。時は1934年(注2)。
壁の前には警官が立っていますが、その前を男の子が走ります。
男の子は階段を駆け上り、ホテルのレストランの給仕に卵を届けます。
ウエイターがボイルされた卵を2つ、席に着いているポアロ(ケネス・ブラナー)に出します。
ですが、そのサイズが違っていたためにポアロの気に召さなかったのでしょう、その男の子はまた走り出し、「今度は、完璧に同じかな?」と言いながら別の卵を持ってきます。
ポアロは、小さな物差しで卵のサイズを測り、「同じ卵を産めない雌鳥が問題だ」と言います。
その時警官が現れ、「3つの宗教が絡んだ事件の解決をお願いします」と言うので、ポアロは立ち上がって出ていきます。
ポアロは、現場に出向く際に、道路に落ちていた動物の糞の塊に片足を入れてしまいます。すると彼は、「これではバランスが悪い」と言いながら、他方の片足も糞の中に入れ、「これで良い」とつぶやくのです。
ポアロが嘆きの壁に出向くと、大勢人々が集まっていて、さらにラビと司祭とイマームの3人が嘆きの壁の前に立っています。どうやら、この3人のうちの誰かが宗教遺物を盗んだ犯人ではないかとされているようです。
でも、ポアロは、「宗教遺物を盗んで利益を得るのは誰か」「この3人の聖職者にはそんな関心は薄い」「利益を得るのは、宗教遺物を警備していた警察官だ」「このフレスコ画が酷く汚れているのは、彼がブーツを履いているからだ」と言って、警察官の持ち物を調べてみると、失われた宗教遺物が出てきます(注3)。
次いで、ポアロは、ボスポラス・フェリーに乗船し、港を眺めています。
すると、男(医師のアーバスノット:レスリー・オドム・ジュニア)が乗り込んできて、船員に、「イスタンブールで乗り継ぎがある。間に合うか?」「怒鳴っても無駄だけど」と言います。
また、女(メアリ:デイジー・リドリー)を見かけたポアロが、「バグダッドから?」「チケットを見ました」「家庭教師は楽しめましたか?」と尋ねると、女は「生徒に対しては厳しく教えます」と答えます。
そして、ポアロは、女が男に「すべてが終わったら、誰もわたしたちを邪魔できない」と言っているのを耳にします。
こうしてポアロはイスタンブールに着き、そこで休暇を過ごそうとするのですが、領事から「事件です」と電報を見せられ、急遽、オリエント急行に乗り込んでロンドンに向かうことになりますが、さあこれから物語はどのように展開していくのでしょうか、………?
本作は、アガサ・クリスティの有名な推理小説(1943年)を実写化したものです。同推理小説は、1974年にも実写化され、またイギリスのTVドラマ『名探偵ポワロ』の中でも取り上げられています。ですから、ストーリーはよく知られているとは言え、ジョニー・デップなどの著名俳優がたくさん出演して描き出される本作を見ると、やはり映画に引き込まれます。ただ、雪崩で停まってしまった列車の中は明かりがなく、おまけに暖房も停まってものすごく寒いのではないのかなど、ついつい余計なことを考えたりしてしまうのですが。
(本作はサスペンス物にもかかわらず、以下では色々とネタバレしていますので、未見の方はご注意ください)
(2)本作を見ていると、些細ながらもいろいろ疑問な点が浮かばないわけではありません。
例えば、本作では、ポアロらが乗る車両とそれに接続する食堂車くらいしか描かれませんが、他の車両も付いていて、そこには乗客もいると思われるところ、ほとんど描かれないのはどうしてでしょう(注4)?
また、本作では、12という数字が重要な意味を持ってきますが(注5)、クローズアップされる登場人物は16名もいます。この中から、探偵のポアロと、その親友で鉄道会社のブーク(トム・ベイトマン)、それに殺されたラチェット(ジョニー・デップ)を除くと、残りは13名。まだ1名余計です。それは一体誰なのでしょう(注6)?
さらには、ポアロらが乗った列車は雪崩に遭遇して立ち往生してしまいます。蒸気機関車は雪に埋まってしまい、動かすことができません。そうなれば、常識的には、照明とか暖房とかは止まってしまうのではないでしょうか(注7)?
加えて言えば、ラストにおけるポアロの解決の仕方もよくわからない感じがしてしまいます(注8)。
でも、そんなつまらないことなどはどうでもいいでしょう。
本作は、蒸気機関車の牽引する豪華列車内での殺人事件を巡って、ジョニー・デップなどの豪華配役陣が披露する見ごたえある演技を堪能すればそれで十分のように思われます。
それに、その列車は、イスタンブールを出発してヨーロッパを横断するという雄大なものであり、本作の中で描かれる景色もまた見ごたえがあるように思います。
なお、本作のラストの描き方から、続編が制作されるように思えるところ、実際にもそうした動きになっているようです(注9)。
(3)渡まち子氏は、「訳ありの乗客たちを演じるのは、ほとんどが主役級の俳優だ。犯人を知っていても、結末が分かっていても、十分に楽しめるのは、彼らの演技合戦が素晴らしいからに他ならない。まるで古典芸能を見ているような豊かな気分になる」として75点を付けています。
渡辺祥子氏は、「65ミリのフィルムによる鮮明で美しい映像を駆使して進行する謎解きと乗客の反応。状況説明は丁寧だが、描写があまりに細かくて全体像がぼやけ、原作を知らないと話が見えない不安が残る」として★3つ(「見応えあり」)を付けています。
毎日新聞の高橋諭治氏は、「謎解きの前段となる“アームストロング事件”の説明が駆け足でわかりづらいのが気になるが、お正月映画らしい華やかな娯楽大作である」と述べています。
(注1)監督は、主演のケネス・ブラナー。
脚本はマイケル・グリーン。
原作は、アガサ・クリスティ著『オリエント急行の殺人』(ハヤカワ文庫)。
なお、出演者の内、最近では、ケネス・ブラナーは『マリリン 7日間の恋』、ペネロペ・クルスは『悪の法則』、ウィレム・デフォーは『きっと、星のせいじゃない。』、ジュディ・デンチは『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』、ジョニー・デップは『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』、ジョシュ・ギャッドは『美女と野獣』(2017年)、デレク・ジャコビは『グレース・オブ・モナコ』、ミシェル・ファイファーは『わたしの可愛い人―シェリ』、デイジー・リドリーは『スター・ウォーズ フォースの覚醒』で、それぞれ見ました。
(注2)原作小説には、本作の冒頭で描かれるエピソードは書かれてはおりません(原作小説の冒頭では、ポアロは、シリアに派遣されているフランス軍の中で起きた事柄をうまく解決したとされているにすぎません)。
また、1974年版の冒頭は、1930年のニューヨーク州ロングアイランドのアームストロング邸。幼児・デイジーが誘拐されたとの新聞記事に続いて、デイジーが男たちによって連れさられる姿が映し出されます。最後は、デイジーは死体で発見されたとの報道。そして、時点は5年後のイスタンブールとされ、メアリー(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)がボスポラス・フェリーに乗り込み、それを先に乗り込んでいるポアロ(アルバート・フィニー)が見ています。そのポアロに、見送りのフランス軍将校が近づいて、「将軍が、フランス軍の名誉を守ってくれたと感謝しておりました」等と話します。
さらに、TVドラマ『名探偵ポワロ』で取り上げられた「オリエント急行の殺人」の冒頭では、いきなりポワロ(デヴィッド・スーシェ)が中尉の嘘を糾弾すると、ポアロの目の前で、その中尉は拳銃で自殺してしまいますが、その時の有様を、ボスポラス・フェリーの船上でポワロが思い返しています。そして、その背後から、フランス軍の将校が、「わたしたちの部隊の事件を解決してくれて感謝しているとの上官の言葉をお伝えします」「ですが、中尉が、一度の過ちで支払った代償は不当だと思います」「あれは事故だったのです」「善人が犯した判断ミスです」と言います。これに対し、ポワロは「人には選択肢があり、彼はウソを付くことを選び、裁きを受けることになった」と言います。
わざかな冒頭部分を取り上げたけながら、原作小説の映画化に当たり、本作を含めて様々な工夫をこらしていることがわかります。
それでも、原作小説と、1974年版とTV版とは、どれもシリアにおけるポアロとフランス軍との関係を描いているのに対し、本作では、エルサレムにおける宗教遺物の盗難事件をポアロが解決する様子を描いています。
本作がわざわざこうした作り方をしているのを見ると、ブログ「佐藤秀の徒然幻視録」の12月8日の記事が述べているように、「まさかドナルド・トランプ大統領は本作の前宣伝のためにイスラエルの首都承認宣言したのか、と一瞬思ってしま」います(ちなみに、トランプ大統領がイスラエルの首都をエルサレムと認める旨を宣言したのは日本時間で12月7日)!
(注3)ポアロによるこの解決法は、なんだか、本作のラストでポアロが展開する第1の推理(外部者の犯行説)に類似している感じがします。また、この解決法では、エルサレムの3宗教間の関係には何も踏み込まないわけですから、エルサレムにおける3つの宗教の間のバランスが保たれたことになるのでしょうか(尤も、現状でバランスがとれているというのであれば、この解決法でかまわないことになりますが)?
(注4)雪崩で立ち往生したオリエント急行は、はっきりとはしませんが、少なくとも4両編成くらいであり、映画で中心的に描かれる車両にいた者たち(15名)よりも多い乗客が乗車しているのではないかと思われます(機関士とか食堂車の料理人などのスタッフは除いても)。
ですが、雪崩で埋もれた列車が動き出す際に、危ないからとトンネルの中に誘導されるのはその車両の人達だけです。他の車両にいる人達はどうしたのでしょうか?
ちなみに、Wikipediaのこの記事によれば、「登場時のオリエント急行は寝台車2両、食堂車1両、荷物車(兼乗務員車)2両の編成」だったが、「1909年にはR型の増備に伴い、オリエント急行の寝台車は3両に増えた」とのこと。本作の時点では、少なくとも5両編成だったものと考えられます。
また、ポアロの親友のブークは、途中で部屋をポアロに譲り、自分は他の車両に移ってしまいます。
尤も、このブログ記事によれば、1974年版について、「編成は機関車寄りから荷物車、食堂車、個室寝台車、特別車。各1両でたった4両編成。乗客は15名」だとされていますから、あるいは本作も同じように設定されているのかもしれませんが。
(注5)何しろ、ラチェットは12箇所刺されて殺されたのですから!
といっても、例えば、本作のポスター等で描かれているのは9人ですし、「CAST」で映し出されている登場人物は12人ながら、そこにはポアロもラチェットやブークも入っていたりするのです(尤も、そんなところで12人だけを取り上げたら、それこそネタバレだと難詰されるでしょうが!)。
(注6)バレエダンサーのエレナ(ルーシー・ボイントン)の夫であるルドルフ(セルゲイ・ポルーニン)が、アームストロング事件に直接関わりを持とないものとして、除外されるのでしょうが、実際には、病んでいるエレナに代わってルドルフが犯行に加わったようです。
ただ、本作では、12人の乗客等がアームストロング事件にどのようにかかわっているかについては、大層駆け足で描かれるためになかなか見分けるのが難しく、さらには犯行の際に誰がどうしたのかについてもあっさりと描かれていますから、あまり良くはわからないのですが。
(注7)このサイトのベストアンサーの記事によれば、「客車など牽引する車両の電源は、機関車からは供給されずそれぞれの車両でまかな」うとされていますが、ただ、暖房については、「客車の暖房に関しては蒸気機関車から蒸気が供給される形で暖房が行われて」いるとのべられています。
仮にそうであれば、雪崩で蒸気機関車が立ち往生してしまった段階で、少なくとも、客車の暖房は止まってしまうことになるものと思われます。そうなれば、ポアロが、あのように客車内を優雅に歩き回ることもできなくなってしまうのではないでしょうか?
(注8)ポアロは、ラチェット殺人事件について、2つの推理をして、最初の推理(外部犯行説)は否定し、2番目の推理(内部犯行説)を述べ、ただしその後どうするのかは12名の乗客の判断に委ねます。
ポアロは、それまでは、「世の中には善と悪しかないのだ。その中間なんてものはありはしないのだ」と言い切っていたのですが、ラチェット殺人事件については、司直に委ねることなく列車を離れてしまいます。
ですが、12人の乗客が犯した犯行は、そんなに判断が難しいものでしょうか?
元々、ラチェットが、デイジー・アームストロングを誘拐して殺した真犯人だと分かったら、彼らは、どうしてその時点で警察に彼を突き出さなかったのでしょう?あるいは、事件から時間がかなり経過してしまい、司直に委ねても満足の行く処罰が得られないと判断されたのかもしれません。でも、そのあたりが本作では何も描かれてはいないので、見る方としては、どうして12人もの人たちが寄ってたかってラチェットを殺してしまったのか、どうも釈然としないものを感じざるをえないところです。
(注9)この記事によれば、「20世紀フォックスは続編の準備に着手しており、次作はクリスティの「ナイルに死す」を題材にするという。前作に続きマイケル・グリーンが脚本を執筆し、ブラナーがポワロ役と監督、プロデューサーとして続投する予定」とのこと。
★★★☆☆☆
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