小さな庭

デジタルな仕事について20数年、だからという訳でもありませんが、アナログな世界に惹かれます。

吾妻山の早咲き菜の花

2020-02-10 | ウォーキング

今日は蕗の薹の日だそうです。日付が「ふ(2)きのとう(10)」と読む語呂合わせからきているようですが・・・
どれどれ我が家の裏庭にある蕗の様子はと見に行くと、まだ芽吹いたばかりで堅い蕾でしたが五つほど可愛い芽を確認できました。



立春を迎えて春の兆しかと思えた先週、冬将軍が舞い降りて厳しい寒さが2,3日続きました。ただ、それだけに空は青く澄んで、昨日は雲ひとつない快晴でした。この青空に、二宮町の吾妻山の早咲きの菜の花の様子を見に友人たちとでかけました。

標高136メートルの山頂へは駅前の吾妻山公園入口から
およそ300段の階段を登って行くと30分ほどで山頂に着きます。

期待通りに遠くに真っ白い富士山、360度の眺望が開けています。
富士山の右側には丹沢の山が、左には可愛く突き出た金時山


そして連なる箱根の山々、伊豆半島までくっきりと
青い空はそのまま相模湾の紺碧の海に


すっかり、吾妻山公園の看板娘となった猫「チャーミー」
主人とリードをつけて登ってくるのだそうです

ランチは、地元の干物やさんが経営している食堂でお刺身のついたランチを(写真は撮り忘れましたが)リーズナブルな値段でとても美味しかったです。
午後は、明治から昭和のジャーナリストであり政治家だった徳富蘇峰記念館のある梅園に寄りました。この記念館は徳富蘇峰、晩年の秘書を務めた塩崎彦一氏が建設したもので、蘇峰自身は晩年を熱海で過ごしたようです。

梅園は老梅が多く、中にはNHK「美の壺」で疎痩横傾(そそうおうしゃ)の傾きと紹介された老梅もありました。

秋の台風でほとんど根っこごと倒れてしまってもなお枝に花をつけ
切り株を残したまま咲く梅もあり
200年から300年もの長い間生き続けた老梅の強さを感じました。

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やっぱり暖冬 梅の開花

2020-02-02 | ウォーキング

あぁー、もう2月になってしまいました。長男の一時帰国に合わせてお正月を2回もやってしまったので(お年玉を渡し損ねていた孫に渡したり、お正月料理を食べていない息子に簡単なお節を用意したり)、気が付いたら2月でした。

新型コロナウイルスの感染は日々広がりを見せ、中国ではすでに1万人を超えているそうです。確かにまだ原因がわからない新型ウィルスは怖いですが、心配していたのはやはり心無いデマです。中国人などに対する誹謗中傷やデマが広がっているようで、心配なことが現実になってきたなという感じがします。一日も早く終息してほしいと思います。

昨日は都内に出かける用事があったので、少し早めに自宅をでて、飯田橋の小石川後楽園の庭園に梅の咲き具合を観てきました。

やはり暖冬影響でしょうか。
梅は2月の立春を待たずにほころび始め、梅園はいい香りが漂っていました

35種類、約90本の梅の木のうち、およそ10種類が咲き始めているようです


約400年前水戸光圀によって徳川家の屋敷内に作られた
築山泉水回遊式の庭園(大名庭園)



大泉水と雪吊りの松
もちろん雪はなく、周りの木も青々と池も水温み、春の気配が・・・

 

 

 

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初釜と初ウォーキング

2020-01-18 | ウォーキング

今冬は記録的な暖冬だそうです。私もコートを羽織らずに外に出てしまったり、手袋もこの冬はほとんどしていません。冬本番にも関わらず、スキー場の雪不足は深刻で営業できないところも出ているようです。

でも、今日は小雪も舞って寒いです。久しぶり冬らしい冬を実感しました。雪国は恵みの雪となりますように!

先日、娘の初釜にお茶の先生から私にも声がかかり、久しぶりにお茶席に行ってきました。
一度は始めたお茶の稽古も帛紗さばきから茶杓の扱い、茶筅通し、お茶を点てるまで一連の操作を右手で行うために、サウスポーの私はなかなか上手にならず1年ほどで挫折してしまいました。


そんなわけでお茶席はちょっと敷居が高かったのですが・・・、
久しぶりに緊張感の中で、いい時間を持つことができました。

 

昨年から、大和市から藤沢市の相模湾にそそぐ全長21.3キロメートルの引地川を3回に分けて歩きましたが、3回目の先週は源流のある大和市上草柳の水源地に到達しました。

小田急江ノ島線高座渋谷駅から15分ほど歩くと引地川にでます。
5Kmの両岸に1000本ほどの桜が植えられて千本桜と呼ばれる桜の名所にもなっています。

桜の時期に何度か訪れたことがあるのですが、引地川にかかる桜のアーチが
素晴らしかったことを憶えてています。
この季節は桜並木も長い影となって、土手に黒い影を落としていました。

上流に近づくと水深も浅く、澄んでいてとても綺麗でした。水鳥も気持ちよさそうでした。


引地川の水源は大和市上草柳の谷戸一帯を水源地帯とし、付近の森林より谷戸の地下へと
流れて自然湧水となり、調整池を経て、引地川に流れ込んでいます。

水源地一帯の森林地が泉の森公園で、広く深くこれらを散策道が結んでいます。この季節はフカフカの落ち葉が足元を覆っていましたが、夏はこんもりと深い森になるのだろうと思います。また是非訪れたい森でした。

 

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私のお正月は

2020-01-06 | ウォーキング

2020年が明けてすでに6日!遅ればせながら明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。

穏やかなお正月でした!箱根駅伝も青学が往路も復路もリードを守り切って優勝でした。我が家は3区の中継所に比較的近いのでとても盛り上がるのですが、悲しいかな!お正月時の主婦は忙しくてなかなか集中して応援ができません。

今年は長男家族が海外駐在だし、娘家族も嫁ぎ先の実家で新年を迎えたので、
我が家は次男家族の4人と私たち計6人で迎えました。今年の男子が握るお寿司は夫と次男が握り、
幼子は食べないし、大人4人では握る男子もちょっと楽だったのでは・・・。

翌日は初詣がてら、2歳の孫と野毛山動物園に行きました。動物たちもお正月気分でしょうか。
なにかのんびりと日向ぼっこしたり、ライオンや虎などは猛獣であることを忘れたように
リラックスして昼寝していました。


いつ来てもこの野毛山動物園は珍獣や変わった生き物はいないけれど、
私の子供の頃に親しんだ動物園にも似て、とても懐かしい感じがします。

結局、初詣はいつもの鎌倉鶴岡八幡宮に昨日行ってきました。


ちょうど除魔神事の祭事にぶつかり大変な人出でした。
舞殿では、神聖な雅楽の音色の中、神職による祭儀が行われていました。

その後、直径156センチもある大きな的の裏に「鬼」の文字を書き
約27メートル離れたところから射抜いて魔を払うという除魔神事がおこなわれていました。
人垣が二重にも三重にもあり、その隙間からわずかに見えただけでした。

今年も健康で平穏な一年でありますように!手をあわせてきました。

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良い新年をお迎えください。

2019-12-30 | ガーデニング

今年もあと一日となりました。この年末はすでに年賀状の投函も終わって、順調な滑り出しと思っていたのですが、買い物に出かけては(メモしてでかけているにも関わらず)必ず買い忘れがあって、余計に暮れのアタフタさに拍車をかけています。

ただ先日、黒豆を少し余裕を持って作りました。煮汁に浸すこと一晩、翌日コトコト弱火で煮ること7時間。蓋を開ければ皺のないふっくらとした黒豆の完成!今年の出来は大満足でした。


ところで来年こそ、時間に追われるアクセクした生活から脱皮して、余裕を持った生活をと思ったのですが、
考えれば黒豆を煮る如く、丁寧にじっくり時間をかけて物事にあたれば、結果はついてくるのではないかなんて・・・

今年の不順な天候を反映してか、生垣の山茶花の咲き方がどうも不揃いのような気がします。

例年ですと、暮れに満開になってハラハラと落ちる花弁の掃除に追われるのに
満開になるのは、年を超えるのでしょうか。

子供の頭ほどもある獅子ゆず(鬼ゆず)を見つけました

この獅子ユズは縁起物と言われています。
実が大きいところから、実入りが大きい、転じて千客万来の縁起物として飾られるのだそうです。

今年も不定期なブログにお付き合いいただきありがとうございました。
今年は大きな自然の災害に見舞われましたが、来年は穏やかな一年でありますように!
どうぞ、来年もまたよろしくお付き合いください。良い新年をお迎えください。

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年末ですが・・・

2019-12-22 | ガーデニング

いよいよ2019年も押し迫ってきました。と、言っても何から手を付けたらいいのか、ただ後2週間、後10日とカウントダウンはしているのですが、さらに年末が押し迫ってくると、新年になっても別に昨日と今日は変わらないなどと開き直り、そうなると気分的にも諦めというか落ち着いてくるのですが・・・。

今年は我が家では人間と同様に家も古くなって、いろいろなところが修理や買い替えが必要になりました。最近ではは洗面所の水道栓のパッキングが緩み、水滴がポトポトと絶え間なく落ちて、24時間でこの赤いポット2杯、ペットボトルに移すと1000ccのペットボトル1本、微量なのですがなぜかこのペットボトル1本分がもったいなくて、溜めてはキッチンに運んでお料理時に使っています。すでにこの水道栓の型番は製造されておらず、今工務店に別のメーカーのものを探してもらっているところですが、年が明けてからの修理になりそうです。



ポト・ポト・ポト・・・12時間でいっぱいに 

                                珠ふうらん

例年ですと、すでに庭にパンジーなど冬越しの花の植栽が終わっているのですが今冬はまだその準備もしていません。

           頂いたシクラメン2鉢が見事に咲いています。

2年ほど前に友人から株分けしてもらった「珠ふうらん」が、2つ花径を伸ばし咲き出しました。
直径3センチほどの小花ですが、日毎に色濃くなっています。
もうひとつの蕾もまもなく咲き出すと思います。楽しみです。

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シニア世代の働き方改革?

2019-12-07 | ウォーキング

横浜でも今朝は初雪が降ったそうです。暖冬と言われて冬支度もそこそこにして過ごしていると、今朝みたいな寒さに震えあがってしまいます。

先週、久しぶりに私の兄妹とその連れ6人で忘年会がてらランチを新宿でとりました。私は末っ子なので、長兄はすでに7代の半ば、少しずつ身体の不調はあるものの、なんとか元気に顔合わせができました。健康の話、趣味の話など、時間を忘れて楽しいひとときを過ごしたのですが、私が驚いたのは長いサラリーマン生活の中でほとんど家事などしなかった兄がリタイア後は3度の食事の後片付けを兄がやっているとのこと、我が家でも夫が在宅している時はお昼ご飯の支度と跡片付けは夫の家事として久しいのですが、あの兄が家事に参入しているとは・・・世の中この4月から施行された「働き方改革」で社会も多様な働き方をする人が増えてきているとは言え、私たちシニア世代にも働き方改革が浸透してきたのかと、ちょっと頼もしく思えました。


とってもリーズナブルな値段のランチでした

大和市上草柳を水源として相模湾の藤沢市鵠沼海岸に注ぐ全長21キロメートルの引地川を源流に向かって今歩いています。昨日もほぼ引地川の中間点あたりを歩きました。

 今秋は暖かったせいか、黄葉になったイチョウや赤く色づいた桜の葉などが
まだ落葉せずにいるのが目立ちました。


ゲンペイコギクとヒメツルソバ 
庭でも四季を問わず増える頑強な花ですが、
花の少なくなったこの季節に河岸にも可憐な花を咲かせていました。
花期が長く、一つの株に白とピンク色になるところからゲンペイコギクと言われているのでしょうか。

ヒメツルソバ
ソバの花にも似ているところからヒメツルソバ、
凄い繁殖性があり引地川の向こう岸のコンクリート壁にぎっしり咲いていました

この辺りの引地川は川底も浅く、鴨も気持ちよさそう

 

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暦は残り1枚となりました

2019-12-03 | ウォーキング

あっという間に今年も師走を迎えてしまいました。

ランドマークプラザのクリスマスツリー
白い雪に包まれた北欧の森をイメージしているそうです
降雪のイベントもあるようですが、残念!この日はありませんでした

今日は昨日と打って変わって小春日和の一日でした!それにしても昨日はとんでもない天候でした。横浜は午後1時頃警戒レベル3の避難情報がスマホに流れ、私は車で外出先に向かう途中でしたが、ワイパーを最速にしても、前面真っ白ほとんど視界が効かなくなりとても怖い思いをしました。局地的だったのでしょうけど、最近の天候の激しさにとても驚きました。 
今日は一転、青空が広がり気温も師走とは思えないほど、身体も寒さから解きほぐされたように軽く感じます。

以前、近所の神社の境内からギンナンの実を拾って庭に放っておいたものが芽を出し、
庭木の合間から丈を伸ばし、いつの間にか私の背丈を越えてしまいました。
まず太い樹になることはありませんが、それでもイチョウの黄葉はこの季節楽しみになりました。

小春日和の続いた先週、藤沢市に流れる境川をウォーキングしてきました。

穏やかな日曜日、遊水地に集う人たちが
短くなった日を惜しむかのように、それぞれスポーツを楽しんでいました。


川面も温く感じて、サギなど水鳥も心なしか気持ちよさそうに見えました。


気が付けば今年も1カ月。すでに街は年末の気忙しさを感じるようになりました。

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第10回中山道ウォーク(軽井沢~岩村田~望月)後編(11月5日)

2019-11-19 | 街道歩き

翌朝(11月5日)も気持ちのいい秋空が広がっていました。

岩村田宿 8時に宿を出発しました。本陣0 脇本陣0 旅籠8 
内藤藩一万五千石の城下町だったために、宿泊する諸大名は少なく商人町として賑わっていたようです。


中山道の街道筋は現在ではそのまま岩村田のアーケード街となって、
朝早くでお店の様子まではわかりませんでしたが、個人商店で賑わっている感じがしました。
商店街を抜けて直進すると、広い国道佐久甲州街道と呼び、甲州に続いていきます。

8:50
「相生の松」があり、相生町は地名にもなっています。やがて地名は平塚地区となり、リンゴ園と田んぼが続きます。

 9:20
芭蕉の句がある荘山稲荷社 たわわにみのるリンゴ


9:50
重要文化財に指定されている駒形の本殿    神社浅間山噴火の溶岩の上に建つ石碑石塔群 

10:20 塩名田宿 本陣2 脇本陣1 旅籠7 
塩が運ばれてくるルートから塩名田という地名がつけられました。
また千曲川の往還のために栄えた宿でもあったそうです。
当時の屋号がそのまま残る古い商店が軒を連ねている街並みは落ち着いて風情のあるものでした。

街道に対して斜めに建っている建物が目立ちます(ちょっと写真ではわかりづらいのですが)
街道の見張りや大名行列が通る時の物隠れに一役買っていたようです。

またこの地域にも出梁造りの旧家がありました。

10:30
中山道は国道から枡形の道を右に折れて千曲川におりていきます。
塩名田の「川原宿」には千曲川に架かる中津橋が架け替えられて
国道が高い場所を通過するため、国道に出入りしやすいように3階建ての住宅が建てられたようです。

通称「お滝通り」この辺りは千曲の渡しを控えて賑わっていたのでしょう。
旧家の屋号も残っています。

今は中山道は中津橋を渡りますが、当時は橋も度々流されたので渡し舟で渡っていました。
船を繋ぎ止める船つなぎ石が遺構としてあるようですが、先日の台風19号の雨で護岸が崩れたのでしょうか。
補修工事が行われていました。

10:40 
中津橋から千曲川の上流側と下流側を望む 

先日の大雨で洪水は免れましたが水量がだいぶ多かったのでしょう。川岸に流木などが多くみられました。

11:00
千曲川を渡ると対岸の御馬寄(みまよせ)村に入りました。
貢馬を寄せ集めたところから、地名の由来と言われています。

小高い丘の上に大日如来像や芭蕉の句碑「涼しさやすぐに野松の枝のなり」
まもなく日本橋より四十四里目の御馬寄の一里塚跡を通ります。
中山道はゆるやかな登りとなり、間もなく八幡宿につきます。

11:30 八幡宿 本陣1 脇本陣4 旅籠3
宿場は千曲川を控えて、その悪路のために休憩する大名も多く賑わっていたのだろうと思います。
八幡神社 宿場の名前の由来にもなっているだけに、立派な本殿や随神門が目立ちます。


ところが、私は神社前に佇むバス停になぜか惹かれました。

私にとって、遠い過去に思いを巡らすことのできるのは、こんな昭和のレトロなものかもしれません。

11:40 
布施川にかかる「百沢橋」を渡ると、中山道は旧道に入りすっかり山道になってしまいました。

この急坂に「瓜生坂の一里塚跡」がありました。江戸より四十五里目

13:00
 望月宿入口 中山道はしばらくこんな急坂をおりていきます。

急坂の道沿いに道祖神や馬頭観音等がへばりつく様にありました。日中は日当たりもいいのでしょう。
近くの農家が収穫した豆や大豆、ゴマなどを箱に入れて天干ししていました。のどかです。

13:30 望月宿 本陣1 脇本陣1 旅籠9
古くから馬の名産地として知られ、毎年旧暦8月15日の満月の日に
馬を朝廷や幕府に献上したことから「望月」の名がつきました。

中沢川の上流側と下流側


街は本陣跡や脇本陣跡が残り、山間の小さな宿場の面影が感じられるひなびた感じでした。



当時の旅籠は現在では旅館となっていました。
中には犬神家の一族の撮影で使われたというプレートのある旅館もありました。

鉄道のアクセスの関係から、この日は望月宿をゴールとしました。千曲バスで25分、長野新幹線「佐久平駅」に着いたのが午後3時でした。
2週間続けて1泊2日の中山道の旅を2回、なんとか中山道69次の25次に辿り着きました。3分の1を少し越えたあたりでしょうか。夫と2人の年齢を考えると加齢と体力の減退が気になる所ですが、健康に気を付けて来年も先に進むことができればいいなと思っています。

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第9回中山道ウォーク(軽井沢~岩村田~望月)前編(11月4日)

2019-11-16 | 街道歩き

今年最後の街道歩き、なかなか夫との休暇が合わなかったり、また今年は度重なる異常気象に予定の変更を余儀なくされたり、思ったより進まなかった中山道ウォークでしたが、なんとか来年に繋げて行きたいと思っています。




早朝6時50分東京駅発の東北新幹線で軽井沢駅に下り立ったのが8時10分
8:15身支度を整えて、先回の終着ポイント「六本辻」の交差点に着きました。

ラウンドアバウトの信号のない環状交差点です。

街道の両側は見事に紅葉していました。
林の中に別荘地が点在し、すっかり紅葉して枯れ葉がはらはらと舞い落ちる様は
なんとも気持ちがよく快適なウォーキングをスタートすることができました。


9:00 この奥に市村記念館 総理大臣を務めた近衛文麿の別荘跡があるようです。


9:20 浅間山に源を発し、千曲川に流れる湯川
この橋を渡ると「沓掛宿」の入口となります。


9:25 沓掛宿 本陣1 脇本陣3 旅籠17 
沓掛と言う名前は「わらじ」を履き替える場所のことをいい、
京都からは碓氷峠を控えていたので、このような名前が残っているのでしょうか。

9:35 脇本陣鳶屋跡(しなの鉄道 中軽井沢駅近く)と草津道道標 
側面に「右くさつへ」と書かれている 草津温泉へは十里の道のりだったとか

宿場はこのあたりまでで、国道を左手の道に入って行くと登り坂になり古宿(ふるしゅく)と呼ばれる村落に入ります。なかなか長い登り坂が続いていました。

10:30 遠近(おちこち)宮

伊勢物語の在平業平がこの神社を詠んだと言われています
フカフカと落ち葉が積もっていました。
この辺りは旧借宿村と言われ、間の宿で賑わっていたようで馬頭観音などが多く残されていました。

11:00 追分宿 本陣1 脇本陣2 旅籠35 
名前の通りに中山道と北国街道の「追分」で、当時はとても繁栄していたと言われています。

浅間神社、常夜燈を過ぎると堀辰雄文学記念碑があり、この辺りの紅葉はみごとでした。
この一帯が軽井沢の文教地区とも言われているのも納得のいくものでした。


11:10この先の泉洞寺の紅葉は見事でした。


11:25 枡形の近くにあった茶屋で「桝形茶屋つるがや」で現在でもほぼ原形を保っています。


11:25 分去れの碑 追分発祥の地とも言われています。

常夜燈には「是より左伊勢」
道標には「さらしなは左みよしのハ左にて」と
更級(千曲市)と吉野(奈良)の方向を示しているものです。

まもなく、追分から左手にはいり、ひなびた街道はゆるやかなアップダウンを繰り返します。御代田地区に入ります。ここ御代田には、6年前に近所のウォーキング仲間が移住した場所であり、メールでお昼ごろ御代田の一里塚近くを通過することをあらかじめ伝えてあったので、友人が迎え出ていてくれました。
中山道は、しなの鉄道御代田駅と交叉していて、彼女の家はこの近くにありました。6年ぶりの再会に彼女の近況や新しい生活など思わずおしゃべりに花が咲き、2時間半の大休憩となりました。


浅間山がくっきりと姿を現し、友人と食べたお蕎麦のおいしかったこと

15:00 小田井宿 本陣1 脇本陣1 旅籠5件
小さな宿場で飯盛り女もなく婦女子の宿泊が多いところから姫の宿と呼ばれていたそうです。

 街道沿いには往時をしのぶ白壁や赤松が残っていました。

上の問屋と下の問屋 静かな街並みでほとんど人通りもありませんでした


15:45 小田井宿を過ぎると人家が途切れ
街道沿いに畑やリンゴ園が広がり周りの景色も後方に浅間山、前方に蓼科山連峰がみえました。


16:10 岩村田宿の江戸(東)口

日没前の住吉神社と境内の樹齢400年のケヤキ


この日のゴール岩村田宿につきました
宿泊した佐久ホテルは文人も多く泊まったようで、葛飾北斎や若山牧水、小林一茶などの
名前が刻まれていました。

名物は鯉料理、鯉こくや鯉の刺身などが夕食にだされました
(次の日に続きます)

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