トシの読書日記

読書備忘録

葛藤と宿痾

2009-06-16 15:05:31 | か行の作家
車谷長吉「贋世捨人」読了


今まで読んできた同作家の本は、短篇が多かったんですが、これは長編です。

この小説は、書き出しで全てを表しています。

「…二十五歳の時、私は(中略)「西行法師全歌集」を読んで発心し、自分も世捨人として生きたい、と思うた。併し五十四歳の今日まで、ついに出家遁世を果たし得ず、贋世捨人として生きてきた。つまり、私は愚図であったのだ。世捨人として生きたいと願いながら、も一つ決心が付かないとは何事であろうか。」


世捨人として生きていきたいと思いながらふんぎりがつかない自分に呆れ、情けなさを感じ、しかししょせん俺はこんなものと、開き直ってみたり、中途半端に生きることこそが真の世捨人であると、理屈をこじつけてみたり、まぁそんなこんなの葛藤の物語であります。


作中、印象に残った一休の歌。


 有漏路(うろじ)より無漏路(むろじ)へかへる一やすみあめふらばふれ 
 風ふかばふけ


「有漏の漏とは、人の軀から出るものはみな汚れたもの、という意。それが転じて、煩悩、迷いのことを言う。生きることは迷うこと、苦しむことである。それを有漏路と表現した。その苦しい人生から、煩悩や迷いのない無漏路、すなわち「死」に帰るまでの一休みが、この人生であるというのである。されば『あめふらばふれ風ふかばふけ』」



しかし、世捨人として名高い西行でさえも、なにもかも捨てたようなことを言いながら、紀州に広大な荘園を持ち、そこからの年貢で決して貧しくない暮らしを営んでいたということを知るに至って、「私」は世捨人になることの決心が揺らぐ。


結局「私」は東京での荒廃した生活に見切りをつけ、無一文になって播州の実家へ帰り、下足番、割烹料理屋の追い回しを九年続けることになる。二度と小説は書くまいと思うのだが、心は千々に乱れ、また書いた小説が芥川賞の候補作品となり(落選するのだが)、東京の編集者の誘いもあって、再び上京するところで物語は終わる。


世間から隔絶された生き方をしたい、世を捨てたいと切望する「私」ではありますが、あまりにも煩悩が多すぎますねこの人(笑)特に、女性に対する執念たるや、西村賢太もかくやと思わせるような一種異常なエネルギーを持っています。


でも、共感できるところもかなりありました。ちょっと書きづらいので割愛しますが(笑)そうだよねぇ、人間だものと、おもわず相田みつをみたいな合いの手を入れてしまっている自分がいましたとさ。

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