駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

大奥の伝統

2008年11月16日 | 世の中
 医療従事者には女性が多い。女性に囲まれて働いてきたので、ある程度女性の考え方や動きに免疫が出来ていると思う。
 篤姫を見ながら、大奥とはどんな世界だったんだろうと考えることがある。誰かが考えたというよりも権力構造の一環として自然発生的に生まれた世界だったんだろう。さいわい日本には宦官なぞというおぞましい肉体改造制度はなかったようだ。あまり歴史に詳しくないが、日本の権力構造の柔軟性と大奥が女性のみで機能したためではないかと推測する。
 色気づいた頃には夢極楽の世界かと妄想を逞しくしたが、実際は半ば座敷牢で受け身で艶を競う凄しくも哀しい世界だったのではないかと想像する。もっとも、人間は辺境や苦境にも楽しみや秩序を見出し生み出す生き物だから、彼女達にそれなりの生活と人生があったと思う。
 当院には6名の女性従業員が居る。今は私の元、6名がまとまって楽しくクルーとして働けている。ここに辿り着くまでさまざまな紆余曲折があった。出帆して以来、凪は半分くらいで、あとは何らかの波風が立っていた。嵐になったことも2回ほどあった。船長として最も頭を痛ませた困難だったが、幸い難破は免れた。まあ君臨すれども統治せずというかできずとゆうのが実態で、一方を聞いて沙汰せずを唯一の手がかりとしてきた。
 彼女たちが自然に作り出す秩序に微かに大奥の世界を見る気がする。休みの取り方、席る場所、休憩室から仕事場へ出てくる順番など・・。何でも全く等分で同じというのは愚かなことだ。僅かな勾配、それを自然に受け入れ、楽しく生きるのが賢いようだ。
 それを船長は密かに願いながら、診察室で働いる。
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