トシの読書日記

読書備忘録

終わりであると同時に始まりでもある物語

2010-11-30 16:50:46 | や行の作家
吉田篤弘「百鼠」読了



これも姉が「結構面白いよ」と貸してくれた本です。この作家は「クラフト・エヴィング商會」という名義で夫婦(?)で活動している人で、本の装丁に定評のある人だということは知っていたんですが、なんとなく「あざとい」イメージがあって、あまり好きになれなかったんですね。


で、読んでみたんですが、やっぱり自分にはその先入観があるので、今ひとつ楽しめませんでした。なかなか面白い小説だとは思うんですがねぇ。ちょっと村上春樹テイストもあったりして。


三つの短編が収められているんですが、「三つの序奏――あとがきにかえて」と題した、いわゆるあとがき、これがやっぱり「あざとい」感じで、いやだなぁ。こういうの。こういう小説を書いた経緯が書かれているんですが、そんなことどうでもいいって感じです。


この作家に何の予備知識もなく読めたならよかったのにと、そういう意味では残念でした。

時代と思想に踏み込む

2010-11-27 14:15:07 | た行の作家
坪内祐三「ストリート・ワイズ」読了



この坪内祐三という人は、いつもちょっと気になる人で、「ブ」で200円で売っていたので、買ってよんでみました。評論集です。


何年か前、「山口瞳の会」の例会が東京の国立で行われ、その中で坪内氏の講演があり、なかなか面白い話が聞けたんですが、テーマが「山口瞳」ということで、その他の話題にはほとんどふれられずじまいだったので、なおさら気になっていました。


自分と興味が合わない点が多々あるものの、この人の読書に対する気持ちには自分と相通ずるものがあり、そこらあたりがちょっとうれしかったですね。

一番印象に残ったのは、読書の楽しみとして、「どこかに連れ攫(さら)われてしまう読書。日常の中を流れている物理的な時空間とは異なる、もう一つの時空間を得るための読書。自分の内側に潜在的にしまいこまれている別の自分と出会うための読書」と定義し、坪内氏がカフカの「変身」を読んだときの衝撃を語っています。以下、引用します。


「夕方、5時半ごろから、私は、『変身』を読み始めた。(中略)夢中になって読み続け(途中、私は、活字が確かに立ち上がってくるのを感じた)、2時間ほどたって読了した時、あれほど明るかった陽は、すでにとっぷりと暮れていた。最後の何頁かは、私は、まっ暗な中で読書を続けていた。まっ暗でありながら、私は、部屋の電気を灯けようという気が起こらなかった。
『変身』を」読み終える2時間の間で私の中の何かが変わった。私は今でもそれを実感できる。(中略)『変身』を読み終えたあとで、世界は、元の世界ではなかった。まっ暗な部屋に一人いた私は主人公のザムザだった。」


こういった体験は、読書好きの人なら誰もがもっていることだと思うんですが、これが読書の醍醐味だと思います。自分のそれは村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」でした。


坪内祐三は、いろいろな雑誌にコラムとか書いてるようなので、これからちょっと注意して見るようにします。




ネット(アマゾン)で以下の本を購入


永井荷風「墨東奇譚」
谷崎潤一郎「細雪」
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「大聖堂」

三十年のプラトニック・ラブ

2010-11-27 13:51:45 | あ行の作家
宇野浩二「思い川/枯木のある風景/蔵の中」読了



またまたこれも中日新聞の諏訪哲史氏のエッセイに触発されて買ったものです。諏訪氏の記事では、「蔵の中」の紹介をしていたんですが、この3編を収めた作品集の中では「思い川」がメインになっているようです。


どうもこの作家は、自分にはツボではなかったですねぇ。諏訪氏の勧める「蔵の中」もちょっとぴんとこないし、「思い川」もなんだかねぇ…

「思い川」は、大正12年の関東大震災から話が始まり、昭和20年の終戦のあたりまでの一人の男と女の物語なんですが、私小説家とされている同作家なので、これは自分の話なんだろうと思われます。まぁそれはそれでいいんですが、話がちっとも面白くないんですね。主人公である男の、女に対する心情がまったくといっていいほど描かれていないんです。巻末の解説にもそのことがふれられており、「『思い川』には主人公の心理描写が不足しているという批判も出されている」と解説子も認めており、その上で「だが、もし宇野浩二が主人公の心理を詳細に描いたとすれば、『思い川』は『思い川』たりえるのだろうか。むしろ宇野は、あえてそれらを削り去ることで、『思い川』を『夢みるやうな恋』の物語に仕立て上げたのではないか。」と反論しています。


ここらへんは意見の分かれるところで、自分としては詳細にとまではいわなくとも、もう少し心情の描写があっても、というか、あったほうが物語としてこの作品はもっといきいきと輝くのではないかと思うんですがねぇ。



いずれにしても諏訪哲史のエッセイに紹介される本は、いつも期待して読んでいただけにちょっと残念でした。

破綻しつつも希望が(あるいは希望の光のようなものが)見える世界

2010-11-21 19:10:56 | か行の作家
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「愛について語るときに我々の語ること」読了



これも毎週火曜日の中日新聞の諏訪哲史のエッセイに紹介されていたもので、著者名は知っていたものの、読んだことがなく、興味をそそられて買って読んでみたのでした。


めちゃくちゃ面白かったです。間違いなく今月のベストワンですね。いや、今年のベスト5にも入るかも知れません。傑作です。全部で17の短編が収められているんですが、どれもが独特の世界に彩られていて読む者を飽きさせません。訳者の村上春樹が、いかにも好みそうな作家です。村上春樹が好きな人には絶対おすすめですね。


この中で自分が一番好きな作品は「風呂」という短編。ある夫婦と小さな子供がいて、母親が子供のためにバースデイケーキを町のケーキ屋さんに予約するんですが、その誕生日の当日、子供は学校へ行く途中、交通事故に遭う。歩いて母親のいる家へ戻るんですが、そこで倒れて病院へ運ばれる。子供は昏睡状態になり、連絡を受けた父親が駆けつけ、二人でベッドの横にすわり、子供をずっと見守る。そして父親は、一旦家へ帰り、風呂に入ろうとするんですが、そこへ電話がかかってくる。「ケーキをまだ取りにきてませんね」電話の相手はそう言うのだが、事情を知らない父親は「何のことかよくわからない」と言って電話を切ってしまう。父親は病院へ戻り、今度は母親が家に帰ってくる。そしてラスト…引用します。


電話のベルが鳴った。
「はい!」と彼女は言った。「もしもし?」
「ワイスさんですかね」と男の声が言った。
「そうです」と彼女は言った。「ワイスの宅です。スコッティー(子供)のことですか?」
「スコッティー」とその声は言った。「スコッティーのことですよ」と声は言った。
「スコッティーに関係あることですよ、ええ」


これでこの短編は終わっています。子供が生死の境をさまよっている時にケーキ屋はケーキを取りに来ないことで電話をしてきている。この両者の思いのあまりに大きなギャップに暗澹としてしまいます。なんともいえないシュールで不思議な世界です。



シチュエーションとか登場人物の細かい人間関係とか、そういった部分を削ぎ落とせるだけ削ぎ落として見せる世界。そして読む者をいともたやすくその世界に引きずり込むその文章の手腕。とんでもない作家がいたもんです。同作家の他の作品も是非読んでみたいですねぇ。




こういったびっくりするような刺激があるので読書はやめられません。


いやほんと、麻薬です。




書店で以下の本を購入


ポプラ社百年文庫「灯」夏目漱石/ラフカディオ・ハーン/正岡子規

なんてことはない新婚夫婦の物語

2010-11-21 19:02:56 | あ行の作家
朝倉かすみ「夫婦一年生」読了



これも姉が貸してくれた本です。最近の朝倉かすみは、なんだか大衆小説にどっぷりつかってしまった感じで、昔の切れの良い文章はどこへいってしまったのかと非常に淋しい思いをしております。


本作品もその例にもれず、この記事のタイトルのごとく、なんてことのない小説に仕上がってしまっています。こんな小説、50ヅラ下げたおっさんが読むもんじゃないですね(笑)あの「肝、焼ける」とか「ほかに誰がいる」といったような小股の切れ上がった文章がなつかしいです。


最初に衝撃を受けた作家が、こうしてだんだん没落(?)していってしまうのは本当に忍びないです。



朝倉かすみ様、もう一度昔を思い起こして下さい。


切に願うばかりです。

階級とプロテスト

2010-11-14 16:05:17 | さ行の作家
アラン・シリトー著 丸谷才一/河野一郎訳「長距離走者の孤独」読了



先日読んだ野呂邦展暢の「夕暮の緑の光」の中で、アラン・シリトーの短編「漁船の絵」を絶賛していたのでそれが入っている短編集を買って読んでみました。

やっぱり「漁船の絵」、いいですねぇ。野呂が好みそうな小説です。日本の作家でいうと堀江敏幸のような世界ですね。

他の短編も面白いのがありました。表題作になっている「長距離走者の孤独」。これも良かった。

全体に言えるテーマは、イギリスの下町で働く労働者達の声なき怒りといったところでしょうか。もちろん、違うモチーフの作品もありますが。



アラン・シリトー、名前だけは知っていましたが、読むのは初めてでした。いい作家を知ることができました。野呂氏に感謝です。

情なくもいじましい男の半生

2010-11-12 18:04:17 | な行の作家
西村賢太「二度とはゆけぬ町の地図」読了



私の姉がこの作家にはまっておりまして、「できの悪い息子を見てるみたいで、放っておけない」とのたまっております。


で、借りて読んだんですが、ここまで書くか!というくらい浅ましいというか、生々しいというか、この作家の書く小説は、いわゆる「私小説」なんですが、作中に書かれていることは、多分フィクションではないと思われます。


本作品には、4編の短編が収められており、いずれも北町貫太こと西村賢太の若かりし頃(17~18才)のことが描かれております。


まぁ、内容は今までの小説と似たり寄ったりなんですが、ここまで男のずるさ、卑怯さ、情けなさをあらわにされると、少しいたたまれない気持ちにさえなってきます。

でも、姉の言葉ではないんですが、「しょうがねぇなぁ」という共感にも似た気持ちが湧いてきて、なんとなく親しみを感じてしまうのも事実です。


もう、同作家の小説は何冊も読んでいて、ワンパターンの感もあるので、自分でお金を出して買う気はないんですが、人に借りて読む分にはめちゃ面白い作家ですねぇ(笑)

比類なき読書ガイド本

2010-11-05 16:15:04 | あ行の作家
岡野宏文/豊崎由美「百年の誤読」読了



タイトルは、もちろんG・マルケスの「百年の孤独」をもじったものと思われます。


フリーライターの岡野宏文とトヨザキ社長こと書評家の豊崎由美が、対談形式で過去100年のベストセラーを時代毎に100冊取り上げ、その1冊1冊を前に二人で論じ合うという形式になっています。まぁ論じ合うというより漫才コンビみたいな語り口で、大いに笑わせてくれます。


ひとつ気になったのは、1冊の本を取り上げ、二人で話すのはいいんですが、その本がアリかナシかという部分で、いつもほとんど意見が同じという点ですね。片っ方がけなすと、もう一人も「そうそう」と尻馬に乗る。片っ方が「これは素晴らしい本です!」と誉めると、もう一人も「感動の大巨編ですね!」みたいに賞賛するという有様で、二人で意見が分かれて対立するということがない。(一つか二つくらいはありましたが)この付和雷同ぶりはいかがなものかと思いました。


まぁ、そんなことに目くじらを立てるよりも、本書の見るべきものは、100年前から現在に至るまでのベストセラーを紹介してもらっている訳ですから、それをガイドに自分の読みたい本をチェックするということですね。


で、読みたい本、読まねば!という本を、覚えのために以下に列挙します。




尾崎紅葉「金色夜叉」
小杉天外「魔風恋風」
佐藤春夫「田園の憂鬱」
黒岩涙香「ゴシック名訳集成」の『怪の物』
ブレヒト「セツアンの善人」
鈴木隆「けんかえれじい」
堀辰雄「風立ちぬ」
永井荷風「墨東綺譚」
中島敦「山月記」
谷崎潤一郎「細雪」
深沢七郎「楢山節考」
フラナリー・オコナー「全短編(上・下)」
遠藤周作「ぐうたら人間学」



以上なんですが、リストアップして思ったのは、最後の「ぐうたら人間学」の1973年以降、読みたい本が1冊もないんですね。ってことは、ここ30年のベストセラーには、ろくな本がないってことになります。まぁ、売れた本が「なんとく、クリスタル」だったり「失楽園」だったり「世界がもし100人の村だったら」ですからねぇ。こんな本、タダでもらっても読みません(笑)





先日、「ブ」へ行って以下の本を購入


ちくま日本文学「坂口安吾」
坪内祐三「ストリートワイズ」




また、ネット(アマゾン)で以下の本を購入


宇野浩二「思い川/枯木のある風景/蔵の中」
ジャネット・ウィンターソン著 岸本佐知子訳「さくらんぼの性は」
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「愛について語るときに我々の語ること」

10月のまとめ

2010-11-05 16:08:25 | Weblog
10月に読んだ本は以下の通り。



志賀直哉「暗夜行路」
内田百「間抜けの実在に関する文献」
小池昌代「わたしたちはまだ、その場所を知らない」
山際淳司「スローカーブをもう一球」
内田百「冥途/旅順入城式」
夏目漱石「吾輩は猫である」



たった6冊でしたか。まぁあれこれありましたからねぇ…


10月は、志賀直哉、内田百、夏目漱石と、明治の終わりから大正、昭和の始めにかけての文豪の本が中心でした。やっぱり味わい深い本ばかりでした。小池昌代はちょっと残念でしたねぇ。