トシの読書日記

読書備忘録

時代をつくった作家たち

2016-04-26 16:39:14 | な行の作家


日本文藝家協会編「現代小説クロニクル1975➧1979」読了


本書は講談社文芸文庫より平成26年に発刊されたものです。

1975年から2014年までの39年を5年ごとに区切って、その期間に発表された中・短編の中から文藝家協会のお歴々が厳選した作品を掲載しているとのことです。本書はそのシリーズ第一巻であります。


全部で7編の作品が収められているんですが、そのうち4編はすでに読んだことがあるもので、富岡多惠子の未読の短編が気になって買ったのでした。「幸福」と題されたその作品は、わずか18頁という短さの短編集なんですが、いかにも富岡多惠子らしい、独特の味わいのあるものでした。


他に中上健次「岬」、田中小実昌「ポロポロ」、開高健「玉、砕ける」を再読できたのも自分なりの収穫でした。


また、三田誠広「僕って何」という中編も収録されているんですが、小難しい観念的な小説と勝手に思い込んでいて、どうなんだろと思って読み始めたらなんのことはない、すらすらと読めてしまいました。田舎の高校を卒業して東京の大学に入学したのはいいんですが、折からの学生運動に巻き込まれ、右往左往するお坊ちゃん、とまぁ簡単に言うとそんな物語なんですが、はっきり言ってあまり心に残りませんでした。ちなみに本作品は1977年に芥川賞を受賞しています。


と、これをネットで調べていたらなんと、三田さんは日本文藝家協会の副理事長をされているんですね。それで本書全体の4割ものスペースを使ってこの作品を掲載している、というのもうなずけます。なんだか少し後味悪いですがね。

蘚(こけ)の恋

2016-04-19 14:06:51 | Weblog


尾崎翠「第七官界彷徨」読了


本書は平成21年河出文庫より発刊されたものです。小川洋子が編んだアンソロジー「小川洋子の偏愛文学館」の中に尾崎翠の「こおろぎ嬢」という作品が掲載されていて、いたく心を惹かれた作家であったんですが、そのまま忘れかけていたところ、あるきっかけで本書を知り、早速買って読んでみたのでした。


故郷を離れ、東京の家で兄二人、従兄弟一人と暮らすことになった小野町子。兄達の身辺の世話をしながら詩作にはげもうとするのだが、自身の感傷のこともあり、なかなか思うにまかせない。長兄は分裂病の研究をする医者、次兄は蘚の恋愛について研究する農学者、従兄弟は音楽学校に通う学生という、一風変わった家族。そんな彼らが織り成す人間模様といったストーリーなんですが、ちょっと自分にはぴんときませんでしたね。期待が大きすぎたのかも知れません。


この尾崎翠が作り出す世界に対しては、リスペクトするものはあるんですが、この作品に関してはなにかちょっと違うかなという思いです。少し残念でした。

23才女子の恋愛観

2016-04-15 15:39:18 | あ行の作家



朝倉かすみ「恋に焦がれて吉田の上京」読了



本書は新潮社より平成27年に発刊されたものです。


かつて「肝、焼ける」や「ほかに誰がいる」でこの作家、すごい!と思わせた朝倉かすみでしたが、最近はこんなの書いてるんですね。語るに落ちたとはこのことです。姉も「田村はまだか」でこの作家にはまって以来、ずっと追っているようですが、いいかげん目を覚ましてほしいもんです。文章はそこそこ上手いんですがね。本書はその姉が貸してくれたものです。


北海道に住む23才、処女の吉田苑美(そのみ)が仕事の関係で知り合った41才の男に惚れ、その男になんとか近づこうとするのだが、男の会社が倒産、彼は東京へ行くことになる。なんと吉田はその後を追うんですね。


で、舞台は東京に移るんですが、全体に20代の女性に「わかるーそれー」みたいな共感を得ようとする策略満載で、アラカンのおじさんとしてはげんなりしてしまいました。


読まなくてもよかったです。残念。

事象の本質とイデア

2016-04-15 14:52:47 | た行の作家



筒井康隆「モナドの領域」読了



腰巻の「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長編」という惹句にころりとまいって買ってしまいました。

本書は平成27年に新潮社より発刊されたものです。


一読、難しすぎです!こんな事を言っちゃあなんですが、筒井康隆が本書の主人公、「GOD」に言わせていることを本当に理解して書いているのか、いささか疑問です。色々な参考文献を読み飛ばして分かったような気になって書いているんじゃないの?という意地悪な思いがわき上がってきてしまいます。


宇宙は一つではなく、いろいろな世界があり、それがパラレルワールドという言葉で言い表されていたりするんですが、パラレルではなく、世界と世界が一部かぶさっているものもあると。その境目にほころびが生じてしまったために「GOD」が美大の教授、「結野楯夫」の肉体を借りてこの世界に表れたと。


この先未来に起こることは全て「GOD」が決定している、それが「モナド」というものなんだそうです。「GOD」は大勢の人が集まった公園でそのモナドのことをしゃべり、「GOD」を利用して金儲けを企んで近づいてきた男をちょっとした技ではじき飛ばし、脳挫傷にさせる。



「GOD」は逮捕され裁判になるのだが、ここでこの世界のこと、宇宙の始まりのこと等を語り、それが日本中に広まり、ついにはテレビで特番を組むことになる。そして数人の有識者による質問の形式で番組が始まるのだが、ここでも「GOD」は自分の存在について、宗教について、地球の未来について語る。


ここの裁判の場面とTV番組の場面で語られる「GOD」の言葉がこの小説のハイライトだと思うんですが、自分としてはちんぷんかんぷんとまでは言わないまでもなかなか理解することは難しかったです。

「エイドス」「エッセンティア」「モナド」等の哲学用語(?)を駆使して語る「GOD」の言葉は、本当に筒井康隆の血肉化した言葉なのか、どうなのか、それによってこの作品の価値は決まると思います。


今まで数多くの筒井作品を読んできて、その前衛的な姿勢に共感してきたのですが、本作品に限っては首をかしげざるを得ません。

その後の京産大玄武組

2016-04-15 14:36:19 | ま行の作家


万城目学「ホルモー六景」読了



本書は平成22年に角川文庫より発刊されたものです。

何年も前に何気なく手に取って読んだ「鴨川ホルモー」がめっぽう面白く、いっぺんに万城目学のファンになってしまい、その後「鹿男あをによし」「プリンセス・トヨトミ」「偉大なる、しゅらぼぼん」と、すっかり万城目ワールドの魅力にはまってしまったわけです。ちなみに、自分はこういったエンタメはまず読まないんですが、何故か万城目学だけは読んでしまうんですね。


本書はその万城目学のデビュー作「鴨川ホルモー」に登場する主な人物のその後、またその脇役を中心に据えたサイドストーリー等、オムニバスの形式で6話にまとめた作品であります。相変わらずの筆の冴えで、充分楽しませてもらいました。


まぁエンタメ小説なんで、レビューはこんなところで。

引き揚げ者のよるべなさ

2016-04-12 17:06:56 | さ行の作家


佐野洋子「死ぬ気まんまん」読了



本書は平成25年に光文社文庫より発刊されたものです。これまでにも佐野洋子のエッセイは何冊も読んでいて、もういっかと思っていたんですが、書店で見かけて、ついなんとなく買ってしまいました。


この佐野洋子という人は、歯に衣着せぬというか、このエッセイの内容も、かなりあけすけで本音満載のところが面白いんですが、本書も期待にたがわず、痛快なエッセイでありました。


乳癌を発症し、手術したのが骨に転移が見つかり、その後、脳にも転移し、平成22年に72才の生涯を閉じた佐野洋子ですが、特に積極的な治療をせず、痛みを止める処置だけを続け、そして亡くなったのは、いかにも彼女らしい最期と言えると思います。


印象に残った一節、引用します。

<この世のものは例えば1枚のコタツ板の上ですべて行われていた。花が咲きにわとりが鳴き、惚れたはれたと泣きわめき、金があるのないの飯がうまいのまずいの、どのような地獄も天国もいわば1枚のコタツ板の上でこの世というものは営まれていた。>


コタツ板というのがいかにも佐野洋子ですね。


満洲から母と幼い姉弟を引き連れて帰国した彼女は地に足をつけて生活をするという感覚がないまま生きてきたような気がします。その不安定な思いが彼女という人格の形成に大きく影響したのだと思います。


とまれ、太く短く、自分の思うところをそのまま生きて亡くなった佐野洋子、改めてご冥福をお祈りします。

新世紀の胎動を示す作家たち

2016-04-05 16:07:29 | な行の作家



日本文藝家協会編「現代小説クロニクル2000⇛2004」読了



以前読んだ「1990⇛1994」と同じシリーズです。講談社文芸文庫より平成27年に発刊されたものです。


保坂和志、堀江敏幸、河野多恵子ら、8人の作家の短編が収録されています。中でも出色なのは、やはり堀江敏幸ですね。「砂売りが通る」という作品なんですが、いいですねぇ。


学生時代に若くして亡くなった親友。その妹とその後何年もして再会し、彼女とその幼い娘と三人で海岸を歩く。男の胸に去来する様々な思い。それが散歩中の細かいエピソードを交えながら物語の広がりを作っていきます。


いいですねぇ。じんわりと心に効く感じで読後しばらく放心してしまいました。


他に町田康の「逆水戸」。水戸黄門のパロディみたいな短編なんですが、相変わらずふざけた内容で楽しませてもらいました。


また、綿矢りさのデビュー作(?)「インストール」。芥川賞受賞作の「蹴りたい背中」を読んだときは、ちょっとどうなんだろうと思ったんですが、本作はなかなか面白かった。


そんな中で河野多恵子の「半所有者」の恐さ。なんと言ったらいいのか、すごい小説です。亡くなった妻の遺体の所有権は夫にあるのかという問い。遺体を所有するという感覚がすでに一般常識から逸脱しているわけですが、逆にそこに河野多恵子のリアリズムのようなものを感じます。


この「現代小説クロニクル」シリーズは本書で終わっているようですが、それからもう14年も経っているんですから次の「2005⇛2009」の発刊を切望する次第です。



と、ここまで書いてネットで調べてみたら「2005⇛2009」どころか「2010⇛2014」まで出版されているようで、早速買って読んでみることにします。



という訳で以下の本をネットで購入

日本文藝家協会編「現代小説クロニクル1975⇛1979」
日本文藝家協会編「現代小説クロニクル1980⇛1984」
日本文藝家協会編「現代小説クロニクル1985⇛1989」
日本文藝家協会編「現代小説クロニクル2010⇛2014」いずれも講談社文芸文庫
尾崎翠「第七官界彷徨」河出文庫