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駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

消えゆく「とき」

2009年06月10日 | 世の中
 当院には「とき」さんが3名おられたが今は一名を残すだけになった。今朝、最後まで残っておられる「とき」さんが受診され思い出した。佐渡に朱鷺がいなくなった頃、当院には未だ居るよと、ちょっと失礼な冗談を言っていたのだ。
 ちよ、きん、ふみ、いし、とき、ゑい、つや、しけ、みや、せつ・・とこれは今日来られた二文字名のお婆さん達である。おそらくほとんどのひらがな二文字の組み合わせの名前が、明治大正昭和初期までの女性に付けられたのではないかと思う。ときは珍しくなく、何処の医院にも数名おられた、あるいはおられると思う。明治は遙か彼方、大正も遠くなり、昭和一桁も遠くなり始め、ひらがな二文字の女性名はもう消えゆく運命だ。
 ひらがな二文字は庶民の名前らしく、我が家は爺さんが大学を出ていたせいか母や叔母は明治の末大正初めの生まれだが子が付いている。五十過ぎても自分のことを「・・子はね」と言っていた。これが二文字のきんやいしでは洒落た感じがもうひとつで、「きんはね」とか「いしはね」とは言わなかっただろうと思う?。
 父親達に悪気はなかったのだろうと思うが、どうも三女、四女となるといい名が思い付かず適当な二文字を拾ったのではないかと思える節もある。ちょっと可哀相なのが、とめ、たま、きん、しけ・・など悪童にからかわれただろう。
 自分は・・子の時代を生きたから最近の不思議な男か女が分からない漢字二文字名になじめない。女の子の名前には・・子が落ち着く。せいぜい・・代、・・美、・・江くらいまでの感覚が身に付いている。「君の名は」も「まちこ」で始めてドラマになる。名前なんて符号さと言う人もいるが、私はそうは思わない。名前は音の響きとともに字も重要で、本人次第でイメージが変わってゆくにせよ、一つの作品というかメッセージだと思う。
 そう言えば、今も時にふと思い出す・・子さん、どうしているかな。
コメント
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