トシの読書日記

読書備忘録

耽美で精緻な想像力

2016-02-23 14:58:25 | ま行の作家


スティーブン・ミルハウザー著 柴田元幸訳「バーナム博物館」読了



本書は平成14年に白水社の白水Uブックスより刊行されたものです。この白水Uブックスは自分のお気に入りのシリーズで、このミルハウザーとか、ジャネット・ウィンターソンとか、ニコルソン・ベイカーとか、ほんとに面白い翻訳物を出しています。ミルハウザーの作品はひととおり読んでいたつもりで、本書ももしやダブり?と思ったのですが、初読でした。安心しました。



しかしすごいですね。相変わらずやってくれます、ミルハウザー。この想像力の豊かさには舌を巻きます。本書は10の作品が収められた短編集なんですが、「不思議の国のアリス」を下敷きにしたものがあったり、「シンドバッドの冒険」を元にしたものがあったり、T・Sエリオットの詩を漫画化し、それをさらに言葉で表してみたりと、もう縦横無尽、自由自在に筆を駆使しています。


中でも出色なのは表題作の「バーナム博物館」でしょう。その博物館の内部の描写はそれこそミルハウザーお手の物なんですが、それよりそこに訪れる人達の心理を巧みに言い表しているところにこの作品の魅力が隠されているように思います。


久々にミルハウザーの魔力にどっぷり浸らせて頂きました。


読書ってほんと、楽しいです。

父の物語

2016-02-09 18:10:01 | な行の作家


長野まゆみ「冥途あり」読了




本書は講談社より平成27年に刊行されたものです。毎週1度行く銀行に置いてある雑誌「サンデー毎日」の中に岡崎武志の「今週のイチおし」という2ページの書評が載っていて、いつも楽しみに読んでいるんですが、本書もその書評欄に紹介されていたものです。


が、読んでみて、これはあまり自分の好みではなかったですね。主人公の亡くなった父の話がずっと続くんですが、戦前の頃の東京の古い街並み、人々の暮らしぶりの描写がどうにも鼻に付くというか、著者が自分の知識をひけらかしてる感がどうしてもぬぐえず、いささか辟易しました。


併録の「まるせい湯」という中編、これはまぁ読めました。まるせい湯という銭湯の主人の話が、なんとも壮大なほら話という感じで、ちょっとマルケスの世界に近いものを感じました。


まぁいずれにせよ、買って読むほどの本ではなかったかな。少し残念でした。

私/他人 生/死 現実/妄想

2016-02-09 17:45:21 | あ行の作家


ブライアン・エヴンソン著 柴田元幸訳「遁走状態」読了



ずっと以前、今はなくなってしまった「書評空間」というサイトで阿部公彦氏が紹介していて、ずっと気になっていた本で、先日やっとネットで購入したのでした。


本書は平成26年に新潮クレストブックより刊行されたものです。全部で19の作品が収録された短編集なんですが、こいつはすごいです。この作品達の感想をどう表したら良いのか、正直戸惑っています。


ちょっと、いかにもエヴンソンらしい1節を以下に引用してみます。

<空(くう)に浮かぶベッドの上にトラウブは浮かび、彼自身の完結した世界のなかのベッドであるところの、それ自体完結した世界であるものの宙吊りになっていて、そのすべてが空のただなかで垂れていた。彼はそこに横たわり、いくつもの顔が自分の体の前をよぎって、チクタク時計のように通り過ぎていくのを感じ、いまはまだそれがゆっくりだったけれども毎日少しずつ速くなっていくのだった。そして誰が私の横顔を描くのだろう?とトラウブは、もはや自分がだれなのかもよくわからずに考えた。そして誰が、私の死ぬとき私のすべての顔を描いてくれるのだろう?(「都市のトラウブ」より)>


常識によって認知された「現実」がゆがめられ、時には「現実」そのものが失われてしまったとき、この作品集の主人公達は、それをどうにか元の状態に戻すべくあがき、走り回る。その姿が滑稽でもあり、またなんだか悲しくもあるわけです。


いや、とにかく面白かった。ちょっとそうとしか言いようがないですね。

1月のまとめ

2016-02-09 17:28:35 | Weblog



1月に読んだ本は以下の通り



村上春樹「若い読者のための短編小説案内」
リュドミラ・ペトルシェフスカヤ著 沼野恭子訳「私のいた場所」
三島由紀夫「命売ります」
日本文藝家協会編「現代小説クロニクル1990~1994」
安岡章太郎「ガラスの靴/悪い仲間」


以上の5冊でした。


まずは三島由紀夫に驚かされたのと、村上春樹の小説の読み方の深さに、さすが単なる売れっ子作家ではない洞察力に感じ入りました。

最近は読む冊数は少ないものの、内容の濃い読書ができて、それはそれでいいのではないかと思っております。



1月 買った本2冊
   借りた本0冊

共同ファンタジーの終焉

2016-02-09 16:41:16 | や行の作家


安岡章太郎「ガラスの靴/悪い仲間」読了


そんなわけで村上春樹に刺激されて早速読んでみました。本書は平成元年に講談社文芸文庫から発刊されたものです。

村上氏がテキストとして取り上げた「ガラスの靴」ですが、自分はそんなに、でしたね。まぁ人によって受けるものは様々なので、そんなこともあるんでしょう。


しかし、村上春樹の「若い読者のための短編小説案内」の安岡章太郎のところをもう一度読み返してみると、なるほどと膝を打つところがありますね。村上氏はこの小説を「切羽詰まったファンタジー」だと言う。どうしてかというと作者はこの作品の中で「我々はどれだけ遠くまで現実から逃げられるか」ということを大きなテーマにしているからだと。小説の主人公は意識的に現実から逃げようとしている。しかし相手役の悦子はそれをごく自然にやってしまっている。そこに彼は惹かれるが、そんなふうになってしまったらおしまいだという意識も持っている。そこに彼のジレンマがあり、そこがこの小説の面白さなわけですね。


それは併録の「悪い仲間」にも共通したものがあるように思えます。この作品に出てくる二人は、どんどん悪行を重ねていくんですが、それはもう止められないんですね。止めたらもとのおぞましい現実に戻ってしまうわけですから。やめたくてもやめられないわけです。


そんなに、とか言いましたが、こういったことを踏まえて読み返してみると、やはり味わい深い作品集ということが言えると思います。


安岡章太郎の初期の作品を集めた短編集ということなんですが、全部で13の短編が収められています。ほかに印象に残ったのは「宿題」「剣舞」あたりですね。全体に通じているのは、背景が終戦直後ということで、なんというか、ものすごいエネルギーと、またそれとは全く逆の意気消沈したような空気がないまぜになったような、そんなものを感じました。


当時の若者の心情、大人達の暮らしぶりが安岡章太郎の骨太な筆力でぐいぐい迫ってきます。


なかなか佳作ぞろいで楽しめました。