あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

巨木探訪・都内三大巨大桜の光厳寺のヤマザクラ

2019年05月19日 06時03分33秒 | 巨木・古木・ご神木・盆栽

2019/4/13秋川渓谷の春連載その4。乙津地区から移動。戸倉バス停に12時50分到着。バス停からすぐに上り坂です。さあ、登るぞ〜!!

お昼直後の上りは辛いわ〜。武蔵五日市駅の観光案内所でいただいた五日市・戸倉散策マップ片手に、まずは目印の戸倉しろやまテラスを見つけた。まさかのかつての小学校の校舎がしろやまテラスです。私は揚げパンに心惹かれるものがあったけど、さっき食べたばっかりなのでスルーする。けど、記事を書くにあたり調べたら、学校給食メニューが売りで、せめて画像を抑えるくらいはしとけばよかったと後悔。
トップ画像は光厳寺への道の戸倉給水所側の坂道です。
既に足元はアスファルトから急坂仕様に変わりました。
車で訪問したら画像奥右手の駐車場に停めるのですが、徒歩参拝客は坂道を突き当たりに進んでください。そこにヤマザクラはこちらの案内板があるので、指示に従い左手へ向かってください。
間も無く急斜面に目的のヤマザクラが見えます。
到着時刻は13時。斜面が急過ぎて、ベストポジションから撮影の選択余地があまりない。
巨木の根元あたりは斜面のしたに隠れている。
この角度からが一番青空に見え、花色が分かるかも?
説明板発見:光厳寺(こうごんじ)のヤマザクラ 東京都指定天然記念物 指定:平成5年3月22日
ヤマザクラは、昔から日本人に親しまれてきたサクラで、ソメイヨシノが出現しなかった明治以前は、観桜といえばヤマザクラが主役でした。
分布域は、ホ本州宮城以西から九州、韓国の済州島でも見られます。春には赤茶色を帯びた葉を広げると同時に淡紅白色の花を咲かせます。
天然記念物に指定されている光厳寺のヤマザクラは、光厳寺の門前の東に向いた斜面地にある四株のヤマザクラです。
畑の先にある一番南の株は、日当たりのよい場所にあって、幹周5、33メートル、枝張りは東西25メートル、南北18メートルを測り、樹齢400年は下らないという都内のヤマザクラとして一番な老巨樹です。地元では「光厳寺の大桜」と呼ばれ親しまれています。
他の3株は、招魂碑近くのスギの林に隣接して生育し、幹周2、45メートル。2、75メートル。2、27メートルとどれも十分な巨木です。 平成23年3月設置 東京都教育委員会」
他の3株を探す。
おそらくこれ。でも斜面の向こうにあって近づけない。
満足したのでお寺に参拝していこうと移動する。
上の画像手前右手が登ってきた坂道で、左にヤマザクラの老巨木のある斜面があります。城山に向かい光厳寺の山門があります。
境内も春爛漫です。見所はこれ。
説明板発見:光厳寺扁額 市指定文化財
縦54センチ 横84センチ
「光厳寺」という寺名をしたためた横額で、寺伝によれば、北朝第4代後光厳院より賜った勅額を写したものである。裏面に「元亀元年10月5日英和和尚代造掛之者也」(1570)の銘がある。典雅な書体で、光厳寺の由緒と戦国期の扁額の作例を示す資料(掲示額は複製) 昭和44年7月10日指定 あきる野市教育委員会」
境内には別の説明板もある。
戸倉城跡 東京都指定史跡 指定:平成5年3月22日
戸倉城は、あきる野市戸倉の五日市盆地を眼下に望む山頂に、室町時代から戦国時代にかけて築かれた山城です。
15世紀頃に武州南一揆(秋川谷から南多摩地域にかけての武士集団)の一員であった土豪小宮氏が築城したとの伝承もありますが、詳細は不明です。その後、天文15年(1546)頃、北条氏康の次男氏照が大石氏の名跡を継いで滝山城主となると、大石定久は戸倉に蟄居したと伝えられています。このことから戸倉城は、大石定久隠居城とも呼ばれています。
北条氏照が滝山城を拠点にして、甲斐の武田氏と対峙するようになると、檜原城が甲州口の押さえとなり、戸倉城は網代城や高月城を経て、滝山城や八王子城へ入ってくる情報を中継する機能をもつ城になっていったと考えられています。天正18年(1590)、八王子城の落城とともに廃城となりました。
枡形・虎口・竪堀等の跡が、現状からでも確認することができます。 平成23年3月建設 東京都教育委員会」
ついでなので、巨木の本によりますと「光厳寺とは?
光厳寺(こうごんじ):宗派は臨済宗。足利尊氏が建武年間(1334-1336)に創建したと伝えられている。南北朝時代に、のちに北朝第4代後光厳帝になる弥仁親王が5年間も隠れ澄んだことがあり、後光厳帝から光厳寺の名を賜った。
東京都三大巨木桜とは?
伊豆大島の「桜株」宮女島の「神着きの大桜」に次ぐのが光厳寺のヤマザクラ。花色が白っぽいので、「光厳寺の白山桜」とも呼ばれている」
時刻は13時18分、出発。あまりの急坂に、自然足元に視線が落ちる。
小さめのマンホールにも秋川を泳ぐ鮎の絵があった。次はどこへ行こうか?迷ったものの、五日市・戸倉散策マップのウォーキングルート通りにしようと思い、戸倉しろやまテラス(旧小学校)沿いに移動。
坂が急なのを利用して、こんな構図で撮影してみた。ちなみに、右手の石垣は、小学校のもの。
見晴らし最高!盆掘川と、大日影通りを望む。この後急坂を降りると、沢戸橋に出る。散策マップに沢戸橋にビュースポットマークがあるので、橋から秋川を見下ろしてみた。
ビュースポットは、秋の紅葉の方が更に輝くだろう。訪問したのは4月13日で、若葉はまだ出始めたばかりです。
さて?ウォーキングコースの降り口はどこだろ?

コメント   この記事についてブログを書く
« 秋川渓谷の花の里2019/4/13 | トップ | 秋川渓谷の春・沢戸橋から広... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

巨木・古木・ご神木・盆栽」カテゴリの最新記事