とうとう9月16日に日本民芸館を訪ねた。だいぶ前に東京大駒場キャンパス内を歩き北にある野球場から出て、旧前田家本邸洋館のある駒場公園を散策したことがある。その時は公園の南西の角にある民芸館には全く関心がなかった。柳宗悦の墓所のある小平霊園までの歩きや、柳と棟方志功との師弟関係を知るなどして、少しばかり宗悦の著作を読むようになり民芸館へ関心をもつようになった。
駒場東大前駅の西口から下北沢の方に線路沿いに7分ほどゆるやかな坂道を歩いて、右にカーブする道路の角に本館がある。道をへだてた向かい側には旧柳邸の西館がある。私はまず一番に西館の方を見学したかったのだが、感染症予防のため現在は非公開である。西館玄関棟は日光街道の民家から移築された長屋門で、異彩を放っている。その門の中に和風の母屋があるという。
その私邸の隣に建てられた民芸館の開館は昭和11年だが、上部は白壁の土蔵風にするなど日本建築の伝統が生かされている。本館玄関の受付の窓口は係りの人の手首しか見えないほど小さい。まるで秘密の取引をしているかのよう。中に入ると床は大谷石が敷きつめられて、正面には左右どちらからでも2階に行ける木製の大階段が黒く光っている。左右の階段は2階の回廊に繋がっている。この開放的な吹き抜け空間が入館者を静かに迎える。
常設展として7室ある。予想に反して「棟方志功」や「木喰仏」はなく、「仏教版画」や「芹沢銈介の仕事」などの部屋があった。今回の大展示室を中心とする企画展は「アイヌの美しき手仕事」だった。民芸館訪問後の19日の朝刊に東京ステーションギャラリーの「大津絵」展の一面広告が出ていた。この展覧会に民芸館から大津絵52点が出展されているという。滋賀県の大津周辺で量産された手軽な土産物だったのが大津絵だという。その新聞広告に「個人によらない美の世界が存在することを指摘し、大津絵を〈民画〉の代表と位置づけたのは、柳宗悦だった」とあった。そういえば訪れた民芸館に、この展覧会のチラシが置かれていた。
テレビ、新聞、書籍、オンラインで伝わらないもの、なーんだ?空気感(振動)、臨場感、温度感(体温)など。
交通をはじめ、受付係、など多くの方々が、リスクのある中で篤志で経済をまわしておられます。