トシの読書日記

読書備忘録

人間を語る芸

2013-09-30 14:53:11 | ま行の作家
美濃部美津子著「おしまいの噺」読了



五代目古今亭志ん生の長女である筆者が、その父、弟の馬生、そして志ん朝の幼年期から亡くなるに至るまでの話を綴ったものです。


しかしさすが志ん生ですね。結婚したばかりの若い頃、まだそんなに売れてなくて、ただでさえ収入が少ないのに、それを家に入れずに全部飲んでしまうんです。その上、家にある着物なんかを質に入れちゃって、それも飲んじゃうんですね。奥さんは裁縫の内職をやっていたらしんですが、どうやって食べていたのでしょうか。


本作品は、こんな志ん生の行状を中心に書かれているんですが、自分の弟、妹の話にもかなりの頁を割いています。そこからうかがえるのはやはり、家族の絆ということでしょうか。


志ん朝の結婚前後のこともおもしろおかしく書かれていて、なかなか興味深かったです。

スノッブな少女小説

2013-09-30 14:42:15 | か行の作家
金井美恵子「小春日和――インディアン・サマー」読了



前回の「柔らかい土をふんで、」が、全く歯が立たなかったので、リベンジの意味も込めてもう一冊同じ著者の小説を選んでみました。


これは全く楽にすらすら読めました。が、しかし、あまり面白くなかったですね。タイトルに書いたようにスノッブの臭いがぷんぷんして、なんだかなぁという思いです。


桃子という、大学に入学したばかりの19才の女の子が主人公なんですが、彼女が地方から東京のおばさんの家に居候することになります。そのおばさんは小説家で、いつ原稿を書いているのか、というくらい毎日をのんべんだらりと過ごしているわけです。そして大学の同級生の花子と友達になり、一緒に映画を見たり、買い物をしたりと、桃子ものどかな毎日を送ります…。という、なんということもない話なんですが、作中に時々映画のかなりマニアックな話や、文学の話などが織り込まれ、それがなんともスノッブな感じなんですね。これが金井美恵子の性格といえばそうなんでしょうが、とても共感はできません。


そういった意味でこれも残念な小説でありました。

円環のグラデーション

2013-09-25 15:29:01 | か行の作家
金井美恵子「柔らかい土をふんで、」読了



ずっと以前に姉が貸してくれていた本で、気になりつつも今回、やっと手に取ってみたのでした。


完全にお手上げでした。難解なんてもんじゃないです。もうわけがわかりませんでした。丸々1頁も句点なく続く文章、執拗に繰り返される情景描写、主語と述語の関係をわざと無視したセンテンス…。読み進めるのがまさに苦行でした。


巻末で当時の「新潮」の編集長の矢野優氏による著者へのインタビューが載っているんですが、その中で矢野氏が〈視点=語り手について、最低限の確認をさせていただきたいのですが、この小説には「私」という男性の語り手がおり、そしてその「私」のパートナー的存在の「彼女」がいる。ひとまず、そういうことでよろしいでしょうか?〉と確認をしているんですが、自分はそのことすらあいまいだったんですから始末におえません。


金井美恵子の才能が存分に発揮された小説ということはよくわかります。しかしそれだけでした。残念。

フォーチュナータの時空を超えた愛

2013-09-17 17:53:22 | あ行の作家
ジャネット・ウィンターソン著 岸本佐知子訳 「さくらんぼの性は」読了



以前、この作家の「灯台守の話」を読んで圧倒され、例の宝の山の安藤書店で物色していたところ、偶然本書を見つけ、いそいそと買ってきたのでした。


しかしこれはかなり手強かったです。難解なことこの上ない。タイトルに挙げたように、話があっちへ飛び、こっちへ舞い戻り、まさに時空を超えた展開にとまどわされっぱなしでありました。


象をもふっ飛ばし、オレンジを一度に12個も口に入れることのできる大女、「ドッグ・ウーマン」。彼女がある日テムズ河のほとりで泥にまみれた赤ん坊を拾う。ジョーダンと名付けられたその子は、「ドッグ・ウーマン」の寵愛のもと、すくすくと育ち、そしてある日、ジョーダンは12人目の天使、フォーチュナータを探すため、一人旅立つ…。


とまぁ、あらましはこんなところなんですが、ストーリーを紹介しても本作品はあまり意味がありません。村上春樹の小説同様、理屈でわかるのでなく、この不思議な世界を楽しめばいいんでしょうね。そういった意味で考えればこの小説はすごく面白かったです。


また「灯台守の話」も近いうちに再読してみます。

あやしうこそ、ものぐるほしけれ

2013-09-13 15:57:09 | は行の作家
堀江敏幸「時計まわりで迂回すること――回送電車Ⅴ」読了



これも久しぶりの堀江敏幸です。本作家の小説は、ほぼ全て読んでいるんですが、こういったエッセイとなると、堀江独特の持って回った物言いがちょっと鼻に付くときもあり、敬して遠ざかっておりました。でもいざ読んでみると、やっぱりエッセイもなかなかいいもんです。


本書は、文芸誌、雑誌に掲載されたものをまとめたもので「Ⅴ」とあるからには、過去にすでに4冊刊行されているわけですね。と、ここまで書いて思い出しました。その4冊のうち、3冊くらいは読んでました。


全体が四つに分かれており、「Ⅰ」は自分の身の回りの文具、事務用品、オーディオ機器、電車のレプリカ等の小物等に材を求め、それにまつわる逸話を披露しています。

「Ⅱ」は著者がフランスに長期滞在した折に、古くから製造業を営む地元の技術者達をルポし、その仕事に対するプロ感覚を著者独特の視点で分析するものです。

「Ⅲ」は著者が愛して止まない欧州サッカーの、それもジダンに対するオマージュにあふれた一編となっています。

「Ⅳ」は、これは日本でバスで坂を上ってみたり下ってみたり、下高井戸駅から三軒茶屋の間にある、36の踏切を踏破してみたり、それでそこから何を見るのか、というのがテーマなんですが、これはどうなんでしょうねぇ。堀江もこの章の最後でこう言っています。

〈…心の警報機に耳を傾けながら歩いた数時間の散歩を通じて、私はいったい、なにを学んだのだろうか?〉

ほらね。



ともあれ、堀江の研ぎ澄まされた感性、また、フランスで、パイプ、自転車、革のなめし等の職人を見る、厳しさと優しさの共存した目に共感せずにはいられません。


堀江敏幸、本当にいい作家です。もうすぐ50歳とのこと。ますますこの先がたのしみです。

極限まで閉じた精緻な世界

2013-09-13 15:30:11 | ま行の作家
スティーヴン・ミルハウザー著 柴田元幸訳「マーティン・ドレスラーの夢」読了



久々のミルハウザーです。短編集「ナイフ投げ師」で圧倒され、中編、短編をいくつか読み、ますますその世界の深みにはまっていったんですが、長編「エドウィン・マルハウス」でちょっとくじけた私であります。


が、しかし、本書はよかった。もうミルハウザーのマニアックな細かい描写満載で、わくわくしながら読み、ため息とともに読み終わりました。


20世紀初頭のニューヨーク。マーティン・ドレスラーという一人の天才的な才能を持った男が、紆余曲折を経て「ザ・ドレスラー」というホテルを建てる。これが大当たりして、次に「ニュー・ドレスラー」を送り出し、これも絶賛される。そして、ドレスラーの考える究極のホテル「グランド・コズモ」を発表するのだが、これが案に相違して全くの不発に終わり、ドレスラーは次第に経済的に追い詰められていく…。


とまぁストーリーとしては単純なんですが、そこにヴァーノン家の母と二人の娘がからみ、物語に厚みを加えています。


本書の読みどころは、それぞれのホテル内部にしつらえたアトラクション、装飾、部屋、廊下等のレイアウト、そういった物に対する、ミルハウザーの異常なまでの精緻な描写であります。例えばこんな箇所。

〈機械仕掛けのナイチンゲールが木の枝でさえずり、愁いを帯びた沼や朽ちたサマーハウスの散在する「プレジャー・パーク」。影に包まれた鍾乳石の陰から幽霊が漂い出てきて、ランタンの淡い光が灯る薄闇のなかを客たちの方へふわふわ寄ってくる「呪われた洞穴」。埃っぽい道がくねくねとのび、アラブ人の服装をして値切り交渉の駆け引きにも通じた売り子がいて、銅の盥から生きた鷄まであらゆる品を売っている屋台が迷路のようにつづく「ムーア人バザール」。「知られざるニューヨーク」と銘打ったセクションでは、マルベリー・ベンドの泥棒横丁、阿片窟、川ぞいの霧深い通りに並ぶ酒場「血の樽、猫横丁、ダーティ・ジョニー」…〉


きりがないのでこれくらいにしますが、よくもまあこれだけのことを思いつけるものだと感心してしまいます。しかし、そこがまさにミルハウザーの真骨頂ともいえるんですが。


久々にミルハウザーの世界を堪能しました。

8月のまとめ

2013-09-04 16:03:02 | Weblog
8月に読んだ本は以下の通り



バルガス・リョサ著 西村英一郎訳「密林の語り部」
多和田葉子「雪の練習生」
青山七恵「かけら」
マーク・トウェイン著 村岡花子訳「ハックルベリイ・フィンの冒険」
小池昌代「厩橋(うまやばし)」


以上の5冊でした。なんだかんだ言ってぼちぼち読んでますね。
しかし8月は、これはという本には出会えませんでした。どれもこれもまぁ悪くはないんですが、心を揺さぶられるものはちょっとなかったです。


9月は、また仕事の方でキャンペーンを仕掛けます。悪あがきかもしれませんが…。忙しいようならあまり読めないかもですが、それはそれで結構なことです。



8月 買った本0冊
   借りた本0冊