越後路で、シャクナゲ(石楠花)は、よく見る植物である。
♪佐渡のつばめは 千里の海も 恋のつばさで 越えると聞いた♪
細川たかしの「佐渡の恋唄」には、♪赤いシャクナゲ 咲く岬♪ と、佐渡の岬に咲く赤いシャクナゲが歌詞にでてくる。
佐渡のつばめは恋で千里の海を渡ったが、きのうの新聞によると、佐渡の雌のトキ(朱鷺)は雄を捨てて海を渡ったようである。
さて、天地人ゆかりの地は、直江兼続と主君の上杉景勝が生まれた上田庄がある南魚沼市、そしていま旅している上越市、兼続とお船の与板城がある長岡市、そして上杉家が移り住んだ米沢市が挙げられる。
上越という文字は、新潟の出身者でもよく理解してない。越後を3つに分けた時、上方に近い所から、上越、中越、下越(かえつ)となり、これに地方を付け上越地方、中越地方などと呼んでいる。しかし上越線の開通により、上越の言葉が独り歩きを始めた。
上越線は、上野(こうずけ)国高崎駅と越後国の宮内駅(長岡駅の一つ手前)を結ぶ線である。この線は群馬県側から国境の清水トンネルを抜けると、雪国の湯沢に出て、そのまま中越地方を走る。
上越のスキーといえば、上越線沿線にあるスキー場を指し、100年前に日本にスキーを伝えた、レルヒ少佐の銅像があるスキー発祥の地の上越市のことではない。
(赤いシャクナゲ)
このように上越線の基点は上野(こうづけ)であって、かっての東京の表玄関の上野ではないが、上野を始発とした上越新幹線の誕生により、ますます混乱してきた。
一方、上越市が誕生したのは、昭和46年(1971年)のことで、城下町高田市と湾口と工業都市の直江津(なおえつ)市が合併してできた。
高田市は天地人の舞台になっている春日山を含んでいるが、やがて徳川家康の子の松平忠輝が、平地に高田城を完成させ、幕末は高田藩榊原家15万石で維新を迎えた。
高田市の市制施行は明治44年で、直江津市の昭和29年よりかなり古い。
では高田市の歴史が古いかというとそうでもない。直江津は越後の国府が置かれたところで、国分寺や越後一ノ宮の居多神社(弥彦神社も越後一ノ宮)もこの地にあり、謙信の時代にも湊町として栄えた。
ここに御館が建てられたのは、当時は最もなことである。
直江津は、直江の津と呼ばれ、直江兼続の直江家の名前の由来になっているようである。
(さあ、次回は一気に春日山へ)
石楠花、石南花/ツツジ科/ツツジ属。
中国原産のツツジ科の常緑低木。有毒植物。
葉身は長楕円形で全縁、枝先に花を多数付ける。
名前の由来:中国名の石楠花からこの名が付いた。
花期:4~6月。
(上越市)
【山野草の索引(樹木)へ】