トシの読書日記

読書備忘録

この自由な国におけるどうしようもない閉塞感

2009-06-08 17:19:17 | あ行の作家
伊藤たかみ「八月の路上に捨てる」読了


西村賢太とか車谷長吉とかそんなのばっかり読んでると、もう陰々滅々としてくるんで(笑)ちょっと気晴らしに読んでみました。

2~3年前くらいの芥川賞受賞作です。読み出してすぐ「うまいなぁ」と思いました。書き出しがいいですね。そして登場人物の境遇、人間関係を会話の中から読者に説明していくんですが、できる限り自然な形になるように、言葉の選び方、会話の進め方が絶妙ですね。うまいです。


でも、印象に残ったのはそれだけかな(笑)作風はソフトな絲山秋子って感じですかね。でも、いい気分転換になりました。

愚者の文学

2009-06-08 16:31:39 | か行の作家
車谷長吉「漂流物」読了


またまた車谷長吉であります。7編の短篇が収められたものです。「私小説家」というだけあって、これ全部事実なんでしょうねぇ。ある程度の脚色は加えてるとは思いますが、しかしすごいです。

車谷長吉(くるまたにちょうきつ)。播州飾磨の田舎町に生まれ、高校3年の時に哲学と文学に目覚め、慶応大学に入学。卒業後、広告代理店に勤務する傍ら、小説を発表するも行き詰まり、会社も辞めて一旦は実家に戻るが、その後9年間下足番、和食店の下働き等関西を中心に転々とし、東京の出版社の編集者に請われ、再び上京、また執筆活動を始めるという経歴の持ち主です。

本書の中に、「抜髪」という作品があるんですが、これがすごいです。全編これ作者の母親(と思われる人)のモノローグで延々と自分の息子に説教するんですね。息子のことをぼろくそに言うんですが、ただ貶すだけでは終わらないんです。さんざんこきおろしておきながら、「…その罪深いことを、人にさせよっての人もあるが。おだてたり、せっついたり、おねだりしたり、けしかけたりして。気楽なもんや。うちはいまではあないなもんは没なったほうがよかった思うゥ。朝日新聞の人に感謝しとん。おすみはんはだまって死んだったが。お母ちゃんが、あんたの代わりに地獄へ行って上げる。これは没になったときから、心に決めて来たことや。冥土で、小次郎と梅子とおすみはんの前に両手を突いて、あんたに代わってお詫びして上げる。」

この母親のものすごい覚悟に裏打ちされた愛にたじろがざるを得ません。


そしてまた表題作である「漂流物」に登場する青川さんの話。金沢の海岸で子供を殺した話。戦慄します。


解説を読んで知ったんですが、「鹽壺の匙(しおつぼのさじ)」という小説が三島由紀夫賞を受賞しているようで、これがこの作家の出世作とのことです。買って読まねば!

はなしを騙る

2009-06-08 13:42:32 | か行の作家
車谷長吉「業柱抱き」読了


西村賢太を読むのなら、その師匠格である(?)この人もということで読んでみました。この作家は、僕が西村賢太を知る以前から気になっていた人で、「忌中」、「赤目四十八滝心中未遂」等を今までに読んでいます。


本作品は、これまでに新聞、雑誌等に書いたエッセイ、評論、詩、短歌をまとめたものです。小説だと思い込んで読み始めたんですが、当てが外れました(笑)

いろんなところに書いたものを集めたので、重複するものも多かったんですが、車谷長吉の小説に懸ける思い、生きることに対する考え方、まぁ人生観ですね。それが、読む者をしてぐいぐいと鼻ずらを引き回される感じで、読了後、茫然とすることしばしでした。


「私小説は自己の存在の根源を問うものである。己の心に立ち迷う生への恐れを問うものである。(中略)併しそのように私小説はある畏敬の念によって書かれるものであるにしても、私小説を書くことは悪であり、書くことは己を崖から突き落とすことであった。」


そうであっても私小説を書かざるを得ないこの作家の「哀しみ」を思わずにはいられません。

身も世もなく悶える文学者

2009-06-08 13:22:40 | な行の作家
西村賢太「暗渠の宿」読了



なんだかなぁと思いつつ、また西村賢太に手を出してしまいました(笑)

表題作と共にデビュー作である「けがれなき酒のへど」併録。「けがれなき--」は心底恋人が欲しいと切望する主人公が、ソープに入れあげ、そこに働く女に惚れてつきあい始めるのだが、結局100万近い金を騙し取られるという、情けない話です。

「暗渠の宿」は、主人公がアパートの近くの中華レストランで働く女を見初め、ついには相思相愛になり、同棲を始めるまでの顛末を描いたものです。


どちらも、男のエゴ、姑息さ、気の弱さが剥き出しに赤裸々に書かれています。ちょっと同情するところもないではないんですが、「ったくなにやってんだか」という感じですねぇ。

ただ、先回も書いたように、大正時代の作家、藤沢清造に対する思い入れの深さ、毎月の月命日に石川県の七尾市まで出かけ、読経をしてもらうという真摯な態度。このギャップがこの小説の大きな魅力なのかもしれません。


しかし、いくら私小説とはいえ、ここまで書いていいのかと思うところが一再ならずともあり、これを同棲相手の女性が読んだらどうなるんだろうと、他人事ながら心配したりもします(笑)