映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ゴーストライター

2011年09月24日 | 洋画(11年)
 『ゴーストライター』をヒューマントラストシネマ有楽町で見ました。

(1)この映画を制作したロマン・ポランスキー監督の作品は、『戦場のピアニスト』(2003年)に感動したこともあり〔その後の『オリバー・ツイスト』(2006年)はあまりいいとは思いませんでしたが〕、また久し振りの作品でもあり、映画館に行ってきました。

 物語は、元英国首相アダム・ラングピアース・ブロスナン)の自叙伝を、前任者が謎の死を遂げたため、引き継いで書き上げることになったゴーストライターユアン・マクレガー)が、ラングが滞在している米国の離島の別荘まで行って仕事をしつつ、あわせて前任者の死の真相の究明にも携わるうちに、重大な秘密にぶち当たり、そして……、というものです。

 主要な俳優が皆英国(あるいはアイルランド)出身で、撮影場所もヨーロッパ(映画ではアメリカとされていますが)、そして風雨が厳しい天候の時が選ばれたりしているので、全体はまるで英国の映画のような感じを受けてしまいます。
 その中で、ラングが、首相在任中テロ容疑者を不当に逮捕させたとして国際刑事裁判所に告訴されたというニュースが飛び込んできたり、別荘の外では東洋系の雇い人が、風が吹きすさぶなかを箒で落葉をかき集めるという無意味な仕事を熱心に行っていたり、その妻と思われる怪しげな女性が食べ物を突然運んできたりと、何とも不気味な雰囲気が画面を横溢しています。

 前任者の死の背後にはとてつもなく大きなものが隠れ潜んでいるのではないか、と見る者の期待をドンドン膨らませていきますが、各場面で発揮される監督の手腕はただ事ではない感じです。

 とはいえ、難点はいくつもあるでしょう。
 例えば、
a.前任者が使っていた車にセットされているNAVIにインプットされていた行き先までの経路情報が、前任者が死んだあともそのままになっていて、ユアン・マクレガーが、前任者が死の直前に向かった目的地まで容易に辿れるというのは、いくらなんでもという気がします。
 車は、前任者が死んだ時にフェリーに取り残されていたもので、パトカーが来て調べています。その際にはNAVIのことも調べるでしょうから、警察は、前任者と目的地の屋敷、そしてその所有者との関係も把握することでしょう。その段階で、何らかの組織的介入がなされて、NAVIにインプットされた情報は消去されてしまうのではないでしょうか?

b.前任者は、秘密の重大情報を、死の直前まで書いていた自叙伝の冒頭部分に書き込んでいますが、なぜそんな間怠っこしいことをしなくてはならないのか、よくわかりません。どうして、すぐに連絡を取り合っていた人物に、真相を伝えなかったのでしょうか(前任者は、その人物に対して、何かあった時はその部分を読んでくれというようなことを連絡しただけのようです)?自叙伝に書き込んで公表することにどんな意味があったのでしょうか?

 でも、ユアン・マクレガーは、作家であって探偵ではなく、前任者のことを調べたりはするものの、単なる好奇心のためのようでもあるために、元々この映画全体はそれほどサスペンス性が溢れるものとなっていません。
 ですから、種々難点があるにしても、映画の雰囲気自体を壊すわけでもないのではないか、という気がしてきます。

 主人公のユアン・マクレガーは、『ヤギと男と男と壁と』と同じように一種狂言回しの役割を本作で演じていますが、元首相の自叙伝を書くといってもそんなに気乗りもせず、前任者の死の真相を調査するにしてもそんなに身を入れるわけでもなく、それでも真相にドンドン近づいてしまい、ラストになると死神がとりついたような感じになってしまうという、はなはだ難しい役柄を、大層上手くこなしています。



 また、元英国首相に扮するピアース・ブロスナンは、『リメンバー・ミー』の時とは違って、実にのびのびと演技していて、この映画が面白くなる要因の一つとなっています。




(2)ユアン・マクレガーは、映画の中では「ゴースト」とだけ呼ばれて、その名前は最後まで明確に示されず、結局はゴーストそのものになって消えてしまう運命に初めから置かれていたと思われます。
 むろん、ユアン・マクレガーの前任者のマカラは、謎の死を遂げていますから、すでにゴーストです。そして、そのゴーストが、現役のゴーストを縦横に走らせたりするのです(抽斗の後ろに秘密に隠されていた資料をユアン・マクレガーが見つけることによって、事件が解明の方向に動きますが、前任者は発見を予期していたのかもしれません。また、前任者が自叙伝の原稿に書き込んだメッセージを現役のゴーストが読み解くことによって、秘密が明らかとなります)。

 さらに、彼がその自叙伝を書こうとしたラング元首相も、妻に操られるだけの実態のない「ゴースト」であって(だから、逆に、体力作りに精を出しているのでは?)、この映画はゴーストがゴーストについて書く話だと考えてみたら面白いのでは、と密かに思ったりしました(誰でも思いつくことでしょうが)。

 そのゴーストたる元首相のラングを空港で狙撃する者も、顔つきといい雰囲気といい、ゴーストそのものではないでしょうか(息子を殺されモヌケの殻状態ですから、ゾンビともいえるかもしれません!)。

 なお、ラング元首相のモデル探しをしたりする向きもあるようですが、そんなことはクマネズミにはあまり関心がありません。

(3)福本次郎氏は、「その幾重にも張り巡らされた伏線が国家的陰謀に結びついて行く過程は、派手なアクションに頼らず、登場人物の表情の些細な変化がヒントとなる。見る者に謎を解く時間を与えてくれる間の取り方はミステリーの王道だ」として80点をつけています。
 また、渡まち子氏も、「本作の主人公には名前がない。ゴーストは普遍的で、代わりはいくらでもいるのだ。大掛かりなCGや派手なアクションは何一つないが、小さな伏線が最後には見事に実を結ぶ、ミステリー映画の王道のような作品で、映画ファンにはたまらない」として70点をつけています。




★★★☆☆




象のロケット:ゴーストライター


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9 コメント

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満足な作品 (iina)
2011-09-24 11:52:37
映画を観た者には、なるほどと思える指摘に唸ります。しかし、観てない方が読むと災難ですね。
もっとも、iinaの場合は観たい映画のストーリーを素通りします。
突然、映画館でこの作品を観ることにしたため予備知識は皆無でしたから、満足できた映画でした。
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こんにちは (ナドレック)
2011-09-24 12:58:03
ゴーストライターとは、表には出ずに作品を著す者を指すので、ラング元首相の妻の方がゴーストかと思いました。
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ネタバレについて (クマネズミ)
2011-09-25 06:59:43
「iina」さん、わざわざコメントをいただき、誠にありがとうございます。
さて、ご指摘のネタバレの件につきましては、本年1月4日のエントリの(3)に次のように書きましたが、その考え方は今でも変わりありません。

「この映画レビューは、基本的に、これから映画を見ようという人よりも、むしろ既に映画を見た人を対象に、見てきた映画について楽しく語りましょうというコンセプトで作成してきたつもりです(ブログのタイトルに、そのように書き込んでいます)。
  ですから、ある記事についてのコメントで、“ネタバレはしない方が良いのでは”などと言われて面食らってしまったことがあります。勿論、不必要にわざと ネタバレするつもりはありませんが、ネタバレになるかどうか頓着せずに書いているところであり、この姿勢は変えないつもりです」。

とはいえ、わざわざ上記のエントリを読んだりブログ・タイトルを見たりする方はほとんどいらっしゃらないのでは、とも思われますので、個々のエントリにおいては、不必要なネタバレはしないように努めているつもりです(筆が滑る場合も多々あるとはいえ)。
今回のエントリにおきましても、重要なネタであるオリヴィア・ウィリアムズやトム・ウィルキンソン、それにロバート・パフに係わる話には出来るだけ触れないようにし、またユアン・マクレガーやピアース・ブロスナンの運命についても示唆するに止めたつもりです(注)。
でも、あるいは、ユアン・マクレガーがゴーストライターの仕事を引き受ける映画の始まりの部分から、既に重要なネタといえるでしょう。
そうなれば、ナドレックさんが、ブログ「映画のブログ」の9月10日のエントリでこの映画についてお書きになっていますように、「この映画は面白い。あなた がまだ『ゴーストライター』を観ていないのなら、それだけ知れば充分だろう」でフルストップとすべきかもしれません(モット言えば、「この映画は面白い」という情報だって重大なネタなのかもしれませんが!)。
しかしながら、それでは非才のクマネズミには、ブログがほとんど書けなくなってしまいます。というのも、こうしたサスペンス物に限らず、ほとんどの映画は、ストーリーについて一切何も知らずに見た方が面白いに決まっていますから!それで、クマネズミは、上記の1月4日のエントリのように申し上げているわけで、また他の方のブログについても、映画を見終わってから眼を通すようにしています(ネタバレに関する注意書きがあってもなくても)。

「iina」さんが、今後とも「予備知識は皆無」の状態で映画をご覧になりたいと思っていらっしゃるのであれば、拙ブログの趣旨をご理解の上、これからは映画をご覧になってから拙ブログをお読みいただければ幸いです。

ただ、こんなに沢山の情報があちこち飛び交っているにもかかわらず、「予備知識は皆無」の状態でこの映画をご覧になられたとすると、「iina」さんは、 いったいどんな切っ掛けで映画館に足を向けられたのでしょうか(クマネズミの場合は、専ら予告編とか新聞広告によっていますが、それでも随分の情報に触れ ることになってしまいます)?


(注)例えば、前回の『ミケランジェロの暗号』についてのエントリでは、「ミケランジェロの素描」 について、その曰くに関し注で触れるに止め、それががどのような運命を辿るのかについては一切触れてはいませんし、『この愛のために撃て』についての8月 29日のエントリでも、ジェラール・ランヴァン関係の話は、「とんでもないことが起こ」ると言うに止め、努めてしないようにいたしました。
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ゴーストばかり (クマネズミ)
2011-09-25 07:03:55
「ナドレック」さん、わざわざTB&コメントをいただき、誠にありがとうございます。
おっしゃるように、「表には出ずに」という観点からラング元首相の妻も「ゴースト」と言えるでしょう。
なお、オリヴィア・ウィリアムズについてエントリでほとんど何も触れなかったのは、上記の「iina」さんのコメントについてのコメントで申し上げましたように、できるだけネタバレをしないようにと思ったからです(なお、同コメントには、貴ブログの文章を引用させていただきました。悪しからずご了承下さい)。
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こんにちは (iina)
2011-09-26 15:32:13
長い詳細なコメントを拝読しました。
最近では、ネタバレ・ブログに理解を抱いて接していますからご安心ください。

iinaは新聞等批評でこれはと思えたら、その先のコメントは薄目で斜めにながめることを
心がけています。予告編のCMが突如現れたら、耳をふさぎ 目をつむります。
ちなみに、この映画に着目したのは、ロマン・ポランスキー監督と新聞批評でした。
http://www.geocities.jp/ina570/cinema.html
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Unknown (リバー)
2011-09-27 10:07:21
TB ありがとうございます。

私的にはかなり満足な作品でした
監督の職人技が光る ラストの展開、見せ方

音楽も良かったですね
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コメントありがとうございました。 (小米花)
2011-10-07 21:53:01
いつもTBを送りっぱなしで失礼しています。

私は、、『リメンバー・ミー』は未見、
『ヤギと男と男と壁と』はDVDレンタルしたものの、合わず途中でejectしてしまいました。
なので、比べようがないのですが、
ユアン演ずるゴーストには感情移入してしまいました。
この映画、とても面白かったです!
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こんばんはヾ(^∇^) (愛知女子)
2011-11-07 22:23:24
クマネズミさん、拙ブログにコメントとトラックバック賜りましてありがとうございます<(_ _)>

ところで、私はこの映画に出て来る主人公の携帯電話がちょっと古い感じがして気になりました。それに、映画の雰囲気が今より10年くらい古いように感じられました。
観ている時は必死で気が付かなかったのですが、クマネズミさんの幾つかの指摘を読んで監督の仕掛けたマジックに引っかかっていたのが分かり、なんとなくお可笑しくなって笑ってしまいました。
本当に面白い演出でした。
この映画は主人公役も元首相役もピッタリでしたね!

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10年前に遡ると (クマネズミ)
2011-11-08 05:20:08
「愛知女子」さん、わざわざTB&コメントをありがとうございます。
「愛知女子」さんのブログには、携帯でブログを操作する時のトラブルに巻するエントリが随分掲載されていましたから(今ではPCをお使いになっているとのことですが)、携帯には随分とお詳しく、携帯の古さにもスグに気づかれたのでしょう!クマネズミはマッタク気付きませんでした。
そして、「映画の雰囲気が今より10年くらい古いように感じられ」たとのことであれば、ラング元首相のモデルとして挙げられている人物が首相として就任している期間に上手く合致しますから、ロマン・ポランスキー監督の細かな点までゆるがせにしない姿勢が、そういう方面でも伺われることになります。
貴重な情報をありがとうございました。
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