「ウクライナ動乱 ソ連解体から露ウ戦争まで」松里公孝(ちくま新書1739)には、「ミンスク合意」に関わって、見逃すことのできない記述が多々あります。そのなかから、いくつかピックアップしますが、ウウライナ戦争が始まったとき、こうした合意について取り上げる主要メディアはなかったと思います。
逆に、メディアに登場した専門家といわれる学者や研究者、ロシアに関わりのある人たちは、ウクライナ戦争は、プーチンが大ロシアやソビエト連邦に固執し、ウクライナを征服・占領する目的で始めたというような言説を広めたと思います。そうした話を、私は何度も聞きました。
でも、”2015年に締結された内容の「ミンスク合意」は実施する気がない”、とゼレンスキー大統領は明言していたのです。ウクライナ側にも、それなりの言い分があったのでしょうが、一方的なその発言は、ウウライナ戦争につながる重大な発言だったと思います。また、ゼレンスキー大統領のこの言葉は、アメリカとの合意がなければ考えられない言葉だったと思います。だから、ゼレンスキー大統領による「ミンスク合意」の否定も、ウクライナ戦争は、プーチン政権を転覆するために、アメリカを中心とする西側諸国が仕組んだ戦争だ、と私が考える理由のひとつなのです。
〇 ミンスク合意1は、2014年9月5日にウクライナ、ロシア、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国の間で調印されました。この合意は即時停戦、捕虜の交換、ウクライナとロシアの国境地帯にセキュリティゾーンを設置することなどを含んでいましたが、停戦は長続きしませんでした。
〇 ミンスク合意2は、2015年2月11日にドイツとフランスの仲介で調印されました。この合意では、停戦の再確認、重火器の撤退、ウクライナの東部地域に特別な自治権を付与することなどが含まれていました。しかし、この合意も完全には履行されず、紛争は続きました。
〇 プーチン政権が露ウ戦争を正当化した論拠は主に二点あった。ひとつはウウライナとNATOの協力関係の深化がロシアの安全保障にとって脅威であること、もうひとつは、ミンスク合意が実施されず、ドンバスでの「ジェノサイド」が続いているということであった。
〇 露ウ戦争開始後であったが、ペトロ・ポロシェンコ前ウクライナ大統領は、「ミンスク合意は強力なウクライナ軍を育てるための時間稼ぎだった」と公言した。メルケル前ドイツ首相も、同様の回想をした。
この件に関して、Wikipedia には、下記のようにあります。
”2022年12月7日、ドイツの『ツァイト』誌に掲載されたインタビューのなかで、ドイツのアンゲラ・メルケル前首相が、「2014年のミンスク合意は、ウクライナに時間を与えるための試みだった。また、ウクライナはより強くなるためにその時間を利用した」と述べた。そして、ミンスク合意やミンスク2によって時間を稼いだことにより、ロシア側からの侵略は度々あったものの、アメリカを始めとする西側諸国からの様々な軍事的支援を受け取ったり、ウクライナ軍やウクライナ国家親衛隊に対し軍事訓練を施したりすることが可能となった。”
〇 ゼレンスキーはドンバス和平問題について、大統領選挙(2019年3月)の時の公約を守らなかったとよく言われるが、ミンスク合意についてはそうではない。彼は大統領選挙前からミンスク合意には懐疑的であり、むしろ、ミンスク合意に効果がないことは明白なのにポロシェンコ政権がこれといった新手を打っていない事を批判したのである。選挙に勝つと彼は直ちに「ミンスク合意のリセット」を提唱した。
秋頃までにはリセットの全貌が明らかになるが、ウ露国境管理の回復を先に行ってから人民共和国内の地方選挙を行う(シュタインマイヤー定式の逆)、ドンバスに特別な地位を与えるための憲法改正はせず、ウクライナ内地で行っている分離改革で十分、人民共和国の指導者ほかの恩赦はしないというものだった。
要するに、ウクライナ右翼の主張を受け入れてミンスク合意を全面否定したもので、内容上の新味はない。ここでもまた、国内党派政治の延長で外交をやっているのである。
こうした「ミンスク合意の否定と並行して、ゼレンスキーは、ロシアの傀儡に過ぎない人民共和国指導者とは会わない。人民共和国指導部は相手にしないという姿勢を鮮明にした。この点では、人民共和国と矛を交え、みずから停戦協定(ミンスク合意)に調印したポロシェンコよりも徹底していた。
〇 ゼレンスキーの大統領就任後も、人民共和国の民間家屋や施設に対する砲撃は続き、死者が途切れることはなかった。この頃のゼレンスキーは、軍への指導権を確立しておらず、人民共和国への「反撃」については現地司令官の判断に任せていた。
ゼレンスキーはミンスク合意への懐疑を表明すると同時に、ノルマンディー・フォーマット(四首脳会談)に引き継ぎつつ、それを米英土の参加で拡大することを要求した。当面は四首脳会談を実現することに全力をあげ、捕虜交換や、境界線三地点での兵力引き離しなどの実績を積み、2019年12月のパリ首脳会談に漕ぎつけた。
ここでゼレンスキーは、2015年に締結された内容のミンスク合意は実施する気がないことを明言した。生真面目に原稿を読み上げるプーチンの横で、ゼレンスキーがにやにや笑っている姿が全世界に放映された。
2020年4月1日付けの『ウォール・ストリート・ジャーナル』の記事は、このパリ首脳会談でのゼレンスキーの態度表明が、プーチンが対ウクライナ戦争に舵を切ったきっかけになったとしている。
下記は、その「ミンスク合意2」(2015年2月12日)の英文と機械翻訳です。
Full text of the Minsk agreement
Translation of Russian document produced after 16 hours of talks
After 16 hours of talks in the Belarusian capital Minsk the leaders of Germany, France, Ukraine and Russia agreed to a ceasefire. The ‘following is the official English version of the agreement.
Package of Measures for the Implementation of the Minsk Agreements
ミンスク合意の全文
16時間の会談を経て作成されたロシア語文書の翻訳
ベラルーシの首都ミンスクでの16時間の会談の後、ドイツ、フランス、ウクライナ、ロシアの首脳は停戦に合意した。
以下は、契約の公式英語版です。
ミンスク合意の実施のための措置パッケージ
1. Immediate and comprehensive ceasefire in certain areas of the Donetsk and Luhansk regions of Ukraine and its strict implementation as of 15 February 2015, 12am local time.
1. ウクライナのドネツク州とルハンスク州の特定の地域における即時かつ包括的な停戦と、2015年2月15日現地時間午前12時時点の厳格な実施。
2. Withdrawal of all heavy weapons by both sides by equal distances in order to create a security zone of at least 50km wide from each other for the artillery systems of caliber of 100 and more, a security zone of 70km wide for MLRS and 140km wide for MLRS Tornado-S, Uragan, Smerch and Tactical Missile Systems (Tochka, Tochka U):
-for the Ukrainian troops: from the de facto line of contact;
-for the armed formations from certain areas of the Donetsk and Luhansk regions of Ukraine: from the line of contact according to the Minsk Memorandum of Sept. 19th, 2014;
The withdrawal of the heavy weapons as specified above is to start on day 2 of the ceasefire at the latest and be completed within 14 days.
The process shall be facilitated by the OSCE and supported by the Trilateral Contact Group.
2 口径100以上の大砲については、互いに少なくとも50km幅の安全地帯を設け、多連装ロケット発射装置(MLRS)70km、MLRSトーネード-S、ウラガン、スメルチ、戦術ミサイルシステムは14okmの安全地帯を設ける。
-ウクライナ軍の場合は事実上の接触線から。
-ウクライナのドネツクおよびルハンスク地域の特定の地域の武装フォーメーションについては、2014年9月19日のミンスク覚書に従って接触線から。
上記の重火器の撤退は、遅くとも停戦の2日目に開始され、14日以内に完了する。
このプロセスは、OSCEが推進し、三極コンタクト・グループが支援する。
3. Ensure effective monitoring and verification of the ceasefire regime and the withdrawal of heavy weapons by the OSCE from day 1 of the withdrawal, using all technical equipment necessary, including satellites, drones, radar equipment, etc.
3. OSCEによる停戦体制と重火器の撤退に関する効果的な監視と検証は、衛星、無人機、無線測位システムなどの必要な技術的手段を用いて、撤退の初日からおこなわれます。
4. Launch a dialogue, on day 1 of the withdrawal, on modalities of local elections in accordance with Ukrainian legislation and the Law of Ukraine “On interim local self-government order in certain areas of the Donetsk and Luhansk regions” as well as on the future regime of these areas based on this law.
Adopt promptly, by no later than 30 days after the date of signing of this document a Resolution of the Parliament of Ukraine specifying the area enjoying a special regime, under the Law of Ukraine “On interim self-government order in certain areas of the Donetsk and Luhansk regions”, based on the line of the Minsk Memorandum of September 19, 2014.
4. 撤退後初日には、ウクライナの法律とウクライナ法「ドネツク州とルハンスク州の特定の地区における地方自治の暫定的な秩序について」に則った地方選挙の実施方法や、上記の法律に基づくこれらの地区の将来についての対話を開始する。
この文書の署名日から30日以内に、決議は、法律に従って特別政権の下に該当する領土を示すウクライナの最高議会によって承認される。"ドネツク州とルハンスク州の特定の地区における地方自治の暫定自治命令について”に従って、2014年9月19日付けのミンスク覚書によって設定されたラインに基づくものとする。
5. Ensure pardon and amnesty by enacting the law prohibiting the prosecution and punishment of persons in connection with the events that took place in certain areas of the Donetsk and Luhansk regions of Ukraine.
5. ウクライナのドネツク州とルハンスク州の特定の地域で起こった事件に関連して、人の訴追と処罰を禁じる法律を制定することにより、恩赦と特赦を確保すること。
6. Ensure release and exchange of all hostages and unlawfully detained persons, based on the principle “all for all”. This process is to be finished on the day 5 after the withdrawal at the latest.
6. 「みんながみんなのために」の原則に基づき、すべての人質と不法に拘束された人の解放と交換を行うこと。このプロセスは、遅くとも(武器の)撤退後5日目に終了しなければならない。
7. Ensure safe access, delivery, storage, and distribution of humanitarian assistance to those in need, on the basis of an international mechanism.
7.国際的なメカニズムに基づき、人道支援を必要とする人々への安全なアクセス、提供、保管、配布を確保すること。
8. Definition of modalities of full resumption of socio-economic ties, including social transfers such as pension payments and other payments (incomes and revenues, timely payments of all utility bills, reinstating taxation within the legal framework of Ukraine).
8.年金の支払いやその他の支払い(収入と収益、すべての公共料金のタイムリーな支払い、ウクライナの法的枠組み内での課税の復活)などの社会的移転を含む、社会経済的結びつきの完全な再開のモダリティの定義。
この目的のため、ウクライナは、紛争の影響を受けた地域における自国の銀行システムの部分の管理を回復し、場合によってはそのような移転を促進するための国際的なメカニズムを設立する。
9. Reinstatement of full control of the state border by the government of Ukraine throughout the conflict area, starting on day 1 after the local elections and ending after the comprehensive political settlement (local elections in certain areas of the Donetsk and Luhansk regions on the basis of the Law of Ukraine and constitutional reform) to be finalized by the end of 2015, provided that paragraph 11 has been implemented in consultation with and upon agreement by representatives of certain areas of the Donetsk and Luhansk regions in the framework of the Trilateral Contact Group.
9. 地方選挙の翌日から始まり、2015年末までに完了する予定の包括的な政治解決(ウクライナ法と憲法改正に基づくドネツク地域とルハンスク地域の特定の地域での地方選挙)の後に終了する、紛争地域全体にわたるウクライナ政府による国境の完全管理の回復。 ただし、第11項は、三極コンタクト・グループの枠組みにおいて、ドネツク地域及びルハンスク地域の特定の地域の代表者と協議し、かつ、その合意に基づいて実施されたものである。
10. Withdrawal of all foreign armed formations, military equipment, as well as mercenaries from the territory of Ukraine under monitoring of the OSCE. Disarmament of all illegal groups.
10. OSCEの監視下にあるウクライナの領土からのすべての外国の武装組織、軍事装備、および傭兵の撤退。すべての違法集団の武装解除。
11. Carrying out constitutional reform in Ukraine with a new constitution entering into force by the end of 2015 providing for decentralization as a key element (including a reference to the specificities of certain areas in the Donetsk and Luhansk regions, agreed with the representatives of these areas), as well as adopting permanent legislation on the special status of certain areas of the Donetsk and Luhansk regions in line with measures as set out in the footnote until the end of 2015.
11.ウクライナにおける憲法改正を実施し、2015年末までに新憲法が発効し、地方分権化を主要な要素として規定し(ドネツク地域及びルハンスク地域の特定の地域の特異性への言及を含み、これらの地域の代表者と合意)、ドネツク及びルハンスク地域の特定の地域の特別な地位に関する恒久的な法律を採択するとともに、以下の措置に沿って脚注は2015年末まで。
12. Based on the Law of Ukraine “On interim local self-government order in certain areas of the Donetsk and Luhansk regions”, questions related to local elections will be discussed and agreed upon with representatives of certain areas of the Donetsk and Luhansk regions in the framework of the Trilateral Contact Group. Elections will be held in accordance with relevant OSCE standards and monitored by OSCE/ODIHR.
12.ウクライナ法「ドネツク州及びルハンスク州の特定地区における地方自治の暫定的な命令について」に基づき、地方選挙に関する事項については、三者コンタクトグループの枠組みの中で、ドネツク州及びルハンスク州の特定の地区の代表者と協議し、合意する。選挙は、関連するOSCE基準に従って実施され、OSCE/ODIHRによって監視されます。
13. Intensify the work of the Trilateral Contact Group including through the establishment of working groups on the implementation of relevant aspects of the Minsk agreements. They will reflect the composition of the Trilateral Contact Group.
Participants of the Trilateral Contact Group:
Ambassador Heidi Tagliavini___________________
Second President of Ukraine, L. D. Kuchma___________________
Ambassador of the Russian Federation
to Ukraine, M. Yu. Zurabov___________________
A.W. Zakharchenko___________________
I.W. Plotnitski___________________
13.ミンスク合意の関連側面の実施に関する作業部会の設立等を通じて、三者コンタクト・グループの作業を強化する。これらは、三極コンタクトグループの構成を反映する。
三者コンタクトグループの参加者:
ハイディ・Tagliavini___________________大使
ウクライナ第2代大統領、L.D.Kuchma___________________
ロシア連邦大使
ウクライナへ、M.ユー。Zurabov___________________
A.W.Zakharchenko___________________
I.W.Plotnitski___________________
その実態は依然として明らかにはされていないが、プーチンは知っていた。残念なことに依然として東部のロシア系住民の声が報道されていない。
この問題のカギは東部のロシア系住民の声である。プーチンはやりすぎであるという。そうかもしれない。
プーチンの肉声から彼がユダヤ系住民に寛容なのを知っている、私はそれがどこから来るのか不思議だ。彼はユダヤ系住民について何か知っている。それは彼の人生の中にあるようだ。
彼が言うネオナチという言葉は彼の怒りだ。
ゼレンスキーは今も分かっていない。
コメントありがとうございます。
>この問題のカギは東部のロシア系住民の声である。
東部のロシア系住民の声を無視するメディアは、偏向していると私は思っています。
>プーチンの肉声から彼がユダヤ系住民に寛容なのを知っている、私はそれがどこから来るのか不思議だ。彼はユダヤ系住民について何か知っている。それは彼の人生の中にあるようだ。
彼が言うネオナチという言葉は彼の怒りだ。
ナチスに殺害されたソ連国民の多くがユダヤ人であったというプーチン大統領の考え方と関わりがあるのではないでしょうか?