新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

「ビバ初め」札幌旅行記 #3-3

2017-05-19 23:14:24 | 旅行記

「『ビバ初め』札幌旅行記 #3-2」のつづきです。

小樽総合博物館・本館のある場所は、「#3-2」で書いたように、1880年11月に開通した幌内鉄道札幌~手宮間の終点、手宮駅の跡地です。

今現在、手宮駅へと繋がっていた路線は廃止されていますが、そのは残されていまして、6年前に拝見しました。

 手 宮 線 跡 地
from 1880 to 1985

という看板が見えます。

現在、小樽市内を通っている鉄道はJR函館本線だけなんですが、幌内鉄道函館本線、(旧)手宮線を地図に重ねると下図のようになります。

北海道最初の鉄道、幌内鉄道は、右下の南小樽駅(その先は札幌駅、さらには旧幌内駅)から緑の路線赤の路線を通って旧手宮駅まで繋がっていました。

小樽市総合博物館公式ガイドブック「鉄道と歩んだ街 小樽」から、「鉄道史」を抜き書きしますと(別途ちょいと追加)、

1880年11月 幌内鉄道・札幌手宮間開通(+区間)
1903年6月 北海道鉄道・小樽中央(現小樽駅)~蘭島間開通(区間)
1904年10月 北海道鉄道・小樽中央函館間全通
1905年8幌内鉄道北海道鉄道とを接続する"S字区間"区間)が完成
      ⇒札幌~函館間全通
1909年10月 国有鉄道線路名称制定により、函館~札幌~旭川間(++区間)が函館本線手宮~小樽(初代)間(区間)が手宮線
1985年11手宮線廃止

上記はかなり簡略化していまして、鉄道会社はコロコロ変わったし、駅名も変遷しています。

南小樽駅は、1880年11月:開運町駅⇒1881年5月:住吉駅⇒1900年6月:小樽駅⇒1920年7月:南小樽

小樽駅は、1903年6月:小樽中央駅⇒同年7月:稲穂駅⇒1904年10月:高島駅⇒1905年12月:中央小樽駅⇒1920年7月小樽

「鉄道と歩んだ街 小樽」両駅の駅名に関するこぼれ話が載っています。

北海道鉄道の開業当初、今の小樽駅の場所にできた駅の名は。そのとき旧幌内鉄道の住吉駅が先にを名乗ってしまっていたためです。その後、北海道鉄道の駅は小樽中央から、さらにへとほぼ1年ごとに変わります。しかし市街中心でもないにも関わらずを名乗る駅は利用者の混乱を招き、不評でした。それでも「小樽駅」の地元では容易にこの名を手放そうとはせず、さまざまな論争を引き起こします。曲折を経たのちようやく現在の小樽駅、南小樽駅の名に落ち着いたのは大正9(1920)年7月のことでした。

この話を読んで思いだしたのは、ずいぶん鹿児島へのドライブ旅行のこと。
地図を頼りに鹿児島駅まで行ってみたら、なんともチンケな駅呆然とした思い出があります。
鹿児島市のメインの駅は、鹿児島駅ではなく、当時の西鹿児島駅、現在の鹿児島中央駅だったんですな。

そういえば、来週末鹿児島遠征です

ようやく「Misia Candle Night」以外の予定が固まってきました。
良い旅にしたいゾ

でも、このままだと、旅行記4本並行 なんてことにもなりかねません。
先を急がねば

つづき:2017/05/31 「ビバ初め」札幌旅行記 #3-4(最終回)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 南東北ドライブ旅行記 #1-1 | トップ | お台場でビバってきた »

コメントを投稿

旅行記」カテゴリの最新記事