トシの読書日記

読書備忘録

弾圧、逃亡、そして絶望

2018-08-28 18:10:01 | ら行の作家



フリオ・リャマサーレス著 木村榮一訳「狼たちの月」読了


本書はヴィレッジブックスより平成19年に発刊されたものです。


1937年、スペイン内戦の折の敗残兵(民兵)が治安警備隊の執拗な追求を逃れ、山中の奥深くに身を潜める。この作品はその4人の民兵が逃亡しながらも生きる望みをなんとかつなぎつつ、生きながらえていく物語です。


しかし、治安警備隊の捜索は厳しく、物語が進むにつれ、一人、また一人と仲間が殺されていきます。最後に語り手であるアンヘル一人が残り、スペインから脱出するために列車に乗るところでこの小説は終わっていますが、この全編に流れる寂寥感と寄る辺のなさが、もう半端ないです。「黄色い雨」を読んだときにも感じたんですが、これがリャマサーレスなんですね。この独特の世界がとにかくすごいです。


アンヘルが国外への逃亡を決意するところが最後の方にあるんですが、自分の家の家畜小屋に身を潜めているアンヘルに対して、妹が「ここから出て行ってほしい」と告げるシーン。この妹の心中を思うと胸がふさがれる思いでした。


本作品がリャマサーレスのデビュー作ということなんだそうですが、デビュー作にしてこの世界観、稀有な作家です。本作家は他に「マドリッドの空」という長編も刊行しているようですが、まだ翻訳はされていないとのこと。発刊が待たれるところであります。




姉から以下の本を借りる


町田康「ギケイキ―千年の流転」河出文庫
佐野洋子「役にたたない日々」朝日文庫新刊
G・ガルシア・マルケス著 高見栄一他訳「悪い時 他9篇」新潮社
アントニオ・タブッキ著 須賀敦子訳「遠い水平線」白水Uブックス
レザー・アスラン著 白須英子訳「イエス・キリストは実在したのか?」文春文庫
辻原登「冬の旅」集英社文庫
カズオ・イシグロ著 入江真佐子訳「わたしたちが孤児だったころ」ハヤカワ文庫

青春は軽蔑の季節

2018-08-21 16:32:13 | さ行の作家



最果タヒ「星か獣になる季節」読了



本書は今年2月にちくま文庫より発刊されたものです。


姉から借りた本なんですが、自分もちょっと気になっていた作家で、どんなものかと読んでみたのでした。


一読、どうなんですかね、これは。まぁラノベとまではいかなくとも、それに近いようなそんな印象で、自分のようなじいさんが読むものではないように思いましたね。まぁこういったたぐいは若い方にまかせておけばいいのではないでしょうか。


しかし、じっくり考えながら読むと、意外と深い味わいがあるような気がします。もう一回読もうとは思いませんが。

独りでいい、独りがいい

2018-08-14 15:42:21 | わ行の作家



若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」読了



本書は今年2月に河出書房新社より発刊されたものです。先日発表になった芥川賞の一コ前の時の受賞作です、たしか。姉が「面白かった」と言って貸してくれたんですが、いやほんと、面白かったです。


日高桃子、74才。15年前に夫を心筋梗塞で亡くし、都市近郊の古びた住宅に一人住まい、という設定なんですが、この桃子さんが実に魅力的な人なんですね。


思索に思索を重ねる。自分の人生、自分の行為に意味を見出さずには納得できない人です。自分の内側から、ときには外側からもいろいろな声が飛び交い、それに応える桃子さん。まぁ一人で思慮している、ということなんでしょうが、このあたりの描写がなかなか素敵です。


印象に残った箇所、ちょっと引用します。

<人は変わるもんだな、変われるもんだな。
桃子さんは震える指でバッグから四十六億年ノートを取り出し、胸に抱きしめた。
四十六億年の過去があった。つづく未来もあると思いたい。
周造、おらどは途上の人なのだ。どうしても今を生きるおらどという限定、おめはんという限定からは逃れられない。それでも人は変わっていく。少しずつ、少しずつ。だから未来には今とは想像もつかない男と女のありかたがあるのだと思う。>


<体が引きちぎられるような悲しみがあるのだということを知らなかった。それでも悲しみと言い、悲しみを知っていると当たり前のように思っていたのだ。分かっていると思っていたことは頭で考えた紙のように薄っぺらな理解だった。自分が分かっていると思っていたのが全部こんな頭でっかちの底の浅いものだったとしたら、心底身震いがした。
もう今までの自分では信用できない。おらの思ってもみながった世界がある。そごさ行ってみって。おら、いぐも。おらおらで、ひとりいぐも。
切実は桃子さんを根底から変えた。亭主が今ある世界の扉が開いたのだ。笑うだろうか、今声が溢れる。様々な声が聴こえるのだ。桃子さんが望めば、いや桃子さんが予想だにしないときでさえ、声が聴こえる。亭主の声だけではない、どこの誰とも分からない話し声が聴こえる。今はもう、話相手は生きている人に限らない。樹でも草でも流れる雲でさえ声が聴こえる、話ができる。それが桃子さんの孤独を支える。桃子さんが抱えた秘密、幸せな狂気。桃子さんはしみじみと思うのだ。悲しみは感動である。感動の最たるものである。悲しみがこさえる喜びというのがある。>


すみません、ちょっと長くなってしまいました。でも、感動的なところだったので、割愛せずに引用しました。


東京に出てきた経緯だけはちょっと特別だったものの。その後は平凡な主婦といっていいような人生だった桃子さんなんですが、その心の内は常人には計り知れないものが渦巻いており、それがものすごい迫力でこちらに迫ってきます。


著者は1953年生れといいますから自分とほとんど同世代なんですが、これだけの筆力を持ちながら本作品がデビュー作というんですからびっくりしました。


余談ですが、この小説のことをネットで調べているうち、「ちょい虹」というタイトルのブログを見つけまして、これが読書、映画のレビューのブログなんですが、なかなかまとめ方がうまい。あまり共感できなかった作品(たとえば、映画「万引き家族」)を、ただ「面白くない!」と言って突き放すのでなく、何故自分は感動できなかったのか、自分の心の内を詳しく分析するわけです。その謙虚さがいいですねぇ。


7月のまとめ

2018-08-07 17:17:07 | Weblog



7月に読んだ本は以下の通り



「群像」6月号
町田康「餓鬼道巡礼」
ポーリーヌ・レアージュ著 澁澤龍彦訳「O嬢の物語」
マルキ・ド・サド著澁澤龍彦訳「ソドム百二十日」
群像編集部編「群像短篇名作選」


以上の5冊でした。7月は、なんだかもやもやしましたね。きわどい系の作品がいまいちで、楽しめなかったですねぇ。前、本屋へ行ったとき、沼正三の「家畜人ヤプー」というのも買おうと思ったんですが、なんと全5冊で、さすがに買うのはためらわれました。


でも、文芸誌の「群像」に掲載された「美しい顔」とか(この作品、やっぱり芥川賞は落選でした)、松浦寿輝とか堀江敏幸の短編等、リスペクトできる作品に出会うこともできました。



7月 買った本0冊
   借りた本10冊

文学の可能性

2018-08-07 17:00:06 | か行の作家



群像編集部編「群像短篇名作選 2000~2014」読了



本書は今年5月に講談社文芸文庫より発刊されたものです。以前読んだ「現代小説クロニクル」のような企画で、2000年から2014年に発表された短編のうち、これはと思われるものを集めたアンソロジーです。


名を連ねる作家は辻原登、村田喜代子、古井由吉、堀江敏幸、町田康、松浦寿輝、筒井康隆と、自分のリスペクトする人達ばかりで、それだけでうれしくなってしまいます。


内容は、予想に違わず、それぞれの作家らしい持ち味を発揮し、充分堪能させてもらいました。


中でも印象に残ったのは松浦寿輝の「川」ですかね。これは同作家の「不可能」の中のある部分を抜き出して掲載したものですが、「不可能」という作品自体、章ごとにある程度独立した構成になっているため、そのうちの一章を短編小説という一つの作品であると、いうようにとらえても決して遜色ないものと思われます。鋭い切れ味の、なかなかに読ませる作品でした。


また、堀江敏幸の「方向指示」もよかった。理髪店の女店主、修子さんと常連客の三郎助さん、三郎助さんの髪を切りながらの二人のやりとり。修子さんの細やかな心の動きが堀江敏幸の、その美しい筆致で語られていきます。秀作です。


やっぱり、「O嬢の物語」とか「ソドム百二十日」なんかより、こういった小説群の方が自分は好きですね。実は本書を読む前、澁澤龍彦の「少女コレクション序説」を読みかけていたんですが、内容もいまいちなのと、澁澤先生のちょっと高みから見下ろしたような物言いが我慢できなくて途中で止めたのでした。


諏訪哲史氏に勧められるままにあぶない系の著冊を何冊か読んでみたんですが、ちょっとなんだかなぁという感じでした。残念。