2007年1月3日の記事を再掲載したものですが、ご覧ください。
再掲載ニューズウィーク日本版 (5月30日)
ウランいらず「トリウム原発」の可能性
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2011/05/post-2116.php
4年以上前に書かれたこの記事にも「トリウムは核拡散の心配がない」ということが書いてありますが、効率の面からも、トリウムは現在では「ウランに変わる夢の原子力発電燃料」ともてはやす風潮があるようです。
(中国などはトリウム原発に力を入れだしていて、日本が遅れをとっていると焦っているらしいですね。会員でないと途中までしか読めませんが、日経ビジネスの記事から:
中国が独占意欲「トリウム原発」とは
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110225/218599/ )
しかし、本当のところこれも必ずしも核兵器に転用できないわけでもないし、また、兵器転用がないとしても、環境面でも問題が多いと思います。実際トリチウム流出などの事故を(米国内で)過去に起こしていたようでもあります-こういうことは話題にしませんが。
昨日の地下式原発にしろ、海底原発、トリウム原発、そしてITER.-
戦中から現在に至るまで、原子力は、安全利用の名目での開発。その時代時代に、「石油不足」「化石燃料だと環境を破壊する」「経済の活性化」ともっともらしい理由付けをしていますが、核の恐怖を知り、そしてスリーマイル、チェルノブイリ、そして福島と大きな事故を起こしながら、なぜこれに固執する政治家が多いのか。
昨日のブログで、地下式原子力発電を推進しようとする改憲派の面々を見ながら、「やはり、彼らは自国で核武装をしたいからなのだろうな」と想像しながら、背筋が冷たくなりました。
前にJBpressの記事、
東西対決の遺物、原発よさらば
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/7890
を完全に納得しないまま紹介しました。
私は今でも原子力発電を持つ国すべてが原爆を作りたいと思っているとは思いませんが(保持国で独自で持っても意味がないと思われる国もあり)、それでも現在、そう思う勢力が各国に拡がっているということは、感じてます。
現在、原発建設を求める国のなかで、サウジ、ベトナム、トルコなどは特にそうでしょう。
米国と日本から依頼されている核廃棄場建設受け入れ引き換えに、原発を建てようと考えているモンゴルもそう。
先進国とて、長引く不況とともに、米国は益々好戦的になり、ヨーロッパでは民族主義が拡がりつつあり、日本だけ観ても、右傾化、隠蔽が見え隠れ。
前の世界大戦も、始まりは似たような空気が漂っていたと思います。