新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

軍艦島上陸記(その1)

2013-05-26 15:10:56 | 旅行記

シリーズ「肌寒かった関西旅行記」「MISIA星空のライヴVIIの前半が終わって…」が書きかけなんですが、それでも5月11-12日の長崎遠征の際の「軍艦島上陸記」を書き始めることにします。

   

軍艦島こと端島は、端島炭鉱閉山後に三菱マテリアルから高島町(当時)に譲渡され、現在は長崎市の市有地になっています。
そして、安全確保の視点から、市条例(端島への立ち入りの制限に関する条例)で「見学施設の区域以外の区域に立ち入つてはならない」とされています(「市長が特別の理由があると認める者」についての例外規定あり)。
また、「見学施設の区域」であっても、別の市条例(長崎市端島見学施設条例)で、許可事業者が運行する船で上陸しなければなりません。
さらに、後者の条例には、

市長は、気象条件その他の理由により見学施設の利用が危険である場合として市長が別に定める場合においては、見学施設の利用を禁止するものとする。

という規定がありまして、具体的には、「風速5m以下、波高0.5m以下、視程500m以上」で、かつ、船長が「見学者が安全に下船できる」と判断した場合のみ、軍艦島に上陸できるのだそうな。

幸い、私が軍艦島に向かった5月12日は、当日の記事「きょうは軍艦島日和」で書いたように、ちょっともやっていたものの、風もなく好天に恵まれましたが、出港すらできないとき、島に近づいたものの接岸を断念するときなんかもあるそうで、それはもう、乗り合わせた人たちの日頃の行い如何にかかっていると言えるでしょう(ホントか

   

長崎市の条例でいう「許可事業者」はいくつかの業者さんがあるようですが、私が選んだのは、こちらのクルーズでした。

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「ブラックダイヤモンド」(黒いダイヤ=石炭)という、いかにもな名前の船に乗り込むと、前夜にも会った顔なじみが5人も乗船していて、あれまぁ~でした。

それはともかく、ほぼ定刻(9:00)に元船桟橋を出港した船は、長崎湾を南西に高速で進みます。

おっと、こちらホンモノの軍艦(イージス艦ちょうかいとヘリコプター護衛艦くらま

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ちょっと寄り道

私が船に乗るのは、2010年1月に、関門海峡を横断したとき(記事はこちら)以来でした。

その3ヶ月前の2009年10月、関門海峡で、護衛艦が貨物船と衝突して火災を起こすという事故が発生しました。
「護衛艦が民間の船とぶつかって火を出すなんて、有事の際には大丈夫か?なんて思ったのですが、その「護衛艦」が「ヘリコプター護衛艦くらま」でした。

   

話を長崎に戻しまして、こんな眺め(神ノ島教会長崎ならではですなぁ。

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伊王島聖ミカエル天主堂もかなりステキ

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そうこうしているうちに、最初の見学ポイント高島に到着しました。

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「高島」といえば「高島炭鉱」なわけで、「石炭資料館」を見学です。

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「石炭資料館」は、なんとも無機的な、味も素っ気もない建物ですが、かつて、「高島炭砿労働組合」の事務所(1959年4月竣工)として使われていたもののようです。

館内の展示で、もっとも私の目を惹いたのがこちら

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高島炭鉱の坑道の模型です。
もともとこうした模型(ジオラマ)が好きなことに加えて、高島炭鉱のスケールの大きさが感じられて、しげしげと見入ってしまいました。
高島は、「炭鉱」というよりも、炭鉱への入口に過ぎなくて、炭鉱そのものは、海底深く、かつ広大だったことがよく判ります。
実は、これから向かう軍艦島(端島炭鉱)も似たような構造で、いただいたリーフレットに載っていた平面図と、

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断面図を頭の中で3D化すると、その規模のデカさが染みてきます。

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高島端島「職住接近」だったにしても、職場(詰め所)から現場までの距離(水平方向+垂直方向)の長さはハンパありません
(下の写真は、現場(切羽)と地上を行き交った機関車、炭車、人車、給水車)

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「石炭資料館」の前庭には、軍艦島のジオラマがあり、これを使ってガイドさんがこれから向かう軍艦島の説明をしてくれました。

130526_1_11 このジオラマは、縮尺1/100で、閉山(1974年1月)間近い1970年代の軍艦島を再現したものだそうです。

左の写真は住居区域だった北西側から南東方向を見た様子で、鉄筋コンクリートの建物の密集度といったら、凄いものがあります。
この部分を、もう一枚。

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今の基準からすれば、建坪率とか容積率とか、完全にOUTなんでしょうけど…

残念ながら、長崎市条例でいう「見学施設の区域」には、この居住区域は含まれていません。したがって、「市長が特別の理由があると認める者」以外は立入禁止です。

というか、「見学施設の区域」は、島の南側にあった業務区域の、そのごく一部だけです。

その「見学施設の区域」にあたる区域の「在りし日の姿」はこちら

130526_1_13 手前にプール(海水プールだったとのこと)があり、その奥に切妻屋根の建物が並んでいますが、これらは事務所や工場など、会社の施設だったそうです、、、って、島全体が「会社の施設」だったんですが…。

リーフレットから左の写真にあたる区域のマップを載せましょう。

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このジオラマを観て、それから現地で現況を観ると、時間が流れたこと、そして、自然の力を強烈に思い知らされることになります。

ということで、軍艦島(端島)上陸に至っていませんが、きょうはここまで。

つづき:2013/05/29 軍艦島上陸記(その2)

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