トシの読書日記

読書備忘録

6月のまとめ

2009-06-30 17:20:46 | Weblog
今月読んだ本は以下の通り



西村賢太「暗渠の宿」
車谷長吉「業柱抱き」
車谷長吉「漂流物」
伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」
村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」(上)(下)
岡本薫「世間様が許さない!」
車谷長吉「金輪際」
車谷長吉「贋世捨人」
上原隆「胸の中にて鳴る音あり」
車谷長吉「鹽壺(しおつぼ)の匙」
上原隆「にじんだ星をかぞえて」
稲葉真弓「海松(みる)」
車谷長吉「武蔵丸」
村上春樹「1Q84」Book1 Book2
北尾トロ「ぶらぶらジンジン古書の旅」
山本昌代「緑色の濁ったお茶あるいは幸福の散歩道」


以上16タイトル18冊でした。よく読んだもんです(笑)いかに仕事が暇かってことの証左にほかならなく、喜んでばかりもいられないんですが…


今月の№1はやはり、なんだかんだ言っても村上春樹「1Q84」ですね。これは誰も異論のないところだと思います。あと、今月で特筆すべきは車谷長吉を相当読み込んだことですね。なんと6冊も読みましたとさ(笑)上原隆もよかったし、最後の山本昌代もびっくりさせられたし、今月は今年一番充実した月ではなかったかと思っております。


今年上半期のベスト10でも発表しようかと思ったんですが、ちょっと時間がないんで次回にゆずります。括目して待て!(って誰に言ってんだ? 笑)

家族という日常の不思議

2009-06-30 16:54:08 | や行の作家
山本昌代「緑色の濁ったお茶あるいは幸福の散歩道」読了


なにやらいわくありげな長いタイトルです。姉が例によって「これおもしろいよ」と言って持ってきたんですが、この作家は「居酒屋ゆうれい」というのを読んだことがあって、あんまりおもしろくなかった覚えがあったんで、大して期待もせずに読んだんですが…


なかなかよかったです。というか、かなりいいです、これ。足に障害を持っていて、ほとんど毎日ずっと家にいる妹(主人公)と作家を目指している姉(作者の等身?)、メニエル病という耳の器官に持病を持っている母、仕事を定年で退職し、ウォーキングに凝っている父の四人家族が織り成す日々の草々が淡々とした筆致で描かれているんです。特にこれという事件も持ち上がらず、(お父さんが直腸がんになり、手術して退院するのが事件といえば事件)毎日が過ぎていくんですが、このなんともいえない、家に流れる空気、淡いようでいて実はかなり濃密なそれを読者は感じずにはいられません。


こんな感じの小説、以前、どこかで読んだ記憶があるんですが、さっきからずっと考えているんですが、思い出せません(苦笑)とにかく、なかなかの佳作でありました。

オヤジのささやかな楽しみ

2009-06-26 17:46:49 | か行の作家
北尾トロ「ぶらぶらジンジン古書の旅」読了


ずっと重いのばっかり読んできたんで、ちょっと軽いものをと思って手に取ってみました。


「裁判長!」シリーズで一躍脚光を浴びてるトロさんですが、僕はこの人の本は、「怪しいお仕事」とか「君は他人に鼻毛が出ていますよと言えるか」とかなかなかゆるい本を書く人で、妙に憎めないんですねぇ。


ちょっと軽いどころか、相当に軽い内容で、2時間くらいで読めてしまいました(笑)しかし、古本を目的とした一人旅…いいですねぇ。この本では全国10箇所くらいの都市を紹介してるんですが、僕もこの中からよさげなところをピックアップして、いつか古本の旅に出たいと思います。


いつかって、ほんと、いつになるかわかんないんですがね(苦笑)

観念としてのパシヴァとレシヴァ

2009-06-26 17:04:12 | ま行の作家
村上春樹「1Q84」BOOK1 BOOK2読了


5月の末に発売されてから、4日後くらいにアマゾンに注文して、その時は1週間くらいで発送可能とのメールを受け取ったんですが、その後いつ発送できるか未定とのメールが来て、なんだかなぁと思っていたら、ある日、たまたま寄った近所の書店で平積みになっているのを発見し、即購入した次第です。その書店にはその時、各8冊くらい積んであったんですが、僕が1冊づつ確保して、そのあとほかの本を見ている小一時間の間に全てなくなっていたという、とんでもなく売れてる本です。


相変わらずの「春樹ワールド」であります。ただ、「海辺のカフカ」とか「アフター・ダーク」よりも難解さが軽減されてる感じで、かなり読みやすかったですねぇ。ハルキフリークにはそれが多分物足りなかったんじゃないでしょうか。


近未来小説というものはよく見かけますが、「近過去小説」という設定、さすがです。時代設定は1984年なんですが、その時の流行とか、社会現象なんかはほとんど触れてないというのも、著者らしい周到さです。


しかし、どうなんでしょうかねぇ…僕はこの作品が最高傑作とはどうしても思えないんです。カルト宗教とか、ヤマギシのようなコミューンとか、ちょっとモチーフが世俗にまみれている印象で、「カフカ」とか「世界の終わり」みたいなとてもこの世の話とは思えないような小説になってないというところが不満なんです。


しかし、最高ではないにしても読了後は、しばし茫然としてしまいました。ほかの小説家とは比べるべくもないというか、本作家は他の作家とフィールドが全く違うんですね。同等に比較できないんです。


細部のことを言いますと、主人公である、二人の男女、天吾と青豆。これがまたなかなか魅力的なキャラクターなんです。特に青豆!このきっぱりとした生き方の潔さはどうでしょう。読んでて気持ちよかったです。天吾は天吾で、一見ゆるーい感じなんですが、それでいて芯はしっかりしている。父親を療養所に訪ねるシーンは圧巻でした。


いつもの村上作品と同じように、この長編もかなりの余韻を残して終わります。続編が絶対出るとか出ないとか、巷ではかなり喧しい論議がなされているようですが、僕としては、これで終わりでいいのでは?という意見に与するものです。しかし、「ねじまき鳥クロニクル」の例もあるように、最初2巻で終わるはずが、も一つってこともあるんで、まぁなんとも言えないですがね。

BOOK3が出たらどうするかって?そりゃぁもちろん買って読みますよ(笑)

業曝しの精神史

2009-06-26 16:31:33 | か行の作家
車谷長吉「武蔵丸」読了


しつこくも車谷であります。

表題作を含む6編の短編集。ちなみに武蔵丸とは著者が飼っていたかぶと虫の名前です。

相変わらずの私小説です。半分以上は事実でしょう。ただ、晩年の志賀直哉のような、ただ身辺雑記のような文章で、随筆との境目がないようなものとは、かなり趣きを異にしています。自分の内に潜む暗いものを白日のもとに曝け出すことでしか自分を表現できない、哀しい男の情念を強く感じます。


表題作の「武蔵丸」(川端康成文学賞受賞作)もなかなか読ませる小説でしたが、逆木大三郎という、新左翼くずれの男とのつかずはなれずの交際を描いた「一番寒い場所」という作品が印象に残りました。昭和40年台前半の、まだ若者が右翼だの左翼だの革命だの、ニーチェだのマルクスだのと真剣に論じ合っていた熱い時代の空気が、車谷の筆で見事に活写されています。



「車谷長吉の心象風景の旅」シリーズ(勝手に名前つけてるし)、ここらでひとまず終了と致します。

ふぅ…つかれたぁ

時は逝く

2009-06-19 16:38:06 | あ行の作家
稲葉真弓「海松(みる)」読了


以前、中日新聞の書評で絶賛していたので手に取ってみました。

一読して、「うーん…そんなに?」っていうのが素直な感想です。ちょっと井上荒野に雰囲気が似てなくもないんですが、荒野をもうちょっとインテリっぽくして、融通きかなくした感じかな?(わかりずらいっすね 笑)


でも、文章の表現力は卓抜したものがあります。例えばこんな文章。



「遠いところで銅鑼が鳴らされる音がして、森のざわめきが風に乗って運ばれてくる。きっとなにかが罠にかかったのだと女は思う。思いながら、突っ立ったまま自分を見下ろしている男の腕を、きつく自分の体に引き寄せた。ざらついた音を立てて網籠が崩れ、女は板の隙間から上がってくる濃い潮のにおいを嗅ぐ。男の手が女の素足をつかむ。無言の均衡が破れ、やがて女は声を上げる。自分も罠の底に横たわる動物のように思う。もがきつつ男にしがみつく。動物の視線で見上げる夜の空は深く、同時に、沈んでいく体は明るいのだった。」


なんか、ぞくぞくします(笑)まぁ、この文章のうまさで川端康成文学賞を受賞したんでしょうが、僕にはちょっと合わなかったかなぁ…うまいんですがね。

ささやかな日常の中の明日への希望

2009-06-19 16:15:01 | あ行の作家
上原隆「にじんだ星をかぞえて」読了


先日読んだ「胸の中にて鳴る音あり」と同じシリーズです。朝日新聞の夕刊に連載してたものをまとめたとのこと。


7年に及ぶアルツハイマーの母の介護を終えた娘、定年退職を迎えた中卒サラリーマン、神経性の摂食障害になったあげく、飛び降り自殺した小学生の母親、「ビッグイシュー」を売って生計を立てるホームレス…いろんな人が登場します。弱い人もいれば強い人もいる。

「胸の中--」と同様、読んでいて、温かい気持ちがこみあげてきます。泣ける話が多いんで、とても、お昼休みにいつものそば屋では読めません(笑)


「記憶だけで生きてる」という話の中で、もりまりこという短歌を作る人なんですが、なかなかいい歌なんで、ちょっと書きとめておきます。



 溜め息とぎりぎり似てるその「ッ」が聞きたくてTの肩をゆるく噛む


 ふいに涙はやってくるゆきずりのウォークマンからもれるメロディに



なかなかいい感じです。


ちなみにこの本のタイトルは、あの坂本九の「上をむいて歩こう」の歌詞からとったそうです。

反時代的毒虫

2009-06-19 16:02:13 | か行の作家
車谷長吉「鹽壺の匙(しおつぼのさじ)」読了


またまた車谷です。三島由紀夫賞受賞作です。長編と思いきや、6編が収められた短編集です。やはり、表題作の「鹽壺の匙」がすごいです。あと、「吃りの父が歌った軍歌」。自分の親兄弟、近親の恥部を暴露し、徹底的に描くことで自身の「私小説」の形を確立しようとする姿勢に凄まじい情念というか、怨念というか、そんなどろどろしたものを感じます。

すごいとしか言いようがないんですが、さすがにこれだけ読んでくると、お腹いっぱいになってきました(笑)まだ、もう1冊あります。頑張ります。

人生の光と影

2009-06-16 16:25:41 | あ行の作家
上原隆「胸の中にて鳴る音あり」読了


書評家で古本ライターの岡崎武志氏のブログで、上原隆の「にじんだ星をかぞえて」という本のことが書いてあって、「あー上原隆のこと、忘れてた」と思い、あわてて「にじんだ--」をアマゾンに注文したんですが、この本も未読だったんで、まとめて注文したという次第。


この人の書くものは「コラム・ノンフィクション」というらしんですが、いわゆる市井の人々にスポットを当て、インタビューの中でその人の「人間」というものに迫っていこうという内容です。

全部で21編の話が納められているんですが、「藁をもつかむ」という話に出てくる女性が、ものすごく印象に残りました。吉野みどり 32歳 独身 家賃4万8千円のアパートに一人暮らし。子ども英会話と放送局の電話応対のアルバイトの掛け持ち。月収16万。東京のような大都会なら、こんな人は、はいて捨てるほどいると思います。みんなそれぞれいろんな事情を抱えて生きていると思うんですが、この吉野さんの場合は、明確な目的意識がなく、自分はこれからどうしよう、どうしたいと思っているのかという、漠然とした不安を抱えて日々生きてるんですね。
「このままの生活が一生続いたらどうだろう?」という質問に対して「そんなの絶対いやです!」と即答するんですが、じゃぁどうすんの?という問いには答えられない…


なんだか、読んでてやりきれないような、いらだたしいような、なんともいえない感情におそわれました。この本の別のところで出てくる言葉ですが「どんな困難な時でも、自分を楽しませる術を持っていること」これですね。なかなかできないですがね(笑)

でも、そんな吉野みどりさんですが、なんだか応援したいです。江原啓之の「幸運を引きよせるスピリチュアル・ブック」なんか読んでないで、村上春樹、おもしろいよとか。よけいなお世話ですね(笑)


インタビューのやり取りを再現しつつ、著者自身の思い、感想などを極力排除した文章は、今までの「雨にぬれても」「喜びは悲しみのあとに」「雨の日と月曜日は」等と同様のスタイルです。それでいて上原隆のヒューマニックなまなざしが行間から立ち昇り、なんともいえない温かい味を醸し出しています。


いろいろな話の中で、筆者自身のことが書いてあるものもあり、なかなか興味深かったです。


月並みなセリフですが、仕事とか人間関係とかに疲れて、気持ちがささくれ立っているようなときに上原隆の本を読むと、「人生、捨てたもんじゃないな」って気にさせてくれます。そんな人に是非おすすめの1冊です。(って誰に言ってんだ?)

葛藤と宿痾

2009-06-16 15:05:31 | か行の作家
車谷長吉「贋世捨人」読了


今まで読んできた同作家の本は、短篇が多かったんですが、これは長編です。

この小説は、書き出しで全てを表しています。

「…二十五歳の時、私は(中略)「西行法師全歌集」を読んで発心し、自分も世捨人として生きたい、と思うた。併し五十四歳の今日まで、ついに出家遁世を果たし得ず、贋世捨人として生きてきた。つまり、私は愚図であったのだ。世捨人として生きたいと願いながら、も一つ決心が付かないとは何事であろうか。」


世捨人として生きていきたいと思いながらふんぎりがつかない自分に呆れ、情けなさを感じ、しかししょせん俺はこんなものと、開き直ってみたり、中途半端に生きることこそが真の世捨人であると、理屈をこじつけてみたり、まぁそんなこんなの葛藤の物語であります。


作中、印象に残った一休の歌。


 有漏路(うろじ)より無漏路(むろじ)へかへる一やすみあめふらばふれ 
 風ふかばふけ


「有漏の漏とは、人の軀から出るものはみな汚れたもの、という意。それが転じて、煩悩、迷いのことを言う。生きることは迷うこと、苦しむことである。それを有漏路と表現した。その苦しい人生から、煩悩や迷いのない無漏路、すなわち「死」に帰るまでの一休みが、この人生であるというのである。されば『あめふらばふれ風ふかばふけ』」



しかし、世捨人として名高い西行でさえも、なにもかも捨てたようなことを言いながら、紀州に広大な荘園を持ち、そこからの年貢で決して貧しくない暮らしを営んでいたということを知るに至って、「私」は世捨人になることの決心が揺らぐ。


結局「私」は東京での荒廃した生活に見切りをつけ、無一文になって播州の実家へ帰り、下足番、割烹料理屋の追い回しを九年続けることになる。二度と小説は書くまいと思うのだが、心は千々に乱れ、また書いた小説が芥川賞の候補作品となり(落選するのだが)、東京の編集者の誘いもあって、再び上京するところで物語は終わる。


世間から隔絶された生き方をしたい、世を捨てたいと切望する「私」ではありますが、あまりにも煩悩が多すぎますねこの人(笑)特に、女性に対する執念たるや、西村賢太もかくやと思わせるような一種異常なエネルギーを持っています。


でも、共感できるところもかなりありました。ちょっと書きづらいので割愛しますが(笑)そうだよねぇ、人間だものと、おもわず相田みつをみたいな合いの手を入れてしまっている自分がいましたとさ。