残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《剣聖②》第十六回
「ああ…どうも。お心遣い、痛み入ります」
「蟹谷様がお見えになる迄、ふた時以上ございますから、お部屋でごゆるりとなさいまし」
物腰柔らかく、そうとまで勧められては、左馬介も次第に、そうしようか…と思うに至った。
「有り難う存知ます」
直ぐには立たず、喜平にそうとだけ礼を云うと、左馬介は未だ座したままの姿勢で動かなかった。
「今日、来られることをよく御存知で…」
「はあ、飽く迄も私の感でしたが、小僧さんに五の日は来られるとお聞きし、まぐれも当たるものだと…」
「へえ、さようで…」
それ以上は諄(くど)く訊かず、左馬介へ軽く一礼すると、喜平は店内へと戻っていった。
左馬介が喜平の云った部屋で待とう…と、床机を立ったのは、半時ばかり経った頃である。とは云っても、蟹谷が千鳥屋へ顔を出すと思われる昼過ぎ迄は、未だふた時、弱はあった。左馬介は一端、店の入口へと戻り、雪駄を脱ぐと踏み板から敷居へと上がった。