トシの読書日記

読書備忘録

10月のまとめ

2012-10-31 18:01:55 | Weblog
今月読んだ本は以下の通り


G・ガルシア・マルケス著 野谷文昭訳「予告された殺人の記録」
松浦理英子「犬身」(上)(下)
多和田葉子「雲をつかむ話」
大江健三郎「洪水はわが魂に及び」(上)(下)
中勘助「銀の匙」


以上5作品、7冊でした。今月も松浦理英子を除いては収穫の多い読書となりました。読みたい本、というか読まなきゃという本が山ほどあって、少々あせっております。姉から「今年のナンバー1」と言われているマーセル・セローという作家で、村上春樹の訳、「極北」というのも姉から早く読めとせっつかれております。大江健三郎をこなしながら少しづつ進めていこうかなと、思っております。


読まなきゃいけない本が山とあるのに書店で以下の本を購入


小川洋子編著「小川洋子の偏愛短篇箱」
大川渉「酒場めざして」
堀江敏幸「燃焼のための習作」



子供の心の陰影

2012-10-31 17:45:05 | な行の作家
中勘助「銀の匙」読了



ずっと前から姉に読め読めと言われていた本作品、やっと読みました。目下「大江健三郎フェア」を開催中なので、なかなか他の本に手が回らないのが現状であります。とは言いながらちょいちょい道草をくってますが。


しかし、この小説はよかった。主人公が、その幼年時代から思春期までを回想するという構成になっているんですが、そのいろいろな情景の描写が細かくて美しいことといったら。やはり文章の美しい作家はいいですね。ほれぼれします。例えばこんな文章…

<後ろは峰、谷のむこうにはそれよりも高い岸壁が屏風のようにめぐって青空を天井とした奇怪な殿堂をつくっている。頭のうえにしりあがりの呼び声を響かせてる隼はときどきさっとおろして眼のまえをかすめてはまた空高く舞いあがる。(中略)そのほんの覗いてみるほどのすきまから山また山が赤く、うす赤く、紫に、ほの紫につらなって、折り重なり畳み重なりはてしもなくつづいてるのがみえる。>

いいですねぇ。ともすれば美分調になりかねないところをぎりぎりで踏みとどまっている感じがいいです。


姉は、こういった作品はあまり好まないと思っていたんですが意外でした。まぁそれはともかくとして、いい作品に出会わせてもらいました。感謝です。

見捨てられた子供たち

2012-10-31 17:31:49 | あ行の作家
大江健三郎「洪水はわが魂に及び」(上)(下)読了



ちょっと寄り道をして、また大江に戻ってきたんですが、いやぁこれもすごい小説でした。いわゆる初期から中期に移るあたりの作品なんですが、もう脂が乗りきっている感じです。感動というのではなく、はぁーっとため息が出るというか、考えさせられます。


主人公の大木勇魚(おおき いさな)が障害を持つ幼児、ジンと共に核シェルターに隠遁し、自ら「樹木の魂」、「鯨の魂」の代理人を名乗り、それらと魂で交信する。まずこの着想がすごいですね。


そしてラストシーン、シェルターに「自由航海団」達と共に立てこもった勇魚は、何百人という機動隊の一斉攻撃を前に「樹木の魂」「鯨の魂」と最後の交信をするのですが、自分は決して「樹木」と「鯨」の代理人たりえないばかりか、それらの敵である人類の一人にすぎないという思いに至り、懺悔するのです。このなんともやるせない思い。胸に迫るものがあります。


素晴らしい作品でした。

犯人との邂逅

2012-10-17 17:56:19 | た行の作家
多和田葉子「雲をつかむ話」読了


例の紀伊國屋書店の書評サイト「書評空間」の阿部公彦氏が本書を書評していたので興味が湧き、買って読んでみました。元々多和田葉子は好きな作家なんですが、「犬婿入り」はめちゃくちゃ面白かったんですが、「文字移植」とか「ボルドーの義兄」になるとちょっと難解で、こいつは手強い作家という認識ができてしまい、姉から借りている野間文芸賞受賞作の「雪の練習生」もまだ読まずにいるのでした。


しかししかし、本書は良かった。本当に雲をつかむ「ような」話で、話があっちへ飛んだり、こっちへ来たり、前の話の続きが唐突に後で出てきたりと、多和田葉子らしいといえばそうなんですが、振り回されながらも楽しく読了致しました。


テーマは「犯人」です。犯罪人ではなく。主人公である「わたし」の周りに現れるいろいろな犯人。それをめぐってのいろんな人とのやりとり。そのひとつひとつがそこはかとないユーモアを漂わせながら、なぜか緊張感を強いられるような不思議な感覚。この作家、独特の持ち味であります。

さてさて、ちょっと寄り道をしすぎました。次、大江、いきます。

種同一性障害の悲劇

2012-10-17 17:35:09 | ま行の作家
松浦理英子「犬身」(上)(下)読了


先日、中日新聞の夕刊「大波小波」で同作家の新作を取り上げ、寡作で知られる松浦理英子の6年ぶりの長編を紹介していて興味をそそられ、そういえば以前姉に借りた「犬身」というのがあったと思い出し、その新作の前にこれを読んでみようと手に取ったのでした。


本作品を読んで思ったんですが、まぁその新作は読まなくてもいいですね。松浦理英子という作家の小説は始めて読んだんですが、どうということのない内容で、ちょっとがっかりしました。これを上・下にわたって614頁もの物語にする必要があるのかと…。


主人公の女性が犬になりたいという願望があり、その望みは叶えられ、飼い主の女性とその兄と母親との葛藤を犬の目から見るという、いわゆる変身譚というやつなんですが、面白くないですね。まず文章が稚拙です。なんだかラノベみたいな書き方でそれで半分読む気が失せました。まぁなんとか最後まで頑張りましたが。


久しぶりに「はずれ」の小説を読んでしまいました。残念です。


さらに気分が悪いのは、解説の蓮實重彦の「犬身論」と題した文章。わかったようなことをつらつら書き並べ、得意になっている顔が目に浮かびます。たとえばこんなところ。

<作品を読むことが、その物語の構造の解明とはまったく無縁ではないにせよ、それとはおよそ異質の体験だという文学の現実にほかならない。>

なんですかこれ。文章になってないし。この解説ひとつで蓮實の程度が知れるというもんです。小説自体はなんだかなぁという感想なんですが、この解説には怒りが湧いてきます。



ネットで以下の本を注文する

多和田葉子「雲をつかむ話」
葛西善蔵「哀しき父/椎の若葉」

フィクションとジャーナリズム

2012-10-09 16:01:16 | ま行の作家
G・ガルシア・マルケス著 野谷文昭訳「予告された殺人の記録」読了




マルケスは以前読んだ短編集「エレンディラ」がめっぽう面白く、また何か読もうと思っていた矢先、書店で本書を見つけ、早速買ったのでした。本書を買ったのは、もう一つ理由があって、カバーの表紙の絵が、あのジェームズ・アンソールの「仮面の中の自画像」だったからです。この画家は、仮面の絵を多く描くことで知られている作家で、何ヶ月か前に豊田市美術館で作品展があり、その本物をじっくり鑑賞したことがあります。こういうのも一種のジャケ買いなんでしょうね。


さて、この中編は1951年に南米のコロンビアで実際に起きた殺人事件をもとに書かれたものです。まず構成がうまいですね。その書き出し…

<自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために朝、五時半に起きた。>

いきなりこんな風に書かれると、読者の興味をそそらずにはいられません。


で、実際の殺人の場面を書くまで、その事件の背景、時代のようす等々を綿密に書き続け、引っ張るだけ引っ張ってハイライトを一番最後にもってくるという、心憎いばかりの構成です。


この事件には、当時の男尊女卑の風潮であるとか、結婚というものが、ただお互いが愛し合っているとかそんなことでなく、策略と世間体に重きを置いていたとか、そんな前時代的なものがあったゆえのことであったことをうかがわせます。


マルケス、なかなかいいですねぇ。いつか絶対「百年の孤独」、読破します。

9月のまとめ

2012-10-03 15:35:18 | Weblog
9月に読んだ本は以下の通り



大江健三郎「個人的な体験」
辻原登「抱擁」
大江健三郎「空の怪物アグイー」
大江健三郎「われらの時代」
大江健三郎「万延元年のフットボール」
大江健三郎「みずから我が涙をぬぐいたまう日」


の6冊でありました。ちょっとペースが戻ってきたかな?

6冊中5冊が大江健三郎!まさに大江健三郎祭りであります。その中でも出色なのは「万延元年のフットボール」ですね。今月も大江健三郎をめぐる旅、続けます。

現人神(あらひとがみ)による救済

2012-10-03 15:17:30 | あ行の作家
大江健三郎「みずから我が涙をぬぐいたまう日」読了


本書は上記の表題作と「月の男(ムーン・マン)」の2編の中編を収めた作品集です。「みずから…」は、これはもうお手上げでした。めちゃくちゃ難しい!解説によると、天皇制というものに疑問を投げかける作品で、割腹自殺した三島由紀夫のそれとを比較して論じているということですが、もうわけがわかりません。


しかし、わからないなりにも本書を読んでおくことで、今後の大江作品をより深く理解できるよすがになるのでは、と自分に期待しております。


「月の男(ムーン・マン)」は、以前読んだ「日常生活の冒険」を思い起こさせるようなリズミカルな文体で、こちらはずっと読みやすかったです。NASA航空宇宙局から逃亡してきたという男(ムーン・マン)を軸に、「僕」と女流詩人と捕鯨反対運動家のスコット・マッキントッシュという男と、それに加えてベ平連の運動家である細木大吉郎とが織り成す物語であります。


ここでも大江は「天皇」の問題を取り上げていて、ムーン・マンがNASAから日本に逃げてきたのは天皇に会ってアメリカが月へロケットを打ち上げるのを阻止するようお願いをするという、荒唐無稽なエピソードを挿入させています。


ちょっとまた大江続きで疲れました。次は別の作家にいきます。