駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

筑紫さんを悼む

2008年11月08日 | 人物、男
 昨日、筑紫哲也さんが亡くなった。肺癌と聞いていたが、迂闊に経過は順調と思っていたので、虚を突かれた。直接存じ上げるわけではないが、近しい人を亡くしたように感じる。
 心の奥で社会正義の実現を願っておられたように推察するが、自由闊達で不偏不党のジャーナリストとして、本道を歩まれたと思う。広く曇りなく伝えることを使命とされ、教養に裏打ちされた過不足のない表現で、就寝前の視聴者に語り続けた見事な航跡は消えない。
 日本は時代を照らす人を一人失った。ジャーナリストを貫かれただろうから、オバマ大統領誕生をご存じだっただろうか、なんと言われただろうかと思ったりもする。
 骨太の自分の考えをお持ちであったが、狭量偏屈でなく、それは幅広い交友と時折見せる笑顔に表れていた。そして、その人間的魅力は深まる秋に流れる紅涙の多さに象徴されるであろう。
 
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見えないことは不幸じゃない

2008年11月08日 | 人生
 昨夜、NHK総合テレビで「見えないことは不幸じゃない」。というドキュメンタリー番組を見た。全編を通して見ていないので少し間違っているかもしれないが、夫がマッサージ師、妻が声楽家の全盲の夫婦が幼い姉妹、姉は全盲妹は正眼、を育てている生活を記録したもので、夫と妻の心と生きる姿勢に感動した。
 夫はマラソンに優れ、北京パラリンピックの選には漏れたが、それではと百キロマラソンに挑戦し優秀な成績で完走した(伴走者も凄い)。一家総出で応援し、目の見える妹がお父さんを見つけて母と姉に報告する。
 妻のソプラノの歌声は演奏会の聴衆、そして番組の視聴者の心に深い感動を与えるものだった。

 その父と母がわずか、五,六歳の全盲の姉娘がわがままを言うと実に厳しく指導する。泣き喚くのをものともせず、駄目なことは駄目と譲らない。そこまでしなくても可哀想に許してやってもいいのではと見ている私は感じたのだが、親心は遠くを見据え、許すことは子供のためにならないと強く決意していた。子供には心の奥の深い愛がわかるようで、叱られても泣いた後は、精一杯親に懐いていた。
 番組の終わりに、目の見える妹と目の見えない姉が二人で初めて買い物に行った。妹が本当に自然に姉の目の代わりをしながら、二人で何とかマーケットで買い物をして帰ってくる。買ってきたよと母に抱きつくのを見ていると、目頭が熱くなった。目の見えない人でもというのは不遜だが、振り返って、自分の来し方に恥じるところを感じた。目の見えないなどのさまざまなハンディキャップにめげず、自律し精一杯心豊かに生きている人達が居ることを、冷静に考えれば恵まれている者は不運不遇の時に思い出し、容易く屈してはならんと思う。
コメント (4)
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