中国雲南地方原産の常緑低木。別名ルクリア、アッサムニオイザクラ。
分岐した枝の先に淡いピンク色の5弁花を咲かせる。とてもよい香りがする。
名前の由来:
花期:11~1月。
(園芸センター)
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蝶がたくさん舞っているような優雅な花で、沖縄ではサンタンカ(山丹花)、デイゴ(梯梧)とともに、三大名花に数えられている。
黄胡蝶/マメ科/カエサルピニア属。
西インド諸島原産のマメ科の常緑低木。別名オオゴチョウ、アコウテ。
枝の先端に咲くおしべと花柱が長く突き出た花は、色は橙色、黄色、ピンク色など多彩である。花の後、サヤエンドウマメに似た実を付ける。
名前の由来:開花した状態が黄色の蝶が舞っているように見えることからこの名が付いた。
花期:7~8月。
(神奈川県立相模原公園)
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最初の画像は、いま高尾山で一番目立つミヤマシキミである。真っ赤な実とともに来年咲く花の準備が始まっている。
デコウォーカさんは本栖湖からの千円札富士を披露したばかりであるが、千円札に対抗するには万円札を通り越して、一気にダイヤモンド富士の登場である。この季節の富士山は気まぐれで、じっと見つめるとすぐに雲に隠れ、ちょっと目を離すとひょっこりと姿を現わす。
最初の富士山の画像は、高尾山から見える富士で、向かって左の丹沢山系にある大室山(1588m)の右に大室より少し高く見える。
今年は花哲さんの作品が、きらりと光るダイヤが輝やいて素晴らしい。ダイヤが頂上にあったら完璧である。撮影の少し前に雲が動いてくれたとのことである。
次にokbさんの作品は、良く晴れ絶好の条件に見えるが、ダイヤモンドの一瞬の輝きの前で、原石になってしまった。惜しい(たぶん本人は悔しい)。
今年の寅太はよく頑張ったが、24日は少し前に雲で隠れ、きのう25日は撮影の寸前に厚い雲が頂上を覆ってしまった。寅太にダイヤは相応しくないが、自然はいじわるですね~。
この季節には黒い果実がたくさん付いて、冬の日差しで光っている。
姫譲葉/トウダイグサ科/ユズリハ属。
暖地の海外沿いに生える常緑高木で雌雄異株。
葉身は長楕円形または狭長楕円形で、葉の表面は濃緑色、裏面は淡緑色。葉は垂れ下がらず、水平またはやや上を向く。春に総状花序を出し、果実は核果。
名前の由来:ユズリハ(譲葉)より葉が小さいところからこの名が付いた。
花期:5~6月。
(神奈川県立相模原公園)
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朝刊では朝日新聞は全く天皇の記事はなく、日付の下に天皇誕生日となければ、普段の日となんら変わりはない。日経には写真入の記事があり、今年は恒例の誕生日前の記者会見はないが、文書でお気持ちを公表したとある。9月の山古志の訪問に触れ、「復興が進み、闘牛や錦鯉の養殖などが再開されていることを心強く思いました」と記してある。
さて、ハナミズキ(花水木)の塾した赤い実が6個ついているのは以前取り上げたが、何と8個付いた実と7個が3つ並んだ木に出合った。
ちょっと「777」が一直線でないのと、1個だけ実が裏側になって見えないものがあり、再度撮影に向かったが、少しの間で残念ながら鳥の餌になってしまった。
でも正月を前に8個の実とは、少し縁起が良いようである。
(多摩丘陵)
「千両、万両、有り通し」(千両も万両もいつもある)と、正月の縁起物として使われる植物である。関東地方以西に生えるていると言うことで、なかなか見る機会がない。
わが家でもアリドオシの代わりにツルアリドオシ(蔓蟻通)を植えているが、なかなか本物のような働きはしてくれない。
神代植物公園の売店にアリドオシがあったので、待望の赤い実を撮ったのだが、手振れを起してしまった。10cmほどの小さな木を買ってきたので、数年先に白い花が咲くのが楽しみである。
これでマンリョウ(万両)、センリョウ(千両)、ヒャクリョウ(カラタチバナ)、ジュウリョウ(ヤブコウジ)、イチリョウ(アリドオシ)が揃い、合わせて11,111両となった。
蟻通/アカネ科/アリドオシ属。
暖地の山地に生える常緑低木。別名イチリョウ(一両)。
葉は対生し、葉身は卵形で、枝に1~2㎝の鋭い刺がある。枝先や葉腋に漏斗形の白色の花を2個ずつ付け、果実は秋に赤く熟す。
名前の由来:葉腋からでる鋭いトゲが蟻をも刺し通すほど鋭いことからこの名が付いた。
花期:4~5月。
(寅太の庭)
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そんなことから日本の最高栄誉の文化勲章を受けてない人がノーベル賞を受賞した場合は、文化勲章を追受される制度になっている。また原則として生存者が受賞の対象である。植物学の父である牧野富太郎博士は、亡くなられてからの受賞で極めて異例のようである。
文化勲章のデザインは、タチバナ(橘)の5弁の花の中心に三つ巴の曲玉を配し、鈕(ちゅう)にもタチバナの実と葉が用いられている。
タチバナは日本に古くからあるミカン科の固有種で、正式名はニホンタチバナ(ニッポンタチバナ、ヤマトタチバナともいう)であるが、絶滅に瀕しているそうである。
最初のデザインでは桜であったが、昭和天皇が文化は永遠で、それには常緑の橘が相応しいとして、変更になったとのことである。
下の文化勲章は、三鷹市の山本有三記念館に飾ってあるもので、有三は「路傍の石」や我が長岡の「米百俵」などの作者として知られる。太平洋戦争真っ只中の昭和18年に発表された米百俵は、反戦戯曲として軍部から批判され絶版となった。
また戦後は現在記念館となっている山本邸が、今度はアメリカの進駐軍の宿舎に没収されてしまった。山本邸は鳩山一郎元総理の音羽御殿と似た造りで、建築界でも貴重な建物とされている。