残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《剣聖②》第二十六回
左馬介は━ 弱ったな… ━ と、空を眺めた。生憎(あいにく)、早朝は降る気配が全くなく、雨傘を持たずに道場を出たのである。ぽつり、ぽつりと降り出したのは、それから間もなくである。左馬介は慌てて小間物屋の軒へと駆け込み、身を潜めた。瞬く間に本降りとなった雨は、滝のように流れ落ち、地面を激しく叩く。雪駄履きの足袋を雨滴の容赦ない跳ね返りが冷たく濡らす。だが、今となっては仕方がない。小降りになるまで待つ以外、手立てがない左馬介であった。
幸いにも雲の流れは早く、流れの反対側の空は明るかった。
小降りになり、空が明るさを取り戻した頃合いをみて、左馬介は走り出した。とは云え、思うように早くは走れない。今し方、立ち寄った腰掛け茶屋まで走り、ひとまず軒で呼吸を整える左馬介であった。
その時、先ほど盆を運んだ娘が店奥から番傘を手にして現れた。
「お困りのご様子。宜しければ、この傘をお持ちになって下さいまし。返しは、いつでも結構でございますから…」
ハッとしてその声に振り返り、左馬介は黙って娘の言葉に聞き入った。