トシの読書日記

読書備忘録

7月のまとめ

2013-07-31 15:21:35 | Weblog
今月読んだ本は以下の通り


グレアム・グリーン著 高橋和久・他訳「見えない日本の紳士たち」
大江健三郎「読む人間」
野呂邦暢「白桃――野呂邦暢短編選」豊田健次選
田中慎弥「実験」
万城目学「偉大なる、しゅららぼん」
幸田文「黒い裾」
久生十蘭「十蘭レトリカ」


以上の7冊でした。


今月も快調でした。大江祭りが終わったのでかなりバラエティに富んだ内容となっています。やはり出色は野呂邦暢と幸田文ですかね。文章のうまい作家は読んでてほんとに気持ちがいいです。来月はお盆とかあって、あまり読めないかもですが、中味の濃い読書をしたいもんです。


所要で出かけたついでに「ブックオフ」に寄り、以下の本を購入


マーク・トウェイン著 村岡花子訳「ハックルベリイ・フィンの冒険」
青山七恵「かけら」



また、姉から以下の本を借りる


澁澤龍彦「高丘親王航海記」
中村文則「世界の果て」
ナサニエル・ウェスト著 丸谷才一訳「孤独な娘」
車谷長吉「世界一周恐怖航海記」
ネイサン・イングランダー著 小竹由美子訳「アンネ・フランクについて語るときに僕たちの
語ること」


7月 買った本 4冊
   借りた本 5冊

豊穣な言葉の海

2013-07-26 15:54:05 | は行の作家
久生十蘭「十蘭レトリカ」読了



久生十蘭というと、もっとおどろおどろしい世界を書く作家と思い込んでいたんですが、
全く違いました。これは、姉は何を見てこれを買う気になったのか。


ともあれ、内容はすごく面白かったです。八つの短編が編まれた作品集なんですが、どれもこれもいいですね。とにかく、とんでもない語彙の豊富さに圧倒されました。細部の描写、レトリック、ルビの振りかた…。どれをとっても一級品です。すごい作家です。例えばこんな文章。


〈風が全くないのに、見上げるような四方の突壁は絶間もなくビリビリと振動し、その上の桜のような花をつけた桐油樹の枝までが跳躍しながらユラユラと揺れている。ちょうど律動的(リズミカル)な連続的な地震が絶間なく襲って、この四浬半にわたる風箱峽(ふうしょうきょう)全体を揺りつづけているかのように思われ、虚空には大発電機の唸(うなり)に似た一種荘厳な唸声が満ちていて、それがなんともつかぬ無量の大叫喚と合して峽全体をどよもしている。〉(「花賊魚」より)


「花賊魚」は、日本料理店の女将やすが子飼の陳忠を引き連れて船を仕立てて重慶へ乗り込んでゆく話なんですが、これは長江を溯る船が難所にさしかかった場面の描写です。なんとも壮大です。「どよもしている」なんて表現、初めて聞きましたね。


またまた気になる作家が一人増えてしまいました。

端然とした人間の営み

2013-07-26 15:13:57 | か行の作家
幸田文「黒い裾」読了



以前、同作家の「流れる」を読んで、その端正な文体のとりこになってしまった私ですが、今回のこの短編集も良かった。切れのいい文体は相変わらずで、人生の機微を捕えて適格に表現する技は右に出る者がないくらいです。


特に表題作の「黒い裾」が良かった。主人公の千代が16のとき、初めて病身の母の名代に伯父の葬式に出向く。葬儀の手伝いをしているうちに段々その呼吸をつかむようになって皆にほめられる。その時初めて出会った劫という親類の青年と、翌年の春、今度は父方の叔母のつれあいの葬式で再会する。そしてまた次には本家の長男が亡くなり、そこでまた劫と会う、というふうに葬儀のたびに会う劫に千代の心は知らぬうちに傾いていく…。


このあたりの書き方が本当にうまい。 

そして最後、母方の伯父が亡くなって、その葬式に出向くため支度をしているとき、喪服の裾がほつれて裾芯の真綿が裾から垂れ下がっているのを見つける。もう時間がない。千代は、やおら喪服を脱ぎ、大きな裁ちバサミでその部分をばっさり切り、黒糸で綴じ付け、アイロンを当ててくっつける。このあたりの文章がテンポよく進んでいきます。そこでその手伝いをしていたばあやの次のセリフです。喪服を新調することをすすめておいてから…

〈あてなにし喪服を作るなんて縁起でもありませんが…その縁起は私が頂いて行くことになるんだろうと、そんな気あたりがしたもんで、なんだか涙がこぼれました…奥さま、ご厄介をお願いします。〉


こんなしゃれたセリフを言わせる幸田文のうまさ。ほれぼれします。


こういう小説を読むことが読書の大きな喜びであります。幸田文に感謝です。

偉大なる琵琶湖

2013-07-18 15:40:39 | ま行の作家
万城目学「偉大なる、しゅららぼん」読了



自分が読む、ほとんど唯一のエンタメ作家、万城目学であります。京都(鴨川ホルモー)、奈良(鹿男あをによし)、大阪(プリンセス・トヨトミ)ときて、今度は滋賀であります。琵琶湖の汀の町に繰り広げられる日出(ひので)家と棗(なつめ)家との千年にわたる骨肉の争い。そこへ校長の速瀬が加わって…。という、手に汗握る展開になっております。


まぁいつもそうなんですが、今回は特に登場人物が入り乱れて、時々、「ん?」とわからなくなり、行きつ戻りつしながらの読書となりました。例によってつじつまの合わないところもあったり、ここ、かなり強引じゃん、と思うところもあったりだったんですが、充分楽しめました。ただ、登場人物の大半が超能力を使えるってのは、ちょっと反則じゃないかなと。小説に超能力を持ち込むと、なんでもOKになってしまうんですよね。


万城目さん、次回作は正々堂々と真っ向勝負をしてほしいもんです。



自在な妄想の言葉

2013-07-18 15:28:35 | た行の作家
田中慎弥「実験」読了



デビューから注目していた作家が芥川賞等を受賞すると、自分の目が間違ってなかったことを実感してうれしくなるもんです。でも、最近の芥川賞、直木賞は、なんだかなぁという作家が取ってますが…。例えば朝井リョウとか。ため息が出ます。


「もらっといてやる!」で一躍有名になった田中慎弥であります。文庫で430円だったので買って読んでみました。初期の頃の「図書準備室」とか「切れた鎖」、「犬と鴉」等に比べるとずいぶん作風が変わったなぁというのが第一印象でした。しかし、解説を読んでみると、本書は「犬と鴉」と芥川賞受賞作の「共喰い」の間に書かれたとのこと。文字通り、田中慎弥の「実験」ということでしょうか。


表題作の他に「汽笛」「週末の葬儀」と三編を収めた短編集です。作風の印象とは別にどれもまずまず面白かったです。特に「週末の葬儀」は吉田知子を思わせる世界で楽しめました。でもまぁ、どれをとっても衝撃的なものはなく、佳作三編といったところですかね。少し残念でした。


「切れた鎖」「犬と鴉」のような世界をもう一度書いてほしいと切に願うものであります。

諫早の干潟に想う

2013-07-18 15:04:16 | な行の作家
野呂邦暢「白桃――野呂邦暢短編選」豊田健次選 読了


以前、岡崎武志のブログで紹介されていた野呂邦暢の随筆集を読み、その文章の華麗さ、情景描写の巧みさに、うっとりと読ませてもらった覚えがあるんですが、短編集が出ていたとはつゆ知らず、早速買って読んだ次第です。


全部で七編の短編が収められているんですが、どれもこれもやっぱりいいですねぇ。この作家の文章の巧みさは、文体は全く違うんですが、堀江敏幸に通じるものがあります。センテンスを短く切った、骨のある文体とでもいえばいいんでしょうか、読んでいて心地良いリズムがあります。また、作中の主人公の心情を夕暮れとか朝の風景に比喩させて表現するところなど、本当にうまい。


「鳥たちの河口」という作品の中で、こんな描写があります。

〈太陽はいつのまにか西に移動していた。風によって雲のさけ目がひろがると日光の束も太くなった。男は息をのんだ。夕日が今、黄金色の列柱となって葦原に立ちならび、壮大な宮殿がそびえたようであった。日に照らされた枯葦はまぶしい黄と白に映えた。葦の茎は一本ずつ鮮明な影をおび、よくみがいた櫛の歯の鋭い輪郭を作った。〉

この美しい光景が目に浮かぶようです。


久しぶりに純文学の美しい小説を堪能しました。今、満ち足りた気持ちでいっぱいです。

マナブ、オボエル、サトル

2013-07-10 17:31:45 | あ行の作家
大江健三郎「読む人間」読了



大江読書の最後の一冊として、本書を読むことを忘れておりました。まさしくこの本によって大江フェアを開催しようと思い立ったわけですから。


池袋の「ジュンク堂」での講演を基に、小説を読むとはどういうことか、また、自分が今まで書いてきた小説は、自分の読書生活からどういったかかわりで生まれてきたものか、という話を中心に大江健三郎の小説家としてのスタンスを示したものです。


小説、または評論を読んでいて、わくわくするというか、気持ちが高揚する瞬間について、大江はサイードからの引用で次のように言っています。

〈この文章を書いている人の中で、いまこのような心の動き、精神の働きが現に行われているのだ。私らはそこに立ち会っているのだ、この人が大切なことを発見したと書くとき、自分も書き手のそばで、この人の心が、その人の精神が、かけがえのない物事を発見する瞬間に立ち会っていて、自分もそれに同調する。全体的な精神の働きをしているのだ、(後略)〉


また、ダンテの「神曲」を通じてあの「懐かしい年への手紙」を書いたいきさつも非常に興味深いものがありました。だからといって「神曲」を読もうとは思いませんが…。


この本は全体に世界的なピアニスト、指揮者であり、パレスチナのための活動家でもあるエドワード・W・サイードという、大江がリスペクトしている人物について多く語っています。


また、井上ひさしの遺作となった「父と暮せば」という戯曲にもふれていて、これは大江健三郎の考える「核廃絶」とも底の方でつながっているんだということがよくわかりました。


そして、大江は読んで心に強く残った本を再読することの深い意義をも説いています。これには大いにうなづかされるところがありました。がしかし、それは自分の再読のしかたよりも、もっと深いものがあり、それは学ぶところでありました。


この講演の中で、現在(2011年6月)長編小説を執筆中ということでしたが、東日本大震災ですべてやり直さざるを得なくなったということです。しかし、それから2年、そろそろ長編が発表されるのかも知れません。楽しみです。



近くの書店に立ち寄り、古本コーナーで以下の本を購入


いしいしんじ「プラネタリウムのふたご」
万城目学「偉大なる、しゅららぼん」

ユーモアとアイロニーの難しさ

2013-07-10 17:25:00 | か行の作家
グレアム・グリーン著 高橋和久・他訳 「見えない日本の紳士たち」読了



この短編集は誰の、どの書評で読む気になったのか、まったく思い出せないんですが、何故かネットで買ってしまいました。


全部で16の短編が収められているんですが、はっきり言って全然面白くなかったですねぇ…。どの作品も狙いどころはわかるんですが、ツボにはまらないというか、とにかく面白くないです。残念でした。


最後の「庭の下」という作品は、奇想天外な発想で、「お!」と思ったんですが、他の作品に比べればまだちょっとましという程度で、とにかく残念至極でありました。

6月のまとめ

2013-07-03 16:00:50 | Weblog
6月に読んだ本は以下の通り


内田百「居候々(いそうろうそうそう)」
大江健三郎「臈(ろう)たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」
中村文則「掏摸(スリ)」
大江健三郎「水死」
澁澤龍彦「ねむり姫」
小山田浩子「工場」


以上の6冊でありました。6月はなんといっても大江健三郎フェアが終了したというのが最大のニュースですね。数えてみたら27冊読んでました。お疲れ様でした。小山田浩子という、新しい才能との出会いもありました。さて、大江健三郎をずっと読んでたので姉から借りた本が山のようにたまっています。ぼちぼちこなしていくことにしますか。



6月 買った本 3冊
   借りた本 0冊

シュレッダーに秘められた謎

2013-07-03 15:09:02 | あ行の作家
小山田浩子「工場」読了



週に一度は通う銀行のマガジンラックに「週刊サンデー毎日」が置いてあり、その中に岡崎武志氏の書評のページがあって、いつも楽しみに読んでいるんですが、本書はそこに紹介されていたものです。


岡崎氏いわく、こういう新人にめぐり合うたびに無上の喜びを感じる、とあったので、興味が湧いて買ってみました。


一読、これは不思議な小説ですね。ある意味、実験小説と言っていいかもしれません。地の文と会話の部分が改行もなくずっとそのまま続いていきます。なので、1ページ1ページに活字がすき間なくびっしりと詰まっています。これはなんだか得した気持ちになってしまいます。それはさておき…。


工場に就職した三人の男女がそれぞれの視点で語っていく話なんですが、それはもう巨大な工場でべらぼうな敷地にいくつも建物があり、また、レストラン、コンビニ、病院、図書館、スーパー等、もう、一つの町といってもいいような規模なわけです。で、何を作っている工場なのか、さっぱりわからない。勤めている三人のうち一人は、紙に印刷されたいろいろな文章を校正する仕事。また一人は不要な書類を一日シュレッダーにかけている。またもう一人は社内緑化運動の一環ということで、工場敷地内にあるコケを採取して観察、分類するという、これが社内緑化につながるのに何年かかるかわからないというような仕事をしているわけです。


ちょっと三崎亜記のような雰囲気も感じるんですが、あれほど荒唐無稽なわけでもない。どちらかというとミルハウザーかな?空気は。面白く読ませていただきました。


表題作のほかに「ディスカス忌」「いこぼれのむし」という短編が二編収録されていますが、これはまぁ、なんというか、それほどでもなかったです。とまれ、小山田浩子は、この「工場」がデビュー作で、これが新潮新人賞も受賞したということで、非常に楽しみな作家です。プロフィールを見ると弱冠30歳。今後に注目です。