≪脚色≫
夏の風景
特別編(上)平和と温もり(1)
登場人物
湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
湧水恭一 ・・父 (会社員)[38]
湧水未知子・・母 (主 婦)[32]
湧水正也 ・・長男(小学生)[8]
N ・・湧水正也
その他 ・・丘本先生、生徒達、猫のタマ、犬のポチ
1.湧水家の遠景 昼
タイトルバック
屋根の上の青空に広がる遠い入道雲。蝉しぐれ。
2.洗い場 昼
麦わら帽子を被り、水浴びする正也。日蔭で涼むタマとポチ。湧き水の涼風が流れる日蔭で心地よく眠るタマ。正也を、『元気なお方
だ…』と云わんばかりに見遣るポチ。灼熱の太陽。蝉しぐれ。
N 「また夏がやってきた。そんなことは云わなくても巡ってくるのが四季なのだし、夏なのである。じいちゃんが剣道で僕に云う、
“自然体”って奴だ。…少し違うような気もするが、まあ、よしとしよう」
恭之介が現れる。上半身の着物を脱ぎ、手拭いを湧水に浸けで拭く恭之介。
恭之介「ふぅ~! 生き返るなぁ…(しみじみと漏らし)」
各自、冷水を堪能する二人。
タイトル「夏の風景 特別編(上) 平和と温もり」
3.台所 昼
四人が食卓テーブルを囲み西瓜を食べている。テーブルに乗る切り分けられた俎板上の西瓜。賑やかに展開する家族の雑談。
恭之介「昔は三十度を超えりゃ、この夏一番のナントカとか云っとったんだがなあ、ワハハハハハ…」
豪快に笑い、西瓜を頬張る恭之介。細々と一切れに噛りつく恭一。
恭一 「そうですねぇ。真夏日は、確かあったようですが、猛暑日というのは、なかったですから…。当時は涼しかったですよね」
未知子「ええ、そういえば、以前は日射病って云ってましたわ。今は熱中症とかで大騒ぎ(西瓜を手にして)」
恭之介「はい…。未知子さんの云う通りです」
N 「今日も見たところ、じいちゃんは母さんに“青菜に塩”である。夏休みの到来は、今年も僕に恩恵を何かにつけて与えてくれそ
うである。その予兆が先だっても湧き上った」
台所に掛かっている━ 極 上 老 麺 ━ の額(がく)。
O.L
4.(回想) 台所 朝
O.L
台所に掛かっている━ 極 上 老 麺 ━ の額(がく)。
朝食を慌ただしく食べ終えた恭一が、席を立つ。腕時計を見つつ、出勤時間を気にしつつ玄関へ向かう恭一。
未知子「あらっ? あなた、ネクタイは?」
立ち止まって、振り返る恭一。
恭一 「ん? クール・ビズだからネクタイはいいんだ」
未知子「あら、そうだったわ…」
N 「父さんの会社も半袖ワイシャツにノーネクタイの所謂(いわゆる)、エコ通勤へと切り替わった。汗掻きの父さんは大層、喜んで
いる」
5.(回想) 玄関 内 朝
慌ただしく靴を履く恭一。通りかかり、立ち止まる恭之介。玄関へ出てきた登校する正也。
恭之介「なんか…お前の格好は腑抜けに見えるな」
恭一 「…」
一瞬、二人を見遣る正也。黙って戸外へ出る恭一。靴を履く正也。
N 「父さんは口を噤(つぐ)んで、敢えて反論しようとはしない。反論すれば必ず反撃さる…と、読んでいる節がある。縁台将棋で二
手先を必死に読む程度の父さんにしては大したものだ」
台所へと消える恭之介。玄関を出ようとする正也。外から引き返した恭一が戸を開ける。犬小屋のポチが、『何事だ! 朝っぱらから
…』と云わんばかりに、薄目を開けて、ワン! と、ひと声、小さく吠え、また目を閉じる。
恭一 「おいっ! 正也、まだ。いるかっ?!(少し怒り口調の大きめの声で)…おお、いたか。(冷静になって)この前、云ってたラジコ
ン模型な。ボーナスが出たら夏休みに買ってやるからなっ!(少し威張り口調で)」
正也 「うん! 有難う。楽しみにしてる。じゃあ、遅刻するから、もう行くよ!」
恭一 「おっ? おお…(拍子抜けして)」
戸外へ出る正也。ポチが小さく、クゥ~~ンと鳴く。
6.(回想) 玄関 外 朝
家から遠ざかる正也の歩く姿。
N 「まあこのような、僕にとっては恩恵を与えてくれそうな幸先がいい予兆だった。しかし半面には、夏休みが始まっても買って貰
えないといった不吉な事態も有り得る訳で、油断は禁物なのだった」
7.(回想) 学校 昼
正也の教室の授業風景。教壇に立つ丘本先生がホーム
ルームで何やら話している。生徒達の中にいる正也。
N 「自慢する訳ではないが、僕は校内トップか二番の好成績で、丘本先生に見込まれているのだ。両親とも、そのことは知ってい
るから、成績のことは諄々(くどくど)とは云わない。但し、母さんは、勉強しなさい…とは口癖のように云うのだが…。好成績
でも、これだけは別で、母心としては、やはり安心出来ないのだろう」
≪つづく≫