映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

愛しき人生のつくりかた

2016年01月29日 | 洋画(16年)
 『愛しき人生のつくりかた』を渋谷ル・シネマで見ました。

(1)フランスで100万人動員したヒット作というので映画館に行きました。

 本作(注1)の冒頭では、モンマルトル墓地における埋葬の儀式が描かれます。
 亡くなったのは、マドレーヌアニー・コルディ)の夫。
 儀式がどんどん進行する一方で、画面には道路をひたすら走る若者の姿も映し出されます。
 走っているのは、マドレーヌの孫のロマンマチュー・スピノジ)。
 棺が埋葬されて儀式が終わったところにロマンが到着。
 ロマンがマドレーヌに「墓地を間違えた」と言うと、彼女は「亡くなった夫は怒っていないわ」と答えます。

 次の場面は、ロマンが、ホテルの主人フィリップジャン=ポール・ルーヴ)とバイトの件で面接を受けています。履歴書からロマンが大学で文学を専攻していると分かり、フィリップは「書いている小説は進んでいるかね?」と尋ね、ロマンが「書いてません」と答えると、フィリップは「いや、書いている。顔にそう書いてある」などと冗談で応じます。

 そこから戻ったロマンが、近所のマドレーヌのアパルトマンに行くと、彼女はアルバムを彼に見せて、親族についていろいろ説明します。中には、ロマンの父親ミシェルミシェル・ブラン)の洗礼式の写真まであります。ロマンが「人生はあっという間」と口を滑らすと、マドレーヌは少々嫌な顔をしますが、彼が「ホテルで夜勤のバイトをする」と言うと、機嫌を直して「お前らしい」と応じます。

 場面は郵便局。ミシェルが定年を迎え、お別れ会が開かれています。局長でしょうか、ミシェルのこれまでについて紹介し、「今日で定年を迎え、新しい人生が始まります。記念に、チュニジア旅行のチケットのプレゼントがあります」と言います。
 家に戻ると、ミシェルは妻のナタリーシャンタル・ロビー)に「職場は飽き飽きした、チュニジアに行こう」と言います。彼女が「自分で手続きしたの?」と訊くので、彼は「そうだ」と答えますが、ナタリーは、「郵便局からどこが良いかと事前に尋ねられてチュニジアと答えた」と内幕を暴露したので、ミッシェルは「オレもバカだな」とつぶやきます。

 そんなこんなの家族ですが、さあこれからどんな物語が描かれるのでしょうか、………?

 本作は、予告編から予想される“おばあちゃん”物として片付けられる作品ではなく、おばあちゃんの話をエピソードとして含む恋愛物でもあり、さらには夫婦愛の物語とも言えて、なかなか凝った作りになっています。とはいっても、アチコチにユーモアが感じられ、全体としては良質のフレンチ・コメディーに仕上がっていて、見終わるとほのぼのとした感じになること請け合いです。

(2)本作については、その主人公が誰であるかの判断によって、見方が変わってくるかもしれません。クマネズミは、予告編から、てっきり85歳になる祖母のマドレーヌが主人公に違いないとして、最近の映画でよく取り扱われる高齢者の生き方が描かれている作品ではないだろうかと思い込んでいました(注2)。
 確かに、夫に先立たれたマドレーヌが老人ホームに入れられるものの、そこから脱走してしまう話がかなりのウエイトを持って描かれています。



 でも、例えば、『陽だまりハウスでマラソンを』のように、老人ホームでの生活ぶりが様々に描き出されているわけではありません。

 それに、公式サイトや劇場用パンフレットにおいてキャストとして冒頭に掲載されるのは、マドレーヌ役のアニー・コルディではなく、ミシェル役のミシェル・ブランの方なのです(注3)。
 考え直してみると、本作は、二人の関係がギクシャクし出してきたミシェルとナタリーが再び愛を取り戻す過程を描いた作品とも読み取れるかもしれません。



 ですが、クマネズミが実際に見たところからすると、本作の主人公は、むしろマドレーヌの孫のロマンではないか、そして本作は、ロマンを主人公とする恋愛物ではないかと思いました。
 なにしろ、映画の冒頭で長々と走る姿が映し出されるのはロマンなのです。
 そして、ラストでも、まったく同じことをロマンの恋人・ルイーズフロール・ボナヴェンチュラ)が繰り返し、ついには二人がキスをするシーンで映画が閉じられるのです。
 それに、マドレーヌに優しく寄り添うのもロマンであり、ノルマンディーに脱走したマドレーヌを探しだすのもロマン。ミシェルとナタリーの夫婦関係を気にかけて効果的なアドバイスするのもロマンです。



 こんなことになるのは、本作の焦点がボケていることを意味するのか、逆に、様々な視点から見ることの出来る奥の深さを持っていると考えるべきなのか、未だ判断がつきかねているところです(注4)。

 なお、本作には、少々おかしな人がいく人も登場します。
 例えば、上記(1)で触れたように、ロマンのバイト先のホテルの主人は、「小説を書いているだろう」とロマンをからかいますし、「ロゼは酒じゃない」と言ってホテルのフロントで飲んだりします。
 また、ノルマンディーにいく途中でロマンが立ち寄ったドライブインの店員は、唐突にロマンに2個入りのチョコバーを勧め、それで閃いたロマンが「どうすれば運命の女性と出会える?」と尋ねると「待つことなく念じれば24時間以内に会える」と託宣を垂れるのです(注5)。
 さらには、何だか判別の付かない動物の絵を描く画家も登場します(注6)。

 作品全体に暖かさがみなぎっていて、まずまずの仕上がりになっていると思いました。

(3)渡まち子氏は、「墓地ではじまり墓地で終わる本作は、普遍的な家族愛について語った前向きなドラマだ。ほろ苦くて優しくて繊細。見終わった後は、きっと心がじんわりと温まる」として65点をつけています。



(注1)監督・脚本はジャン=ポール・ルーヴ
 なお、同人は俳優でもあり、本作でもロマンが働くホテルの主人役として出演しています。
 また、本作はダヴィド・フェンキノスの『Les Souvenirs』を原作としています(ダヴィド・フェンキノスは本作の脚本にも参加)。
 原題は、原作と同一。

 ところで、邦題の「愛しき人生のつくりかた」については、本作のどこを見ればそんなタイトルになるのかサッパリわかりません。『あの頃エッフェル塔の下で』もそうですが、最近、随分といい加減な邦題が目立つように思います。
 そういえば、後者の原題にも「souvenirs」が入っていました!なるほど、本作に「思い出」というタイトルをつけたら、内容について全く想像がつかないでしょう。でも、見終わったらその意味合いがよく理解できることと思います(ちなみに、このインタビュー記事でジャン=ポール・ルーヴ監督は、「日本のみなさんに見ていただきたいところは「過去は未来を構築するためのものである」ということです」と述べています)。

(注2)劇場用パンフレット掲載のエッセイ「この憂き世に優しいフレンチ・コメディー」において、筆者のきさらぎ尚氏は「祖母マドレーヌを話しの中心に据えた」と述べていますし、「フランス式「家族の絆」とは」の冒頭でも、筆者の中条志穂氏は「本作の主人公マドレーヌには3人の息子がいる」と述べています。

(注3)劇場用パンフレット掲載の「インタビュー」においても、最初に掲載されているのはマドレーヌを演じたアニー・コルディではなく、ミシェル役のミシェル・ブランなのです。

(注4)尤も、本作は、マドレーヌ―ミシェルとナタリー―ロマンという3代に渡る家族の絆を描いたもの〔上記「注2」で触れたきさらぎ尚氏は「3世代の物語」と言っています〕であり、3人とも主人公なのだとしてしまえば、話は簡単でしょうが!

(注5)実際にも、ノルマンディーで恋人のルイーズに出会えたことに気を良くしたロマンは、父親のミッシェルにも、この店員に悩みをぶつけてみることを勧めます。

(注6)マドレーヌとロマンは、老人ホームの壁にかかっているその画家が書いた絵を見て感心し、画家の家を訪ねて絵が素晴らしいと褒めると、画家は感激して、手元に残っていた絵を譲ってくれます。その絵を見てマドレーヌが「牛でしょ」と言うと、画家は怒ったように「犬です」と答えます。



★★★☆☆☆



象のロケット:愛しき人生のつくりかた
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ブリッジ・オブ・スパイ

2016年01月26日 | 洋画(16年)
 『ブリッジ・オブ・スパイ』を吉祥寺オデヲンで見ました。

(1)今度のアカデミー賞作品賞の候補に挙げられている作品というので映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、「1957年 冷戦の高まり。 米国とソ連は、互いに相手の核の能力と意図を怖れていて、どちらもスパイを展開するとともに、スパイの捜査を行った」、「本作は事実によっている(注2)」といった感じの字幕が映し出されます。

 次いで、ブルックリンにある建物の部屋の中で、男(アベルマーク・ライランス)が鏡を見ながらキャンバスに自画像を描いています。
 そこに電話がかかってきて、アベルは受話器をとって聞きはするものの、無言のまま。

 その後、アベルが建物の外に出ると、隠れていたFBI捜査官が尾行します。
 アベルが着いたところはイースト川のそばの公園。ベンチに座って川を眺めながら絵を描いていると、捜査官が車に乗ってその付近を通過します。
 辺りを伺いながらアベルは、ベンチの下に手を入れて、その裏側に張り付いているコイン状のものを引き剥がします。

 アベルは、再びさっきの部屋に戻ってきて、髭剃りのカミソリでコインを2つに割って、中に入っていたペーパーを取り出し、小さく書き込まれている数字を拡大鏡で読みます。



 そこに捜査官らが飛び込んで、「あなたはスパイだ、我々に協力しろ。さもないと逮捕する」と叫びます。
 アベルは、静かに従いながら巧にさっきのペーパーを隠します。

 場面は変わって、弁護士のドノヴァントム・ハンクス:注3)が、ウィスキーグラスを手にしながらもう一人の弁護士と激しく議論しています。相手が、ドノヴァンの関与する保険会社の客の運転する車が5人を轢く交通事故を引き起こしたにもかかわらず、保険会社は請求額を支払わないと言うと、ドノヴァンは、本件は5件ではなく1件の事故であり、保険会社の方は1件に対して限度額の10万ドルまで支払う、と応じます。

 このドノヴァンが、その能力を買われて(注4)、FBIに逮捕されたアベルの国選弁護士となり、米ソ冷戦の渦中に飛び込むわけですが、さあ、物語はどのように展開するのでしょうか、………?

 本作は、実際にあった米ソ間のスパイ交換を、現地で交渉にあたった弁護士の視点から描いた作品で、弁護士役を演じるトム・ハンクスが、相変わらず実に手堅い演技を見せているとはいえ、事態の推移が大層地味に描き出されていて、どうしてこのような作品が今度のアカデミー賞作品賞にノミネートされるのか、よくわからない感じがしました。

(2)本作については、スティーブン・スピルバーグ監督の作品という点でも関心がありました。それほど熱心に彼の監督作品をフォローしてきているわけではないとはいえ(注5)、見巧者の映画通の方々が言うように、スピルバーグ監督ならではの見どころがアチコチに転がっていると思います。

 とはいうものの、本作はごくごく地味な仕上がりになっているものと思います。
 こうなるのも、まずはクマネズミが、事前の情報は殆ど持たずに、タイトルに「スパイ」とあるからには手に汗握るスパイ同士のアクションなどが見られるのかなと、見る前に思っていたことがあるかもしれません。
 ですが元々、本作ではスパイ活動それ自体が描かれるわけではなく、ソ連のスパイが逮捕されてからの話に焦点が当てられるために、派手なアクションシーンが登場する余地はありません。

 それに例えば、本作の前半では、『黄金のアデーレ 名画の帰還』と同じように、連邦最高裁の場面が描き出されますが、同作の場合は、全体にあのきらびやかな名画『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ』のオーラが浸透している上に、主役がマリア(ヘレン・ミレン)という女性なのです。
 対して、本作の場合は、ドノヴァンが口頭で見解(実に正論ながら)を述べる場面が描かれるに過ぎません。

 加えて、現地での交渉は、確かに、目的とする人物に会って目的とする内容のことを伝えること自体容易ではないとしても(注6)、結局は相手側の出方をじっと待つほかどうしようもない事柄であり、画面も地味なものにならざるをえないともいえます。

 また、現地での交渉にあたり、 ドノヴァンにどの程度の交渉権限が付与されていたのでしょうか?



 確かに、相手側のいる東ベルリンにドノヴァンが単身で乗り込むとはいえ、西ベルリンまではCIAのホフマンスコット・シェパード)らが来ており、東ベルリンから戻ってきたドノヴァンにいろいろ指示をします(注7)。
 米ソという超大国間の国家的な交渉に個人的な要素がどの程度入り込むのかは、なかなか難しい問題ではないかと思われます(注8)。

 さらには、目を引くような女優が登場するわけでもありません(注9)。
 登場するのは、ドノヴァンの妻のメアリーエイミー・ライアン)くらいで、それも、彼女とドノヴァンの出会いが回想で描かれるわけでもなく、実際はベルリンに飛んだ夫がスコットランドに釣りに出かけたと思い込んでいる主婦といった役柄なのです。

 注目される場面としては、東西ベルリンを結ぶ列車(Sバーン鉄道)にドノヴァンが乗車している際に、ベルリンの壁を超えて西側に逃亡しようとした東ドイツ人が何人も射殺されるシーンがあります。このシーンは、ニューヨークに戻ってから、子どもたちがフェンスを超えて走るのをドノヴァンが電車の窓越しに見るシーンと重なるように作られているのでしょう。ですが、列車が走っているような時間帯にお誂え向きの脱出劇が敢行されるとも思えないところで、本作のリアルさを損なっているように感じられました。

 そうはいっても、本作は、大層地味な作りながらも、アベルが言う「不屈の男(Standing Man)」(注10)としてのドノヴァンが上手く描き出されていることも確かなことでしょう(注11)。

(3)渡まち子氏は、「監督スピルバーグ、主演トム・ハンクス、実話の映画化とくれば、オスカー狙いがミエミエの感動作、社会派ドラマかと思うだろう。たしかにそういう側面はあるが、本作は、思った以上にサスペンス色が濃いエンタメ作品」であり、「何より、人と人とのつながりを肯定するメッセージが感動的で、期待通りの秀作に仕上がっている」として85点をつけています。
 渡辺祥子氏は、「官僚的で融通のきかない米ソの役人たちへの批判を込めながら、どちらも誠実なドノヴァンとソ連スパイの間に通じ合う気持ちを人間味のある会話を通して描いたのがスピルバーグの映画らしいところ」として★4つ(「見逃せない」)をつけています。
 藤原帰一氏は、「映画の技法が綺羅星のようにきらめいていて、しかも芸術を気取ることがない。あまりうまいので見惚れてしまいます」と述べています。
 読売新聞の福永聖二氏は、「平凡だった男がやってのけた偉大な仕事。スティーブン・スピルバーグ監督がまたも、歴史上の秘話を感動的によみがえらせた」と述べています。



(注1)監督は、『戦火の馬』のスティーブン・スピルバーグ
 脚本は、マット・チャーマンとコーエン兄弟との共作。

(注2)「inspired by true events」。

(注3)最近では、『ウォルト・ディズニーの約束』で見ました。

(注4)アメリカには有能な弁護士が数多くいることでしょうから、映画で描かれているような理由では、なぜドノヴァンがアベルの国選弁護士に選ばれたのかよくわからない感じがします。
 あるいは、映画では触れられませんが、ドノヴァンが、戦時中にOffice of Scientific research and DevelopmentやOffice of Strategic Services(CIAの前身)に関与したり、戦後のニュルンベルグ裁判で associate prosecutor だったりしたことが(この記事とかこの記事によります)、選定に関係したように思えます(この記事が同趣旨のことを述べています)。

(注5)『リンカーン』も見ておりません。

(注6)ましてドノヴァンは、ドイツ語にそれほど堪能でもない一民間人に過ぎないのですから。

(注7)ドノヴァンの交渉相手のソ連大使館の二等書記官シ―シキンミハイル・ゴアヴォイ)は、KGBの大物スパイだとされています(西ベルリンに戻ったドノヴァンがシーシキンのことを報告すると、CIAのホフマンは、「彼は書記官ではない。東欧におけるKGBのチーフだ」と答えます)。
 なお、東ドイツ側の代理人として弁護士ヴォーゲルが登場しますが、彼を演じるセバスティアン・コッホは、『オペレーション・ワルキューレ』や『ヒトラーの建築家 アルベルト・シュペーア』といったTV用映画をDVDで見たことがあります。

(注8)映画では、東ドイツに捕まった米国人学生プライヤーウィル・ロジャーズ)の解放を、ドノヴァンがCIAの意向に反してまで強く東側に求めたように描かれています〔ドノヴァンは、自分の助手を務める若い弁護士と同じ年齢だからと言っていますが、ここには、上記(1)で触れた保険についてのドノヴァンの考え方が反映されているように思います〕。ですが、仮にプライヤーがチェックポイント・チャーリーに現れなかった場合、ドノヴァンはアベルとパワーズオースティン・ストウェル)だけの交換を阻止することが出来たのでしょうか?

(注9)『戦火の馬』でも、専ら馬と主人公のアルバートの方に焦点が当てられています。

(注10)アベルは、ドノヴァンに、幼い時に見た光景―父親の友人が、突然入ってきたパルチザンによって何度も殴られながらも、殴られるたびに立ち上がリ、ついにはパルチザンが殴るのを止めて出て行った―を話し、その話の中の男を「不屈の男(Standing man)」だと言います。そして、グリーニッケ橋でのスパイ交換の際に、あくまでもプライヤーを待とうとするドノヴァンを見て「不屈の男」と言います。



 なお、本作の劇行用パンフレット掲載の「Production Notes」において、スピルバーグ監督は、「ドノヴァンは自分が信じていることのため、すべての人の正義にために立ち向かう」とありますが、公式サイトに掲載されている原文では「The stand-up kind of guy who stands up for what he believes in to be a universal truth, which is basically justice for all – regardless of what side of the Iron Curtain you are on. He was only interested in the letter of the law.」となっていて、これが「standing man」の概念といえるものでしょう。

(注11)尤も、本作の後半部分については、ドノヴァンを、むしろ“tough negotiator”と評した方が良いようにも思いますが。



★★★☆☆☆



象のロケット:ブリッジ・オブ・スパイ
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あの頃エッフェル塔の下で

2016年01月22日 | 洋画(16年)
 『あの頃エッフェル塔の下で』を渋谷のル・シネマで見てきました。

(1)『毛皮のヴィーナス』で好演したマチュー・アルマリックが出演するというので、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭は、タジキスタン共和国の首都ドウシャンベにおける主人公・ポール・デダリュスマチュー・アルマリック)の部屋。



 恋人のイリーナディナーラ・ドルカーロワ)が、「パリへ戻るフランス人の友人です」などと電話をしています。
 どうやら、ポールがパリへ戻ろうとしていて、その荷物を送る手配をしているようです。
 イリーナが「3週間で届くわ」と言うと、ポールは「良かった」と答え、更に、イリーナが「本気で帰国するの?ユリシーズの帰還ね」と言うと、ポールは「故郷へのノスタルジーなんかない」と応じます。
 そして、イリーナが「あなたをスグに忘れられる魔法を教えて。あなたを思い出すわ」などと言うと、ポールは自分自身の昔のことを思い出します。

 画面に「1.少年時代」との字幕が映し出され、ポールの声で「僕は思い出す」と続きます。
 まず、兄弟3人の写真が映し出され、それから少年のポールが「来るな」「病院に帰れ」「パパに言うぞ」と2階に上がってこようとする母親に向かって叫びます。
 これに対して母親は、「言えなくしてやるよ」と怖い形相で怒りながら2階に上がろうとします。

 次いで、ポールは大叔母の家に行きます。
 大叔母から「居間で寝て」と言われ、毛布を渡されます。
 そして、「長くいるつもり?」と訊かれると、ポールは「あの家は嫌だ」と答えます。

 更に次の場面では、ポールの弟のイヴァンが自転車を壊していて、ポールの「すべて弟のお陰だ」との声が入ります。
 イヴァンが「いつ家に戻るの?」と訊くと、ポールは「ママが家を出ていったら」と答えます。

 こんな具合にポールの回想は続き、その間に、現時点での映像も入ってきます。
 さあ、ポールの物語はどのように展開されるのでしょうか………?

 予告編からは、主人公の中年男が若い頃の恋愛を回顧するだけの単純な映画かなと思っていたところ、実際にはなかなか凝っていて、回想シーンが3章から構成される充実した内容の作品であり、その上、青年時代の主人公とヒロインとの恋愛が中心的な話しながらも、文化人類学者で外交官である主人公が中央アジアに調査に行ったり、またレヴィ=ストロースの本を読んだりする場面が描かれていたりするなど、とても一筋縄では捉えきれないような興味深い内容が盛り込まれており、なかなか面白い映画に仕上がっています。

(2)本作は、青年時代の主人公ポールカンタン・ドルメール)とエステルルー・ロワ=ルコリネ)との恋愛経験がメインに描かれています(「2.エステル」)(注2)。



 ただそれだけでなく、少年の頃については心が病んだ母親との確執が描かれ(「1.少年時代」)、また高校時代(16歳)には、親友マルクと旧ソ連(ベラルーシの首都ミンスク)に行ってユダヤ人のイスラエル移住を密かに支援します(「2.ソビエト連邦」)(注3)。
 さらに、メインの「3.エステル」においても、エステルのいるルーベを離れてパリの大学で文化人類学を学ぶポールの姿がかなり描き出されます(注4)。
 確かに、本作の原題が「わが青春の3つの思い出」となっていて、種々のエピソードの寄せ集めでかまわないとはいえ、一見したところでは、それぞれの話相互につながりがなく一つの作品としてのまとまりに欠ける感じがしてしまうところです。
 加えて、少年時代と青年時代、それに大人のポールを演じる役者が全く違った雰囲気を持っているために、なお一層バラバラの感じを受けてしまいます。

 それでも、この映画を見ると、やはり一つの作品なのかな、とも思えてきます。
 そう感じられるのは、3つの章それぞれで“別れ”が描かれている点からでしょうか。
 「1.少年時代」では母親との(注5)、「2.ソビエト連邦」では親友マルクとの(注6)、そして「3.エステル」ではエステルとの(注7)。



 加えて、本作の冒頭では恋人イリーナとの、そして最後の「エピローグ」では友人のコヴァルキエリック・リュフ)との“別れ”も描き出されています(注8)。

 さらに注目されるのは、「2.ソ連時代」で描かれたユダヤ人支援活動に絡む話が、「1.少年時代」の末尾(現在時点での話)や(注9)、「エピローグ」のラストにも出てくることです(注10)。
 このエピソードに関しては、ポールのパスポートをポールの知らない人間が持っていて、その人間がポールとして生きているという点が注目されます。

 これらを総合すれば、自分自身でない者、いわば“分身”のように生きてきたポールが、様々の“別れ”を通じて“本物”の自分を取り返す、ということにでもなるのかもしれません。
 そして、本作にこうした「構造」めいたものが嵌めこまれている点が、あるいはポールが専攻する文化人類学と通じているのかもしれません(注11)。

(3)村山匡一郎氏は、「誰もが人生で真剣な恋を1度や2度は経験するにちがいない。その恋が実を結ぶことなく終わったとしても、その思い出は消えることなく残るだろう。本作はそんな狂おしいまでの恋愛の思い出が心に刻まれた、ほろ苦くも美しい青春の日々を描いている」として★4つ(「見逃せない」)をつけています。



(注1)監督・脚本は、アルノー・デプレシャン
 原題は「Trois souvenirs de ma jeunesse(わが青春の3つの思い出)」。
(映画には「エッフェル塔」はほとんど映し出されないにもかかわらず、どうして邦題に「エッフェル塔」が使われるのでしょう?)

(注2)実家のあるルーベに近いところにあるリール大学に入学しているポールは、にもかかわらずパリの大学に通っているようで、そんな彼がルーベに戻った時に、高校で妹デルフィーヌリリー・タイエブ)と同級のエステルと出会い、ひと目で恋に落ちてしまいます。
 「君には合わない男」と言いながらも「命がけで愛する」と告白するポールにエステルも惹かれます。
 ポールのエステルに対する想いが一番良く現れているシーンは、リール市立美術館でユベール・ロベール作『ローマの宮殿のテラス』を前にして、描かれているヴィーナスなどによせて彼女の美点をいくつも話しているポールの姿でしょう。

 なお、フランスの地理について詳しくないクマネズミは、パリとルーベとリールの位置関係がよくわからないため、映画のはじめの方はかなり混乱しました(おまけに、邦題に「エッフェル塔」とあるものですから、最初のうちは全てパリでの話なのかと思っていました)。

(注3)旧ソ連ではユダヤ人がイスラエルに移住することが認められていなかったことから、西側では移住支援活動が行われており、ポールは、その活動に携わっていたクラスメートのマルクに誘われて、高校からベラルーシに研究旅行に行った際、託された支援金と自分のパスポートを密かに相手側に渡します。
 そのパスポートを使った男は、当初はイスラエルに行ったものの、情報局の捜査官の話によれば(下記の「注9」を参照)、その後オーストラリアに渡って2年前に死亡したとのこと。

(注4)ポールは、レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』とかマーガレット・ミードの『サモアの思春期』、それにミッシェル・レリスの本などを、定規を当てながら精読します。
 また、ソルボンヌ大学のベアンザン教授(西アフリカのベナン出身の女性)に、レヴィ=ストロースの『親族の基本構造』に出てくる「クラインの四元群」(例えば、この記事が参考になるかもしれません)を書いてみなさいと言われると、ポールは同書に掲載されている図を渡された紙にスラスラと書き出します。

(注5)ポールはソルボンヌ大学のベアンザン教授に、母親は自殺した(ポールが11歳の時)と話しています。

(注6)現在のポールは、召喚された情報局(下記の「注9」を参照)で、「マルクは、ベラルーシから戻って1年後に家族とリヨンに行ってしまい、その後は音信不通」と申し立てます。

(注7)200km以上離れたパリとルーベ間の遠距離恋愛は結局はうまくいかず、ポールとエステルは別れることになってしまいます。

(注8)ポールは、エステルを彼から奪ったコヴァルキと音楽会で偶然に遭遇し、今はエステルと別れ他の女性と結婚しているコヴァルキと喧嘩別れをします。
 なお、この他にも、ポールは様々の“別れ”をしています。例えば大学時代には、ソルボンヌ大学のベアンザン教授と死別しています。

(注9)回想の「1.少年時代」と「2.ソ連時代」をつなぐものとして、現在のポールがドゥシャンベから帰国してフランスに入国する際に、係官からパスポートに問題があると言われ、さらに職場の外務省で勤務していると、情報局から召喚状が送られてくる場面が描かれています。

(注10)本作のラストで、ポールがエステルに、「10代の時に僕は、自分のパスポートを他の男に譲ったことがある。僕の分身が今どこかにいるんだ。いや、今の僕が分身かもしれない」と言うと、エステルが「いいえ、あなたが本物」と答えるシーンが描かれています。
 なお、「分身」については、上記「注9」で触れた情報局において、捜査官が、ポールが譲ったパスポートの写真(パスポートを譲り受けた男の写真)を見せながら「あなたの分身だ」と言っています。

(注11)あるいは、「1.少年時代」における“ポールと母親”から始まって、ラストの“ポールとコヴァルキ”に至る「二項対立」が挙げられるのかもしれません〔レヴィ=ストロースの『野生の思考』の第5章で「二項対立」が使われています(邦訳P.166)〕。



★★★★☆☆



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人生の約束

2016年01月19日 | 邦画(16年)
 『人生の約束』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。

(1)『ニシノユキヒコの恋と冒険』の竹野内豊が主演の作品だというので、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、富山県射水市新湊地区の四十物町(あいものちょう)の町内会長・西村西田敏行)の声で、「この町で一番大切な曳山(注2)が、どうにも維持できなくなって西町に譲り渡されることになった。祭りが始まって以来の出来事。町は葬式のよう」との説明が。
 神社で開催された譲渡式において、四十物町の人たちが無念の思い出見送る中、曳山が西町の人たちによって運ばれていきます。



 西村が営む理髪店では、妻の好子室井滋)が夫に、「お父さん、見送らないでどうすんの?」と言いますが、夫は黙ったままです。

 四十物町総代の鉄也江口洋介)の家には若い漁師たちが集まってきて、「終わった」「(西町が)約束破った」などと騒ぐので、鉄也が「うるさい!もうゴタゴタ言うな、泣くな!」と叱りつけます。
 すると、中の一人が笑い出すものですから、鉄也が「なぜだ?」と訊くと、その若い漁師が「泣くなと言われたら笑うしかない」と答え、それに応じて皆も笑い出します。

 場面は変わって東京。
 IT関連企業のCEOの中原竹野内豊)が、「会社の負担になる」と反対する社員の沢井松坂桃李)に対し、「株式交換じゃダメだ」「オレが買えと言っているんだ」と企業の買収を強く指示します。



 そして、部下に、「次の役員会で沢井の処分を検討しろ」と命じます。

 そんな時に、中原の携帯に航平(会社を一緒に立ち上げた中原の親友だった男。今は会社を離れています)から電話がかかってきますが、「あいつにどんな話があるんだ?」と訝しく思いつつ中原は出ません。

 中原は、「(企業買収は)200億なら話がつきますが」と言う部下に対し、「もっと叩け、180まで叩け」と指示します。

 こんな中原ですが、航平からの電話が何度もあると、次第に気になってくるようです。
 さあ、中原と航平との間には過去どんなことがあり、そして、今なぜ航平から電話がかかってくるのでしょうか、………?

 本作の舞台となる富山県の港町の佇まい、そしてそこで催される祭りの様子の描写には素晴らしいものがあります。でも、それらを背景にして展開される本作の物語の方は、そうそうたる俳優が目白押しに出演しているにもかかわらず、都市と地方とのよくある図式から一歩も抜け出ておらず、登場人物も型どおりに描かれているにすぎないように思われました。まあ、『起終点駅―ターミナル』と同じように、新幹線開業とタイアップしたご当地物の一種といえるのではないでしょうか(注3)。

(2)本作では、舞台の港町から海の向うに大きく見える立山連峰の姿が何度も映し出されますが(注4)、大層立派な山容が見る者に迫ってくるようであり、また13本の曳山が巡行する「新湊曳山祭」(注5)の勇壮な様子もタップリと本作では映されています。
 また、北陸新幹線が金沢まで開通したことによって、東京と射水との距離が相当縮まったことも、本作を見るとよく分かります(注6)。

 とはいえ、そうしたことを背景として展開される物語に関しては、よくわからない点がいろいろあるように思います。
 例えば、中原が航平に会いに航平の故郷の新湊に行くと、航平が病気で亡くなったばかりですが(注7)、遺骨にお焼香をしようとする中原に対して、航平の義兄である鉄也などが随分と敵対的な態度をとるのです(注8)。



 確かに、航平は、中原と一緒に興した会社から3年前に追い出されたわけですが(注9)、その後の話からすれば、会社の経営方針が中原と違ってしまい、自分がいては会社がうまくいかなくなると考えて、むしろ自分から身を引いたような感じもひょっとしたらあるように思えます(注10)。
 自分のいない会社のことを気遣う気持ちが大きいとはいえ、少なくとも、新湊に戻って周りの人間に対して、中原のことを悪しざまに言うような人間ではないような感じがします(注11)。
 仮に航平が中原のことを酷く非難していたとしたら、彼の子供である(新人の高橋ひかる)が、何度も携帯で中原と接触しようとしたり、新湊にやってきた中原とすぐに打ち解けたりすることなど出来ないのではないでしょうか?

 そもそも、そんなに離反してしまうような中原と航平とは、どんな経緯で大学時代に親友となり、そして一緒に会社を起こそうとしたのでしょうか?
 それも、時代の先端をいくIT関連企業ですから、生き残っていくためには、中原のようにがむしゃらに突き進んでいくしか道はないようにも思えるところ、航平はこの企業に何を託そうとしたのでしょう?

 また、航平は、どうして瞳を10年以上も放っておいたのか、どうして妻と子どもを東京に呼び寄せなかったのか、何も説明がされていません。
 それに、中原の家族はどうなっているのでしょう(注12)?
 映画からすると、中原はずっと独身のままのように思えますが、あのように彼に絶えず彼のソバについて回っている秘書・由希子優香)のことをどう思っているのでしょうか(注13)?

 こうした事柄についてほんの僅かでも説明が与えられると、見る方も凄く落ち着くように思います(注14)。
 それに、登場人物の背景について殆ど触れられず、与えられた通り一遍の役柄でしか演じられていないと、登場人物の性格に深みがなくなって平板なものとなってしまい、映画に面白味が欠けてしまうように思います(注15)。

 でもまあ、こんなことをいくら書き並べても仕方ないでしょう。
 この映画を通じて、新湊曳山祭のすばらしさを初めて知り、さらに、富山県にはこの他にもいくつも曳山祭があると分かり(注16)、それだけでも儲けものと思った次第です。

(3)渡まち子氏は、「勇壮な祭りのクライマックス、主人公が渾身の力で祭りに対峙し、提灯山にいっせいに灯がともる瞬間の美しさが心に残った。派手さはないが、丁寧であたたかい作品に仕上がっている」として60点をつけています。



(注1)監督は、テレビドラマ界の巨匠とされる石橋冠

(注2)山車(だし)の一種で、場所によって「曳山」、「だんじり」(岸和田)、「山鉾」(祇園祭)などと言われるようです(Wikipediaによります)。

(注3)本作の出演者の内、最近では、竹野内豊は『at Home アットホーム』、江口洋介は『天空の蜂』、松坂桃李は『ピース オブ ケイク』、優香は『ギャラクシー街道』、新湊の女性漁師役の小池栄子は『ふしぎな岬の物語』、スナック・ママ役の美保純は『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』、室井滋は『小さいおうち』、柄本明は『岸辺の旅』、刑事役のビートたけしは『龍三と七人の子分たち』、西田敏行は『ギャラクシー街道』で、それぞれ見ました。

(注4)港の南側に位置すると思い込んでいた立山連峰が、港の堤防の向こう側に見えるので「アレ?」と思いましたが、射水市は富山湾のどちらかと言えば西側にあり、また立山連峰は富山県の東側に位置するために、こうした構図になるものと思います。

(注5)Wikipediaによれば、「放生津曳山祭」とされる祭りであり、「毎年10月1~2日に行われる江戸時代中期より続く放生津八幡宮の秋季例大祭」とのこと。
 同じように曳山が町内を巡回する岸和田のだんじり祭ほどの激しさはないように思います。

(注6)東京で格別忙しいしい生活を送っているはずの中原やその秘書が、何度も新湊に現れるのです(最後の方では、沢井までも)。
 なお、東京から射水に行くには、例えば、北陸新幹線で新高岡まで行き、そこでJR城端線で高岡に(あるいは「あいの風富山鉄道」で富山から高岡に)、そして万葉線で射水市新湊庁舎前まで行くというルートが考えられますが、大体4時間かかります(多分、以前よりも1時間程度短縮されています)。

(注7)町内会長の西村の説明によれば、末期の肝臓がんだったとのこと。
 なお、航平の妻(鉄也の妹)は、3年前に事故で亡くなっています。

(注8)例えば鉄也は、「あんたなんかに線香をあげられても迷惑だ。航平に謝れ」と罵ります。

(注9)中原の秘書・由希子は、西村に、「塩谷航平氏は、会社の定款に従って解雇されました」と説明します。

(注10)沢井は、中原に、「塩谷(航平)さんは、辞める前から病気を隠していた」と秘密を明かします(病気がわかり身を引こうとしたとも考えられるところです)。

(注11)なにしろ、沢井が、「塩谷(航平)さんがいなくなって会社から失われたものは“心”だ」と言うくらいの人物なのですから。
 鉄也たちが、マスコミ情報などから中原を批判しているとしたら、想定される航平は、むしろ、それを否定しに回るような人柄なのではないでしょうか?

(注12)中原は、鉄也から「あんた、子どもは?嫁さんは?」と尋ねられ、「親父は顔も知らない、母親は大学生の時に」と答えるものの、自分の結婚については話しません。

(注13)秘書の由希子の方は、「社長と航平さんは車の両輪でした。お二人を尊敬してました。社長の下で働けて幸せでした」と言って、沢井とともに東京に戻ってしまいます。

(注14)その他にも、例えば、西町の町内会長(柄本明)は、中原から「曳山をいくらでもいいから買い戻す」と言われた時に、「生意気言うな!」と激しく怒りますが、自分は、新たに曳山を作らずに出物を買い取ったわけであり(そして、譲り受けの条件の約束を簡単に反故にしてしまう人柄なのです)、そうした申出を簡単に撥ね付けるとも思えないところです。
 また、瞳は、ずっと放っておかれて3ヵ月前に突然戻ってきた航平を簡単に「お父さん」と呼べずに「あの人」と言っていたところ、隠してあった母親の骨と航平の骨を一緒にすると、初めて「お父さん」と言います。でも、こうした描き方では、一昔前の人情劇のような芝居がかった臭みが漂ってくるのではないでしょうか?

(注15)都会にいる金銭亡者が、地方にいる“心”を持った人とか行事に偶然に出会い、失っていた“心”を取り返すという物語は、これまで語り尽くされてきたのではないでしょうか?

(注16)例えば、この記事をご覧ください。



★★★☆☆☆



象のロケット:人生の約束

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友だちのパパが好き

2016年01月12日 | 邦画(16年)
 『友だちのパパが好き』を渋谷ユーロスペースで見ました。

(1)『冷たい熱帯魚』の吹越満が主演の映画だというので、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、主人公・箱崎恭介吹越満)の家の居間で、娘の妙子岸井ゆきの)とその親友のマヤ安藤輪子)が、コタツに入りながら話しています。
 妙子が「マジで言ってるの!」と驚くと、マヤは「だって、ほんとうにそうだから。カッコいいじゃない。娘だとわかんないんだ」と応じます。
 そこへ妙子の母親のミドリ石橋けい)が入ってきて、「恋バナ?」と尋ねると、マヤは「そうなんです。箱崎さんのお父さん、素敵な人」と答えるので、ミドリがさらに「どこが?」と訊くと、マヤが「全部かな」と応じるものですから、妙子は堪らず「禿げてるし、水虫だし」と口を挟みます。
 それに対して、マヤが「そんなの全然かまわない。ただ、恭介さんがあと20くらい若ければという話」と付け加えると、ミドリは「じゃあ伝えておく、恭介さんに」と応じます。

 数日後でしょう、マヤが駅の階段を降りてくる恭介を待ち受けています。
 マヤが「今晩は」と挨拶すると、恭介は一瞬誰だかわかりませんでしたが、すぐに娘の友だちだと気がつきます。
 マヤは恭介に、「時々、お父さんを見かけます。あそこでバイトしていたから。あそこの窓際でひとりで寂しそうにしていた」と言います。

 次の場面では、妙子とその恋人の康司前原瑞樹)とがベッドインしています。
 妙子が康司のタバコを吸うと、康司が「もったいないからやめて」と妙子からタバコを取り上げたり、またマヤのことを妙子が「変なんだ」と康司に言ったりします。



 それからまたマヤと恭介のシーンに戻ります。
 マヤは、恭介とのツーショットを撮りFBに載せると言ったり、また妙子と同じ大学を受け妙子は合格したが自分はバカだから落ちたなどと話したりします。



 こんな風に恭介とマヤの関係は始まりますが、さあ、この先どのように展開するのでしょうか、………?

 本作は、主人公の娘の親友が主人公を熱愛してしまうことが引き起こす騒ぎを描いていますが、単なるロリータ物ではなく、騒ぎを大きくする要因が様々に付け加えられて物語が展開されていくため、話が上手く盛り上がり、まずまず面白い作品に仕上がっています(注2)。

(2)本作では、主人公・恭介を中心とする随分と狭い社会(注3)が描かれているにもかかわらず、恭介には愛人・生島平岩紙:妊娠してます)が、さらには上記(1)で見るように主人公の娘・妙子にも恋人・康司がいて肉体関係を持っていたりするなど、男女関係の面では決して単純ではありません。

 映画の始めにおいては、恭介が、愛人のことがバレてミドリと離婚することになり(注4)、さらには大学に受かった妙子も、別にアパートを借りて自立しようとしています。
 とはいえ、離婚を決めた後でも、帰宅した恭介が酒を呑む際には、ミドリはきちんと食事を作っていますし、妙子もアパートを探しているところといった感じで、家族の絆がまだまだ感じられます。
 それに、恭介と生島の関係も、妙子と康司の関係も、緩い感じが漂っていてそれほど熱烈なものでもなさそうです(注5)。
 要するに、恭介の家は、なんとはなしにゆっくりと自壊しつつあるように見えます。

 ですが、そこに恭介を一途に愛してしまう「へんな」女の子のマヤが、突然ズカズカと闖入してくると、緩慢にしか進行していなかった恭介の家の自壊がスピードアップしたよう進展し(注6)、ついには、マヤを諦めきれなかった男〔妙子とマイの高校の先生・田所金子岳憲)〕によって、爆発的に壊されてしまいます。

 さあ、それで様々の男女関係はどうなるのでしょうか、というところですが(注7)、本作においては、こうして専ら男女関係に焦点を当てることによって、現代の日本社会の一面を上手く捉えているように思えました(注8)。
 そして、前の関係から次の関係に微妙なバランスを保ちながらそろそろと移行しつつあったものが、思いもよらない外部ファクターの介入によってめちゃくちゃになってしまう様子が面白く描き出されているようにも思いました。

 とはいえ、田所とマヤの関係は淫行条例に反しなかったのかという問題はサテ置くとしても(注9)、スーパーのレジのところで、生島と妙子を連れているミドリとが遭遇するシーンは、いかにもご都合主義ではないのか、という気がしてしまいました(注10)。

 それでも、マヤにズルズルと引きずられてしまいながらも満更でもなさそうな難しい恭介の役を演じる吹越満はさすがだなと思わせますし、安藤輪子も「へんな」女の子のマヤの感じをなかなかうまく出していて、新春第1作として見る作品としてはまずまずの出来栄えだと思いました。



(注1)監督・脚本は山内ケンジ
 本作は、第29回東京国際映画祭の「日本映画スプラッシュ」部門に選出されました。

(注2)出演者の内、最近では、吹越満は『土竜の唄 潜入捜査官Reiji』、石橋けいは『天空の蜂』(主人公・湯原の妻役)で、それぞれ見ました。

(注3)恭介の勤務先のことは描かれません。社会的な場所として目立つのは、ミドリが勤務する会社(何をしている会社かわかりません)くらいでしょう。

(注4)ミドリによれば、恭介と生島とミドリと3人で一度会ったことがあるとのこと。

(注5)カフェでの話からすると、恭介は、生島に自分が離婚したことをすぐには知らせなかったようですし、生島は「全然会ってくれなかった」とも言い、また、生島が妊娠していることを聞いて恭介は心底びっくりした感じです(ここでの会話からすると、恭介は、ほんの一時期の出来心から生島と肉体関係を持ってしまった雰囲気です。ですから子供が出来るなんて思いもしなかったことでしょう!)。それに、恭介は、離婚後生島と一緒に暮らす気もあまりないようです。
 また、妙子が康司に「結婚でもかまわないよ」と言うと、康司は「ん?」とうろたえてしまいます。

(注6)ミドリは、「離婚届を提出しておいた」と言い、恭介は、「来週引っ越すから」と言います。また、妙子も「アパート決めた。二人で住む」と宣言します。



 そして、こういう会話のあるシーンからラストの病室のシーンまで一気呵成に事態は進展してしまいます。

(注7)例えば、ミドリと会社の川端宮崎吐夢)との関係も1回限りのことでしょうし、また恭介とマヤの関係にしても、マヤが田所と関係を持っていた時に恭介に出会って田所を簡単に振ってしまったのと同じことが、この先いつ起きてもおかしくはないのではないでしょうか?

(注8)エンディングにシューマンのピアノ曲「予言の鳥」が流れますが、本作は日本の家族の将来像を予言するものだ、ともしかしたら言いたいのでしょうか?
 なお、副次的にですが、本作には、マヤに執着する田所の母親が介護士のサービスを受けていたり、ミドリが乳がんの再発を怖れていたり、ミドリの会社の川端が養育費の負担に喘いでいたりするなど、現代の社会的問題が様々に織り込まれています。

(注9)妙子とマヤは19歳の設定のようですから、淫行条例上の問題はないとしても、教師とその生徒とが関係を持つことはどうなのでしょうか(少なくとも、住まいの近くの道端で大声で話すべき事柄とも思えません)。

(注10)公園で倒れている恭介が早目に発見されるには、生島からミドリに電話が入る必要があり、それにはその前にスーパーで生島とミドリとが遭遇し、生島がミドリの携帯電話の番号を知る必要があるでしょうから、ポイントの場面だと思われますが、生島がそのスーパーにいた理由というのが「仕事でこっちに用事があってついでに」というのでは、あまりに取ってつけた言い訳ではないでしょうか?それに元々、スーパーでちょっと出会った時に、人は携帯電話の番号を聞き出すものでしょうか(以前、恭介とミドリと生島が会った時に、既に聞き出したとでも言うのでしょうか?そんなに和気藹々とした会合だったとでも?)?そうではなくて、固定電話だったのかもしれませんが(生島が恭介の家の固定電話の番号を知っている?)。



★★★☆☆☆
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日本インターネット映画大賞―2015年度外国映画部門投票

2016年01月07日 | その他
 本日は、昨日に引き続いて、外国映画についてです。


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『 外国映画用投票テンプレート 』

【作品賞】(3本以上10本まで)
  「アクトレス 女たちの舞台」   6点
  「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」5点
  「毛皮のヴィーナス    」   4点
  「セッション       」   4点
  「アメリカン・スナイパー 」   3点
  「マッドマックス―怒りのデス・ロード」   3点
  「キングスマン      」   2点
  「雪の轍         」   1点
  「アンジェリカの微笑み  」   1点
  「ラスト・ナイツ     」   1点
【コメント】
 期せずして、演劇人を巡って創られた作品が上位を占めることになりましたが、これらの作品は、舞台で演ずることは何なのかを描き出しているとはいえ、同時に映画における演技とは何かをも表してもいるようで興味深いものがありました。
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【監督賞】              作品名
   [オリヴィエ・アサイヤス] (「アクトレス 女たちの舞台」)
【コメント】
 何重にも入れ子構造になった複雑な作品を混乱なく描き出したオリヴィエ・アサイヤス監督の手腕には脱帽します。

【主演男優賞】
   [マイケル・キートン  ] (「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」)
【コメント】
 まるで自分自身のことを描いているかのような作品において、マイケル・キートンは、完全に役柄を自分のものとして演じ切っています。

【主演女優賞】
   [ジュリエット・ビノシュ] (「アクトレス 女たちの舞台」)
【コメント】
 非常に難しい役柄を体当たりでこなしていて、主人公マリアはジュリエット・ビノシュ自身なのではと見まごうばかりです。

【助演男優賞】
   [伊原剛志       ] (「ラスト・ナイツ」)
【コメント】
 モーガン・フリーマンとかクライヴ・オ―ウェンなどの名だたる俳優の中に混じっても、存在感を十二分に発揮した素晴らしい演技を見せてくれます。

【助演女優賞】
   [クリステン・スチュワート] (「アクトレス 女たちの舞台」)
【コメント】
 大女優ジュリエット・ビノシュに対峙して一歩も引けをとらない演技を見せてくれます。

【ニューフェイスブレイク賞】
   [シャイリー・ウッドリー ] (「きっと、星のせいじゃない。」)
【コメント】
 末期がんの少女を大層明るく演じているのが印象的です。

【音楽賞】
  「アンジェリカの微笑み  」
【コメント】
 マリア・ジョアン・ピレシュが演奏するショパンのソナタなどを非常に効果的に使っているなと思いました。
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【私が選ぶ○×賞】
   [主人公は絵画で賞    ] (「黄金のアデーレ」「ミケランジェロ・プロジェクト」)
  
【コメント】
 この2作に邦画の『FOUJITA』を加えると、“戦争と絵画”3部作といえるかもしれません。
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 この内容(以下の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
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 なお、日本インターネット映画大賞の投票項目には「ワースト賞」が設けられていないので、欄外に幾つか書き並べてみたいと思います。
 なお、選出にあたっては、拙エントリで★2つを付けたものから選びました。

イ)日本映画のワースト
【1位】『ギャラクシー街道』
【2位】『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』
【3位】『悼む人』

 『ギャラクシー街道』は、面白い映画が見られるに違いないという期待を見事にはぐらかす出来栄えでしたし、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』は、この程度の仕上がりのもので映画館に足を運ばせるなという感じになりましたし、『悼む人』は、主人公の仕草に酷い違和感を感じてしまい映画に入り込めませんでした。

ロ)外国映画のワースト
 『イントゥ・ザ・ウッズ』

 あまたある外国映画から選び出されたものが日本で公開されているからなのでしょう、外国映画については該当する作品はほとんどありませんが、本作については、メリル・ストリープなどが出演しているにもかかわらず、全く受け付けませんでした。












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日本インターネット映画大賞―2015年度日本映画部門投票

2016年01月06日 | その他

 昨年は、邦画49本、洋画52本の合計101本について、そのレビュー記事を拙ブログに掲載いたしましたが、今年も、日本インターネット映画大賞運営委員会様から投票のお誘いを受けましたので、よろこんで応募することとし、投票内容をここに掲載いたします。

 本日はまず日本映画についてです。
 なお、以下で選び出した作品は、拙ブログに昨年アップしたエントリで付けた星の数が4つ以上のものの中から選び出しました。

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[作品賞投票ルール(抄)]
◾選出作品は3作品以上10作品まで
◾1回の鑑賞料金(通常、3D作品、字幕、オムニバス等)で1作品
◾持ち点合計は30点
◾1作品に投票できる最大点数は10点まで
◾各部門賞に投票できるのは個人のみ
◾ニューフェイスブレイク賞は俳優か女優個人のみ
◾音楽賞は作品名で投票
◾以上のルール満たさない場合は賞の一部を無効
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『 日本映画用投票テンプレート 』

【作品賞】(3本以上10本まで)
  「恋人たち       」   8 点
  「百円の恋       」   6 点
  「野火         」   5 点
  「トイレのピエタ    」   2 点
  「きみはいい子     」   2 点
  「海街diary       」   2 点
  「リトル・フォレスト冬・春 」 2 点
  「岸辺の旅       」   1 点
  「白河夜船       」   1 点
  「新宿スワン      」   1 点
【コメント】
 昨年は、年初に見た『百円の恋』と年末に見た『恋人たち』が頭抜けて優れているのではと思いました。それに、『野火』も、戦後70年の節目の作品として随分と優れているように思います。

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【監督賞】              作品名
   [橋口亮輔       ] (「恋人たち    」)
【コメント】
 オーディションで選んだ新人俳優たちを実に上手に使いこなして優れた作品に仕立てあげた橋口監督に心から拍手を送ります。

【主演男優賞】
   [塚本晋也       ] (「野火      」)
【コメント】
 監督自らが主役を演じることで、苛烈な戦場における一兵卒の言語を絶する酷い有様が大層リアルに描き出されました。

【主演女優賞】
   [安藤サクラ      ] (「百円の恋    」)
【コメント】
 昨年の『0.5ミリ』もすごかったですが、この作品における彼女の演技にも目を見張りました。

【助演男優賞】
   [本木雅弘       ] (「日本のいちばん長い日」)
【コメント】
 終戦間際の昭和天皇の姿をとても斬新な演技で見せてくれました。

【助演女優賞】
   [杉咲花        ] (「トイレのピエタ 」)
【コメント】
 映画初出演で主役の野田洋次郎を若いながらもグイグイ引っ張っていく演技力はすごいなと思いました。

【ニューフェイスブレイク賞】
   [広瀬すず       ] (「海街diary    」)
【コメント】
 「海街diary」の四女役は新鮮な魅力にあふれています。すでに『謝罪の王様』などに出演していますが、これまでこの賞に選ばれていないので。

【音楽賞】
  「白河夜船       」
【コメント】
 ラストの花火のシーンに流れる「ベートーヴェン作曲ピアノソナタ第19番第1楽章Andante」に感動しました。
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【私が選ぶ○×賞】
   [どうして2部作にしたので賞] (「進撃の巨人  」)
        
【コメント】
 正味80分ほどの後編をなぜ前編と分けわざわざ2部作にして上映しなくてはならないのか理解できませんでした。
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 この内容(以下の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
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謹賀新年

2016年01月04日 | その他
 明けましておめでとうございます。
 本年も昨年同様、よろしくお願い申し上げます。

 上記の画像は、杉並区が三鷹市に接するあたりで、今朝撮影したものです。
 望遠レンズを使って撮れば、画面の中央に富士山がくっきりと写っているはずなのですが、たまたま手にしていた小型デジカメを使ったものなので、青空しか写っておりません。
 それでも、あるいはヨーク目を凝らしていただければ、中央の「一時停止」が掲げられている柱のすぐ左側のところに、うっすらと富士山が見えるかもしれません。
 ともかく、23区内の地上からも富士山が見えることをなんとかお示ししてみたかったのですが。

 それはさておき、今年のお正月は暖冬かつ快晴で、それにつられて、渋谷の氷川神社と西永福の大宮八幡に初詣に行ってきました。
 下の画像は、正月2日の氷川神社の風景です。
 いつもとは違って随分と参拝人が多く、お賽銭箱の傍まで行くのに15分ほども列の中で待機しなくてはなりませんでした(このところ、日本全体で、年を追うごとに初詣に出向く人の数が増えていると聞きましたが、あるいはそれを反映しているのでしょうか)。



 更に下の画像は大宮八幡の風景で、これは正月3日でしたが、相変わらずの混雑ぶりでした。



 まあ、中国が南沙諸島で試験飛行を行ったなどの報道があったものの、中東に比べたら遥かに静かな新年の出だしであり、このまま今年も大きな事件が引き起こされずに過ぎてくれたらな(特に異常気象が収まってくれたらな)と、ノーテンキにも思っているところです。

〔追記〕ブログ「レザボアCATs」の正月3日のエントリに掲載されていた記事に倣って、クマネズミも同じようなことを試みてみました。ただ、「とらねこ」さんのように、数ある作品の中から推薦できるものを選択して並べるということではなく、できるだけ最近の作品を選んでみるという精神で作成したものに過ぎません。


あ:『アンジェリカの微笑み』 
け:『汚れなき祈り』  
ま:『マルガリータで乾杯を!』 
し:『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』 
て:『天空の蜂』 
お:『黄金のアデーレ』 
め:『メランコリア』 
で:『ディア・ドクター』 
と:『トイレのピエタ』 
う:『海のふた』 
ご:『ゴーン・ガール
ざ:『柘榴坂の仇討
い:『インサイド・ヘッド
ま:『マイ・インターン
す:『スマイル、アゲイン


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