トシの読書日記

読書備忘録

潰えた「自由の王国」

2012-06-27 17:36:40 | あ行の作家
大江健三郎「芽むしり仔撃ち」読了



昭和33年に発表された大江健三郎、初の長編であります。ずっしりと読み応えのある作品でした。


戦争末期、山中の僻村に集団疎開した15人の感化院の少年達の物語です。村に来た少年達は、その村で流行り始めていた疫病のため、村人達が少年達を置き去りにして逃げていくのを目の当たりにして茫然とする。しかし、無人になった村で少年達は、愛と連帯の「自由の王国」を建設しようとするが、それはしばらく経って様子を見に来た村人にもろくも崩されることになる。

お前達が村でしでかした悪業を許してやる代わりに、俺達がお前らを見捨てて他へ行ったことを誰にも言うな、と村長は少年達に取引を迫る。そして、ほぼ丸一日何も食べてない彼らに、握り飯と熱い味噌汁を用意する。「言うことをきくやつは飯を食っていいぞ」と言う村長の言葉に少年達は空腹のあまり、ついに屈服してしまうのだが、主人公の「僕」だけは、頑としてその取り引きをはねのける。が、しかし…。という話です。


まだいろいろなものがすり減っていない若い彼らが、築こうとしていたユートピアが、世俗にまみれた大人達につぶされると、簡単に言ってしまえばそんな物語なんですが、そこで繰り広げられる少年達の喜び、興奮、怯え、緊張、落胆等の心理描写が実に巧みで、彼らの息づかいを間近に感じられるほどの素晴らしい作品に仕上がっています。堪能しました。



「あなた」は「わたし」を知っているか?

2012-06-27 17:12:22 | あ行の作家
大竹昭子「図鑑少年」読了



これも姉が貸してくれた本です。著者については、全く予備知識がなく、どんな小説を書く人なのか、興味津々で読んでみました。


都市に住む「わたし」を中心にした、いわゆる奇譚集のような話が24編収められた短編集です。なかなか面白い世界でした。冒頭の「引っ越し」と題された一編。新しいマンションに引っ越してきた「わたし」は、様々なトラブルに巻き込まれる。CDプレーヤーがこわれ、トースターがこわれ、ファックスは誤送信される。間違ってファックスした相手から電話がかかってきて、それを知らされるのだが、その相手が日本人ではないため、なかなか話が通じない。やっとお互いの言っていることが理解できて問題が解決したと思ったその時、「Do you know me?」と相手からたずねられる。これは不思議な感覚にさせられます。そして「わたし」は、「わたしは自分がかつて一度もこの言葉を発したことがないのに気付いた。そう人にたずねなければならない場面に遭遇したことがなかった」と思い至る。


そういえば自分は?と思わず自問してしまいます。さらに考えていけば、この問いは「あなたはあなた自身のことを知っているか」、つまり「あなたとは、わたしとは、いったい誰なのか」という深い問いに発展していくような気がします。なかなか意味深な作品でした。


どの作品も、「わたし」がいろいろな出来事に遭遇する話が中心になっているんですが、本当に起きたことなのか、あるいはそれは「わたし」の妄想なのか、そのあたりが曖昧にされていて、ちょっと内田百の世界を彷彿とさせます。不思議な世界を作り出す作家です。佳作といって良いと思います。


ちょっと寄り道が多くなってしまいました。次、大江、いきます。

あらゆる瞬間に存在する自我

2012-06-18 15:59:18 | な行の作家
ドン・デリーロ著 上岡伸雄訳「ボディ・アーティスト」読了




いやぁこれはすごい小説です。どう評価してよいものやら途方に暮れております。例えて言うなら、超難解な抽象画を前にして茫然として立ちすくむ心境と言ったらいいでしょうか。


よく、前衛芸術と称してバケツに入れたペンキをキャンバスにぶちまけてみたり、体に絵の具を塗りたくって、キャンバスに体当たりして偶然にできた絵(模様?)をアートとして発表する人達がいますが、ああいったものに、自分は懐疑的な姿勢をとるものでありますが、本作品にも、それにちょっと似た匂いを感じます。


しかし、著者である、ドン・デリーロのプロフィールを見てみると、この作品以前にもいろいろな小説を発表し、アメリカでは、押しも押されぬ大作家ということですから、自分の見方が間違っているということなんでしょうね。


解説の川上弘美も、
<わかりにくい小説である。しかしわたしたちの意識やこの世界は元々わからないものなのだ。その意味で、一見不条理で難解なこの小説、実際には真っ正直で素直な作品であるといえるのかもしれない。>

などと、紋切り型の解説でお茶を濁しております。この小説を素晴らしい!とおっしゃる御仁と、とことん話をしてみたいと切に願うものであります。


残念。

無限に遠ざかる中心点

2012-06-18 15:36:52 | は行の作家
堀江敏幸「なずな」読了



久々の堀江敏幸の長編です。わくわくしながら本を開き、読み終えました。そして今、深い充足感に浸っています。


ひょんなことから、というか、いろいろな事情があって生まれたばかりの弟の子供、つまり姪をしばらく預かることになった主人公が、その子供はもちろん、主人公である菱山秀一もその赤ちゃんのおかげで成長していく、という物語です。今話題の「イクメン」ってやつなんですが、それが、この堀江敏幸の手にかかると、こうも味わい深い物語になるのかと、感じ入ってしまいます。


印象に残ったところを引用します。

<軽さと重さがこの子には等量詰まっている。(中略)突然ベッドからふわりと宙に浮いて、どこかへ飛んでいくような気さえする。風に吹かれて、いや、風に乗って。>

<玄関ドアの下から冷えた空気が床を這うように流れ、頬の横を通り過ぎていく。その上から、なずなの身体でほのかにあたたかくなった空気が覆い被さって、私の顔を包む。私は守っているのではなく、守られているのだ。この子に。なずなに。>

生後3ヶ月の「なずな」のおかげでいろいろな人との絆ができ、それがごく自然な形で拡がっていく。もちろん子育ての経験のない独身の40男にとって、小さな赤ちゃんの面倒をみながら仕事を続けていくのは、並大抵の苦労ではないのですが、その負の部分を補って余りある、この、人とのつながり。そしてなによりこの可愛い赤ん坊の成長ぶり。それが、堀江敏幸独特の筆致で静謐に綴られていきます。


著者の、この、尋常でない言葉の選び方、流れるような文体、巧みな構成に酔いつつ本を閉じたのでした。


やっぱり堀江敏幸、いいです。

閉ざされた壁の中に生きる

2012-06-11 15:48:32 | あ行の作家
大江健三郎「死者の奢り・飼育」読了



大江健三郎フェア、いよいよ開催です(ちょいちょい寄り道はしますが)。表題作、「死者の奢り」は、大江の実質的なデビュー作であります。巻末の江藤淳の解説にある通り、ここに大江健三郎の主題の全てが詰まっている気がします。


大学の医学部で屍体処理のアルバイトをする「僕」の屍体に対する思い。一緒にその仕事をすることになった女子学生の体には、新しい生命が宿ってい、しかし彼女はそれを始末することを考えている。屍体を目の前にして、自分の体内にある子供を殺すという、この倒錯した世界が、この小説の空気を作っています。


のっけから凄い小説を書いたもんです。また「人間の羊」という作品。主人公のアルバイト学生は、社会に対する正義を盾にとって、彼がバスの中でアメリカ兵から受けた辱しめを警察に訴え、告訴するように執拗に迫る教員と消極的ながら完全に対立する。この作品の主題は、傍観者に対する徹底的な嫌悪と侮蔑であると思います。


これがその後の大江の社会的活動(核の廃絶、原水爆禁止運動)を推進するエネルギーになっていったのではないかと思います。


また、「飼育」という短編もすごい作品でした。戦闘機の事故からパラシュートで脱出した黒人兵を、村の人間達が納屋に閉じ込め、「牛」のように飼ううち、主人公の少年と黒人兵との間に心が通い合うような感情が芽生える。しかし、この話には恐ろしい結末が用意されていました。すごいです。


全体に流れる空気が重苦しく、それが小説の構成に大きな影響を及ぼしています。夏の暑さ、流れる汗、アメリカの白人兵、黒人兵らの体臭…。濃密な空気です。


やっぱり世界の大江ですねぇ。デビュー作からこれですから、先が楽しみというものです。




ネットのブックオフで以下の本を購入


大江健三郎「燃え上がる緑の木 第二部 揺れ動く」
大江健三郎「燃え上がる緑の木 第三部 大いなる日に」
大江健三郎「芽むしり仔撃ち」
澁澤龍彦「ねむり姫」
中上健次「蛇淫」

5月のまとめ

2012-06-04 16:56:48 | Weblog
5月に読んだ本は以下の通り


田中慎弥「共食い」
小林信彦「侵入者」
稲葉真弓「唇に小さな春を」
大江健三郎「憂い顔の童子」
山口瞳「木彫りの兎」
村上春樹「ねむり」
村上春樹「TVピープル」
大江健三郎「さようなら、私の本よ!」


以上の8冊でありました。かなりペースが戻ってきました。良い傾向であります。

5月は、やはり大江健三郎でしたね。かなり重厚な作品ばかりなので、ちょっと時間が空いたときに、ちょこちょこっと読むというのがなかなか難しいのが難点ではありますが、なんとか頑張って大江コンプリートを目指します。



話は全く違うのですが、最近、ヤフーメッセンジャーがバージョンアップしたようで、インストールしたんですが、それ以来、友達のブログが見られなくなってしまいました。なにか、手順が違うんでしょうかねぇ… もし、ご存知の方があれば、ご教示頂きたいと思っております。