映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

「カンディンスキーと青騎士」展

2011年01月30日 | 美術(11年)
 さて、昨日の記事から持ち越しになっていたカンディンスキーです。
 なんと、映画『しあわせの雨傘』の登場人物の口からカンディンスキーの名前が飛び出し、更には、彼の絵をこともあろうに雨傘の図柄に取り入れようともするのです!
 折よく、「カンディンスキーと青騎士」展が、東京丸の内にある三菱1号館美術館で開催中と聞いて、早速行ってきました。

(1)日本にはどうもカンディンスキー愛好者が多いらしく、2002年にも東京国立近代美術館でカンディンスキー展が開催されています。

 その際には、『コンポジションVI』(1913年制作、エルミタージュ美術館蔵)と『コンポジションVII』(1913年制作、トレチャコフ美術館蔵)の2点がメインの作品として出展されましたが、今回の展覧会では、下記の『《コンポジションVII》のための習作2』(1913年)がカンディンスキーの作品の末尾に展示されていて、これで10年近くの間隔を置いて二つの展覧会が繋がったかのような印象を受けました。




(2)今回の展覧会では、カンディンスキーの初期の頃の作品が多数展示されていて、どうやって後の抽象絵画が制作されるに至ったのか、その秘密がある程度垣間見れる感じです(2002年の展覧会でも初期の作品は展示されていましたが、後期の抽象画との繋がりというより、むしろその断絶の方を感じてしまいました)。
 なお、この展覧会では、その30代~40代の作品が展示されているところ、彼は30歳の時に絵の勉強を始めていますから、「初期の作品」といえるでしょう(カンディンスキーの年譜はたとえばここで)。

 たとえば、この『ムルナウ―家並み』(1908年)です。風景画であることは明らかですが、様々の対象が抽象化の過程を歩んでいるようです。



 これが、次の『』(1909年)になると、まだかなり具象的ながら、その抽象画の特徴が十分にうかがえる作品になっています。



 そして、『印象III(コンサート)』(1911年)。



 この作品については、ブログ「ART TOUCH」において、「まったくの抽象画とはいえない。グランドピアノや観客や柱らしきものが識別できるからだ。しかし、これがコンサート会場を描いたものだと知らなければ、それらの対象を識別するのは難しい。わたしは、この絵がシェーンベルグのコンサートの印象を描いた作品だと言うことを知っていた。実際に見れば、抽象画あるいは具象画、どちらにも見える。どちらか一方が、正しい鑑賞の仕方ということはないだろう」と述べられていますが、まさにそのとおりでしょう。
 この絵のそばにあるプレートでも、「中央上部の黒い色面はグランドピアノであり、2本の垂直の白い帯はコンサート会場の柱、画面の左下半分には、聴衆が幾つもの山形の黒い線と多彩な色斑によって表されている」云々と説明されていますが、描かれているものがそれぞれ具体的な事物と結びつけられていることがわかったとしても、この絵を理解したことには全然ならないのではと思います。

(3)カンディンスキーを愛好する傾向はフランスでも見られるようで(尤も、晩年は、パリ郊外に住んでいましたから、ある意味当然でしょうが)、ブログ「はじぱり!」によれば、2009年の夏にも、パリのポンピドゥー・センターでカンディンスキー展が開催さています。

 「はじぱり!」の記事では、彼が教官を務めていたバウハウスがナチス・ドイツに閉鎖され、パリ郊外に移住していた時期の作品「青い空」が取り上げられ、次のように述べられています。
 「表面上の明るさを超えて、どこか哀しげな気分を感じさせます。とりわけ、背景に塗られたは、謎めいた小さな生き物たちの奥で、静かで騒々しく、安定しているようで不安定で、想像を絶する緊張感を発している・・・。」と述べられ、「カンディンスキーが生涯にわたって追い求めたものは、もしかしたら、いつも彼のそばにあって、彼の絵に生命を与えつつ、彼をもっと別の表現へと駆り立てていた、この「青い空」なのかも知れません」。

 「」は、カンディンスキーにとって特別な色彩だったようで、wikiによれば、彼は、「青が深まるごと、なおいっそう人間に無限への思慮を呼び起こし、純粋さや、ついには超感覚的なものへの憧憬を喚起する。青は空の色なのだ」と述べているとのこと。

 そして何よりも、今回の展覧会の中心である芸術家サークル「青騎士」の「青」なのです(注)!


(注)wikiによれば、カンディンスキーは、『回顧録』において、「「青騎士」の名前は、ジンデルスドルフの東屋のコーヒーテーブルに我々がいたときに考え出された。二人はともに青が好きで、マルクは馬、私は騎士が好きだった。そうしてこの名は自然に出てきたのだ」と述べています。


(4)さて、昨日のブログ記事から持ち越された問題は、映画とカンディンスキーとの関連性如何ということでした!
 単に、カンデンスキーの作品が雨傘のデザインとして面白いというだけでなく、何かそれ以上のものがあるのかな、ということなのですが(下記は、映画に登場する雨傘工場内のデザイン部門)。




 でも、どう考えてもよくわかりません。
 仕方ありませんから、ここではとりあえず、カンディンスキーの革新性、もっと言えば、その革命性に主人公スザンヌの長男ローランが惹かれて、友愛の精神あふれる工場で製作してみようという気になったのでは、と考えておくことにしましょう。

 というのも、上記の「はじぱり!」の記事に付したコメントで書いたことの繰り返しになりますが、カンディンスキーは、画家のサークル「青騎士」の首班として活動していたドイツから1916年にロシアに戻ると、2年後に教育人民委員会の造形芸術・工業芸術部のメンバーとなり、1920年にはモスクワの芸術文化研究所の設立に参画したりし(2002年「カンディンスキー展」カタログの「年譜」より)、「革命の余熱さめやらぬソヴィエトの、少なくともその初期において、カンディンスキーは美術政策を主導する重要なポジションに」いたようなのです(江藤光紀「ロシア・アヴァンギャルドとカンディンスキーの精神的水脈」〔雑誌『水声通信』2006年2月号〕)。

 あるいはまた、スザンヌの長男ローランが、カンディンスキーの愛の遍歴に興味をひかれているのかもしれません。
 ローランは、けっして金持ちの工場経営者のお坊ちゃんなどではなく、複雑な事情にあることが次第に分かってきます。つまり、彼が結婚しようとしている相手が、自分と浮気相手との間に密かにできた子供だとわかったロベールは、その結婚に対し頭ごなしに強く反対しますが、スザンヌはそれがわかっても何も反対しません。というのも、ローランがロベールとの間の子供ではなく、別の恋愛相手との間の子供だと知っていたからです。
 そんな彼には、カンディンスキーが似つかわしいのかもしれません。
 というのも、カンディンスキーは、モスクワで25歳の時に結婚した妻がいるにもかかわらず、30歳の時にミュンヘンに移住し、36歳の時に知り合ったガブリエーレ・ミュンターと10年以上生活を共にしますが、48歳で単身ロシアに戻ると、そこで別の女性と結婚してしまい、その後ロシアを離れますが、ミュンターとは会おうとしませんでした(下記の絵は、カンディンスキーによるミュンターの肖像画〔1905年〕)。



 今回の三菱一号館美術館の展覧会でも、35歳の頃~10年余りの時期に撮られた写真がまとめて展示されていますが、そこにはミュンターとの別離を伺わせるような雰囲気は何も感じ取れません。その後二人の間に一体何があったのでしょうか?
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しあわせの雨傘

2011年01月29日 | 洋画(11年)
 『しあわせの雨傘』をTOHOシネマズシャンテで見てきました。

(1)今更67歳のカトリーヌ・ドヌーブでもないのですが、昨年末に見た『隠された日記』がまずまずの出来栄えであり、これもまあ見ておいても損はしないのではと映画館に出かけてみました(彼女の出演作としては、もう一つ、恵比寿ガーデンシネマで『クリスマス・ストーリー』を上映していますが、これこそ今更クリスマスなんてという感じがして、行く気が起きません)。

 この映画では、スザンヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)は、当初、雨傘製造の工場を経営する夫ロベール(ファブリス・ルキーニ)から、単なる置物的存在に過ぎないとされています。娘からも、母のようにはなりたくない、と言われてしまいます。
 ですが、実際の映像を見ると、とても「飾り壺(Potiche)」とは思えない、堂々たる貫禄がスザンヌには備わってしまっているのです。
 また、映画の冒頭では、カトリーヌ・ドヌーブが、なんとジャージ姿で、自然の中をジョギングしている様子が映し出されます。ですが、あの体躯では、とても長くジョギングなどできそうもありません。すぐに膝とか足首を痛めてしまうでしょう。



 というように(?!)、映画は、非常に不安定な場面から、長くはとどまってはいられないだろうと観客がスグに悟ってしまうような地点から始まります。
 案の定、夫ロベールが、その余りの権威主義的態度に怒った労働組合によって監禁されたり、心臓病の持病が出て入院してしまったため、「飾り壺」のスザンヌが、夫の経営してきた工場の経営を急遽担うようになります。
 すると、隠されていた経営の才が直ちに発揮され、経営陣と労働者との関係もすぐに好転してしまいます(この工場は、元々彼女の父親が経営していたのですから、それも納得できます)。

 この時点でこの映画が終わったら、やや短目ながらもそれはそれとして面白い作品と受け止められることでしょう。
 ですが、映画はそこでは止まりません。夫は退院すると、妻が用意した悠々自適の生活には目もくれず、元のポストに戻るべく秘密裏に様々な工作を行い、ついにはスザンヌから実権を取り戻してしまうのです。



 としても妻の方は、隠されていた才能の花がすでに開いてしまったものですから、最早元の「飾り壺」的存在には戻れません。驚いたことに、もっと上の位、国会議員のポストを狙うに至るのです。さあこの結末はどうなることやら、……。

 この映画はコメディータッチの作品であり、笑いを誘うシーンがたくさんありますし、カトリーヌ・ドヌーブが、映画の中で縦横無尽に活躍し、最後に歌まで歌ってしまうというオマケ付きですから、なかなか面白い作品と言えるでしょう。
 ですが、映画全体として何か落ち着きの悪さを観客に感じさせるのです。

 そう感じさせるのは、たぶん一つは、映画の時代設定が1977年とされていることからでしょう。なぜ、現代のお話としてはいけないのでしょうか?わざわざ30年前の設定にしなければならない事情が、作品の中にうまく見出せないのです。
 無理やり想像すれば、家父長的な夫ロベールに代わって、カトリーヌ・ドヌーブのスザンヌが、家族の友愛、あるいは母親の愛という精神に従って労働者と接すると、労働者の方もそれではと受け入れてしまうのですが、そんな雰囲気がその時代には見出されたということなのかもしれません。
 年代的には、ちょうど社会党のミッテラン大統領が就任する直前ですし(ジスカールデスタン大統領の末期)、その頃なら、共産党の市長(ドパルデュー)がいても、そして彼が経営陣と労働組合との仲裁に乗り出しても、おかしくないのでしょう(注1)。
 ただ、女性の社会進出、それも経営者として夫より優れた才能を妻が示す、ということを描き出したいのであれば、わざわざ30年も前まで時代を遡らせずともと思ってしまいます(あるいは、フランスのフェミニズムの高まりが30年前に見られたのでしょうか〔注2〕?)。

 それと、落ち着きの悪さを感じさせる今一つの点は、カトリーヌ・ドヌーブによって社長の座を奪われた夫が巻き返して、元の通り社長に返り咲く一方、妻の方は国会議員選挙に出馬するという、後半のストーリー展開が、前半とうまくつながるようには思えないことです。
 だって、「飾り壺」とされた妻が、経営者になるやその隠れていた才能を発揮して縦横に活躍するというだけでも十分に面白いストーリーですし、映画製作の目的はそれで十分に達成されているように見えますから!
 要すれば、後半は蛇足ではないかと思えるのです。

 としたところ、映画を見終わって劇場用パンフレットをパラパラ見てみましたら、「この映画の原案となったのは、10年ほど前にフランスで上演されたピエール・パリエとジャン=ピエール・グレディのブールバール劇(注3)「ポティッシュ」だ」とあり(河原晶子氏のエッセイ)、ただ、「演劇ではスザンヌが工場を引き継いで幕が下りる」のを、より「現代に通じる物語に変え」るべく、映画では、たとえば「夫が再び工場の支配権を握る」ようにしている(「Production Notes」)」とのこと。
 なーんだ、道理で、後半部分が取って付けたような感じになっているわけです!


(注1)もしかしたら、この映画には、現代のサルコジ政権が推進する市場メカニズムに基づく米英流の競争政策に対する批判が込められていると捉えることが出来るかもしれません。例えば、スザンヌの娘婿が、工場の海外移転などの合理化策を提言すると、自分たちの職場がなくなると詰め寄ってきた組合側に対し、スザンヌはそんな提言は採用しないと明言したりしています。
 ちょうど今の日本でも、小泉政権が推進しようとした市場主義に基づく構造改革に対する批判が巷に溢れているところ、この映画の雰囲気と類似していると言えないでしょうか?

(注2)このサイトの記事では、「1970年代のフェミニズム運動でフランスの女性は男性と同じ権利を手に入れた」とか、「女性は結婚したら家庭に入るというのが一般的だったのは1960年代まで。70年代後半からは子供がいても女性が働くのは当たり前」などと書かれています。

(注3)フランスで大衆に愛されてきた軽くて楽しいコメディ(同じ河原氏のエッセイより)。


(2)この映画は、もう一つ、奇異な感じを受ける点があります。
 すなわち、ロベール一家の長男ローランは、父親の後を継ぐ気は全くなく、芸術家志望で、特にカンディンスキーを愛好しているとのこと。こんなところでどうして前衛画家の固有名詞が飛び出すのかなと訝しんでいましたら、スザンヌが工場の経営を担うと、ローランは雨傘のデザインを任され、そこまでは構わないとして、あろうことか彼は、カンデンスキーの絵をデザインに取り入れることをしでかすのです!

 いったいどうしてカンディンスキーなのでしょうか?
 結局のところは、よくわかりません。
 ただ、ちょうど東京では、三菱一号館美術館で「カンディンスキーと青騎士」展(2010.11.23~2011.2.6)が開催中です。頭を冷やすためにも、ちょっと覗いて見ることといたしましょう。
 としても、そんなことをしたらこの記事が長くなり過ぎてしまいます。続きは、明日掲載することといたします。

(3)渡まち子氏は、「エレガントなイメージのカトリーヌ・ドヌーヴのジャージ姿が見ものだが、それ以上に、平凡な主婦だと思っていたヒロインの意外な奔放さと底力にワクワクする」し、「飛躍した展開は、ミュージカルも顔負けのハイテンポだ。最後にはドヌーヴは歌まで披露してくれる。1943年生まれのこの大女優、全盛期と思われる時代は何度もあったが、ここにきて女優人生のハイライトが訪れているかのように、生き生きとしてみえる」として65点をつけています。



★★★☆☆




象のロケット:しあわせの雨傘
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モンガに散る

2011年01月26日 | 洋画(11年)
 『モンガに散る』をシネマート六本木で見てきました。
 六本木にある映画館のうち、TOHOシネマズ六本木ヒルズの方には何度も行きましたが、こちらの映画館は初めてです。

(1)映画は、極道に生きようとする若者5人組を中心に据えているとはいえ、日本の“やくざ物”とはまったく違って、モンガという台北の商業的な中心地で青春を精一杯生き抜いていこうとする若者の姿を濃密に描いている作品といった方がいいでしょう。

 映画を見てまず気が付くのは、映画の前半と後半とでトーンがかなり違っている点です。
 すなわち、前半は、主人公のモスキートマーク・チャオ)が、ドラゴンが率いる4人組に入って、ついには極道に生きようと決意を固めるまでが、羨ましいほどの明るさで描かれます。



 なにしろ、この5人組(「義兄弟」の契りを結びます)はまだ高校生なのです。といっても、学校へは殆ど行かずに、いつも5人は固まって、バイクを乗り回したり、風を切って通りを歩き喧嘩をしたりの毎日。
 特に、この喧嘩の描き方が素晴らしく、狭い路地で始まった素手による殴り合いが、瞬く間にモンガ中に広がってしまいますが、それを垂直に空中から俯瞰して映し出すと、まるで皆が讃岐の阿波踊りでも踊っているような、あるいは桜の花びらが舞っているような感じに見えます。きっと、ナイフなどの道具は使わず素手だけで殴り合いをすると、いつまでも決着がつかず、こんな広がりを見せてしまうのでしょう!

 これに対して後半は、5人組が山に籠って武術(銃は使わずに、蹴りや小刀や長刀を使うもの)を身につけた上で、山を降りでモンガのただ中で極道として生きる様が描かれます。



 弾けるような若さが強調された前半と違い、後半では、5人組は、早速大人の厳しい社会のただ中に放り込まれて、他のグループとの対立ばかりか、お互同士で対立することとなり、ついには、卑怯者しか使わないとされている銃が使われ、死に直面することになります。
 後半は、むしろ暗さが強調された重厚なシーンの連続となります。

 この前半と後半のトーンの違いを決定づけているのは、五人組が高校生活を離れて極道で生きる決意をしたことも勿論ですが、それのみならず、背後にある大陸と台湾との関係の変化です。
 というのも、この映画が設定している年代が、前半については1986年ですが、後半が1987年であり、その間の1年が重大なのです。すなわち、1987年には、悪名高い戒厳令(中国共産党の侵入を防ぐという目的で布かれる)が解除されて、大陸との往来ができるようになり、同時に、台湾に大陸極道が進出してきます。
 それまでの台湾は、高砂族などの原住民、おもに清の時代に大陸からやってきた本省人(漢民族)、それに国民党を支える外省人の3つの民族で構成されてきました。モンガを牛耳ってきたゲタ親分マー・ルーロン)らの極道は、このうちの本省人でしょう。
 そこに、圧倒的な力と冷酷な思考を持つ外省人が乗り出してきたのですから、モンガの旧勢力はひとたまりもありません。
 折悪しく、5人組が極道で生きていこうと決意した年は、そうした激しい動きが始まったときであり、その中に丸ごと投げ出された彼らのうち、いったい誰が生き延びていくことができるのでしょうか、……。

 なお、こうした前半と後半のコントラストといった構造的な面からこの作品を見ると、上でも触れましたが、五人組が籠もって修行した山と、その下に広がるモンガの遠景との対比が印象的です。

 また、男と女という関係もあるでしょう。
 随分と薄められてはいますが、モスキートの母親と大陸極道の幹部ウルフ(監督のニウ・チェンザーが演じています)との関係や、ゲタ親分とその情婦との関係。
 ですが、なんといっても印象的なのは、モスキートと顔に大きな痣のある娼婦(クー・ジャーヤン)との関係でしょう。



 周囲の部屋からベッドインのきしむ音が聞こえてくるのに対して、2人が小型ラジオからイヤホーンの片方ずつを耳にはさんで音楽を聴いて紛らすというシーンは、極道になったにもかかわらず、モスキートに純粋さが依然として残っていることを象徴しているようです(注1)。なにしろ、モスキートは、その娼婦を買いながらも、一線を越えようとはしないのですから。
 あるいは、この純粋さが、この映画のラストシーンの複線の一つになっているとも考えられます。

 ただ、この作品をそんな構造面からばかり捉えていると、足元を掬くわれます。
 例えば、この映画のもう一人の主人公たるモンクイーサン・ルアン)は、きわめて複雑な性格を持った随分と魅力的な人物として描き出されていて、2元的な対立軸から大きくはみ出しています。



 すなわち、
・頭脳優秀で学校の成績も抜群とされるものの、極道の世界に飛び込んでしまいます。
・その能力を見込まれて、ゲタ親分に預けられて育てられますが、あるとき、ゲタ親分が自分の父親の右手を切り落として親分の地位を奪ったことを知ってしまいます。
・「義兄弟」の契りに積極的に加わり、五人組を人一倍愛しながらも(ドラゴンに対しては特に)、ラストの方では彼らを大きく裏切ってしまったような感があります(注2)。

 全体としては、モンクは、旧来の伝統にしがみつこうとする本省人極道の中にあって、大層合理的な思考を身に着けていたことから、大陸極道の懐に入ってなんとかモンガの窮地を救おうとし、それが仲間に理解されなかったために(事情を前もって打ち明けるわけにはいかなかったために)悲劇を迎えてしまった、とも思われるのです。
 言ってみれば、中間者的な存在といえるでしょうか。
 このモンクを演じたイーサン・ルアンは、劇場用パンフレットに掲載されたインタビュー記事の中で、モンクの「ドラゴンへの想いについて」は「答えをずっと出せないまま」であったし、結局「わからない」というのがその答えだ、などと述べていますが、それにしてもその演技は圧倒的で、特にその目つきには、深く吸い込まれてしまう凄さを感じました。




 この作品に問題がないわけではないでしょう。
 例えば、映画の始まりには、モスキートが転校生としてクラスに入ったり、他の高校生たちから苛められたりするシーンがあります。ただ、演じている俳優の実年齢と10歳以上も乖離しているのですから、いくらなんでも高校生には見えず、事情が分かるまで時間がかかってしまいます。
 ですが、そんなことは映画の全体からすればごく些細な点でしょう。


(注1)そういえば、映画『クロッシング』では、警察官(リチャード・ギア)が、通い詰めていた娼婦に一緒になろうと言ったところ、あっさりと振られてしまう場面がありました。ごく若いモスキートと定年退職する老いた警察官との立場の違いと言えばそうかもしれませんが、侘しい限りです。
(注2)実際には、モンクが、ドラゴンらを逃がそうと手を打っていたこと(映画の中では明示されてはいませんが)が、モスキートらには裏切り行為に見えたのでしょう。


(2)映画は台湾で制作された作品ですが、昨年のちょうど同じころに同じ台湾の映画『海角七号』を見て感動しましたから、因縁めいたものを感じてしまいます。
 それに、『海角七号』で町議会のホン議長をコミカルに演じていたマー・ルーロンが、この映画ではモンクを育てたゲタ親分を演じているのも、随分と親しみを感じさせます。



 ただ、『海角七号』では、日本との関係が随分と強調されていたところ、本作品では余りそういった面は見られません。
 といっても、モスキートが桜を見に日本に行きたいと言ったりしますし、またゲタ親分の「ゲタ」は「下駄」を指しているようなのです(注3)。

 この他、台湾関係の映画といえば、邦画『トロッコ』が専ら台湾を舞台にして、素晴らしいその自然や人情を描いていましたし、モット遡れば、『非情城市』(1989年)が、上で触れた戒厳令が敷かれる一つの切っ掛けとなった「二・二八事件」を描いています。


(注3)さらに、劇場用パンフレットの「プロダクション・ノート」によれば、ニウ・チェンザー監督は、「ゲタ親分を、“日本の統治時代に日本人の精神性を教え込まれ、結果として日本人の心を持った台湾人”として描いた」と言っています。


(3)渡まち子氏は、「まぶしい青春時代と失意に満ちた大人の世界。友情と裏切り。この映画の個性は鮮やかな対比にある。ラストシーンの悲しい美しさは近年でも屈指の素晴らしさだ」、「若い俳優たちは皆素晴らしいが、特に、主人公が憧れる頭脳派のモンクを演じるイーサン・ルアンが秀逸。モスキートに複雑な感情と意外な関係を持つ大陸ヤクザを、自ら演じるチェンザー監督の存在も印象に残る。80年代を代表する音楽で、甘いバラードでヒットを飛ばしたエア・サプライの楽曲を、ハイスピードカメラで活写する激しいアクションシーンに重ねるセンスも素晴らしい。台湾映画は、どこかこじんまりとしたアート系の作品というイメージだったが、それを見事に払しょくしてくれたのが嬉しい驚きだ。スピード感とアクション、スケールを感じる青春映画の秀作である」として85点の高得点を与えています。



★★★★☆




象のロケット:モンガに散る
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キック・アス

2011年01月23日 | 洋画(11年)
 『キック・アス』をシネセゾン渋谷で見てきました。

 先だっては、恵比寿ガーデンシネマの閉館が報道されましたが、今度はこの映画館も2月27日で閉館の予定だとか。26年間も続いたようで(ガーデンシネマは17年)、最近では『森崎書店の日々』、『恋愛戯曲』、『悪夢のエレベーター』など他ではあまり上映されない作品を観ることができたりして、クマネズミもよく利用していただけに残念です。

(1)さて、『キック・アス』ですが、登場する3組の家族が類似していることに注意が向きます。
 すなわち、主人公デイブ(実はキック・アス)の家族、ビッグ・ダディヒット・ガールの家族、それにマフィアのボス・フランクとその息子クリス(実はレッド・ミスト)。
 主人公の家族は、当初は両親と息子の3人家族だったのですが、突然母親が食事中に脳梗塞で倒れて亡くなってからは、父親との二人暮らし。
 結果として、これら3組の家族からは母親の存在が十分にうかがわれないのです。
 こうなると、この映画は女性を排除したマッチョな作品なのか、もう一つの『マチェーテ』なのかと思われかねませんが、然にあらず。
 なにしろ、ヒット・ガールの活躍ぶりが甚だしいので、むしろ女性が見て溜飲を下げているのではないでしょうか?
 それも、11歳の少女が、ナイフを巧みに扱ったり、様々な銃を使い分けたり、長刀を振り回したり、垂直な壁を走ったりと縦横に暴れまわります。
 これを見ると、逆にキック・アスやレッド・ミストの軟弱ぶりが観客の目に焼き付いてしまいますし、ビッグ・ダディも影が薄い存在になってしまいます。結局は、男低女高の最近の流れと総体して違わないのかも知れません。

 というようなことは別にどうでもいいのですが、なにしろ登場人物とそれを演じる俳優陣が多士済々ですから、面白いこと請け合いの映画と言えるでしょう。
 まず、『ノーウェアボーイ』で主人公・ジョンを立派に演じたアーロン・ジョンソンが、まだまだ若い(20歳)にもかかわらず、こちらでは街のチンピラどもにボコボコにされる役を演じているのですから、その幅の広さに驚いてしまいます。
 悪との対決の場面では、大部分、ビッグ・ダディとヒット・ガールのペアの後塵を拝してはいるものの、最後には、ビッグ・ダディ開発のマシンに乗りながらヒット・ガールの危機を救うわけですから、やはり主役といえましょう。



 また、キック・アスらが立ち向かう悪人のトップ・フランコを演じるマーク・ストロングは、最近見た『ロビン・フッド』において、イギリス人でありながらフランスに内通しているゴドフリーの役を演じて強烈な印象を残しましたから、まさにうってつけと言えるでしょう。
 悪役だから仕方ないとは言え、『ロビン・フッド』では、海岸での戦いから逃げ出そうとしたところをロビン・フッドが放った矢で射殺され、この映画でもバズーカ砲で窓の外まで吹き飛ばされるという過酷な運命を担っています(『シャーロック・ホームズ』においても、原作には登場しないブラックウッド卿〔なんと絞首刑から蘇って活躍するという、これまた理不尽な境遇に置かれています〕を演じています)。



 それに、ビッグ・ダディを演じるのがニコラス・ケイジ
 映画では彼はいつも主役を演じていますから、この映画でも、その存在感やバットマン張りの装束から、もしかしたら主役はこちらではと思わせますが、途中でフランコの配下に焼き殺されてしまうので、やはり主役はキック・アスなのだなとわかるような始末です。
 それにしても、ニコラス・ケイジも、随分と幅広く様々の作品に登場するものです。
 TVでチラッと見ただけながら、『ナジョナル・トレジャー』(2005年)でインディ・ジョーンズの縮小版ベン・ゲイツを演じたかと思うと、『バット・ルーテナント』(注)では麻薬におぼれながらも昇進を果たす刑事を演じたりと、ずいぶん忙しいにもかかわらず、こうした映画にまで登場するとは!





(注)『クロッシング』を取り上げた記事の(2)の中で触れておきました。


(2)ただ、この映画に問題があるとしたら、ヒット・ガールが行うたくさんの殺戮行為・暴力行為でしょう。



 父親のビッグ・ダディは元警官ですが、悪人フランコにより罠に嵌められ、無実ながらも刑務所に服役させられた経緯があり、出所後は復讐のために、娘のヒット・ガールとペアを組んで、フランコ一派を街から掃討しようとしているわけです。
 そのために、フランコ側はビッグ・ダディ側を一人も殺してはいないにもかかわらず、ビッグ・ダディ側は、フランコ一味をいとも簡単に殺しまくるのです。
 むろん、キック・アスが窮地に陥って殺されかかっているとか、ビッグ・ダディとキック・アスが手酷い拷問を受けて死の寸前という状況ですから、相手側を殺すのは仕方がないにしても、いくらなんでもこれではやりすぎなのでは、とも思えてきます。
 そう思うのは、なにも狭い日本での偏った道徳観によるというわけでもなく、劇場用パンフレットの「プロダクション・ノート」にも、この内容に「ハリウッドの大手スタジオが難色を示した」とあり、「配給されないかもしれないという危惧があった」と監督が認めた、などと記載されています。

 それはそうでしょう。小学生の女の子が、まるでゲームでもこなすかのように、色々な武器を片手に男の悪漢どもを次々に殺戮していくのですから!
 時あたかも、米西部アリゾナ州トゥーソンのスーパーマーケットの敷地内で、6人が死亡、13人が負傷しするという銃撃事件が発生しました(8日)。負傷者の中には、女性のガブリエル・ギフォーズ民主党下院議員(40)も含まれているとのこと。
 この事件に対しては、オバマ大統領が、「米国の悲劇的事件だ」との声明を発表したほどです(ここらあたりの事柄は、この記事を参照しました)。

 なにも、『キック・アス』のような映画が公開されるからこうした事件が起きるわけではないのでしょうし、また銃が社会にいきわたっているからこそこうした事件があまり起きないのだ、と議論することも可能でしょう(現役の米連邦議会議員の命を狙った銃撃事件は、1978年に民主党下院議員が殺害されて以来のことだとされますし)。
 でも、こうした映画が製作されて容認されてしまう社会が健全なのかどうかは、検討してもいいのかもしれません。

 ナーンテしゃっちょこばらずに、クマネズミのように、リメイク作の『十三人の刺客』で役所広司が「斬って斬って斬りまくれ!」と叫ぶのを認めるのであれば(注)、この映画でヒット・ガールが暴れまくるのだって、楽しめばいいのではと思います。たかが映画なのですから!


(注)元の『十三人の刺客』では、松平斉韶を斬った島田新左衛門(片岡千恵蔵)は、「無用の殺し合いを止めるよう、早く笛を吹け」と指図しますが、そちらを良しとするのであれば話は別になるかもしれません。


(3)渡まち子氏は、「この物語の本筋は、ビッグ・ダディとヒット・ガールの父娘が仕掛ける復讐劇にある。アメコミの大ファンを自認するニコラス・ケイジがビッグ・ダディを演じていて、復讐のために、まだ幼い娘を殺人マシーンに作り変えるというトンデモない父親を怪演。バットマン風のコスプレでハジケる様はハマりすぎて怖いくらいだ。同時に、ヒット・ガールを演じるクロエ・グレース・モレッツの凶暴な可愛さには、心底シビレた」、「この映画、おバカなふりをしているが実は案外テーマは深いのだ。とはいえ、難しいことは考えず単純に“面白がる”ことも可能。なかなか上手い脚本で、スミにおけない映画である」として75点も付けています。



★★★☆☆


象のロケット:キック・アス
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海炭市叙景

2011年01月22日 | 邦画(11年)
 『海炭市叙景』を渋谷のユーロスペースで見てきました。

(1)映画は、18の短編から作られている原作小説(佐藤泰志著)から5つの短編を取り出して映画化したとされています。
 ただ、原作ではそれらの短編の間に余り関連性が付けられていないのに対して、映画では、ある程度緩いつながりが見て取れるように制作されています。
 例えば、同じ市電に、別々のエピソードに登場する人物が乗り合わせているとか、その市電の前を、別の話の人が通りかかるなどというように。
 それでもそんな工夫が、それほど目立たないようにされていることをみれば、映画の全体の雰囲気もなんとなくわかってくるのではないでしょうか?
 この作品は、北海道の函館市と思われる「海炭市」という街それ自体を、どこにでも居そうな平凡な住民のありふれた日常のいくつかを淡々と描くことによって、逆に浮かび上がらせようとしているようです。



 ただここで単純なオムニバス形式をとってしまうと、むしろそれぞれのエピソードのストーリーとか登場人物の方に焦点が行きがちになってしまうのではないでしょうか?
 今回の映画のように、一見オムニバス形式のように見えるものの、極めて緩いながらエピソード相互の間でつながりを持たせておくと、それぞれの話が完結せずに開いたままとなって、映画全体、すなわち「海炭市」全体が、無論それといって把握できないですが、むしろ具体的に立ち上ってくるように思われます。

 映画の中の一つのエピソードについて、例示的に見てみましょう。
 そのエピソードでは、晴夫(加瀬亮)は、プロパンガスを販売するガス屋を営んでいるところ(原作では、「裂けた爪」という短編で扱われています)、事業拡大を図るために、水道の浄水器も販売しようとします。こちらの事業を担当するのが東京からやってきた博(三浦誠己)。ただ、浄水器販売のエピソードは原作には見当たらないようです。



 博は、夜になると、繁華街に繰り出してスナックに行きますが、これは、原作では「裸足」という短編に描かれています。
 同時に、博は、市電の運転手・達一郎(西堀滋樹:原作者と高校で同期)の息子でもあるようなのです。
 市電の運転手を巡るエピソードは、原作では「週末」という短編に描かれていますが、そこに登場する達一郎には、娘はいるものの息子はおりません。他方、映画においては、この親子には断絶があって、何年かぶりに博は父親の元に帰ってきたのに、ほんの少しだけ会って、連絡船で東京の方に戻ってしまいます。
 ちなみに、連絡船のエピソードは、原作では「青い空の下の海」という短編に描かれています。むろん、その短編に登場する男は、市電の運転手の息子ではありません。
 ところで、ガス屋の晴夫には小学生の息子がいるのですが、継母に苛められるストレスから、学習塾に行っているはずの時間に、プラネタリウムで星を見ています。そしてプラネタリウムを管理している市職員が、原作では「黒い森」という短編に出てくる隆三(小林薫)です。
 このつながりも、原作には描かれてはおりません。

 以上を見ても分かるように、映画においては、原作において分離して扱われている話や人物がつなぎあわされているのです。それも、中心となる5つの短編だけでなく、他の短編も様々に動員されているようです。
 そうすることによって、描かれている話に縦の厚みが出ているかというと、決してそうはならずに、次々にエピソードが映像としてあくまでも横に流れていくような感じを受けます。
 こんなことから、たくさんの人物が登場しますが、皆で海炭市それ自体を描き出そうとしているような印象を受けてしまうのではないでしょうか?

 映画の出演者のうち、見慣れた俳優を挙げてみましょう。
 まず、加瀬亮です。最近の彼に関しては、『アウトレイジ』における暴力団の組員といったところが記憶に残っていますが、本作品においても、プロパンガスを軽トラックから降ろす際に足の親指の上に落としてしまい身動きがならなくなって、届け先の暴力団の男の情婦に手当てしてもらうというシーンが印象的です。



 また、『おと・な・り』で好演した谷村美月が、映画の冒頭の物語において、戻らない兄を待ち続ける妹の役を演じています。『十三人の刺客』では、映画の冒頭近くで狂気の藩主・松平斉韶(稲垣吾朗)に手ごめにされる新妻の役をやったりと、そんなに出番は多くはないながら、印象に残ります。今回の作品でも、親を早くに亡くして兄と一緒に貧しい暮らしを営んでいる誠に地味な役ですが、彼女ならではの感がありました。



 その他、『ゲゲゲの女房』に出演している南果歩や、『休暇』の小林薫などを見ることができます。

(2)映画は、昨年見た『桜田門外ノ変』と同様に、地元(函館市)から相当の協力を得て制作されています。そのことは、劇場用パンフレットの末尾のページに記載されている協賛者リストの膨大さからも十分にうかがわれるところです。
 ですが、『桜田門外ノ変』のように退屈なシロモノにはなりませんでした。
 たぶん、『桜田門外ノ変』が歴史上の人物(地元からすると偉人)を描き出しているため、登場する個々の人物の人間的な幅に余り自由度を持たせることができなかったのに対して、この映画の場合には、ごく普通の庶民を描いている小説を下敷きにして制作されているために、等身大の人物像であることが地元によく受け入れられたからではないでしょうか?

 ただ、原作の舞台は海炭市というように、炭鉱もある街となっていて、現実の函館市とは相違しているところから、たとえば、最初のエピソードで描かれている兄の勤め先が、原作では炭鉱なのにもかかわらず、映画では造船所とされてしまっています。
 映画の冒頭、テレビに火災の映像が映り、他方で幼い兄妹が授業中にもかかわらず家に帰るように教師に言われます。はっきりとは説明されませんが、造船所で火災があって、彼らの親が遭難したようなのです。そのあと、大きくなった兄妹が二人で暮らしているシーンが写り、最初の物語が始まります。
 原作の方では、炭鉱の事故によって兄妹の父親が亡くなったことが書き込まれているところ、これは造船所よりも炭鉱でなくては、あまり説得力がないのではないでしょうか?
 それに、この後では、炭鉱に関係する事柄は何も物語に登場してこないように思え、だとすると、「海炭市」という都市の名前が宙に浮いてしまいかねません。

(3)渡まち子氏は、「暗くやるせないのに、不思議なほど穏やかな余韻が残る佳作」であり、「地味な作品だが確かな力を感じるのは、実力あるキャストが集まり、抑えた演技で作品をしっかりと支えているからだろう。特に、帰らぬ兄を待ちながら、懸命に寂しさに耐える少女を演じる谷村美月が印象深い。モザイク模様のように紡がれる物語のほとんどがやるせないもので、苦い喪失感が漂うが、ラストに描かれる老婆と猫のエピソードが優しい余韻を残してくれる」として70点を付けています。


★★★☆☆





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ドガ展

2011年01月19日 | 美術(11年)
 昨年末まで横浜美術館で開催されていた「ドガ展」ですが、このところ日本で数多く開催され食傷気味の印象派関係の展覧会の一つにすぎないのではないかと思え、あまり行く気はなかったところ、ドガの名前に触れる機会が、展覧会以外にも予期した以上に多かったこともあって、ちょっとだけ覗いてきました。
 やや時間が経過してしまいましたが、折角ですので簡単に触れておきましょう。

 例えば、最近、たまたまDVDでフランス映画『夏時間の庭』(2008年)を見たら(このブログの昨年11月20日の記事の(2)で触れましたが)、主人公の大叔父の遺産の中に、ドガの壊れた石膏彫刻があり(子供の時分に遊んでいて壊してしまったもので、小さな袋に詰められていました)、そんな物は価値がないだろうと家族達が言っていたにもかかわらず、寄贈先のオルセー美術館の修復担当者が見事に元通りにしていました。



 今回の「ドガ展」においても、ドガの類似の彫刻はいくつも展示されていました。


『右脚で立つアラベスク、左腕を前へ』

 また、少しさかのぼりますが、このブログの昨年2月20日の記事「ジャポニスム」のなかでも、ドガに触れたことがあります。
 すなわち、その記事で取り上げたブリヂストン美術館のHPでは、「ドガやモネら印象派の画家たちは、浮世絵などから日本的な要素を学んで取り入れ」たとして、次のような例示がなされています。
・「人物や事物を画面の端で断ち切って、スナップ写真のような瞬間性や偶然性を表したり、左右のどちらかに主要なモティーフが片寄っていたり、一部が極端にクローズアップされたり」すること。
・「俯瞰的に上から覗き込むような構図や、「枝垂れモティーフ」のように枝先の部分だけを描いて、画面の外に柳の存在を暗示させるという手法」。

 今回の「ドガ展」でも、そうした例示に対応するドガの絵はすぐに見つかります。
 前者については、例えば下記の絵では右端が断ち切られています。


『アマチュア騎士のレース―出走前』

 後者については、例えば下記の有名な『エトワール』は、まさに「俯瞰的に上から覗き込むような構図」といえるでしょう。



 さらに、ポール・ヴァレリーの『ドガ ダンス デッサン』(清水徹訳、筑摩書房、2006.12)も手元にあります。

 例えば、次のような箇所を引用してみましょうか。
 「ドガは生涯にわたって「裸体」をあらゆる面から考察し、信じられぬほど多数の姿勢を取らせた……、人体のしかじかの瞬間を、このうえなく明確に、そしてまた可能なかぎりの普遍性をもって定着させる描線の唯一無二のシステムを追求しつづけた。外見上の優美や詩情は彼のめざすところではない」(P.85)。
 下記の作品は、そんなドガの特徴がよく表れているのではと思います。


『浴後(身体を拭く裸婦)』

 なお、この作品については、没後のアトリエから、よく似た姿勢をとった下記の写真が発見され、これをもとに制作されたのではないかとされているようです。




 とはいえ、クマネズミのお気に入りの絵はこれです。何とっても、これほどまともにギターを演奏している姿を描いている作品には、滅多にお目にかかれませんから!


『ロレンソ・バガンとオーギュスト・ガス』

 
 とまれ、マネとかゴッホに飽きたら、今度はドガというところでしょうか?
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バーレスク

2011年01月16日 | 洋画(11年)
 友人の強い薦めもあり、『バーレスク』を吉祥寺のバウスシアターで見てきました。

(1)吉祥寺のバウスシアターの一番小さな劇場(座席数50)で上映されたためもあって、ほぼ満席の状況でした。クマネズミが見た前の回は、出入り口の扉の前で数えてみましたら、約50人の観客の中で男性は8名ほどで、女性の割合が圧倒的でした。それで上映直前に周りを見回したところ、男性の数はやや増えていたものの、相変わらず女性客ばかりです。『プラシャス』などと違って、それほど女性向きとは思えない映画の内容ですから、不思議な現象だなと思っているところです。
 というのも、確かに、主役のアリが次第に自己を実現していく様子が描かれており、それを支えるのも女支配人テスですし、主人公が活躍する舞台に登場するのはすべて女性ダンサーといったところから、女性映画と言えるのかもしれません。
 ですが、この映画が取り上げているバーレスクは、ストリップと誤解されるくらいセクシーなダンスショーであり、むしろ男性が面白がるものなのではないでしょうか?

 そんなことはともかく、主役アリを演じるクリスティーナ・アギレラの素晴らしい歌と踊りに圧倒されました。田舎から突然大都会に出てきた小娘という設定にもかかわらず、バーレスク・ラウンジの支配人テスの前で、その場で言われたバーンスタインの曲を見事に踊ってしまうなんて考えられないところであり(注1)、またマイクが使えなくなって即興で歌い出す歌(“Tough Lover”)の素晴らしさも、まさにファンタジックなのですが、そんなことは全く気にもなりません。
 なにしろ、全世界で3,000万枚ものCDを売り上げているアギレラが8曲も歌っているのですから!



 ストーリー自体は実に単純でありきたりながら、このアギレラと、支配人テスを演じるシェール、それに舞台監督ショーンのスタンリー・トゥッチによって、稀に見る素晴らしい音楽映画に仕上がっています(注2)。

 シェールは、1946年生まれの64歳ながら(アギレラは昨年末で30歳)、超ハイレグ姿でバーレスクラウンジのオープニングショーで歌って踊り、また経営がおもわしくなくなってこのラウンジを譲らざるを得なくなった段階で、実に底力のある歌を披露します。
 こんな姿を見ると、昨年末の29日にNTVで放映された番組『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』で、「プロが選ぶプロの振付家」として紹介された名倉加代子氏が連想されるところです。というのも、彼女は1940年生まれの70歳ながら、まだ現役のダンサーでもありかつ振付師でもあるのです!



 また、スタンリー・トゥッチは、『ジュリー&ジュリア』でメリル・ストリープ演ずるジュリア・チャイルドの夫(外交官)を演じていましたが、表で活躍する女性たちを裏から支える役柄にうってつけといえそうです(こんな印象を与えるのは、『プラダを着た悪魔』〔2007年〕で、主人公の女編集長ミランダ〔メリル・ストリープ〕の右腕のファッション・ディレクターを見事に演じていることからくるのかもしれません)。





(注1)このサイトの記事によれば、クラシックのレナード・バーンスタインではなく、映画音楽の巨匠エルマー・バーンスタインとのこと。

(注2)台詞は歌われませんから、純然たるミュージカルとはいえないかもしれませんが、やはりミュージカルの一つでしょう。歌が物語の展開と別建てになっていればミュージカルといえないでしょうが、この映画の場合、アギレラが映画のために作曲した曲が3つも入っていることもあり、音楽は物語の展開の沿ったものだと考えられます。


(2)この作品は、アイオワの田舎からロサンジェルスという都会へ少女が出てきて成功するという物語ですから、先に見たウディ・アレン監督の 『人生万歳!』と似た面を持っています。
 むろん、『人生万歳!』はミュージカルではありませんし、そこに登場するメロディは、ちょっと単純すぎる感じながら、それでもメロディは、イケメンの青年俳優をゲットしますし、メロディの母親は芸術写真家として華々しく活躍するようになるのです!

 他方アリは、これだけ歌唱力があり、これだけ踊れもし、かつバーレスクラウンジの空中権を売却することまで思いつく経営の才があるのですから、その内にテスの後を襲ってここの経営者になって、テス以上に大活躍することでしょう(なにしろ、テスの下では、またぞろ大借金地獄に陥ることは、火を見るより明らかでしょうから!)。

 なお、空中権は、日本では「建物の容積率のうち、未利用容積率分を移転する権利」とされるようですが、米国あたりではもっと広く認められているようです(詳しくは、このサイトの記事を参照してください)。
 現に、バーレスクラウンジの前に建てられたマンション所有者がテスから買い取った空中権は、そのマンションの容積率を拡大するためのものではなく、単に当該マンションの眺望を妨げるものを排除するためのものなのですから。

(3)渡まち子氏は、「めきめき頭角を現してスターになっていくサクセス・ストーリーのプロセスはとんとん拍子だし、それにからむラブロマンスやクラブ買収の危機なども、あくまでも軽いテイスト。それでも、全米一のトップシンガーになったりはせず、クラブのスターになって脚光を浴びるという程度に抑える“慎ましさ”が好ましい」、「何より物語が安直な分、シェールとクリスティーナ・アギレラという新旧のグラミー賞受賞歌手が魅せる、圧倒的な歌とダンスが活きた」として50点を付けています。
 ただ、直前に見た『きみがくれた未来』が65点だったことと比べて、この50点は低すぎる評価のように思えます。



★★★★☆



象のロケット:バーレスク
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きみがくれた未来

2011年01月15日 | 洋画(11年)
 少し軽い感じのものを見てみようということで、『きみがくれた未来』をTOHOシネマズみゆき座で見てきました。

(1)お話としては単純なものです。
 主人公の高校生チャーリー(ザック・エフロン)は、母親と弟のサム(チャーリー・ターハン)とともに暮らしていましたが、卒業式の夜に車に乗っていたところ、交通事故に遭って同乗していた弟は死んでしまいます。
 チャーリーは、ヨットの腕前が認められ奨学金を取得して大学に行くことに決まっていました。ですが、この事故のショックもあって進学せずに、墓地の墓守をしています。というのも、夕方になると墓地の森に現れる弟とキャッチボールをする約束になっていましたから!
 こうしたところ、ある日突然、墓地にいるチャーリーの前に、高校の同級生で、ヨットレースでは競争相手だったテス(アマンダ・クルー)が現れます。
 なぜいきなりテスがそんなところに現れたのでしょうか、そのことによってサムとのキャッチボールの約束はどうなってしまうのでしょうか、……。

 この映画を見て興味をひかれることは、とりあえず3つあります。
イ)映画の邦題にある「きみ」とは誰を指すのでしょうか(原題は、「Charlie St. Cloud」←主人公のフルネーム)?
 この映画を取り上げているブログ記事の中には、「救急救命士」のフロリオとしているものがあります。確かに、交通事故の直後になされたフロリオの懸命の蘇生措置によって、弟サムは死んでしまいますが、チャーリーは奇跡的に生き返ります。ですからそうした見方も十分ありうるでしょう。
 ただ、それではなんだか直接的な感じがしますし、ずっと年上のフロリオを「きみ」とするのも座りが悪い気がします。
 むしろ、弟サムの死霊が、自分の消滅と引き換えにテスの居場所を教えてくれたのではと考えて、サムではないかと思っているのですが。



 あるいは、テスの強い願望がチャーリーを自分の方に引き寄せたのですから、そしてその結果、チャーリーも墓守という引きこもった生活をやめてテスと一緒に明るい未来に乗り出すことができたわけですから、テスだと見なしてもかまわないのではないでしょうか?



ロ)主演のチャーリーを演じるのは、ザック・エフロン、米国では大変よく知られているそうですが、クマネズミは全く知りませんでした。
 それもそのはず、彼が青春アイドル・スターになったTVドラマは言うに及ばず、その後大ヒットした『ヘアスプレー』などの映画も見てはいないのですから!
 映画を見終わってから、主演の俳優が、米国では大人気者ということを知るのも、また得難い経験と言えるでしょう(といって、『セブンティーン アゲイン』などをDVDで見ようとは思いませんが)!

ハ)墓地の森でチャーリーがキャッチボールする相手は、弟サムの死霊ですが、墓地に出現するテスは、実際はまだ死んではいないのですから、生霊ということになります。同じ映画の中に、死霊と生霊とが登場するというのは、さすがに同時に現れはしないものの、大変面白いことではないでしょうか?
 ただ、この点を指して、この映画が破綻しているとする向きもあるようです。
 確かにそうかもしれませんが、この手の作品では何でもありで、霊魂の出現の仕方に統一性をもたせるまでもないのではないでしょうか?
 あるいは、サムの死霊については、チャーリーの作りだした妄想の一種とし、テスの生霊については、テスの強い遠隔交信能力が、チャーリーに妄想を抱かせたのだと考えても面白いかもしれません。

(2)最近見た映画で幽霊が重要な役割を演じている作品としては、たとえば次のようなものがあるでしょう。
 『今度は愛妻家』(交通事故死した妻〔薬師丸ひろ子〕が、夫〔豊川悦司〕が一人で暮らす家に現れます)
 『パーマネント野ばら』(主人公のなおこ〔菅野美穂〕が付き合っている高校教師カシマ〔江口洋介〕が、なおこの妄想によるものなのです)
 『悪人』(主人公の祐一〔妻夫木聡〕が殺してしまった佳乃〔満島ひかり〕の亡霊が、雨の事件現場に佇む父親〔柄本明〕の前に現れます)
 以上はすべて死霊であって、生霊が現れる作品はなかなか見つかりません。こうなってしまうのも、きっとクマネズミがホラー映画をほとんど見ていないからでしょう。

(3)渡まち子氏は、「若手スターのザック・エフロンが得意の歌と踊りを封印してシリアスな演技に挑んでいるのが新鮮。生と死を行き来するファンタジックな要素をからめながら兄弟の絆を描くが、後半には思いがけない驚きが用意されている」、「ポジティブなイメージのエフロンを主役に据えたことで、物語が過度に湿っぽくならず、さわやかな余韻が残った」として65点を付けています。


★★★☆☆




象のロケット:きみがくれた未来
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瀬々敬久監督作品

2011年01月12日 | DVD
 昨年の記事で瀬々敬久監督の『へヴンズ ストーリー』を取り上げましたが、その映画に大変感銘を受けたものの、同監督の作品はこれまで一つも見たことがなかったことから、少しDVDで見てみようと思い立ちました。
 といっても、瀬々監督は実に膨大な数の作品を手がけているようなので、その特色がよく出ているものを探し出そうとしても容易ではないでしょう(いわゆる「ピンク映画」が多いこともあり)!仕方ありませんから、ここでは、TSUTAYAで簡単に見つけ出せる作品を2つばかり見ることでお茶を濁しておきます(見る都度追加できればと思っています)。

(1)まず、『感染列島』(2008年)です。



 冒頭、いずみ野市立病院に診察を受けにきた患者が、簡単な風邪と診断されたにもかかわらず、急に容態が悪くなって血を吐いて死んでしまいます。
 ここから138分のラスト近くまで、映画の画面には、これでもかというくらい死体が溢れ返ります。なにしろ、1,000万人以上に死者が出たという謎の伝染病を巡っての物語なのですから!
 主役は、同病院の救命救急医の松岡剛(妻夫木聡)。それに、彼の恋人でWHOのメディカル・オフィサー小林栄子(檀れい)や、松岡医師の先輩医師の安藤一馬(佐藤浩市)などが絡みます。
 注目すべきことは、佐藤浩市は、『へヴンズ ストーリー』と同様に、もっと活躍するのかなと期待をもたせながらも、患者からの感染によって、前半でいともあっさりと死んでしまいます!
 むろん、ウィルスの蔓延により廃墟と化した日本列島も、最後には明るい世界に戻るものの、松岡医師の恋人も、また先生たる仁志稔教授(藤竜也)も次々に死んでしまうのです。
 この映画は、ラストまで見れば「死と再生」と捉えることもできるでしょうが、クマネズミには、人間の大量死の有様を描き出した作品という印象が強く残りました。

(2)もう一つ、『黒い下着の女 雷魚』(1997年)を見てみました。



 粗筋を簡単に言うとこんな感じです。
 主人公の紀子は、不倫相手に会おうとして入院中の病院から抜け出しますが、それができずに、かわりにテレクラで知り合った男とモーテルに行き、突然その男を刺し殺してしまいます。
 紀子は、警察の取り調べを受けるものの、ガソリンスタンドの店員による嘘の証言で釈放されます。ですが今度は、その店員と関係を持つようになり、挙げ句は自分を殺すように店員に求めます。店員は、紀子を絞殺した後、死体を小さな船に乗せてもろともに焼いてしまいます。

 とはいえ、こんな粗筋では、この映画の良さはマッタク伝わりません。実際のところ、ピンク映画とはトテモ思えないほどの真摯さで制作されていて(注1)、大層感銘を受けてしまいました。
 たとえば、水郷辺りで捕れる雷魚の様が、主人公・紀子の心情(あるいは存在そのもの)を象徴するかのように、巧みに描かれています(注2)。
 また、知的障害を持った女・節子(紀子と対照的な容姿と服装)が、紀子の行動を終始監視するように見ていて、最後はガソリンスタンドの店員と人混みの中に消えていくのですが、そのシーンも印象的です。
 実のところ映画では一切何も説明されず、すべては観客の方で読み取るほかないわけですが、現実に起きた殺人事件(注3)を下敷きにしていることからもうかがえるように、瀬々監督の死に対する拘りが様々な形を取って描き出されているように思われますし(注4)、そうした出来事を取り巻く水郷(注5)の風景の描写も、『ヘブンズストーリー』に劣らず素晴らしいものがあると思われます。


(注1)このサイトのインタビュー記事によれば、製作費は600百万、撮影は6日間。取り直しが1日、とのこと(ちなみに、『ヘブンズストーリー』は、撮影に1年近くかかっているようです)!
(注2)例えば、冒頭で、釣り人(ガソリンスタンドの店員)が釣り上げた雷魚を焼くシーンがありますが、これは紀子の死体を小舟もろともに焼いてしまうラスト近くのシーンと重なります。
(注3)上記注1のサイトの記事によれば、1987年の札幌ラブホテル殺人事件と、1993年の日野OL放火殺人事件。
(注4)ガソリンスタンドの店員は、その愛人に赤ん坊を殺されたことがあり、紀子に対して、人を殺すときの気分がどんなものなか聞き出そうとします。
(注5)病院から抜け出した紀子は、成田線小見川駅近くの電話ボックスから電話をかけます。
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最後の忠臣蔵

2011年01月09日 | 邦画(11年)
 『最後の忠臣蔵』を有楽町の丸の内ピカデリーで見てきました(ネタバレあり)。

(1)この映画はどうしても『十三人の刺客』と比べたくなってしまいます。
 というのも、主演がどちらも役所広司ですし、『十三人の刺客』の脚本を書いた池宮彰一郎が、この映画の原作となる小説を書いているのですから。
 実際にも、『十三人の刺客』では、最初の方で、江戸幕府の老中・土井大炊頭(平幹二朗)が島田新左衛門(役所広司)に対して「死んでくれるか」とつぶやきますが、こちらの映画でも、赤穂藩の筆頭家老・大石内蔵助(片岡仁左衛門)が大石家用人・瀬尾孫左衞門(役所広司)に対して「命を与らせてくれ」と言います。その結果、両人とも、死を賭して命じられたことの達成に邁進し、目的を遂げた後は慫慂として死んでゆくのです。
 いい加減な思いつきに過ぎませんが、『十三人の刺客』で死ななかった島田新左衛門の甥・新三郎(山田孝之)が、島田新左衛門が遊女に生ませた子供を引き取って、芸妓お艶(吹石一恵)の元で育て上げて嫁がせる、といった展開をこの『最後の忠臣蔵』にダブらせてしまうのです。

 無論、13人で300人を相手に死闘を繰り広げるシーンがクライマックスの『十三人の刺客』と、内蔵助の隠し子・可音(桜庭ななみ)の婚儀のシーンが山場となるこちらの映画とでは、雰囲気がまるで違います(それに何より、『十三人の刺客』の三池崇史監督とこちらの杉田成道監督とでは、作風がかなり違うと言えるでしょう)。
 言ってみれば、『十三人の刺客』の“動”に対して『最後の忠臣蔵』は“静”といったところでしょうか?
 そういうところから、商人に身を換えた孫左衞門が可音と隠れ住む家が、極めて日本的な竹林の奥に設けられているのは象徴的です。
 それに、映画の中で何度も挿入される人形浄瑠璃「曽根崎心中」です(注1)。心中せざるを得ない徳兵衛とお初の有名な道行の場面は、孫左衞門と可音との抑えられた静かに燃える恋愛感情を、なんとか観客に分からせようとする工夫となっています(可音と孫左衞門との関係は、絶対にあからさまには出来ないものであり、また商家の娘ながら大石内蔵助の子供を身ごもった可音の母親・可留と内蔵助との関係〔歳の差がほぼ30歳〕がダブっています!)。
 また、茶屋家に嫁ぐ可音の婚儀の列は、最初は孫左衞門だけが寄り添うだけでしたが、次々と元赤穂藩士たちが寄り集まって来て、遂には大行列となる感動的なシーンも、夜のこともあり、実に静かに描き出されています。

 こんなところから、ワイドに全体を見渡せばまずまずの感じを受けるものの、今少しクローズアップしていくとどうかなという点も見えてきます。
 やはり一番の問題は、人形浄瑠璃「曽根崎心中」が挿入されていることでしょう。これは男女の機微を描き出している文楽の演目ですから、この工夫自体は素晴らしいアイデアと言えるものの、なんといっても“心中”物であり、孫左衞門と可音との関係を象徴させるには極端すぎるのではと思います。
 確かに、可音の嫁ぎ先が武家ではなく商家ということで“お初”の死を読み取り、他方で、孫左衞門の切腹にも、“徳兵衛”の脇差による自死を見て取ることもできなくはないでしょう(近松の「心中天の網島」の治兵衛は、首をつって死にます)。
 ただ、可音については、請われて本人も納得づくで嫁ぐように描かれており、他方孫左衞門の死は、あくまでも武士としての死、忠義に基づく死なのではないでしょうか?
 更に言えば、茶屋家は、当時は昔ほどの力はなくなっているのでしょうが、天下にその名が轟いた豪商のはずです。その跡取り息子が、いくらなんでも芝居小屋で見初めただけの娘を、自分の正妻として迎え入れようとするでしょうか(まして、可音の家柄などはギリギリまで明かされないのですし)?

 また、ここでウディ・アレン監督の『人生万歳!』と比べると顰蹙を買うかもしれませんが、主人公ボリスに運命を感じて結婚までしてしまうメロディのことが連想されます。田舎からニューヨークに出てきて初めて会った男性が老天才物理学者のボリスということで、いくら嫌みな人柄であっても、自分にはこの人しかいないと思い込んでしまうのです。
 他方、『最後の忠臣蔵』の場合、孫左衞門の高潔な人格はボリスとは比べものにならないものの、可音にとって男は孫左衞門しかいないのですから、ボリスとメロディのように危うい関係にならない方が不思議と言えるでしょう。
 ですから、メロディは、若くてイケメンのランディに出会うと、たちまちその虜になってしまいボリスから乗り換えてしまいますが、あるいは可音の場合も、茶屋家の跡取り息子の修一郎と出会うと、やはり目が開くのではないでしょうか。孫左衞門のために、呉服屋の茶屋のところで購入した反物から着物を作ってあげますが、勿論愛情はあるとは言え、長年の労苦に対する感謝の気持ちの面が強いのではと思われるところです。
 そうしたところからも、「曽根崎心中」の道行とダブらせることに問題がありはしないか、と思ってしまいます。

 とはいえ、役所広司は、『十三人の刺客』の動きのある役柄と正反対の役柄にもかかわらず、単に可音の成長を見守るだけではない感情を極度に抑制した演技を披露していて素晴らしいと思いました(注2)。



 また、可音を演じた桜庭ななみについては、途中までは可憐なだけで済みますが、婚儀が整ってからは、大石内蔵助の遺児でもあることを示す必要があり、なかなか難しい役どころといえますが、実にうまくこなしています。将来が大層期待できると思いました(『書道ガールズ』の時よりも、様々な面で相当成長しているのではないでしょうか)。



 この映画には、もう一人寺坂吉右衛門役で佐藤浩一が出演しています。冒頭、貧窮にあえぐ吉良邸討入浪士の遺族の一人(風吹ジュン)のもとを訪ねて、大石内蔵助から託された生活資金を手渡すシーンがあり、これからすれば、今度の映画では役所広司と同じくらいのウエイトなのかなと期待を持たせます。
 ですが、暫くすると、専ら役所広司ばかり登場するようになって、佐藤浩市はやはり脇役になってしまうのです。『ザ・マジックアワー』とか『誰も守ってくれない』では主役を演じていましたが、どうも最近は後ろに下がることが多いようで、素晴らしい役者なのに残念だなと思っているところです。





(注1)劇場用パンフレットに、脚本の田中陽造氏の談話が掲載されていて、その中で、「文献を調べるとちょうどこの年、人形浄瑠璃の「曾根崎心中」が大ヒットしていた」とあります。
 調べてみると、この映画の設定は、赤穂浪士討ち入りの16年後となっていますから1717年、他方「曾根崎心中」の初演は1703年、確かに大ヒットして竹本座は借金を完済できたようですが、その後数回しか上演されなかったとされていますから(ここらあたりはwikiによる)、1717年当時、可音がその演目を見ることが出来た可能性は小さいのではないかとも考えられます。

(注2)原作には、可音の婚礼の日を前にして、寺坂吉右衛門に対し孫左衛門が、「おれの心には……魔が住んでいた」、「おれの一生は……魔との戦いであった……それも程なく終わる……それがまた、耐え難いのだ」と述べる個所があります(角川文庫版P.300)。


(2)この作品は、評論家の前田氏が、ワーナーブラザーズが「企画から制作までやってしまった日本映画」と述べているように、本格的なローカルプロダクション(外国の映画会社の支社が、現地の言語やスタッフで映画を製作する)による映画なのです(『デスノート』では、ワーナーは配給のみ)。
 そのため、一定額以上の興行収入を確保すべく、この映画が日本で受け入れられるよう、随分と企画が練られているようです(この辺りの詳細については、例えばこの記事を参照)。
 題材が「忠臣蔵」となっているのも、また日本的なものが映画の随所に取り入れられているのも、そうした検討の結果なのでしょう。
 たとえば、上で述べたように、可音と孫左衛門が隠れ住む家の周りは鬱蒼とした竹林(京都嵯峨野の大覚寺の竹林)ですし、その書斎には、祇王寺にあるような丸窓(「吉野窓」というのでしょうか)が設けられていたり、孫左衛門が商いで取り扱うものは骨董品(青磁の花器など)だったりします。それに、人形浄瑠璃の挿入や孫左衞門の切腹。
 ただ、この映画はアメリカでも配給されるようですから仕方のないところながら、全体的には、外国人に日本の良さを理解してもらおうと製作された文化映画に見えてしまう点が、日本人観客にとっては逆に問題点となるのではと思えるところです。要すれば、余りにも型にはまりすぎているのではないか、そうした日本的とされるものをぶちこわす契機となるような事柄が描かれていればな、と思えてしまうのです(注)。


(注)といっても、たとえば、赤穂浪士の吉良邸討入りのシーンは、田村正和が大石内蔵助を演じたテレビ朝日ドラマスペシャル『忠臣蔵~その男、大石内蔵助~』(昨年12月25日放映)における極めてオーソドックスな描き方とは違って、かなりリアルな感じに仕上がってはいますが(赤穂浪士の服装が、歌舞伎等で見られるものとは違って、相当地味なものとなっていますし、弓矢も使用されます)。






(3)映画評論家の評価は高そうです。
 渡まち子氏は、「ストイックな物語をハッとするほど美しい映像が彩り、すみずみまで丁寧な作りの作品」であり、「己を捨て、武士を捨ててまで重い使命を背負い続けた主人公が報われる場面は、深い感動を呼び起こす」し、「劇中の要所に挿入される人形浄瑠璃が、登場人物の想いを代弁する役割を果たしている。静謐な竹林、紅葉の道、揺れるすすき、ふりしきる雪。男たちの過酷な運命と対比するように、劇中に映しだされる日本の四季はあまりにも美しい。何より、ストイックな演技を見せる主演の役所広司の名演が素晴らしい」として70点を与えています。
 前田有一氏は、「寺坂吉右衛門の逃避行から描く原作とは少々異なり、映画はこの二人〔瀬尾孫左衛門(役所広司)と可音(桜庭ななみ)〕の疑似父子関係に焦点を当てた感動ドラマなっている。しかしありがちな親子愛のチャラい話ではなく、真の泣き所はきちんと忠臣蔵ファンを満足させる形になっているから心配はない」などとして75点を付けています。
 ただ、前田氏の論評は、「ハリウッドの良さを取り込んだ日本映画」という点に注目するのはいいとしても、映画そのものについてはかなり茶化した感じの姿勢を取っている点は評価できないところです。



★★★☆☆




象のロケット:最後の忠臣蔵
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