無意識日記
宇多田光 word:i_
 



『Find Love』では計5回出てくる『I don't wanna be alone』だが、『キレイな人(Find Love)』ではたった1回しか出て来ない。

『失くしたものはもう心の一部でしょ
But I don't wanna be alone』

ここだけだ。ここを日本語に置き換えると

「失くしたものはもう心の一部でしょ
 (でも、一人にはなりたくない)」

となる。これは、この歌の歌詞としては“急展開”と言うべきなのかもしれない。というのも、ここまでのお姫様はずっと強気だったから。

『王子様に見つけられたって
私は変わらない』
『汚れたドレスに裸足の私も
いい感じ』
『もういい女のフリする必要ない
 自分の幸せ 自分以外の誰にも委ねない』
『汚れたドレスにいつもの私で
何が悪ぃ』

もう明らかに「王子様をアテにする必要はない。私は私自身で幸せを手に入れる!」と力強く宣言しているとしか思えない訳で。そんな人が「でも、一人になりたくないからさ…」だって? これは一体、どういうこと?


それを見るためには、まずその直前の

『失くしたものはもう心の一部でしょ』

の一節の持つ意味を吟味しないといけない。(なお、「なくす」を「失くす」と漢字を宛てるのは辞書に無い用法なので注意。試験とかでは「無くす」や「亡くす」を宛てましょう。)

このフレーズは最近のヒカルの示す人生哲学に於いて重要な位置を占める考え方で、遂に歌詞にしてきたかという感じ。

例えば昨年2021年6月26日のインスタライブでは質問に答える形でこんな風に語っていた。(やや要約)


***** *****


(「喪失」はもう)自分の一部だから。
自分の一部を切り捨てて前に進んだところで
別の喪失が生まれるだけで、
それが延々と続くだけだから。
ぐるぐる回ってるだけ。

悲しい気持ちとかいろんないい思い出とか
耐えられない気持ち、喪失感てものは
これはもうずっとあるもの。
じゃあもう大事に抱えて生きていこう
そう思った瞬間に
母親にもらったプレゼントを大事にしてるみたいな気持ちに切り替わったの。
それで初めて自由になった、前に進めた気がしたの。


***** *****


しみじみ、味わい深いことを言うよねぇ。何度も何度も読み返したい。ここには、『キレイな人(Find Love)』の歌詞の種がキレイに蒔かれてるよね。

『なくした』という言い方を使ってきたのは、歌詞としての制約からだろう。4つの音、母音の順番。その話は余計になるから置いておいて、ひとまず、『One Last Kiss』の

『止められない喪失の予感』

の『喪失』と同じ概念だと捉えておいて構わない。そして、上記引用で「気持ちが切り替わった」「初めて自由になれた」と話を締め括っているからにはこれはもう「辿り着いた結論」な訳ですよ。この歌はこの『失くしたものはもう心の一部でしょ』で終わっていい。締め括っていいのだ。事実、『キレイな人(Find Love)』の“日本語の”歌詞はここで終わっている。ここから後の歌詞には英語しか出て来ない。言ってしまえば、日本語圏民リスナーはここまでの歌詞だけで納得して貰って構わないんだ、ヒカルの(大雑把な)意図としては。

では、日本語と英語どちらの意味も受け止められるリスナー、及び、それぞれの言語の歌詞をグーグル先生にでもお願いして翻訳して意味を知ろうという積極的なリスナーに対して、ヒカルはここで何を伝えたかったのか? そこの話を…したいのだけど長くなりそうなので、また来週のお楽しみということで! そうこうしてるうちに「VOGUE JAPAN」が出ちゃうけどね!

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で、前に『Simple And Clean』のBメロの歌詞がお母さんのものだったのではないかとコメントをうただいた時にも触れたように、歌詞の一部がヒカルの実体験に基づくものだからといって、じゃあ歌全体がヒカルの実体験の話なのかというとそれは違う訳でね。自分の経験もフィクションもニュースも、どれも「歌詞の素材のひとつ」でしかなく、それらを換骨奪胎・抽象捨象してひとつの「歌詞の世界」を創り出していくのが宇多田ヒカルの遣り方であろう。ただ、例外として、『気分じゃないの(Not In The Mood)』に関してだけは、歌詞の殆どの部分が「2021年12月28日にヒカルが実際に見聞きしたこと」で構成されていて、確かにコレは異様に特殊なケースだ。今後は、わからないけどね。

なので、『Find Love』の1番2番の歌詞のAメロ冒頭がヒカルの実体験に基づいているからといって、この歌がヒカルの独白であるとは限らない。

…という注釈を敢えて述べる必要があったのは、その1番Aメロの歌詞、

『Some days my heart feels miles away
My body isn't listening
Though I took whatever came my way
I'm paying for it now, baby』

の後半について以前に「王子様の御無体」として解説していたから、ですわね。

ここで「王子様」と書いているのは、『キレイな人(Find Love)』の歌詞の主人公が「王子様が要らなくなったシンデレラ」だからだ。王子様が要らなくなってさてどうやって力強く生きていこうか?という葛藤の話が『キレイな人(Find Love)』ならば、じゃあそこで要らないって言われてしまった方はどうなる?というのが『Find Love』なので、その対比を意識した場合その主人公は「王子様」と呼ぶのが妥当だろう、と。

なので、そのセンに沿って、ここの歌詞をヒカルの実体験から抽象的に読み替える必要が出てくる。『俺の彼女』は擬似ミュージカル仕立てだったのでそれがヒカルの実体験や独白でないことは伝わりやすかったが、『Simple And Clean』やこの『Find Love』は、ヒカルの経験などを素材にしつつも“より一般的な”“普遍性のある”歌詞世界を描いている。

だから、ここの冒頭の

「心が果てしなく遠くに感じる事がある
 身体も言うことを聞かない」

も、Bメロで「みんなが去るのを見たくない、だって一人になりたくないもの」と呟く仮称・王子様のセリフとして読み替える事が必要になる。

ここまで納得して貰えれば、

『Do I dare be vulnerable?』
「それでも弱さをみせられる?」

の歌詞の意味するところが少しずつ明白になるだろう。王子様は自分の「本音」を「弱み」だと捉えており、「本音」=「弱み」を隠し続けてきた為、最終的には心も身体もバラバラになってしまったというのが、ここでの話の流れになる。よって、『Find Love』は、

「もし弱さを"見せてしまったら"一人になってしまうから」



「もし弱さを"見せられなかったら"一人になってしまうから」

の相対する解釈2つについて

「前者の不安が後者の不安に変化していくだろう只中の心境」

を綴った歌なのだ。

「今まで本音を隠して生きてきたけど
 いきつくとこまで来てしまった
 これからどうしたらいいんだろう?
 弱さをみせていくべきなのかな?」

というね。どちらに転んでも一人になってしまうかもしれないという葛藤が、そこにはあるのだった。   

これが『キレイな人(Find Love)』の方になるとまた違ってくる─という話からまた次回、かな?

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