『人生の特等席』を渋谷Humaxで見ました。
(1)『グラン・トリノ』の後、これ以上もう映画に出演しないと公言していた御歳82歳になるクリント・イーストウッドですが、本作にはその彼が出ているということで映画館に足を運びました。
彼の役どころは、プロ野球球団アトランタ・ブレーヴズに所属する名高いスカウトマンのガス。彼は、IT機器をかたくなに拒否し、これまで培ってきた経験と勘とであくまでもやっていこうとするところ、彼のことを快く思わない若手の同僚フィリップ(マシュー・リラード)もいます。
球団との契約期間も残り3か月となり、次のノース・カロライナでの仕事がうまくいかないと、ガスは引退に追い込まれてしまうかもしれません。
ガスは、早くに妻を亡くした後、弁護士の娘・ミッキー(エイミー・アダムズ)とは疎遠で、長年独り暮らしを続けています。
そんな彼のことを心配して、職場の同僚で30年来の友人ピート(ジョン・グッドマン)が、久しぶりにガスの家にやってきます。ですが、家の中が荒れた感じで(注1)、ガスの立ち居振る舞いにもおぼつかないものが感じられます。
実は、ガスの視力がかなり落ちてしまっているのです(注2)。
そこで、ピートは、ガスのノース・カロライナにおける仕事に、ミッキーを同伴させようとします。
ミッキーは、職場の法律事務所における昇進がかかった訴訟を控えていて(注3)、それどころではなかったのですが、父親ガスとの関係が6歳を境にしてなぜ疎遠になったのかを糺したいとの思惑もあって(注4)、行くことに同意します。
他方で、ガスの方も、自分の仕事に娘が介入することを拒みますが、やむを得ないということで受け入れます。
有望な新人・ボーがいると聞きつけて、ノース・カロライナには各球団のスカウトマン達が集まってくるところ、その中には、かつてガスがスカウトしたことのあるジョニー(ジャスティン・ティレンバーグ:今では、肩を壊してトレードされ、ブレーヴズのライバル球団に所属)も入っています(注5)。
さあ、ガス、ミッキー、そしてジョニーの関係はどのように展開していくのでしょうか、……?
今時どうしてこんなに典型的なハリウッド映画が製作されてしまうのかというくらいに、すべてが収まりのいいところに収まってしまいます(注6)。とはいえ、かえってその徹底ぶりが見事であり、見終わった後爽快な気分にさせられます。
さらにイーストウッドは、とても80歳を超えているとは思えないほどしゃきっとした演技をして、映画俳優としてもまだまだ頑張れるのではと思いました。
また、エイミー・アダムスは、『ジュリー&ジュリア』や『ザ・ファイター』などで見かけましたが、本作では、その魅力を最高に発揮しているように思いました。
さらに、ジョニー役のジャスティン・ティレンバーグは以前『ソーシャル・ネットワーク』で見ましたし、ピート役のジョン・グッドマンは先般の『アルゴ』で見たばかり、また同僚のフィリップに扮するマシュー・リラードも『ファミリー・ツリー』に出演していました。
(2)本作においてクリント・イーストウッドが扮するガスは、『マネーボール』においてブラッド・ピットが扮するビリーとは違って、IT機器を一切受け付けません(「そんなものは野球を知らない奴が使うに過ぎない」と言い放ちます)。
本作でビリーに近いのは、むしろガスの同僚フィリップの方でしょう。 ノース・カロライナの有望新人に関しても、自分は現地に出向かないで、ガスの見張り役兼情報収集係を派遣して、コンピュータに入っているデータと彼からの情報で判断しようとします。
それでも、ビリーは、ガスの方に親近性があるような感じがしてしまいます。
というのも、フィリップは、ガスを蹴落としてGMの地位まで狙おうとする野心家であり、名声を得るための手段としてしか野球をみていないように思えるからです。
これに反して、ガスやビリーは、地位とか名声よりも、野球を心底愛し、どこまでも野球のことしか考えてはいません。
そんなところが見て取れるために、この映画に爽やかさを感じると思われますが、それにしてもガスは目の手術をいったい何時受けるつもりなのでしょうか?
(3)渡まち子氏は、「ベテランの底力と親子の和解。手垢のついた物語なのだが、ウェルメイドな安心感がある。その最大の理由は、しわだらけの顔にしゃがれた声の老優イーストウッドの魅力につきる」として75点をつけています。
また、前田有一氏も、「終盤、新人を見つける急展開は少々ご都合主義的な感もあるが、今より昔のアメリカ映画のほうがよかったと感じている人にとってこの映画は、久々に高揚感を与えてくれるはずだ。さすがはクリント・イーストウッドが惚れ込んだ物語というほかはない」として75点をつけています。
(注1)ピートが部屋に入って行くと、壊れたリビングテーブルが隅に片付けられています。実は、ガスがぶつかって壊したものです。
(注2)ガスが医者に行くと緑内障を疑われ、専門医での検査を勧められます。
(注3)ミッキーは、現在の法律事務所に7年勤務していて(35歳)、成績が良く、今携わっている訴訟に勝てば法律事務所のパートナーに昇進できるというのです(ただ、ライバルが一人いますが)。なお、現在ミッキーは、アソシエイトにすぎません。
(注4)実はガスは、娘ミッキーが6歳の時に母を亡くした後も、彼女とともに暮らしていたのです。ただ、その時にある事件がミッキーに起こり、それ以来親戚の家に彼女を預けることにしたのですが、そのことについてガスはミッキーにうまく話しておらず、ミッキーは、自分が父親に棄てられたと長い間思ってきたようです。その後電話すらもなく、寄宿舎に入れられたりもしたことから、大学の時からずっとセラピーに通っているともミッキーはガスに言います。
(注5)ミッキーとジョニーは、ノース・カロライナの酒場でクロッギング・ダンス(このサイトの記事によれば、「カナダのタップ・ダンス」とのこと)をしたり、また野球に関する蘊蓄を語ったりしたことから急接近します。
(注6)ノース・カロライナの有望新人・ボーの獲得については、各球団がスカウトを派遣してその獲得に熱心に乗り出しているところ、ドラフトでジョニーの所属する球団が獲得を放棄すると、どうしてガスの球団に獲得する権利がただちに回ってくるのでしょうか、ミッキーがモーテルの裏庭で見出すピッチャーの有望新人は、キャッチボールしかしたことがないように思えるところ、どうしていきなり球場で打者ボーを相手のピッチングができるのでしょうか、などの点が見受けられますが、この映画に対してそんなことを言うのは野暮の極みでしょう。
★★★☆☆
象のロケット:人生の特等席
(1)『グラン・トリノ』の後、これ以上もう映画に出演しないと公言していた御歳82歳になるクリント・イーストウッドですが、本作にはその彼が出ているということで映画館に足を運びました。
彼の役どころは、プロ野球球団アトランタ・ブレーヴズに所属する名高いスカウトマンのガス。彼は、IT機器をかたくなに拒否し、これまで培ってきた経験と勘とであくまでもやっていこうとするところ、彼のことを快く思わない若手の同僚フィリップ(マシュー・リラード)もいます。
球団との契約期間も残り3か月となり、次のノース・カロライナでの仕事がうまくいかないと、ガスは引退に追い込まれてしまうかもしれません。
ガスは、早くに妻を亡くした後、弁護士の娘・ミッキー(エイミー・アダムズ)とは疎遠で、長年独り暮らしを続けています。
そんな彼のことを心配して、職場の同僚で30年来の友人ピート(ジョン・グッドマン)が、久しぶりにガスの家にやってきます。ですが、家の中が荒れた感じで(注1)、ガスの立ち居振る舞いにもおぼつかないものが感じられます。
実は、ガスの視力がかなり落ちてしまっているのです(注2)。
そこで、ピートは、ガスのノース・カロライナにおける仕事に、ミッキーを同伴させようとします。
ミッキーは、職場の法律事務所における昇進がかかった訴訟を控えていて(注3)、それどころではなかったのですが、父親ガスとの関係が6歳を境にしてなぜ疎遠になったのかを糺したいとの思惑もあって(注4)、行くことに同意します。
他方で、ガスの方も、自分の仕事に娘が介入することを拒みますが、やむを得ないということで受け入れます。
有望な新人・ボーがいると聞きつけて、ノース・カロライナには各球団のスカウトマン達が集まってくるところ、その中には、かつてガスがスカウトしたことのあるジョニー(ジャスティン・ティレンバーグ:今では、肩を壊してトレードされ、ブレーヴズのライバル球団に所属)も入っています(注5)。
さあ、ガス、ミッキー、そしてジョニーの関係はどのように展開していくのでしょうか、……?
今時どうしてこんなに典型的なハリウッド映画が製作されてしまうのかというくらいに、すべてが収まりのいいところに収まってしまいます(注6)。とはいえ、かえってその徹底ぶりが見事であり、見終わった後爽快な気分にさせられます。
さらにイーストウッドは、とても80歳を超えているとは思えないほどしゃきっとした演技をして、映画俳優としてもまだまだ頑張れるのではと思いました。
また、エイミー・アダムスは、『ジュリー&ジュリア』や『ザ・ファイター』などで見かけましたが、本作では、その魅力を最高に発揮しているように思いました。
さらに、ジョニー役のジャスティン・ティレンバーグは以前『ソーシャル・ネットワーク』で見ましたし、ピート役のジョン・グッドマンは先般の『アルゴ』で見たばかり、また同僚のフィリップに扮するマシュー・リラードも『ファミリー・ツリー』に出演していました。
(2)本作においてクリント・イーストウッドが扮するガスは、『マネーボール』においてブラッド・ピットが扮するビリーとは違って、IT機器を一切受け付けません(「そんなものは野球を知らない奴が使うに過ぎない」と言い放ちます)。
本作でビリーに近いのは、むしろガスの同僚フィリップの方でしょう。 ノース・カロライナの有望新人に関しても、自分は現地に出向かないで、ガスの見張り役兼情報収集係を派遣して、コンピュータに入っているデータと彼からの情報で判断しようとします。
それでも、ビリーは、ガスの方に親近性があるような感じがしてしまいます。
というのも、フィリップは、ガスを蹴落としてGMの地位まで狙おうとする野心家であり、名声を得るための手段としてしか野球をみていないように思えるからです。
これに反して、ガスやビリーは、地位とか名声よりも、野球を心底愛し、どこまでも野球のことしか考えてはいません。
そんなところが見て取れるために、この映画に爽やかさを感じると思われますが、それにしてもガスは目の手術をいったい何時受けるつもりなのでしょうか?
(3)渡まち子氏は、「ベテランの底力と親子の和解。手垢のついた物語なのだが、ウェルメイドな安心感がある。その最大の理由は、しわだらけの顔にしゃがれた声の老優イーストウッドの魅力につきる」として75点をつけています。
また、前田有一氏も、「終盤、新人を見つける急展開は少々ご都合主義的な感もあるが、今より昔のアメリカ映画のほうがよかったと感じている人にとってこの映画は、久々に高揚感を与えてくれるはずだ。さすがはクリント・イーストウッドが惚れ込んだ物語というほかはない」として75点をつけています。
(注1)ピートが部屋に入って行くと、壊れたリビングテーブルが隅に片付けられています。実は、ガスがぶつかって壊したものです。
(注2)ガスが医者に行くと緑内障を疑われ、専門医での検査を勧められます。
(注3)ミッキーは、現在の法律事務所に7年勤務していて(35歳)、成績が良く、今携わっている訴訟に勝てば法律事務所のパートナーに昇進できるというのです(ただ、ライバルが一人いますが)。なお、現在ミッキーは、アソシエイトにすぎません。
(注4)実はガスは、娘ミッキーが6歳の時に母を亡くした後も、彼女とともに暮らしていたのです。ただ、その時にある事件がミッキーに起こり、それ以来親戚の家に彼女を預けることにしたのですが、そのことについてガスはミッキーにうまく話しておらず、ミッキーは、自分が父親に棄てられたと長い間思ってきたようです。その後電話すらもなく、寄宿舎に入れられたりもしたことから、大学の時からずっとセラピーに通っているともミッキーはガスに言います。
(注5)ミッキーとジョニーは、ノース・カロライナの酒場でクロッギング・ダンス(このサイトの記事によれば、「カナダのタップ・ダンス」とのこと)をしたり、また野球に関する蘊蓄を語ったりしたことから急接近します。
(注6)ノース・カロライナの有望新人・ボーの獲得については、各球団がスカウトを派遣してその獲得に熱心に乗り出しているところ、ドラフトでジョニーの所属する球団が獲得を放棄すると、どうしてガスの球団に獲得する権利がただちに回ってくるのでしょうか、ミッキーがモーテルの裏庭で見出すピッチャーの有望新人は、キャッチボールしかしたことがないように思えるところ、どうしていきなり球場で打者ボーを相手のピッチングができるのでしょうか、などの点が見受けられますが、この映画に対してそんなことを言うのは野暮の極みでしょう。
★★★☆☆
象のロケット:人生の特等席
久しぶりにTBをいただき、つい間違って、2回もTBしてしまいました。お手数かけて恐縮ですが、一つ削除してやってください。本当に申し訳ございません。
いろいろつっこみどころ満載の作品とは思いますが、「しわだらけの顔にしゃがれた声の老優イーストウッドの魅力につきる」というのも、また、ものはいいよう、という気もします。でもやっぱりいい顔しているのは確かですね。
クマネズミさんが書かれているように、爽快感というのが、この映画を観終わった気持ちに、ぴったりだと思いました。
私もメジャーリーグが好きで何十年も観ているので、ミッキーの記憶力の良さには驚かされました。
ドラフトの件ですが、恐らくジョニーのレッドソックスは指名順が1番だったのではと思います。だが、Rソックスは投手を指名したので、指名順が2番目だったガスのブレーブスに指名の機会が巡ってきて、その時にどちらの言い分を受け入れるかオーナーが話を聞いていましたね。
ボーが入団してバッティング投手に起用したのが、球場でピーナッツ売りをしていた男で、ミッキーがモーテルで投球練習をしていた相手ですね。でも、良い球投げていましたよ。カーブは落差大きいし、直球も速そうでした。
この映画の原題は直訳すれば「カーブが苦手、カーブが打てない」ですから、タイトルそのものがネタバレのような感じもします(笑)。
おっしゃるように、イーストウッドは実に「いい顔している」と思いました。
TBにつきましては、わざわざご報告いただき感謝申し上げます。お言葉に従い、一つ削除いたしました。
ドラフトの件もバッティング投手の件も、おっしゃるとおりだと思います。
ただ、レッドソックスの指名順が1番でブレーブズが2番というのは如何にも出来過ぎと思い、またキャッチボールだけしている場合、打者が立つと上手く投げられないのではと思ったもので、ちょっと疑問符を付けたくなったのですが、この映画の場合はそんなことはどうでもいいことなのではと思い直した次第です。
予告ではすごく聴き辛くて心配だと言っていましたが
逆に枯れた声が魅力になっていました。
またスクリーンで会えるのを楽しみにしたいです。
確かに、イーストウッド氏の声は随分と「枯れ」ていました
ね。
ということから、先日TVドラマの『十万分の一の偶然』で見
た田村正和の声を思い出してしまいました!
イーストウッドが、同じように80歳を越えている仲代達矢のようにひげを生やしていたらどうでしょう!
やっぱり、父と娘が見どころでしょうか?、この娘が野球にめっちゃ詳しすぎ! それでいて、無名の投手を発掘し、その球をなんなく受ける。ずっと父親とは離れていたのに、その野球の入れ込みかたが、父親への想いなんでしょうね。それを最後に父親が、「この中の誰よりもミッキーは野球に詳しい」と言うとき、そのことを分かっている父親がいて、それを知っていても、娘が小さかった時のある出来事が、娘を愛するあまり、自分から離そうとしてきた。どちらも頑固者、ってところでしょうか。
おっしゃるように、本作では、「父と娘が見どころ」だと思います。それをイーストウッドとエイミー・アダムスが実に上手く演じていました。
なお、こうした親子の確執はいろいろな作品で取り上げられていますが、丁度昨晩のTVで観た『新春ドラマスペシャル “新参者”加賀恭一郎「眠りの森」』でも、主人公の加賀恭一郎と父親・隆正との関係が上手く行っていませんでした。