『陽だまりハウスでマラソンを』を新宿武蔵野館で見ました。
(1)『博士と彼女のセオリー』を見ようと新宿シネマカリテに早目に出向いたところ、満席状態。仕方なく近くの新宿武蔵野館に回って、上映まであまり待たなくて済むこの映画を、事前情報なしの飛び込みで見た次第。
始まるとすぐにラストシーンが目に浮かんでしまうような作品ながら、まずまず楽しめ、クマネズミにとっては拾い物でした。
本作(注1)の舞台は現代のベルリン。
主人公は、1952年のヘルシンキ・オリンピックや1956年のメルボルン・オリンピックのマラソンで優勝したとされるパウル・アヴァホフ(ディーター・ハラーフォルデン)。
そんな実績のある彼も、今や80に近い歳に。
映画の最初方では、パウロの妻・マーゴ(ターチャ・サイブト)が食卓を整えている場面。
時計が2時を指し、彼女が「食事よ、聞こえた?!」と叫びます。
外にいたパウロは、庭の手入れをしていてその声は聞こえませんが、腕時計を見て家の中に。家の中に漂う臭いから「ロールキャベツか」と言いながら食堂に入っていきますが、台所で倒れている妻を発見。
キャビンアテンダントをしている娘のビルギット(ハイケ・マカッシュ)もやってきて、「一月に3度よ。いつも私が来れるわけではないのだから」と言うと、パウルは、「明日になれば歩けるし、買い物は私がする。食事だって作れる。施設には入らない」と応じます。
ビルギットが「地下室で倒れたりでもしたらどうするのよ」と言い張り、結局、パウルとマーゴは一緒に老人ホームに入ることに。
ですが、老人ホームで皆と一緒にさせられる作業はどれも退屈なものばかり(注2)。
そこでパウルは、自分のやりたいことはそんなつまらないことではなくやっぱりこれだとばかりに、老人ホームの庭を走り始めます。
目標は、8週間後に開催されるベルリン・マラソンに出場して完走すること。
さあ、一体どうなることでしょうか、………?
本作は、かつてオリンピックのマラソンで優勝した実績のある男が、高齢になったにもかかわらず自分を取り戻すためにマラソン大会に出場するというお話ですが、クマネズミも細々ながらジョギングをやっているところから(注3)、実に興味津々な映画で、主人公のようにマラソンとはいかないまでも、高齢者の仲間入りをしても現在のようにジョギングが続けられたら素晴らしいことだなと思ったところです。
(2)本作では、大勢のランナーに混じってパウルがベルリンの街を走るシーンは感動的です。
実際にも、主役を演じたディーター・ハラーフォルデンは78歳でありながら(注4)、2012年末のベルリン・マラソンに出場して本作の撮影が行なわれたそうです。
ただ、高齢者によるマラソン完走という快挙が達成されという実話があって、本作もそうしたものに基づいて制作されているのであれば、その感動も一層増すのになと思えたところです。
ですが、劇場用パンフレットに掲載されている監督インタビューによれば、そうした実話があったようではなさそうです(注5)。
むしろ監督は、「私の中で根本的な問題としてあるのは、時が過ぎ、人生の終わりが近づいたときに、自分はどう行動するだろう、ということです。やる気を無くして意気消沈し、あきらめていのか、それとも、自分と自分の尊厳のために戦っているだろうか?私にとって、これは大きな、そして心を動かされるテーマです」と述べています。
そういうところからすれば、本作は、一種のファンタジーと考えた方がいいのかもしれません。
そうだとしたら、いくらオリンピックで優勝したという実績があるとしても、長い間トレーニングから遠ざかっている高齢者が、あれだけの事前の準備だけでフルマラソンを完走できるのだろうかなどといった問題点(注6)を本作に対して言い募っても何の意味もないことでしょう。
実話に基づいた作品を見ると、その実話から離れて見てみたい気になりますし、逆に、こうした作品が実話に基づいていないとされると(注7)、なんだか物足りない感じになってしまうのは、クマネズミ持ち前のひねくれ精神によるものかもしれません。
(3)なお、本作に登場する老人ホームはかなり高級な感じがします。全体的な雰囲気は、医療設備の整った老人用高級マンションといったところではないでしょうか(注8)?集会所の合唱の際にオルガンを弾く老女は、娘が著名なヴァイオリニストだと言いますし、入居者は皆相応の所得がありそうな雰囲気です。
となると、描かれる老人ホームはずっと高級ですが、『カルテット! 人生のオペラハウス』が思い起こされます。
さらに、同作も、“昔とった杵柄”物で、とっくの前に引退している歌手などが資金集めのためにコンサートを開くというストーリーであり、おまけに、その中心の歌手ジーンを演じるマギー・スミス(注9)が、当時78歳!
老人が活躍する映画は、見る者に、自分だってあの歳になってもあのように元気に活躍できるんだという気にさせるものであり、認知症老人に関する作品を見て現実を直視するのもかまいませんが、一種の清涼剤として意味があるのではと思います。
(4)渡まち子氏は、「元五輪マラソン金メダリストがフルマラソンに再挑戦する姿を描く「陽だまりハウスでマラソンを」。高齢者の尊厳をきちんと描いた佳作」として65点を付けています。
秋山登氏は、「観客を幸せな気分にし、勇気づける良質な娯楽映画である」と述べています。
読売新聞の大木隆士氏は、「マラソンは人生に似ている。使い古されたそんな言葉に、新しい輝きを与える映画だ」と述べています。
(注1)監督と脚本は、キリアン・リートホーフ。
原題は「Back on Track」。
(注2)なにしろ、やることといえば「くり人形」作りとか合唱といった微温的なものばかりなのです(「クリ人形」というのはよくわかりませんが、このブログの記事に掲載されているものなのかもしれません)。
(注3)この拙エントリをご覧ください。
(注4)3月26日(木曜日)にNHK総合で放映された「北島三郎78歳の挑戦~最終公演の軌跡~」を、北島三郎がディーター・ハラーフォルデンと同じ“78歳”ということもあって見たのですが、1回の公演が4時間のものを1日昼夜2回やり、それを1ヵ月(その間10日ほどの公演日)続けるというのですから、そのスタミナに驚きました!
(注5)劇場用パンフレットに掲載されたインタビュー記事において、監督は、「2001年に、ある短い新聞記事を見つけました。うつ状態に陥っていた高齢の男性が、奥さんから「あなたが走らなければ、私はあなたのもとを離れます!」と急き立てられ、本当にマラソンに挑戦したという内容でした」と述べています。ただ、この内容では随分と漠然としていて、あまり参考にならない感じがします。
(注6)マラソンに出場する前には、やはり、20km走とか30km走とかを予め行う必要があるのではと思いますし、なにより、ベルリン・マラソンの当日まで、パウルはベッドに拘束されていたのですから!
劇場用パンフレットに掲載されたインタビュー記事で、監督は、「脚本の制作が進むにつれ、ドラマチックな要素を強め、アレンジを加えていきました」と述べていますが、ここらあたりのことを踏まえているのではと思います。
(注7)ただ、この記事によれば、先に開催された東京マラソンで、90歳の阿南さんが完走したとのこと。映画のようなお話もあながち夢物語ではなさそうです(むしろ、阿南さんを映すドキュメンタリー映画が考えられるのではないでしょうか)!
なお、阿南さんがかかった時間は6時間45分で、ベルリン・マラソンの制限時間の6時間15分を超えているので(この記事)、阿南さんが同マラソンに出場した場合には完走できないことになってしまいます(ちなみに、東京マラソンの制限時間は7時間)。
(注8)と言っても、医師は常駐しておらず、常駐するのは看護師と介護士です。
(注9)マギー・スミスは、現在80歳で、NHK総合TVで放映されている海外ドラマ『ダウントン・アビー』でも活躍中です。
★★★☆☆☆
象のロケット:陽だまりハウスでマラソンを
(1)『博士と彼女のセオリー』を見ようと新宿シネマカリテに早目に出向いたところ、満席状態。仕方なく近くの新宿武蔵野館に回って、上映まであまり待たなくて済むこの映画を、事前情報なしの飛び込みで見た次第。
始まるとすぐにラストシーンが目に浮かんでしまうような作品ながら、まずまず楽しめ、クマネズミにとっては拾い物でした。
本作(注1)の舞台は現代のベルリン。
主人公は、1952年のヘルシンキ・オリンピックや1956年のメルボルン・オリンピックのマラソンで優勝したとされるパウル・アヴァホフ(ディーター・ハラーフォルデン)。
そんな実績のある彼も、今や80に近い歳に。
映画の最初方では、パウロの妻・マーゴ(ターチャ・サイブト)が食卓を整えている場面。
時計が2時を指し、彼女が「食事よ、聞こえた?!」と叫びます。
外にいたパウロは、庭の手入れをしていてその声は聞こえませんが、腕時計を見て家の中に。家の中に漂う臭いから「ロールキャベツか」と言いながら食堂に入っていきますが、台所で倒れている妻を発見。
キャビンアテンダントをしている娘のビルギット(ハイケ・マカッシュ)もやってきて、「一月に3度よ。いつも私が来れるわけではないのだから」と言うと、パウルは、「明日になれば歩けるし、買い物は私がする。食事だって作れる。施設には入らない」と応じます。
ビルギットが「地下室で倒れたりでもしたらどうするのよ」と言い張り、結局、パウルとマーゴは一緒に老人ホームに入ることに。
ですが、老人ホームで皆と一緒にさせられる作業はどれも退屈なものばかり(注2)。
そこでパウルは、自分のやりたいことはそんなつまらないことではなくやっぱりこれだとばかりに、老人ホームの庭を走り始めます。
目標は、8週間後に開催されるベルリン・マラソンに出場して完走すること。
さあ、一体どうなることでしょうか、………?
本作は、かつてオリンピックのマラソンで優勝した実績のある男が、高齢になったにもかかわらず自分を取り戻すためにマラソン大会に出場するというお話ですが、クマネズミも細々ながらジョギングをやっているところから(注3)、実に興味津々な映画で、主人公のようにマラソンとはいかないまでも、高齢者の仲間入りをしても現在のようにジョギングが続けられたら素晴らしいことだなと思ったところです。
(2)本作では、大勢のランナーに混じってパウルがベルリンの街を走るシーンは感動的です。
実際にも、主役を演じたディーター・ハラーフォルデンは78歳でありながら(注4)、2012年末のベルリン・マラソンに出場して本作の撮影が行なわれたそうです。
ただ、高齢者によるマラソン完走という快挙が達成されという実話があって、本作もそうしたものに基づいて制作されているのであれば、その感動も一層増すのになと思えたところです。
ですが、劇場用パンフレットに掲載されている監督インタビューによれば、そうした実話があったようではなさそうです(注5)。
むしろ監督は、「私の中で根本的な問題としてあるのは、時が過ぎ、人生の終わりが近づいたときに、自分はどう行動するだろう、ということです。やる気を無くして意気消沈し、あきらめていのか、それとも、自分と自分の尊厳のために戦っているだろうか?私にとって、これは大きな、そして心を動かされるテーマです」と述べています。
そういうところからすれば、本作は、一種のファンタジーと考えた方がいいのかもしれません。
そうだとしたら、いくらオリンピックで優勝したという実績があるとしても、長い間トレーニングから遠ざかっている高齢者が、あれだけの事前の準備だけでフルマラソンを完走できるのだろうかなどといった問題点(注6)を本作に対して言い募っても何の意味もないことでしょう。
実話に基づいた作品を見ると、その実話から離れて見てみたい気になりますし、逆に、こうした作品が実話に基づいていないとされると(注7)、なんだか物足りない感じになってしまうのは、クマネズミ持ち前のひねくれ精神によるものかもしれません。
(3)なお、本作に登場する老人ホームはかなり高級な感じがします。全体的な雰囲気は、医療設備の整った老人用高級マンションといったところではないでしょうか(注8)?集会所の合唱の際にオルガンを弾く老女は、娘が著名なヴァイオリニストだと言いますし、入居者は皆相応の所得がありそうな雰囲気です。
となると、描かれる老人ホームはずっと高級ですが、『カルテット! 人生のオペラハウス』が思い起こされます。
さらに、同作も、“昔とった杵柄”物で、とっくの前に引退している歌手などが資金集めのためにコンサートを開くというストーリーであり、おまけに、その中心の歌手ジーンを演じるマギー・スミス(注9)が、当時78歳!
老人が活躍する映画は、見る者に、自分だってあの歳になってもあのように元気に活躍できるんだという気にさせるものであり、認知症老人に関する作品を見て現実を直視するのもかまいませんが、一種の清涼剤として意味があるのではと思います。
(4)渡まち子氏は、「元五輪マラソン金メダリストがフルマラソンに再挑戦する姿を描く「陽だまりハウスでマラソンを」。高齢者の尊厳をきちんと描いた佳作」として65点を付けています。
秋山登氏は、「観客を幸せな気分にし、勇気づける良質な娯楽映画である」と述べています。
読売新聞の大木隆士氏は、「マラソンは人生に似ている。使い古されたそんな言葉に、新しい輝きを与える映画だ」と述べています。
(注1)監督と脚本は、キリアン・リートホーフ。
原題は「Back on Track」。
(注2)なにしろ、やることといえば「くり人形」作りとか合唱といった微温的なものばかりなのです(「クリ人形」というのはよくわかりませんが、このブログの記事に掲載されているものなのかもしれません)。
(注3)この拙エントリをご覧ください。
(注4)3月26日(木曜日)にNHK総合で放映された「北島三郎78歳の挑戦~最終公演の軌跡~」を、北島三郎がディーター・ハラーフォルデンと同じ“78歳”ということもあって見たのですが、1回の公演が4時間のものを1日昼夜2回やり、それを1ヵ月(その間10日ほどの公演日)続けるというのですから、そのスタミナに驚きました!
(注5)劇場用パンフレットに掲載されたインタビュー記事において、監督は、「2001年に、ある短い新聞記事を見つけました。うつ状態に陥っていた高齢の男性が、奥さんから「あなたが走らなければ、私はあなたのもとを離れます!」と急き立てられ、本当にマラソンに挑戦したという内容でした」と述べています。ただ、この内容では随分と漠然としていて、あまり参考にならない感じがします。
(注6)マラソンに出場する前には、やはり、20km走とか30km走とかを予め行う必要があるのではと思いますし、なにより、ベルリン・マラソンの当日まで、パウルはベッドに拘束されていたのですから!
劇場用パンフレットに掲載されたインタビュー記事で、監督は、「脚本の制作が進むにつれ、ドラマチックな要素を強め、アレンジを加えていきました」と述べていますが、ここらあたりのことを踏まえているのではと思います。
(注7)ただ、この記事によれば、先に開催された東京マラソンで、90歳の阿南さんが完走したとのこと。映画のようなお話もあながち夢物語ではなさそうです(むしろ、阿南さんを映すドキュメンタリー映画が考えられるのではないでしょうか)!
なお、阿南さんがかかった時間は6時間45分で、ベルリン・マラソンの制限時間の6時間15分を超えているので(この記事)、阿南さんが同マラソンに出場した場合には完走できないことになってしまいます(ちなみに、東京マラソンの制限時間は7時間)。
(注8)と言っても、医師は常駐しておらず、常駐するのは看護師と介護士です。
(注9)マギー・スミスは、現在80歳で、NHK総合TVで放映されている海外ドラマ『ダウントン・アビー』でも活躍中です。
★★★☆☆☆
象のロケット:陽だまりハウスでマラソンを