映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ギター合宿

2010年10月17日 | 音楽
 私が通っている加藤ギター・スクール赤城山麓にあるペンション「がるば」で開く恒例の合宿については、昨年の記事で紹介したところですが、今年も今週前半の連休に開催されましたので、ごく簡単に報告しておきましょう。

(1)昨年の場合、行きの関越道の渋滞に備えて、朝8時に家を出発しています。ただ、今年の場合、下りの渋滞が前日の土曜日に起きたことから、何となく連休の中日の日曜日は大丈夫な気がして、1時間遅れで我が家を出発したところ、驚いたことに一度も渋滞に出会うことなく、正午頃目的地に到着してしまいました!

 午後は今回も、ペンションの裏手に設けられた音楽室にて、我々生徒や講師の方が出演するコンサートが開催され、ラストは、講師の川村先生によるバリオス作曲「過ぎ去りし日の思い出」でした。

 合宿第1日目の最後は、加藤先生を中心とするミニ・コンサートでした(マア、これが楽しみで合宿に参加しているようなものですが)。今年は、加藤先生のギターと川村先生のプサルタリーとの二重奏が大変面白いと思いました(なにしろ、“天使のミロンガ”から“ひばりの佐渡情話”まで、実に幅広い演奏曲目でした)。

(2)そのプサルタリーですが、演奏風景(今回の合宿の際のものではありません)は、YouTubeで5つの動画を見ることが出来ます(YouTubeのサイトで「ギター&プサルタリー」を検索してください)。
 たとえば、加藤先生を中心とする合奏団「Sola」が演奏する「おしえて」(「アルプスの少女ハイジ」より)http://www.youtube.com/watch?v=_apDFQf03ps
 また、加藤先生のギターと川村先生のプサルタリーとの二重奏で「遙かなる旅路http://www.youtube.com/watch?v=biwjhRnoDmI
といったラインナップです。

(3)なお、今年の合宿2日目は、クマネズミは、合宿に参加した皆さんと早めに別れて、谷川岳の紅葉見学と洒落込んでみました。
 ペンション「がるば」からは、スグ近くを走る「からっ風街道」を西に30分ほど車を走らせると、赤城IC。そこから関越道に入り、水上ICで降りて土合口まで行けば、ロープウェーとリフトで目の前に谷川岳が聳え立つ天神峠に立つことが出来ます。
 この日は、絶好の快晴で、谷川岳の頂上付近は雲で覆われていたものの、手を伸ばせば頂上をつかみ取れる手近さで、山々を見ることが出来ました。
 肝心の紅葉ですが、今年の場合暑い日が長く続いたせいで、1週間から10日ほど遅れているとのこと。それでもロープウェーが天神平に近づくに従って、紅葉している木々が見られ、その上に続くリフトからの眺めは、青空に映えて素晴らしいものでした。


コメント

スプリングコンサート

2010年04月17日 | 音楽
 クマネズミがクラシック・ギターを習っている加藤誠先生による演奏会が、今年は先週の木曜日に日暮里サニーホール・コンサートサロンで開催されましたので、行ってきました(去年の演奏会については、この記事で)。

 いつものように、加藤氏によるギター独奏、並びにクラシック・ギターとプサルタリーとの合奏という2部構成のプログラムです。

 第1部のギター独奏の方で注目されるのは、F・ソル(下記画像)の練習曲、それもかなり後期のものが7曲ほども演奏されたことでしょう(注)。 



 ソルの練習曲といえば、セコビアが選曲したメロディアスで技巧的なものにとかく注目がいきがちですが、先生に言わせれば、後期の作品60あたりの練習曲の方が、様々な含みが潜んでいて、それらを取り出して聞き分けられるように演奏するのは至難の業だ、とのことです。
 実際、未熟な私には、その意味合いを理解することはなかなか難しいのですが、それでも、何かありそうだなと思わせる加藤氏の演奏振りでした。

 第2部のギターとプサルタリーとの合奏では、どうしても、クマネズミが今練習している曲(ホルスト作曲の「木星」など)の方に関心が向いてしまいます。加えて、それらの曲では、先生が、チェロと同じような広い音域をもった大型のプサルタリーを受け持って演奏されたので、なおさらでした。
 ただ、それらの曲の場合、プサルタリーが4台とギター1台という構成で、それもギターは低音部を受け持っているだけですから、プサルタリー中心の演奏になってしまいます。
 ギターを習っている者からすれば、やはり、「遥かなる旅路~加藤誠・川村しのぶデュオに捧ぐ~」(井上勝仁作曲)の演奏のような、ギターとプサルタリーの二重奏の方が聞きごたえがあるところです。この場合には、両者の特色が実にうまく生かされて、特に加藤先生が手にしているギターの音色の素晴らしさが聞き手によく伝わってくるのです。

 アンコールでは、加藤先生が、メトロノームの音との掛け合いで「ラ・クンパルシータ」を演奏しました。メトロノームは機械的に音を刻んでいるだけのところ、演奏者の卓越した技巧によって、むしろメトロノームの方が演奏者に従って音を出しているように聞こえてくるのですから不思議です。

 次はこちらの発表会(6月5日)が控えています。心して練習しなければと思いながら、家路を急ぎました。


(注)フェルナンド・ソルは(1778年~1839年)、スペイン・バルセロナ生まれの作曲家であり、かつまたギター演奏家でした。時代的には、「裸のマハ」などで有名なゴヤと重なるところ、政変で1813年以降パリで亡命生活を送っています。
 作曲はオペラやバレエまで及んでいるものの、なんといってもギター曲が優れ、代表作には、「モーツアルトの主題による変奏曲」とか「グラン・ソロ」などがあります〔後者は、今回の演奏会でも演奏されました〕。
 なお、今回のコンサートで演奏された作品60の練習曲については、ブライアン・ジェファリ著『フェルナンド・ソル』(浜田滋郎訳、現代ギター社、1979)において、「1836~7年に出た《ギター練習への手引きOp.60》は教育的な興味の勝った作品ながら音楽的にもすぐれたものを含んでいる」と述べられています(P.142)。
コメント

くるみ割り人形

2009年12月27日 | 音楽
 初台の新国立劇場でバレエ『くるみ割り人形』を見てきました。

 これまでバレエにはほとんど興味がなく、実際にその舞台を見たのは1回くらいに過ぎず、それもかなり大昔なのですっかり忘れていたところ、先頃ドキュメンタリー映画『パリ・オペラ座のすべて』を見て、バレエに対してそこそこ関心を持つようになりました。
 そうした折も折、その映画でも短い時間ながら練習風景が映し出されていたこのバレエのチケットが手に入り、クリスマス・イブの前日、新国立劇場まで行ってきました!

 元々バレエに対しては偏見があって、単にぐるぐる回ったり、飛んでみたり、女性を高く持ち上げたりするのを繰り返すだけで、きちんとした筋もなく、しばらく見ていると退屈この上ないことになるものと思い込んでいました。
 マア実際にバレエを習ったりしている人ならば当然興味があるにせよ、一般人が強く関心を持つなどとは思ってもみませんでした。

 そうしたところ、『パリ・オペラ座のすべて』が上映されたル・シネマは連日大入り満員との噂で、実際に我々が見に行ったときもその通りの状況だったので、大いに驚きました。
 そして今回の公演です。これも、1階の客席はほぼ満席状態で、日本には、こんなにもバレエに関心のある向きが多いのかと、再度驚いてしまいました(先の映画も、今回の公演も、実際にバレエをやっていそうな感じの人はそれほど見かけませんでしたから、不思議と言えば不思議です!)。

 さて、今回の『くるみ割り人形』(劇場オリジナル版:舞踊芸術監督・牧阿佐美)は、途中の休憩をはさんで2時間ちょっとの上演時間ながら、日本でこんなに豪華な気分を味わえるなんて、と大層感動いたしました!

 このバレエのお話の筋はいたって簡単。クリスマス・イヴに、少女クララが謎の人物ドロッセルマイヤーに導かれて不思議な夢の世界を訪れる、というにすぎません。むしろ観客にとっては踊りを見るのが主眼ですから、こういったお話は単なる添え物以上には出ないでしょう(上演のやり方次第で、物語性をもっと増すこともできるようですが)。

 それでも、前半は物語めいた場面が多く(鉛の兵隊とネズミとの戦いなど)、ダンサーも様々な仕草をするところ、オペラだったらここでアリアが入たりしてもっと状況がわかりやすくなるのにな、というところでパントマイムになってしまいますから、なにか乗り切れない感じが残ってしまいます〔ただ、プロローグとエピローグの場面は、今回の公演では新国立劇場が設けられている新宿初台を想定し、舞台背景には副都心の高層ビルが描かれていたりして、大層興味深いものがありました〕。

 ですが、前半のおわりのところから後半全体は、まさにバレエそのもので、とにかくさまざまな形式のバレエダンスが舞台狭しと展開されます。

 ネズミの王様に「くるみ割り人形」がやられそうになったとき、少女クララがスリッパをネズミに投げつけて人形の窮地を救ったところ、その兵隊は王子に変身して、少女を「雪の国」に連れて行きますが、その雪の国における「雪の女王」や「雪の精」たちの踊りの綺麗なことと言ったら!口をあんぐりと開けてしばし呆けて見ていざるを得ませんでした。

 そしてさらに少女は「おとぎの国」へ連れていかれますが、そこではアラビアの踊り、コサックの踊り、中国の踊りなどが次々と繰り出され、その素晴らしさに感嘆していると、クライマックスは金平糖の精と王子の踊りで、二人で踊ったりそれぞれがソロで踊ったりすごいなあと思った途端にエピローグです。

 とにかく、今回の公演を見てバレエに対するつまらない先入観は完全に払拭されました。何事も先に頭から決めつけないで、謙虚な姿勢で臨むべきだと痛感した次第です。
コメント

弱音の世界

2009年12月19日 | 音楽
 ブログ「はじぱりlite!」(12月17日)の記事で、blackdogさんは、あらまし次のように書いています。

 最近聴きに行ったローラン・ディアンス(上記の写真)によるクラシック・ギターのコンサートで「技術的に衝撃を受けた」のは「弱音の多用」であって、それにより「パッセージが音もなく過ぎ去る感じがとても鮮やかで、そこに存在しない音を頭の中で補いながら、聴き手としての僕らも即興演奏に参加しているような、そうやって会場全体がゆるい波に浸されていくような、そして、穏やかさのなかを時にフォルテが轟きわたり、全体にリズムを与え、また過ぎていくといったような、そんな感覚」だった。

 ここで言われているのは、このブログの3月4日の記事の中で触れたことともしかしたら通じているのかもしれません。
 その記事では、プサルタリーに絡めて、私が習っているギター教室の加藤誠先生が編み出した方法、指に負担をできるだけかけないように、細い弦をゆるく張ったギターを使って演奏する「ゆる弦」奏法を取り上げました。こうしたやり方で演奏する結果、ただでさえ小さなギターの音量がもっと小さくはなるものの、逆に繊細ですっきりとした実に美しい音が得られます。
 この奏法に習熟してくると、不思議なことに、音量は小さいながらも当初のような弱々しい音ではなく、むしろ力強いしっかりした音が得られるようになってきます。 

 いうまでもなく、ローラン・ディアンスが使用したギターは「ゆる弦」ギターではないでしょう。でも、大きな音よりむしろ「小さな音」、「弱音」の世界を重視しているという点で何かしら共通項が見い出せるのではないかと思いました。

 ところで、「ゆる弦」奏法の出発点は腱鞘炎の克服でしたが、指に負担をかけないものですから、腱鞘炎のみならず年齢によって筋力が衰えている者でも、努力次第で立派な演奏が可能となるのです。

 さらには、むしろこうした奏法で得られる音楽の方がかえって素晴らしいのではないか、むしろ積極的に目指すべき方向ではないか、とも考えられてきます。 
 加えて、音量は小さいものの繊細で美しい音色に耳が次第に慣れてきますと、力強く弾かれるピアノとかヴァイオリンが奏でる音楽が、かなり粗雑でうるさすぎる感じがしてきます。

 大ホールを揺るがすような大音量のシンホニーなどというのも一つの方向でしょうが、そして無論それを否定するわけではありませんが、むしろモーツアルト以前なら普通だったインナーサークル(宮廷サロンなど)の音楽、ごく少人数の者が小さな美しい音で楽しむ音楽というのもこれから目指すべき一つの方向としてありうるのではないでしょうか?

 このブログの「ギター合宿」の記事の中でも、「それにしても、ギターの素晴らしい独奏とか、ギターとプサルタリーとの息の合った合奏を、こんなに少ない人数で、こんなに近くで、それも大層親密な雰囲気の中で聴くことができるというのは、なんと贅沢な時間の過ごし方でしょう!まるで、バロックかロココ時代の宮廷にいるかのようです」と書いたところです。

 ここで話は跳びますが、7月に刊行された堀江憲一郎氏の『落語論』(講談社現代新書)を読みましたら、その冒頭で、「落語とは、ライブのものである。会場に客がいて、その前で演者が喋る。それが「落語」である」と宣言しており、さらには、「聞く側からすれば、ライブで聞かないと意味がない」、「演者が、目の前にいる客に向かって話しかけるときに初めて成立するのが落語である」などと述べている箇所に遭遇し、何だ落語の上演と音楽の演奏とは基本的に同じことではないのか、と思い至りました。
 それも、堀井氏は、「落語を聞かせられるのは300人までだ、とよく言われる。100人から200人そこそこが適正な観客数のようである」とまで述べているのです。

 落語の場合、1,000人(あるいはそれ以上の)クラスの会場で行われることもあるでしょう。また、1,000人、2,000人の大観衆に向かって大音量で音楽を届けるというのは、ポピュラー音楽ではごく普通のことですし、クラシック音楽の世界でももちろん行われています。
 むろんそれはそれで構わないとはいえ、あるいはそうしたものは、本来的な落語の上演とか音楽の演奏とは随分かけ離れているのではないか、と言えるかもしれません。むしろ、ごく小規模の聴衆に対して繊細で美しい音を伝えるのと、「落語家の発する〝気〟」を少ない人数の観客にしっかりと届けるのとは、もしかしたら同じ次元の話なのではないでしょうか?

 ローラン・ディアンスから思いがけず落語にまで話が広がってしまいました。
 
 最後に、blackdogさんのブログ記事に、クラシック・ギターとは、「小さな曲にどれだけの発想が詰め込まれているか、小さな一音にどれだけ多様な音色が響きわたっているか、そんなことに気付かせてくれる楽器」だと述べられていることを申し添えておきましょう。
コメント (1)

ギター合宿

2009年10月18日 | 音楽
 私が通っている加藤ギター・スクール恒例の合宿が、今年も先週の連休に開催されました。

 合宿先のペンションが赤城山の麓にあるため、車で行くには関越道を通らなくてはならず(高崎JCTから「北関」に入ります)、それも時期が秋の連休中ということもあり、いつも高速道路の出発点から大変な渋滞に巻き込まれます。
 今回は特に、高速料金の大幅引下げが既に実施されていますから、これまでにも増して混雑が予想されました(平日ならば2800円位のところが、1600円で済みます〔練馬~駒形〕)。
 それで11日の日曜日は、朝5時起きして準備に取り掛かり、8時には家を出ました。

 台風18号が本州を縦断した直後の晴天続きということもあって、やはり例年通り関越道は渋滞の連続、結局、途中の嵐山SAを過ぎるあたりまでノロノロ運転せざるを得ません(通常ならば1時間くらいで行けるところが、結局4時間かかりました!)。
 ただ、何回も同じ時期に同じ場所に出向いていますから、ひどい渋滞は織り込み済みで、ソレをなんとかやり過ごすために、車内で聞くCDを何枚も用意します。今回は、スガシカオ「FUNKAHOLiC」、くるり「魂のゆくえ」、コブクロ「CALLING」といったところを聞きながら、4時間を過ごしました。

 そんなこんなで、正午頃、ようやっと目的地手前にあるソバ屋に到着〔このソバ屋「大富屋」は、舞茸の天ぷらの付いた「せいろ」が有名なお店で、合宿に参加する生徒の集合場所になっています〕、皆で一緒にうどんやソバを食べてから、合宿先のペンション「がるば」に向かいます。

 午後は、ペンションに併設されている音楽室にて、生徒や講師の方が出演するコンサートが、3時半から5時くらいまで開催されました。
 私も出演しましたが、何しろ聴衆は教室の生徒だけなのでそんなには上がらないとはいえ、やっぱり家で練習している時のようにはいきません。まあアマチュアですから、演奏がうまくいこうがいくまいが何の問題もないところ、先の発表会でもうまくできなかった曲が今度もということになると、やはり落ち込んでしまいます!
 コンサートのトリは、講師の川村先生による「アルハンブラの思い出」ほか。

 コンサートの後は、演奏した曲の録音です。場所と機材が良好な条件で録音されたものを聞くと、自分の演奏を隅々まで客観的にチェックすることができ、演奏の向上につながる、というのが加藤先生の考えです。
 確かに、演奏しながら耳に入ってくるものは、こうして録音されたものとはまるで違っていることに驚きます。もしかしたら、演奏最中は、自分に都合の良いように聞こえるよう自分でフィルターをかけてしまうのかもしれません。加えて、頗る性能の良い機材で録音すると、通常ではあまり気にならない音までキチンと入ってしまうのですからなおさらです。

 私が録音した曲はやや長めでしたので、続けて3回も緊張しながら演奏すると、ひどく疲れてしまい、弾き直して録音すべき個所がたくさんあっても、気力が続かなくなってしまいます。
 それでもなんとか録音が済むと、7時からようやく夕食です。ペンション「がるば」では、自分の畑で採れた食材をふんだんに使った美味しいフランス料理が出されます。久しぶりに会った人たちと、ワインなどを飲みながら談笑するのは、この上なく楽しいものです。

 そうしておしまいは、加藤先生を中心にしたミニ・コンサート〔画像は、去年の合宿の際の加藤先生〕。
 加藤先生の独奏があったり、川村先生等のプサルタリーとの合奏があったりして、またたくまに9時を過ぎてしまいます。

 それにしても、ギターの素晴らしい独奏とか、ギターとプサルタリーとの息の合った合奏を、こんなに少ない人数で、こんなに近くで、それも大層親密な雰囲気の中で聴くことができるというのは、なんと贅沢な時間の過ごし方でしょう!まるで、バロックかロココ時代の宮廷にいるかのようです。普通は、音楽会といったら、300人とか500人もの人が集まります(シンフォニーならば2,000人といったオーダーでしょう)。ただ、そんな大人数の入るホールでしたら、ギターとかプサルタリーの良さは十分に発揮されません。それがここでは、演奏者とさほど変わらない人数の聴衆しかいない中で、素晴らしい演奏をそばで直接耳にすることが出来るのですから、これ以上のことを望むべくもありません!

 その夜は早めに就寝し、翌日は、帰りの渋滞に巻き込まれないよう、朝9時にペンションを出発したところ、お昼前には自宅に帰り着きました。

ブログパーツ
コメント

オペラ「チェネレントラ」

2009年06月17日 | 音楽
 初台にある新国立劇場でオペラ「チェネレントラ」を見てきました。

 劇場では、席は一階の後方ながら、丁度中央に位置していたために、全体の進行をバランスよく見通すことが出来ました。

 このオペラは、「セヴィリヤの理髪師」とか「ウイリアム・テル」で有名なロッシーニが作曲しています。ですが、彼にこんな作品があることはこれまで聞いたことがありません。
 そこで調べてみたところ、誰でも知っているアノ「シンデレラ物語」に基づいて台本が作られているとのこと(ただし、ガラスの靴とかカボチャの馬車などは出てきませんが)。
 それならオペラのストーリーよりも音楽だということで、ザッとあらすじをチェックした後は、買ってきたCDを出来るだけ何度も聞いて、予めこのオペラの曲の方だけでもなんとか馴染むようにしました。

 ただ実際の所は、舞台の両端に設けられた縦に細長い大きなディスプレイに歌詞の翻訳が映し出されるので、一方で音楽を聴きつつ、他方でストーリーを追いかけることも出来、3時間以上の長さながら至極容易にこのオペラを楽しめた次第です。

 出演者は、男性の歌手が4人と女性歌手が3人、それに男声合唱といったところ。このうち、男性歌手3人と女性歌手1人を外国から招聘し、その他は日本人歌手です(オーケストラも日本のものですが、指揮者は外国人でした)。

 こうした組み合わせによって、おそらくは、現地で公演されるオペラと比べても遜色ないものが、現地よりもズット立派で良い響きの劇場で上演されたのではないかと思われ、東京で暮らしているありがたさを実感しました。
コメント

山中千尋

2009年05月24日 | 音楽
 本日、渋谷のセルリアンタワーの2Fにある「JZブラット」に、今大人気の若手女性ジャズ・ピアニスト山中千尋が出演するというので、ミーハーとして取るもの取り敢えず駆けつけました。

 なにしろ、出されるCDの殆どが売上げNo1になるというのですから、その人気のほどがわかろうかというものです(尤も、ジャズ部門だけでの話ですが!)。

 今回は、「JZブラット」の8周年記念ということで特別に開かれたライブコンサートで、1月ほど前にわかって申し込んだところ、かなり奥まった席ながら予約することが出来しました。
 それでも、実際に行ってみますと、以前品川プリンスホテルのステラボールで行われたライブの時よりも(05年10月)、ズット間近な場所でホッとしました。とにかく、1時間チョットのライブで7,000円もするのですから!

 演奏の方はとにかく凄いとしか言いようがありません。大変小柄で華奢な体からヨクあのような凄い音が出せるのかと驚きの連続でした。
コメント

コンサート

2009年04月20日 | 音楽
 クラシック・ギターを習っている先生による演奏会が、日曜日に日暮里で開催されましたので、行ってきました。

 例によって、ギター独走と、ギターとプサリタリーとの合奏といったプログラムですが、今回はさらに声楽も加わったりして、なかなか楽しい演奏会でした。

 こういった演奏会でいつも問題になるのは、ギターの音量が小さいことです。そこで、今回は、新しく開発された波動スピーカーなるものが使われました。「ステージマスター」という名称で、通常のスピーカーとは違ってごく自然な音が増幅されて聞こえるという点がミソだとのこと。
 確かに、そのスピーカーの音量を余り上げなければ、機械から音が出ているとは思えません。

 値段が40万円近くもするので一般向きではありませんが、これからアチコチで使われるようになるものと思われます。
コメント

ギターとプサルタリー

2009年03月04日 | 音楽
 このところ、あちらこちらで「ギター&プサルタリー・コンサート」が開催されるようになってきました。

 あるいは、“プサルタリー”のことをご存知ないかもしれません。
 上の画像でお分かりのように、二等辺三角形の形をした木箱の上面に長さの異なる弦を何本も張ったもので、通常はヴァイオリンのように弓で弾きます(ただし、弓を2本使いますが)。
 
 元々は、ヨーロッパ生まれの楽器で、それが発達してチェンバロからピアノになったとされています。オーストリアのチロル地方などでは、民俗楽器としても生き残っているようです。
 私の先生のギタリスト・加藤誠氏がそれを探し出し、わが国での普及に努めています。

 ところで、加藤氏が演奏するギターは変わっています。大きさ・形は通常のクラシック・ギターそのものですが、そこには通常に比べてかなり細い弦が緩く張られています。
 加藤氏は、若い時にギターの弾き過ぎで腱鞘炎を患ってしまい、今でも右手中指が満足に曲がりません。
 ですが、腱鞘炎に罹ってもなんとかしてギターの演奏を続けたいという思いが強く、だったら指に負担をかけないで引くにはどうしたらいいのかと考え続け、その挙句行き着いたのが、細い弦を緩めに張るという方法でした。
 こうしますと、音量はかなり落ちてしまいますが、腱鞘炎の人でも、練習さえすれば誰にも負けない速さで演奏が可能となります。加えて、通常のギターでは味わえない非常に繊細で美しい音質が確保できるようになります〔元々、西欧音楽は、宮廷のサロンという少人数相手のものでしたから、音量よりも音質の方が大切と言っていいのかもしれません〕。

 としても、ただでさえ音量が小さいのがギターの宿命ですから、緩めの細い弦を使うことによってなお一層音量が減ってしまいますと、ほかの楽器と合奏しようとしても、かなりの困難が伴います。
 そこで、格好の楽器として選び出されたのが、この“プサルタリー”というわけです。
 ギターの弦とほぼ同じものを盤面にズラッと並べ、それを弓で擦るわけですから、音量は小さく、非常に繊細な音がします。加えて、ギターのように指で押さえて音の高さを変える必要はありませんから、演奏自体もかなり簡単といえます。
こうしたプサルタリーによってメロディーを弾き、ギターが伴奏するというのが一般的な形のようです。 

 “プサルタリー”は、わが国においては殆ど知られてはいませんが、3年ほど前に放送されたTV朝日「徹子の部屋」に出演した叶和貴子氏が、番組の中で紹介し演奏してみたことから、次第に知られるようになってきたようです。

 わが国で演奏される楽器の種類が増えるのは、それがどんなものであれ楽しいことですから、その普及を応援したいものです。

 なお、この楽器にご興味のある方は、次のホームページをご覧になられては如何?http://homepage2.nifty.com/psaltery/
コメント