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駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

個別になると難しい

2020年08月09日 | 診療

             

 

 毎日毎日、患者さんを診てきた。何万人も診療し、五百枚以上の死亡診断書を書いてきた。つい七か月前まではポケットベル次いで携帯を肌身離さず持っていたから、中々のストレスだった。医者になってやがて五十年(夢のよう)、多いか少ないかわからないがとにかく一人前の仕事はしてきた。私と同じような医師が十数万人は居るわけだから、相当病気は減ったというか上手く治療されているはずなのだが、まずまずというかそこそこに留まっているのは病気が個別の個人的な問題だからだ。

 高血圧糖尿病脂質異常症といった疾患の治療法は確立され、しかも少しづつ不断の進歩がある。しかしながら、生活し薬を飲むのは個別の様々な個性を持った人達で、一律一筋縄ではゆかない。まず医者嫌いという人達がいる。別に嫌われてもよいのだが、嫌うなら徹底して最後まで嫌ってほしい。次いでなんだか忙しい人達がいる。一か月薬を出すと一か月半したら受診される。ものすごく忙しいと言われるので、それではと一か月半薬を出すと二か月過ぎに来られる。二か月以上は出せませんよその代わり家庭血圧をきちんと測定してくださいと二か月薬を出すと三か月後に来られる。これではきちんと治療できません、お引き取り下さいというと、何とかそこをと粘られて困る。確かに医者は人間で交渉したくなるのはわかるが病気とは交渉が成立しない。それを理解されない。嫌味を言えば忙しい忙しいという人はつまりは自分の能力不足を告白しておられるのではないかと疑っている。

 書き出せばきりがないが、びっくりというかうんざりさせられる患者さんがおられる。数か月前も息苦しいとアラカンのおじさんがやってきた。昼間から酒臭い、受付と看護師には威張り散らす、どういうわけか医者には従順で診察すると気胸だ。右肺が三分の一に潰れている。救急車を呼んでいる隙に外へ出てビールを飲んでいる。救急隊員に患者さんはどこですかと聞かれ、この人ですというと目を剥いてこんな人を運べというんですかとむくれる。そこを何とかすいませんがと赤の他人の私が頭を下げ運んでもらった。風の噂では退院して元気らしいが、医院へは寄り付かない。当たり前だ、診療費を一銭も払っていない。実は先日、風邪っぽいと来院した。「先生、来ました」、と受付から電話、じかじかお金を払ってくださいというとそそくさと帰ってしまった。あとで私のいない午後受診して、優しい現院長に診てもらい半額ほど支払ったという、お財布には福沢諭吉が顔を覗かしていたそうだ。

 勿論、多くの患者さんは個性はあっても治療方針内容を理解されきちんと通院されている。

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