トシの読書日記

読書備忘録

2月のまとめ

2013-02-27 17:11:50 | Weblog
今月読んだ本は以下の通り


古井由吉「木犀の日――自選短編集」
マイケル・サンデル著 鬼澤忍訳「これからの『正義』の話をしよう」
大江健三郎「『救い主』が殴られるまで――燃え上がる緑の木 第一部」
黒田夏子「abさんご」
武田泰淳「ニセ札つかいの手記――武田泰淳異色短篇集」


以上の5冊でありました。仕事でいろいろ鬱屈するところがあり、気持ちがなかなか読書にむかなかったというのもあって、あまり読めませんでした。また、収穫も少なかったですねぇ。来月は大江中心でいきましょうかね。


2月、買った本5冊、借りた本0冊

奇想の短編集

2013-02-27 16:53:35 | た行の作家
武田泰淳「ニセ札つかいの手記――武田泰淳異色短篇集」読了


武田泰淳といえば「ひかりごけ」「風媒花」など、ずっしりと重く、一種宗教的ともいえる作品群で知られる作家なんですが、この短編集は、タイトルに「異色」とあるようにそういった武田泰淳のイメージを一掃してしまうような短編が収められています。


とはいうものの、全体になんだかなぁという作品ばかりでしたね。表題作の「ニセ札つかいの手記」、これはまぁまぁでした。源さんという男から一日おきにニセの千円札を3枚渡される主人公。それを半分使って半分返すということを繰り返していくうち、これは本当にニセ札なのかという疑念がわいてくる。そしてある日、とうとう交番に駆け込み、ニセ札を見つけたことにして警官に鑑定してもらうが、それはまぎれもない本物だった…


これを作品にした意図がはっきり見えてこないんですが、しかしこわい小説でした。


やっぱり自分は武田泰淳より奥さんの百合子のほうが好きかな。

洗練の力とそれと同等のあやうさ

2013-02-27 16:20:03 | か行の作家
黒田夏子「abさんご」読了



最高齢受賞と大いに話題になった今回の芥川賞受賞作です。


横書き、ひらがな多用ということばかりが宣伝され、どんな内容なのかと興味津々で読んでみました。


一読、やっぱりかなり読みづらいですね。長年、縦書きで普通に漢字を使った文章を読み慣れている頭には、この中編はなかなかすんなり入ってきません。そんなに長い小説でもないのに、行きつ戻りつ、結構な時間がかかりました。


で、どんな話かというと、これがなかなかよくわからない(笑)父親と娘の(母親は娘がまだ小さい頃亡くなった)戦争直後から数十年の思い出を第三者の視点から語るといった形式なんですが、これは内容うんぬんというより、この文章そのものを味わうことがこの作品の眼目であるのではないかと思われます。


意図的に繰り返し使われる言い回しであるとか、「かや」のことを「へやの中のへやのようなやわらかい檻」と言ってみたり、「蚊」のことを「かゆみをもたらす小虫」と言ったり、「天からふるものをしのぐどうぐ」…これは傘のことです。そういった言葉の使い方に酔う、これが正しい読み方なんでしょう。


印象に残った部分を引用します。

〈…言いたかったのが、どれをほしいとかほしくないとかではなく、いまえらびたくない、えらべるはずがない、えらぶ気になってからえらびたい、えらぶ自由をいっしゅん見せかけだけちらつかせられるようなのではなく、決めない自由、保留の自由、やりなおせる自由、やりなおせるつぎの機会の時期やじょうけんの情報がほしいということだったとさとるまでに、とりかえしのつかない千ものえらびのばめんがさしつけられては消えた。〉


堀江敏幸の「河岸忘日抄」にの中にある「ためらいつづけることの、何という贅沢」に通じる諦念であると思います。この箇所、なんというか、どきりとしました。


そして先の引用の部分は次のように続きます。

〈さきにじじょうに通じている者たちの気がるな提示に意図はくみきれなくても、ただどういう反応が待たれているのかだけはわかって反応してみせるときのとまどいと投げやりの視野をうめて、さざめきまさる妖精たちのつばさはいつも華麗だった。〉


美しい文章です。

救い主を受容する覚悟

2013-02-27 15:47:02 | あ行の作家
大江健三郎「『救い主』が殴られるまで――燃え上がる緑の木 第一部」読了



本書は「燃え上がる緑の木」三部作の第一部ということで、三冊をひとつの物語として考えると、かなりの長編ということになります。


舞台は、またまた「四国の森」であります。先に読んだ「懐かしい年への手紙」の続編ともいうべきシチュエーションで物語は進んでいきます。ただ違うのは、語り手が「懐かしい…」では「僕=作者自身」であったのが、本作はサッチャンという、多感な少年時代を経て、青年期に女性に「転換」した人物の視点から語られていることです。


「懐かしい…」でギー兄さんがテン窪の人造湖で村の反対派から殺されたのち、K伯父さん(大江健三郎本人と思われる)の甥である隆という男が「四国の森」に移り住み、ギー兄さんの道半ばで挫折した計画を進めようとしていく。


そのうち、K伯父さんの母が亡くなり、隆が中心となって行われたその弔い方が問題となる。また、隆に不確かながらもその掌と指で病気を治す力が存在すると周りから信じられて、乞われるままに心臓病の子供と小児がんの子供をそのパワーで治そうとしていく。小児がんの子供は結局死んでしまうわけですが、その事実に対して日頃、隆の行状を面白くなく思っていた村の男共に吊るし上げられる。


そして隆の伯母(K伯父さんの妹)であるアサさんとサッチャンとで隆にもう救世主めいたことはやめて、ここから出ていった方がいいのではないか、と説得するのだが、その場でが一旦それを受け入れるようなことを言う隆がその夜、ある出来事があり、サッチャンが逆に隆を「救い主」として受け入れる決心をする…と、ここで第一部は終わっています。


感想としては、全編を読み通さないとテーマが見えてこない感じなので、今は特に書くこともないのですが、話としてはすごく面白いです。ただ、大江を読んだことのない人が、(又は初期のものしか読んでない人が)いきなり本書を読んでも面白さは充分伝わらないのでは?と思ってしまいますね。やはり少なくとも「懐かしい年への手紙」を読んでないと、その時の経緯をそのまま本作品に持ってきているわけですから。


ともあれ、第二部、第三部が非常に楽しみであります。

正義にかなう社会を達成する

2013-02-13 16:38:22 | さ行の作家
マイケル・サンデル著 鬼澤忍訳「これからの『正義』の話をしよう」読了



早速買って読んでみました。しかし…むずい!なかなか頭に入ってこなくて読むのに苦労しました。


ハーバード大学の哲学講義「JUSTICE」で講義した内容を元に書き下ろした本ということで、日本でもNHKで「ハーバード白熱教室」という番組でかなりよく知られた人のようです。


これからのより良き社会の実現を目指すためにどうすればいいのか。この問題を哲学の観点から考察したものです。サンデルの主張したいポイントを引用します。


〈正義と権利についての公的言説に善き生の構想を持ち込もうとするのは魅力的なやり方には見えないかもしれないし、とんでもないとすら思えるかもしれない。結局、われわれのように多元的社会に生きる人びとは、最善の生き方について意見が一致しない。リベラル派の政治理論は、政治と法律を道徳的・宗教的な賛否両論から切り離すための試みとして生まれた。カントとロールズの哲学には、その意図が最大限に、最もはっきりと表れている。〉


〈正義にかなう社会は、ただ効用を最大化したり選択の自由を保証したりするだけでは、達成できない。正義にかなう社会を達成するためには、善き生の意味をわれわれがともに考え、避けられない不一致を受け入れられる公共の文化をつくりださなくてはいけない。〉


アメリカが他国の兵士を金でやとってアフガニスタン、イランへ送りこんでいるという事実、インドで欧米諸国の富裕層の需要に応え、代理母による妊娠代行サービスの民間会社がいくつも存在するという事実、ドミニカの、貧しいけれども素質のある野球少年にトレーニング代を出資し、将来彼がメジャーリーグに入ったときにその稼ぎの一部を受け取るという、アメリカの投資家がいるという事実。こういった金にからむ話は枚挙にいとまがないほどなんですが、こういうことを「正義」というはかりにかけてみた場合、果たしてどうなんだという疑問がわいてくるわけです。


これらの現代の諸問題を取り上げ、サンデルは、上記に掲げたポリシーを元に分析してみせています。


大変勉強になりました。としか言いようがないですね。

末期の眼

2013-02-05 15:24:46 | は行の作家
古井由吉「木犀の日――自選短編集」読了


以前読んだ阿部公彦の「小説的思考のススメ」で、この作家の「妻隠(つまごみ)」をテキストにあげていたので、読みたいと思っていたのですが、なかなかこの作品が収められている本が見つからず、代わりといってはなんですが、この短編集を買ってみました。


はっきり言ってめちゃくちゃ難しいです。非常に読みにくい。いかにもピースの又吉が好みそうな作家です。雰囲気とか描く世界は伝わってきて、それは決してきらいなものではないのですが、内容がなかなか頭に入ってきません。全部で10の短編が収められていて、「椋鳥」、「眉雨」あたりが特に難解でありました。


しかし、最初にあった「先導獣の話」、これはなかなかに面白かった。都会の雑踏、朝の改札の人ごみの中で、群衆がパニックに陥るところを想像する。何があっても我関せずといった態度で素知らぬ顔で行き過ぎる人々。そこに起こる突然のパニック。都会の群衆の空気が一変する瞬間。想像すると面白いです。

閑話休題

先日、いつも飲みに行くバーで、たまたま隣にすわった人と話していたら、なんと、中島義道を何冊も読んだということで、意気投合してしまいました。その人に教えてもらった、マイケル・サンデルという人の本が面白いよとのことで、さっそく買って読んでみようと思っております。


クリムト展を見たあと、丸善へ寄って以下の本を購入


マイケル・サンデル著 鬼澤忍訳「これからの『正義』の話をしよう」
幸田文「黒い裾」
多和田葉子「飛魂」
田中慎弥「実験」
武田泰淳「ニセ札つかいの手記」