三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

渡辺京二『エドという幻想』

2022年06月19日 | 

渡辺京二『逝きし世の面影』は幕末から明治初期に日本に訪れた欧米人の紀行などから、西洋人が見た日本の姿を描いた本です。
『エドという幻想』は江戸時代中期から幕末にかけて書かれた日本人の随筆などによって、当時の日本人やその生活が浮き上がってきます。

中野三敏は、18世紀後半、田沼意次時代を江戸時代がもっとも江戸時代らしかった時期、言い換えれば江戸文明の極盛期ととらえる。

伴蒿蹊『近世畸人伝』から何人かの言行が紹介されています。
医師の山村通庵(1672~1751)は伊勢の人。
知人の葬式にゆき、位牌の前で心ゆくまで平曲を語ったあと、遺族には一顧だにせず去った。
問われて、「死者を悲しめども、家人には一面の識なければ」と答えた。

医師の苗村介洞(1674~1748)は近江の人。
後妻の貞信尼は心に思うままを口にした。
客のもてなしはよかったが、相手が長居して物憂くなると、「われ酔てねぶたし、今ははや帰られよ、いざいざ」と催促した。

無邪気ではなく、人の思惑など屁とも思わない、感じたままに振る舞ってはばからない精神の発露。
世間のしきたりにこだわらないという横着にも通じる。
江戸時代の人たちはそうした横着さに面白みを感じた。
その種の横着を許容するだけでなく、江戸時代の人々は賞翫した。
心に浮かんだことをそのまま口にせずにはおれぬ横着さは、無邪気、正直の別名だった。

同調圧力は日本の伝統かと思ってましたが、そうではなかったのかもしれません。

古川古松軒(1726~1807)は備中の地理学者で、『東遊雑記』を記した。
1788年、幕府巡見使に同道して東北、蝦夷地を視察した。
下北半島の寒村について「言語はちんぷんかんにて、十にしてその二つ三つならでは解せず」と書き、南部藩の地には言語の通じにくいところがあるというので、盛岡城下から二人「通辞」がついていたのに、彼らですらわからず、大笑いになった。

ある年、平戸藩主の松浦静山は病気になり、参勤交代の時期が遅れた。
平戸から佐世保まで来ると、道ばたに男が2人いた。
年ごとの参勤の際に雇う江戸の籠かきだった。
どうして来たのかと尋ねると、9月の半ばころに出府されると噂を聞き、藩邸で平戸出発の日取りを知り、「さらばいそぎ御国にいたり従い申さんと、その明日に江戸を打ち立、夜を日に継ぎてはせ下りし」と語った。

渡辺京二さんは幕府に殉じて自死した川路聖謨(1801~1868)にかなりのページを割いています。

川路聖謨が奈良奉行を勤めたあと、大坂町奉行に転じたとき、町人数百人が見送った。
2年後、長崎へ向かう途中、草津宿で奈良の長吏(被差別民の長)たちが出迎え、道路に平伏していた。
奈良の人々は長崎からの帰りにも出てきた。

関わりの濃密さ。
恩義を忘れない。
時に赤児のような純真な感情を発露する。

江戸時代は建前と実際が乖離していた。
関所には、金を払う、頼み込むなどの抜け道があった。
離婚や死別しても、再婚は普通。

勝小吉は14歳で家出をし、伊勢まで行く。
浜松の宿で荷物をすべて盗まれた。
途方に暮れて泣いていると、宿の亭主が柄杓を一本くれた。
お伊勢参りをする人たちが柄杓に米麦や銭を入れてくれる。
巡礼に銭や食物を与える習慣があった。
多くの人が小吉に声をかけ、病気の時は食べ物や金を恵み、家に泊めてくれた。
喜捨に頼ることができたのである。

鈴木牧之『秋山紀行』は信濃の秋山郷の紀行です。
秋山郷を訪ね、壁も塗らない茅屋や、固くなった餅のような豆腐に辟易したが、「日々農を楽しみ、何一つ放埒もなく、天然を楽しむ」せいか、この里の人々が老いてもなお壮健で、長寿者が多く、盗み、飲酒、博奕、色事のない生活を送っているのに素直に感心した。
髪はざんばら、首筋は真黒という女たちにたじたじとなり、囲炉裏の前に立ちはだかって太股まであらわにして蚤かしらみをとっている若い女には、目のやり場に困った。
だが女の中に美人がいるのを見逃さなかった。
「容すぐれ、鼻はほどよく高く、目細う、蛾に似たる黛(まゆ)、顔はいささか日黒むと見ゆれども、鉄水つかぬ歯は雪よりも白く、若人は一目に春心も動かす風情」
細い目が美人の条件の一つだった。

『妙好人伝』にも、今なら何とか障害と言われそうな、ちょっとずれた聖なる愚者が登場します。
世事に疎い人が排除されることなく生活できたのです。

こうした人の中には、後に名を知られるような人がいます。
ということは、人に迷惑をかけっぱなしの無名人はもっといたわけです。
困った人間だが、どうしても憎めない、なぜかまわりを楽しませる、そんな人を社会が許容していたのでしょう。

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