真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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天皇の戦争責任 無視された新庄(対米諜報員)レポート

2010年09月07日 | 国際・政治
 御前会議(1941.9.6)において期限つきの開戦決意を決定した後、日米交渉について「今尚妥協の望みあり」とする近衛首相と開戦に踏み切るべきだとする東条陸相が対立した。天皇は、意見の不一致を理由に提出された近衛首相の辞表を受理するとともに、局面打開のために皇族内閣をつくろうとする動きを封じ、東条を次期首班に任命した。天皇は「開戦すれば日本は負ける」と明言した対米諜報員 、新庄陸軍主計大佐の報告を事実上無視するなど、冷静な判断ができなくなっていた戦争指導部の面々と、彼等を代表する開戦論者の東条陸相を支持したのである。天皇と政府首脳や重臣(首相経験者)との対米交渉(対米開戦)に関する懇談では、重臣の「3分の2が対米忍苦現状維持、3分の1が対米開戦まむなし」(「杉山メモ」)であったという。「日米開戦五十年目の真実ー御前会議はカク決定ス 」斎藤充功(時事通信社)から新庄レポートの一部と関連部分を抜粋する。
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            第8章 「対米諜報員ニ任ズ」

 9月4日の陸軍省課長会議で、佐藤賢了軍務課長は「元来外交交渉(対米)は今春以来某経路を通じ実施あり。これについては陸軍においても、相当の批難の声あり」(前掲 陸軍省業務日誌)と発言しているが、その某ルートの交渉とは前述のように前軍事課長、岩畔豪雄陸軍大佐と産業組合中央金庫理事の井川忠雄が、非公式に米国側のウォーカー郵政長官と米国メリノール派海外伝道教会のウォルシュ司教とドラウト神父の3人に接触して、水面下で日米了解案の交渉を進めていたことを指摘したものだが、岩畔は東条の選任で、野村吉三郎駐米大使(海兵26)の補佐役として昭和16年(1941)3月10日、日本郵船の竜田丸で米国へ出発した。


 そして、その同行者のなかに別の使命を帯びた45歳の主計将校がいた。それが新庄健吉主計大佐で、かれは前職の陸軍経理学校教官を前年12月に免ぜられ、新たに参謀総長直々の命令で、「米国陸軍駐在員」を命ぜられた。が、辞令には「対米諜報員ニ任ズ」と極秘のスタンプが押されてあった。
 新庄はスパイとして米国に派遣を命ぜられたわけだが、目的は軍事スパイというよりも、リサーチが主な仕事で米国の国力分析をすることであった。


 ・・・

 新庄がニューヨークに滞在した期間は、昭和16年(1941)4月8日から10月5日までの181日間であったが、調査したデータは7月中に第1次報告として「米国国力見積」が完成していた。その間休むことなく働きづめであったというが、ニューヨークを離れる前日、支店(三井物産ニューヨーク支店)の日本人社員日本倶楽部に招待して慰労したそうだ。そして新庄は講演している。

  「新庄さんのあの時の講演は、調査の結論を話したんですね。それは、日米の国力差は”1対20”だと確信のある言葉でした。その数字の根拠は、われわれもデータ集計でお手伝いしていたので理解できましたが軍人の新庄さんが、開戦すれば日本は負けると明言したわけですから驚きました」

 新庄の対米認識は次のようなものであった。
 「日米両国の工業力の比率は、重工業において1対20、化学工業において1対3、である。戦争がどのように進展するとしても、この差を縮めることが不可能だとすれば、少なくともこの比率は常時維持されなければならない。そのためには
戦争の全期間を通じ、米国の損害を100パーセントとし、日本側の損害は常に5パーセント以内にとどめなければならない。日本側の損害がもしそれ以上に達すれば、1対20ないし1対3の比率をもってする戦力の差は絶望的に拡大する」

 ニューヨークでの半年間の生活は、新庄の肉体を蝕み、体力は限界に達していた。日本倶楽部での講演を終えた翌日からは、エンパイアステートビルに出勤することもなく、宿舎のオルリータ・マンションに引きこもる日が多かったという。だが、10月以降の新庄の行動はミステリアスであった。
 7月に完成した新庄レポートは、日米了解案の交渉を担当した前出の岩畔に託され、参謀本部に届けられた。岩畔談話速記録には、「昭和16年8月、ワシントン発帰国の途についた私に託された彼の第1次調査結果の要点は次のようなものであった。ここに掲げる数字は新庄大佐の報告書から抜粋したものである」
 報告の一部とは次の数字であった。


   主要項目          米国         日本の比率
   鉄鋼生産量         9500万トン       1対20
   石油生産量        11000万バーレル   1対数百
   石炭生産量        50000万トン      1対10
   電   力           1800万キロワット  1対6
  アルミニューム計画量     85万トン      1対3
               実績量  60万トン      1対6
   航空機生産機数        12万機       1対8
   自動車生産台数       620万台       1対50
   船舶保有量         1000万トン      1対2
   工場労働者         3400万人       1対5


 そして、新庄が三井物産の協力を得て、心血を注いでまとめたレポートは、岩畔の手で戦争指導部に報告された。
 彼の調査成果は、彼の委嘱にもとづいて私が昭和16年8月中旬から下旬にかけて近衛総理、陸軍首脳部、海軍首脳部、宮内省首脳部(内大臣、宮内大臣、侍従長、および侍従武官長)、豊田外務大臣らに直接面会して披露すると同時に、宮中で開催されていた大本営連絡会議(ママ)に出席して、約1時間半にわたって委細説明したのであるが、新庄大佐によって調べられた資料が、私の無力なせいもあって、文武首脳者の頭を切換えさすに至らなかったことは、かえすがえすも痛恨の極みであった」


 だが、岩畔が述懐しているように、戦争指導部は新庄レポートに耳を貸そうとはしなかった。特に軍部は、対米戦に傾斜していく姿勢を強めていたがため、米国の国力評価などより、日本の物資動員計画を気にしていたのである。

 ・・・(以下略)

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