映画的・絵画的・音楽的

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きいろいゾウ

2013年03月06日 | 邦画(13年)
 『きいろいゾウ』を渋谷シネクイントで見ました。

(1)本作は、宮崎あおい向井理という、それぞれ今が旬ながら如何にもの俳優がコンビとなって出演するというので、ちょっと躊躇したものの、タイトルに惹かれて見てみたところ、物語自体も、そして映像もさながら絵本のようで(その中にさらに原作者が制作した絵本まで登場します)、そうであれば宮崎あおいと向井理というコンビは、逆にうってつけなのかな、と思ったりしました。

 物語では、ムコ向井理)とツマ宮崎あおい)が都会を離れて三重の田舎で暮らしています(注1)。
 ムコは売れない小説家で、当面の日銭を稼ぐために昼間は特養ホーム「しらかば園」で介護士として働いています。
 そんなムコが、出来上がった小説を出版社に持っていくために上京するところ、ツマは、上京するのはそれだけではない、なにか秘密があるに違いない、と勘付きます。
 さあ、秘密とは、そしてこの話はうまく解決するのでしょうか、……?

 この映画には3組のコンビが登場します。
 まずは、ムコとツマの夫婦。
 それから、隣のアレチさんとその妻セイカさん(柄本明松原智恵子)。
 そして、東京の夏目とその妻・リリー・フランキー緒川たまき)。(注2)

 いずれのコンビも何かしらの問題を抱えてはいるものの、現実感が酷く乏しい感じがします。

 何より、ムコとツマはそれぞれ秘密を抱えており(注3)、さらにツマは『きいろいぞう』の絵本が大好きなだけでなく、庭に生えている植物(ソテツ)とか、家にやってくる動物(犬のカンユやヤギのコソク)との会話を楽しむのです(注4)。
 また、隣の夫婦については、妻のセイカさんが、食事に大量の「ミロ」(麦芽飲料)をふりかけてしまうなど、認知症が進んでいるばかりでなく、夫の方もセイカさんが病院に入ってしまうと一人では何もできないと大声で嘆く始末なのです。
 さらには、夏目の妻もムコと何かしらの関係があったがために、そして彼女の状態が悪化したために、夏目はムコに「助けてくれ」との手紙を書くのです(その差出人が記載されていない手紙を見て、ツマは何かを感じ取ります)(注5)。

 とはいえ、こうした様々な登場人物たちは、一方で本作の幻想性を高めているところ、他方で、ムコとツマのこの世のものとは思えないラブ・ストーリー(注6)を説得力あるものとして構築しているというべきでしょう。

 宮崎あおいについては、最近では昨年秋の『天地明察』で見ましたが、見逃した『北のカナリア』や4月に公開される『舟を編む』にも出ていて、このところ本当にたくさんの映画に見かけるので驚きです(注7)。



 また、向井理についても、『新しい靴を買わなくちゃ』で見たところ、そこでは中山美穂の引き立て役に過ぎないような感じながら、本作ではその良さがうまく発揮されているのではと思いました。




(2)西加奈子氏の原作本(単行本は2006年) を見ると、各章の初めの部分等が本文とは別にゴチックとなっていて、どうやらツマが大事にしている絵本の内容を表しているようです。
 さらに、絵本もそうですが、そればかりか目次の部分も平仮名表記になっているのも興味深いところです(注8)。
 こうやって、原作本が様々に表現上の工夫を凝らしているのを受けているためでしょう(注9)、本作においても、全体の映像が大層幻想的なものとなっている上に、絵本の画像が登場するだけでなく、動画としても描かれており、様々な工夫が凝らされています。

 また、本作で注目されるものの一つに、ムコの背中に彫られている鳥のタトゥがあります。
 このタトゥは、拙ブログのこのエントリで触れた『蛇にピアス』のものに感じが類似すると言えるかもしれません(彫られているのもが龍と鳥で違ってはいますが)。



 ただ、幻想的な本作ですから、ムコが問題を直視して立ち向かうと、背中の鳥はどこかへ飛び去ってしまうのですが!

(3)渡まち子氏は、「互いに秘密を抱えたまま結婚した男女が本当の夫婦になっていく物語「きいろいゾウ」。一見、ユルい癒し系映画だが、実はなかなかシビアなお話だったりする」として60点を付けています。



(注1)2人が三重の田舎で暮らす家は、なんだか『ツレがうつになりまして。』で宮崎あおいと堺雅人が暮らす一軒家のような感じがしますが、それは都会のど真ん中にある家です。

(注2)さらには、幼いながらツマのところによく現れる少年・大地と、彼に片思いの少女・洋子というコンビも登場します(大地も、国語の時間に恥をかいたことをきっかけに登校拒否をしています)

(注3)ツマは幼い頃心臓を患いましたが、最近までそのことをムコに言っていませんでした(ツマは「ムコが聞かなかっただけ」と涼しい顔ながら、「ツマは大事なことを何も言わない」とムコはそのことに拘ります)。
 他方、ムコには昔女性がいましたが、ムコはそのことを妻には言っていません。

(注4)ソテツの声を大杉漣が、カンユの声を安藤サクラというように、声の出演者の多彩さも本作で注目すべき点でしょう。

(注5)ムコと夏目の妻とは、昔なにがしかの関係があり、ムコの背中の鳥の絵は彼女の手になるものなのです。

(注6)なにしろ、ムコの背中から飛び立ったタトゥの鳥の羽根が、三重の田舎に独りで待っているツマのもとに空から舞い落ちてくるのですから!

(注7)宮崎あおいは、これまでの映画では見かけなかった性的なシーンにも本作で挑戦しているところ(ずっと初歩的なものですが)、女優としてレベルアップするにはもう一頑張りが必要なのではないでしょうか(もう27歳、いつまでもお姫様のような役柄をやっているわけにもいかないでしょう)。

(注8)実に面白いことに、本年年1月16日に発表された第148回芥川賞は、75歳の黒田夏子氏に与えられましたが、その受賞作『abさんご』が平仮名の多い特異な文体になっています(ちなみに、その冒頭は「a というがっこうとb というがっこうのどちらにいくのかと,会うおとなたちのくちぐちにきいた百にちほどがあったが,きかれた小児はちょうどその町を離れていくところだったから,a にもb にもついにむえんだった.」)。
 勿論、一方は子供向けの絵本であり、もう一方は大人向けの小説ですから、平仮名が多いというだけで比べても何の意味もないでしょうが。

(注9)さらに原作本では、「もくじ」と「第1章きいろいゾウ」との間に「必要なもの。」として、「朝食のトマトと岩塩」以下、様々なものが列記されています(原作本の最終章の後にも掲載されていますが、列記されているものの最後に「ぼくのつま」が書き加えられています)。

 また、本文は、ゴシック体のところ以外では、語り手がツマの部分と、ムコの日記の部分(新聞の文体のように短文が多い)とから構成されています(ただ、後半になると語り手がムコである部分が登場します)。
 なお、2人の会話がなくなって、ツマはムコが書いた日記を読むようになりますが、そのことはムコが気づいており、ムコが気づいていることを妻も知っているという関係になります。
 こうなると、まるで谷崎潤一郎の『鍵』の世界です(同小説については、『サラの鍵』についてのエントリの(2)でごく簡単に触れています)。




★★★☆☆



象のロケット:きいろいゾウ


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