トシの読書日記

読書備忘録

食べることへの執着

2020-10-29 17:15:08 | は行の作家


平松洋子 画・下田昌克「すき焼きを浅草で」読了



本書は今年5月に文春文庫より発刊されたものです。この「~(食べ物)を~(場所)で」シリーズは週刊文春に掲載されたものを本にしたんですね。後ろのところを見るとこのほかに6冊ほど出ております。そのうち3冊は自分で買って読みました。それで、以前のブログに平松洋子はもういいやってなことを書いたんですが、本書は姉が「あんた、これ好きでしょ」と言って持ってきたもので、まぁ持ってこられたら読まざるを得ないかなと。で、読んでしまいました。


相変わらずのそそる文章です。以下、特に心惹かれたもの、列挙してみます。

東京JR西荻窪駅近くの「大岩食堂」のスパイシーレモンサワー。たかがレモンサワーと言うなかれ。これには唐辛子、コリアンダー、クローブ、カルダモン、きび砂糖、レモンをドライジンに漬け込み、それを氷を入れたグラスに注いでウィルキンソン(カナダドライじゃないところがいいねぇ)のソーダで割る。もう読むだけでよだれが出ますね。

銀座6丁目「泰明庵」のせりそば。せりが葉先から根っこまで1束まるごと入っているそうです。これもいいですねぇ。

日本橋人形町の立ち食いそば「福そば」の紅しょうが天そば。

仙台「嘉一」の中華そば・塩あじ

そしてこれはお店のメニューではないんですが、一本850円の生わさびをすりおろし、熱々のごはんの上におかかを広げ、まん中にわさびを乗せ、醤油をまわしかけたわさびめし。個人的にはこれがどストライクでしたね。

あと、玉ねぎのせん切りとプチトマトを炒め、そこにS&Bの赤缶のカレー粉を入れてルーを作り、ざく切りにした油揚げと水を入れて煮るという油揚げカレー。


しかし読み終えて思うのは、自分は本当に食いしん坊だなぁということ。言い方を変えれば食い意地が張っているということなんでしょうね。長年食べ物関係の仕事をしてきたからそうなのか、生来のものなのか、よくわかりませんが。


本書の一番最後の記事で武田百合子の「富士日記」を取り上げていて、自分の感性と平松氏のそれとがちょっと一致した気がして、なんだかうれしくなりました。



先日、がんセンターの消化器内科の診察がありまして、話を聞いてきました。その2日前にCTと胃カメラをやったんですが、CTの画像を見ると、相変わらず食道はふさがっているんですが、なんだか白くてビラビラしたものが食道をふさいでいて、これは何かと聞くと組織が壊死したものではないかということ。放射線治療で焼けただれた組織かもしれないということです。前のCTの画像ではそういったものは見られなかったんですが、そのあたりをたずねてもなんだか要領を得ない答えでちょっとすっきりしませんでした。


いずれにしても、今行っている治療、免疫チェックポイント阻害剤による抗がん剤治療はこの状態では効果がないと判断しました。それで次回からはパクリタキセル(名前がちょっとうろ覚えですが)という、いわゆるタキサン系の治療に変更するとのこと。これは免疫チェックポイント阻害剤が開発される前の、いわば従来からある治療法というものだそうです。しかし、これは免疫チェックポイント阻害剤の治療よりは効果が期待できないそうで、自分のガン撲滅もかなり厳しい状況になってきました。


免疫チェックポイント阻害剤で効果が見られず、それより期待薄の治療に切り替えざるを得ないという、このつらい選択。いよいよ死の淵に迫ってきたな、という実感です。でもまぁいくらなんでもあと1~2年くらいは生きてると思いますがね。







俗に言う娯楽小説

2020-09-12 15:54:36 | は行の作家



原宏一「天下り酒場」読了



本書は2015年に祥伝社文庫より発刊されたものです。ブックオフへ行ってなかなか読みたい本がなく、探しあぐねていたところ、本書を見つけ、こんな本はいつもならまず読まないんですが、なぜか気が向いて買ってみたのでした。


まぁたまにはこんなのもいいですね。息抜きにはちょうどいいです。今まで赤川次郎とか、そのあたりの作家を小馬鹿にしてたんですが、こんなのもありかなと。赤川次郎と本作家を同列にしていいものなのかどうか、赤川次郎を読んだことのない自分としてはちょっとわからないんですが、まぁそのあたりの作家ってことで。


どんぶり勘定の親父がやっている居酒屋へひょんなことから区役所を退職した男がアルバイトで入ってくる。この男がめっぽうやり手で店の経営をパソコンを使って管理し、またたく間に黒字へもっていく。そこから2号店、3号店と出店していき…と、ここまでは順風満帆だったのだが…という表題作、経営破綻した歯科医師が30過ぎの求職中の男と組んで歯磨きのサービスという新しいビズネスを始め、それが大当たりするのだが…という「ブラッシング・エクスプレス」とか、まぁよくこんなアイデアが湧いてくるもんだと感心しながら読み終えました。


こういった類いの小説(というより読み物か)はまずめったに読んだことがないので、ほかの作家はどうなのかわかりませんが、なかなかの筆力でつじつまの合ってないところもとりあえず見当たらず、3時間くらいで一気に読んでしまいました。面白かったです。

稲妻小路の訪問者

2020-07-22 14:57:47 | は行の作家


平出隆「猫の客」読了



本書は2009年に河出文庫より発刊されたものです。何年かぶりの再読でしたが、やっぱりいいですね、この小説は。


テイストは堀江敏幸とかなり似た感があるんですが、それでもこの作家にしか書けないデティールの細やかさとか、本作の主人公である猫、「チビ」に注ぐ夫婦の愛情の描き方などは、やはり一目を置くものがあります。自分としては、小説、映画等に登場するものとして、動物、子供、難病といったものに対しては、拒否反応を示すものではあるんですが、こと本作に関しては猫が中心の話ではありながら深い感動を誘う、素晴らしい作品に仕上がっていると思います。


初めて本作品を読んだとき、この作家の他の小説も読んでみようかと思って、そのままにして忘れてしまっていたんですが、自分のこの先の寿命を考えたらまぁやっぱりいいかなと。


今日は消化器内科の検診があったので、がんセンターへ行ってきたんですが、今後の予定が決まってきました。31日にCT、8月5日にその結果を見ての放射線科の診察、8月13日に胃カメラ、その翌日の14日にその結果を見ての消化器内科の診察と、こういった段取りになりました。なので、自分の病気の治療の状況が最終的にわかるのは8月14日ということになります。なんだか死刑の判決が下る前の被告人のような心持ちです。


あと約3週間、じっと待つより仕方ないですね。



市井の人々の演じるドラマ

2020-07-14 17:49:00 | は行の作家

今日、退院してきました。あと、水、木、金の3日で放射線治療は終わります。で、ちょっと日を置いて31日にCTの検査、それから1週間後くらいに胃カメラ、それでやっと自分のガンの状態がわかるというわけです。あまりにも長い。自分の病状を知るのにあと1ヶ月ほども待たねばならないとは…。患者の不安、心配をどう考えているんでしょうか。ま、なにを言ってもそんなシステムになっているのなら従うしかないんでしょうが。


それはともかく…

堀江敏幸「雪沼とその周辺」読了
本書は2003年に新潮社より発刊されたものです。


もう、何回読んだか知れないくらい、自分の中での名著です。全部で7編の短編が編まれた作品集になっています。冒頭の「スタンス・ドット」がいいですね。


5レーンしかないボウリング場を経営する50代(?)の男の話なんですが、もう店をたたむと決めた、その最後の夜、若いカップルがトイレを借りにきます。その二人に事情を話し、最後に無料でいいので1ゲームだけ遊んでいきませんかと誘います。結局彼が投げることになり、男はそのスコアを手書きでつけていくわけです。


男がスコアをつけながら自分の来し方を振り返るという手法は、小説のプロットとしてはありがちなんですが、そこは堀江にしか表現のできない詩情あふれるものになっていて、読む者を静かな感動に誘います。亡くなった妻との仕事を兼ねたアメリカ旅行、この仕事を始めるきっかけとなったハイオクさんとの思い出…。このあたりの筆運びは心憎いばかりです。


そしてラスト、意外な展開に読者は少し驚くんですが、このあたりの持ってきかたもうまいですねぇ。最後の数行でグッと盛り上げてスパッと切り捨てるように終わる。この手法は、本書の他の作品にも使われていて、トータルとして作品の全体に素晴らしい効果をあげています。ちなみに本作品は優れた短編小説に贈られる川端康成文学賞を受賞しています。


まぁ堀江敏幸となると、全くけなすところがないというか、小川洋子が百閒を愛するように、私も堀江敏幸を愛するということですね。


自分の人生で堀江敏幸に出会えたことだけでも僥倖としましょうか。

12845基のヴィクトリア朝風の電話ボックス

2019-12-17 15:12:00 | は行の作家



リチャード・ブローディガン著 藤本和子訳「アメリカの鱒釣り」読了



本書は平成17年に新潮文庫より発刊されたものです。初出は1975年とのことですから今から約45年前の作品ということになります。


前に読んだ「西瓜糖の日々」同様、非常に不思議なテイストを醸し出しています。いや、「西瓜糖」以上ですね、不思議度は。まず、もう全体に言ってこれは小説の体を成してないです。様々な断章から成るこの作品は、「鱒釣り」というテーマで統一されているわけなんですが、どれもこれもが放りっぱなしという感じで、面食らうことおびただしいですね。


特に秀逸なのは、最後の方にある「クリーヴランド建造物取壊し会社」という章です。なんと川を売ってる店が出てくるんですね。鱒のいる川を1フィート6ドル50セントで切り売りしてるんです。その店の裏側へ回ると、長さ別に川が積んであるというんですからもうたまげるしかないです。


また更に驚くのは、こんな前衛的な作品が半世紀近く前に存在したということです。今現在、新刊として出てきても超話題になること間違いなしと思います。


藤本和子氏の「訳者あとがき」もブローディガンに対するリスペクトに満ちていて、素晴らしいものでした。この訳者のおかげで、ブローディガンの面白さをいささかも損なわずに読むことができたんだと思います。




さて、今年もいよいよ押し詰まってきましたが、仕事の方は毎週火曜日が定休日となっているんですが、来週の24日はクリスマスイブ、その次の31日は大晦日と、どちらも休むわけにはいかず、2週連続で営業となりますので、次の更新は来年の1月7日になると思います。皆様、よいお年を。



姉と今年最後の「定例会」を行い、以下の本を借りる


川上弘美「某」幻冬舎
アーサー・ミラー著 倉橋健訳「Ⅱるつぼ」ハヤカワ演劇文庫
中村元訳「ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経」岩波文庫
ワーフポラ・ラーフラ著 今枝由郎訳「ブッダが説いたこと」岩波文庫
金子大栄 校注「歎異抄」岩波文庫

どうやら姉は今、仏教にハマっているようです。

愛か金か

2019-12-10 15:18:35 | は行の作家



橋本治「黄金夜会」読了



本書は2019年に中央公論新社より発刊されたものです。


橋本治の遺作といわれる作品です。まず読んで思ったのは、橋本治ってこんな情緒のかけらもない文章を書く人だっけ?ということでした。しかし、それを考えていくうちにその素っ気ないともいえる文章に対して、読者に「眼光紙背に徹」せよというメッセージのようなものを受け取ったのですね。やはりこの作家は、良くも悪くも評論の人なのだなぁという思いを強くしたのでした。


内容は、あの有名な尾崎紅葉の「金色夜叉」の換骨奪胎といいますか、まぁリメイクですね。明治の話を現代に置き換えて、IT企業の若社長の元へ走った美也を貫一は忘れようとして、すべてを捨て、ホームレス同様の状態からはい上がっていく。そして飲食業で成功を収めようとする。


最後、貫一と美也は再会するんですが、その場面は圧巻でした。「愛とは何か」という昔から言われ続けてきた重いテーマを橋本治は、このシーンで二人のセリフを借りて自分の考えを存分にぶちまけています。そして最後の最後、貫一は高層マンションの部屋の窓から飛び降り自殺をしてしまうんですね。もうびっくりしました。あぁ、こんな終わり方なのかと。なんというか、力ずくのエンディングですね。これはすごかった。


ストーリーだけ追っていっては何の面白みもない小説です。貫一の、そして美也の心情の描写部分をじっくり読み、かつ考えることでこの小説の深みがいや増してくるわけですね。そういった意味では実に味わい深い作品であったと思います。


しかしこれ、ドラマか映画になりそうな気がしますねぇ。

穏やかで過剰でない世界

2019-11-26 16:32:00 | は行の作家



リチャード・ブローディガン著 藤本和子訳「西瓜糖の日々」読了



本書は2003年に河出文庫より発刊されたものです。


一読、なんなんだ?と思いましたね。ブローディガンというと、なんだかとっつきにくくて小難しいことを書く作家という勝手なイメージをしていたんですが、あに計らんや、とんでもない思い違いでした。この独特の世界観。他のどの作家からも一線を画した文章は、読む者をして摩訶不思議な世界に誘い込みます。


「アイデス」という平穏で過剰でない世界が登場し、著者であるブローディガンがそれを肯定しているのかどうかさえ定かでない書き方に少し戸惑いを覚えるのですが、それはそれで快い頼りなさとでも表現したくなるような思いを感じつつ読み進めていけるわけです。


その「アイデス」の対極に「忘れられた世界」というものがあるんですが、まぁこっちはすごいです。インボイルとその仲間たちがアイデスに住む主人公に向って「お前たちは本当のアイデスがどんなものなのか、からっきしわかっちゃいねえんだ、俺たちがそれを教えてやる」と言ってすごいことになるんですが、もうほんと、びっくりです。


そしてこの主人公の男、これがまた妙なやつなんです。

<わたしはきまった名前を持たない人間のひとりだ。あなたが私の名前をきめる。あなたの心に浮かぶこと、それがわたしの名前なのだ。>

これをどう考えたらいいんでしょうか。この小説は「不思議系」というジャンルがもしあるとするなら、その最右翼に位置すると思われます。もちろん、こういうの、決してきらいではありませんが。


ともかく、不思議な体験をさせてもらいました。本書は、たしか自分が買ったのにほかの本にかまけてなかなか読めず、そのまま姉に貸したら、姉がハマってしまって、ブローディガンの作品を何冊も買ったようです。ちょっと一冊はさんでまたブローディガン、いってみようと思います。



魂を揺さぶるむき出しの言葉

2019-11-05 16:37:20 | は行の作家



ルシア・ベルリン著 岸本佐知子訳「掃除婦のための手引書」読了



本書は今年7月に講談社より発刊されたものです。


10月27日の日曜日、いつものように仕事場に向かう車の中でFM愛知「メロディアスライブラリー」を聴いておりましたらなんと!同書が取り上げられているではありませんか。びっくりしました。こんな偶然、あるんですねぇ。非常にうれしかったです。パーソナリティの小川洋子氏、最近の作品はなんだかなぁというものが多いんですが、小説の読み方はやはり鋭いものがあります。本書に関する話をラジオで聞きながら何度も大きくうなづいた次第です。

それはともかく…


全部で24の短編が収められた作品集です。いやーびっくりしました。これはすごい作家ですね。1936年に生まれ、2004年に68才の生涯を閉じた女性の作家なんですが、この人の遍歴がまずすごい。高校教師、掃除婦、電話交換手、ERの看護師などの職を経ながら作家活動を続け、その経験を小説に生かすという、まぁネタには困らなかったと思うんですが、そんなことより作品の中での言葉の選び方、直喩、暗喩等を駆使した言い回しのうまさ、こういったもろもろが読む者の心をがっしりとつかんで放さないんですね。


解説で本書を訳した岸本佐知子氏も述べておられますが、<彼女の言葉は読む者の五感をぐいとつかみ、有無を言わさず小説世界に引きずり込む。その握力の強さ>と絶賛しています。


また、巻末にはアメリカの女性作家、リディア・ディヴィス(この作家は、以前「ほとんど記憶のない女」を読んで、すごい!とうなった覚えがあります。)が18頁にも渡る解説を記していて、これはディヴィスがいかにベルリンをリスペクトしているかということの証左にほかならないということでしょう。


そしてまた岸本氏は言います。<ルシア・ベルリンの小説は、読むことの快楽そのものだ。このむきだしの言葉、魂からつかみとってきたような言葉を、とにかく読んで、揺さぶられてください。けっきょく私に言えるのはそれだけなのかもしれない。>


自分は表題作の「掃除婦のための手引書」に一番心揺さぶられました。とにかく最後の一行、ワンセンテンスに絶句、感動しました。


たまたまネットでみつけた本なんですが、素晴らしい本に出会えてラッキーでした。早速姉にも教えねば!



姉と定例会を行い、以下の本を借りる


岸本佐知子編「変愛小説集――日本作家編」講談社文庫
リチャード・ブローディガン著 藤本和子訳「ビッグ・サーの南軍将軍」河出文庫
ジョン・バース著 志村正雄訳「旅路の果て」白水Uブックス
アリステア・マクラウド著 中野恵津子訳「冬の犬」新潮クレストブック




食べることへの羞恥

2019-10-22 10:22:10 | は行の作家



平松洋子編「忘れない味」読了



本書は平成31年に講談社より発刊されたものです。


食にまつわるエッセイのアンソロジーです。27人の作家、詩人、ミュージシャンらが、食べることに対する思いを綴っています。まぁよく見かけるやつですね。


山田太一のエッセイに心惹かれました。戦後のどさくさを経験した人ならではの食に対する考え方、これは現代人も考えなくてはいけないのではないかと思いましたね。食べることが恥ずかしいという感覚。この気持ち、よくわかります。ちょっとまひしてました。


全体になかなか面白い内容だったんですが、ただ一つ、苦言を呈したい。高橋久美子という、元チャットモンチーのメンバーだったらしい人が書いた「仲間」というエッセイ、夫の話をだらだらと書いていて、読んでてなんだか腹が立ってきて、途中で読むのを止めました。本を読んでいて難解すぎてギブアップすることは、ままあるんですが、腹が立って本を閉じるというのは自分の記憶にちょっとないくらいです。


夫ののろけとちょっとセレブ気分?みたいな文章で、編者の平松さん、こんなの載せちゃダメですよ。


若干後味の悪い読後でありました。



今日は臨時の祝日のようですが、お店は休みです。娘夫婦が家を新築しまして、家族全員でその新居に集まろうということになりました。長男夫婦、二男夫婦と孫二人、娘のところにも孫が一人おります。子供もいれて全部で12人!自分の父も参加します。もう93なんですが、元気なもんです。

愛に過去は必要か?

2019-09-24 14:15:43 | は行の作家



平野啓一郎「ある男」読了



先週は「ロケット・マン」という映画を見に行ってきました。エルトン・ジョンの半生を描いた映画だったんですが、いやーよかったですねぇ。エルトン役の男優(名前失念)がいい味を出しておりました。ゲイであることをひた隠しにして、しかし自分が売れていくにつれてそれがだんだん明るみに出て、ついに母親にそれをカミングアウトした時、彼女は「そんなことわかっていたわよ」と。ちょっと泣けました。


それはさておき…


本書は平成30年に文藝春秋社より発刊されたものです。



本作家は京都大学在学中に発表した「日蝕」でデビューし、その作品が芥川賞を受賞し、当時は三島由紀夫の再来とうたわれたようです。何年か前にその「日蝕」を読んでみたんですが、全くのお手上げで、何が書いてあるのかさっぱり理解できず、数項で放り出した記憶があります。今回はそのリベンジではないんですが、以前のその悔しさもあって手に取ってみたのでした。


まぁこれはミステリーですね。そういったジャンルはほぼ読まないんですが、たまにはいいかなと。


暗い過去を持つ男が他の男と戸籍を交換して別の人生を歩んでいく…。そんなことができるのかと問われればフィクションなんで何とも言えないんですが、作中ではつじつまが合っている感じがします。三人の男が次から次へと戸籍を代えていくので、そこいらへんが複雑でストーリーを理解するのに骨が折れました。


内容についてはそこまでリスペクトするものはありませんでした。ただ、アマゾンの本作品のレビューの中で、「そこ!」と思ったものがあったので、それをちょっと引用します。

<(前略)平野啓一郎の筆は、弁護士と妻の関係、調査対象者との間に生じる共感や距離感など、繊細なひだに分け入っていく思索の場面でこそ恐ろしいほど冴え渡り、象徴的であり、かつ日常的であったりする場面の書き方がべらぼうに巧い。(後略)>

自分が感じていて、語彙が乏しいのでどう表現していいのか悩むとき、こういったものが役に立ってありがたいです。上記のコメントに100%共感するわけではないのですが、でも平野の文章は、ほんとうまいです。


平野啓一郎は今、こんなのを書くんだなということがわかっただけの一冊でありました。


ちょっと残念でした。