Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

100年前からタイムスリップした極右達

2014年03月07日 | Nationalism

エコノミスト誌の記事、JBpressから;

JBpress (201437)                    日本の右派:任務完了?(エコノミスト)            http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40115

東京のある若い映画ファンは、自分がなぜ3度目の「永遠の0(ゼロ)」鑑賞のために行列に並んでいるか、はっきり分かっていた。第2次世界大戦末期に米国の戦艦を攻撃した「カミカゼ」パイロットの集団に関する映画から彼が感じ取ったメッセージは、当時の若い男性は今日の「草食」男子とは大違いで、男らしく、目的を持っていたということだ。

 「特攻隊」として知られるパイロットらは長年、物議を醸してきたが、彼らの物語が国内でこれほど人気を博したことはなかった。「永遠の0」(神風特攻隊が操縦していた零式戦闘機にちなんで名付けられたもの)は、邦画としては過去最多の観客動員数を誇る映画の1つになりそうだ。

 やはり「永遠の0」を鑑賞した安倍晋三首相は、映画に「感動した」と述べた。映画の原作となったベストセラー小説の著者である百田尚樹氏は、安倍氏と親しい。安倍氏は昨年、日本の公共放送局、日本放送協会(NHK)の経営委員に百田氏を任命した。

 百田氏の意見は保守派にしても右寄りで、2月の東京都知事選でやはり右派の田母神俊雄氏の選挙応援に駆け付けた際、1973年に日本兵が中国民間人を殺した南京大虐殺は「なかった」と言い放った。

南九州市は特攻隊員の遺書を世界記憶遺産に申請

 「永遠の0」が映画館を埋め尽くしている頃、南九州市も近隣諸国を苛立たせることに一役買っていた。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界記憶遺産」への登録を目指し、神風特攻隊に関する文書を提出したのだ。

 世界記憶遺産は重要な文書や原稿を登録するもので、マグナカルタや人権宣言が含まれている。市が提出した遺物の中には、特攻隊パイロットの別れの手紙や日記、詩などが含まれている。いずれも、何百人もの特攻隊員が出撃した旧帝国陸軍基地の跡地に建つ市立知覧特攻平和会館に所蔵されているものだ。

 だが、映画も一連の文書も、神風特攻隊員の姿を正しく伝えていない。右派は彼らのことを、お国のため雄々しく死んでいった意欲的な戦士として描こうとする。「永遠の0」では、最初の方はメッセージがはっきりしない。エリートパイロットの主人公が生き延びようとして軍の名誉を傷つける。ところが、そんな彼が任務を受け入れ、人の言う輝かしい栄光に包まれて死んだ時に本物の英雄になるのだ。

知覧特攻平和会館とその所蔵文書も概ね、この解釈を裏付けている。だが、歴史家の大貫恵美子氏は、大半の兵士は強制的に志願させられたと言う。同氏は南九州市が提出した特攻隊員の手紙は、書かれた時点で上官の検閲を受けたり、強制的に書かされたりしたのではないかと疑問に思っている。

(後略)

これを読んで、ふと、7年前にカナダ人男性と交わしたメールを思い出しました。

彼、Mさんは、当時40代半ば。彼は、高校生のとき、両親がドイツからカナダに移住してきたことを突然知らされ、一家揃ってドイツへ移住。その後、両親はドイツに留まり、弟と妹はそれぞれ近隣国に職を見つけ移住。

Mさん自身は、金細工および古い書物の複製を作る職人となりましたが、結局彼だけがカナダに帰国。しかし、彼にとって、祖国はカナダではなく、もはやドイツとなっているような人でした。(英語が、彼にとって第二国語みたいになってしまっていました。)

その彼がこう書いてきたことがありました。

「第一次世界大戦では、“für Gott, Kaiser und Vaterland(神のため、皇帝のため、祖国のため)”というのがドイツ人のスローガンだった。1918年、君主制が崩壊してからのドイツにはないけどね。

僕は神風特攻隊の遺書をまとめた本を読んだんだ。神風特攻隊には、第一次世界大戦時のドイツ人兵士と同じような人もいただろう。だけど、ほんのわずか。

一方で、「天皇に命をささげる」と書きながら、実は自分の家族を第一に考えた人たちもいただろう。

戦争は不幸なことだ。多くのすばらしい人たち―彼らの才能も―を殺してしまう。」

このMさんが読んだ本がなんであったかは聞かなかったのですが(英語版かドイツ語版かも不明。)、特攻隊の本といえば、私は、

『ホタル帰る―特攻隊員と母トメと娘礼子』(草思社)http://www.soshisha.com/book_wadai/11hotaru/

を読んだことがあります。(この本を元にして作られた映画が、高倉健主演、2001年公開の映画『ホタル』でした。)

この本は、まさしくエコノミストの記事にある知覧特攻隊の話です。

本には、戦争がなければふつうの若者であった特攻隊員たちが、非国民的なことを書くと検閲ではじかれ家族に届かないために、本心を隠して遺書を含む手紙を書かざるを得なかったことなども、書いてあります。

もちろん、特攻隊員のなかには、ゼロ戦の不調で結局生き残ってしまったことを苦悩した人もいたりして、同じ特攻隊員であっても、思いはいろいろだったでしょう。

さて、特攻隊員の日記や遺書等を世界記憶遺産登録申請についてですが、私にはユネスコがこれを認めることはないと思いますし、文書がどういう形で申請されたのかわからないので、何とも言い難いです。が、一つはっきり言えるのは、今のこの日本の状況で、しかも私的なものを世界記憶遺産に申請するというのは、近隣諸国の人たちだけではなく、心ならずも特攻隊で命を落とさなければならなかった若者たちへの冒涜に思えます。

「平和のために特攻隊員の遺書を世界記憶遺産に登録」というのなら、まず、日本が未来ある若者の命を奪ってきたことを悔い改め、国内外に『特攻隊の悲劇』を繰り返さないことを訴えてからでないと、近隣諸国だけでなく、どこにも理解されないでしょう。

さて、話をMさんのコメントに戻しますが、彼の「第一次世界大戦では、“für Gott, Kaiser und Vaterland(神のため、皇帝のため、祖国のため)”というのがドイツ人のスローガンだった。」という言葉で、ふと、「日本の極右およびネット右翼は、第一次世界大戦時のドイツと同じ精神構造を持っているのだ」と思いつきました。

数十年前「中近東を理解するには、『彼らの世界は20世紀ではない』として考える必要もある」なんて意見を言う人もいましたが、現在、「極右達の頭のなかは100年前」と考えて分析するのが妥当なのかもしれません。

コメント
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