トシの読書日記

読書備忘録

見識と粋

2016-05-31 15:36:19 | あ行の作家


伊丹十三「ヨーロッパ退屈日記」読了


本書は新潮文庫より平成17年に発刊されたものです。初出は昭和41年といいますから今から50年も前(!)に書かれたものです。


ブックオフで見かけて迷わず買ってしまいました。多分一度は読んだことがあるはずで、書棚のどこかにあるんだろうと思うんですが、いいんです。伊丹十三ですから。


他の著書の「女たちよ!」と同じような内容なんですが、伊丹十三の考える見識とは?また、粋とは?どんなところでどんなことをすると(どんな服装をすると)場違いなのか、といったことが縷々述べられています。


しかしキザですねぇ。でもそのキザが嫌味でないところがまた伊丹十三なんですね。


銀座の町中をマフラーを切ってやたら排気音のうるさいスポーツカーに乗って飛ばしていく若者、ホテルのレストランに平気でノーネクタイで入ろうとする男、書物や記事に「なんとかひとりある記」とか「食べある記」とかいうタイトルをつけるセンス、足許(あしもと)しか写らない鏡しか置いてない靴屋、トイレからハンカチで手をふきながら出てくる男、人前でズボンをずり上げる男、等々。こういうものを伊丹氏は嫌うわけです。それは野暮でセンスがなくて貧乏臭いと。


自分も伊丹氏にならって嫌いなもの、見てて恥ずかしいものをちょっとあげてみます。


夏の暑い日にTシャツの袖を肩のあたりまでねじってまくり上げている男、いかにも田舎のヤンキーみたいで恥ずかしい。また、ズボンをひざまでまくり上げている人。だったら最初っからハーフパンツはけよ、と言いたい。車を運転していて信号待ちのとき、反対側の歩行者信号が点滅し始めるあたりから、少しずつじりじりと前に出ていく車。非常に見苦しい。なんだか貧乏臭いです。貧乏臭いといえば、讃岐うどんなんかの店で、無料の刻みねぎや揚げ玉を丼からこぼれ落ちんばかりに山盛りに乗せている人。あまりに貧乏臭くて目をそむけたくなります。また、食べ物関係でいうと、食べ放題の店で何を食べるとかそんなこと全く関係なく、いかに元を取るか、ということしか考えてない人。またそれを武勇伝みたいに人に自慢げに語って聞かせる人。馬鹿じゃねーのと思わず口に出かかります。


自分も知らず知らずのうちに似たようなことをしてしまっているかも知れません。もって他山の石と致します。


また、本書が自分の敬愛する山口瞳氏によって世に送り出されたことも一言申し添えておきます。



現実社会の裏面

2016-05-31 15:00:35 | な行の作家


日本文藝家協会編「現代小説クロニクル2010➧2014」読了



本書は講談社文芸文庫より平成27年に発刊されたものです。「クロニクルシリーズ」も本書が最後となりました。



12人の作家の作品が収録されているんですが、一番のお目当ては小山田浩子「うらぎゅう」でした。この作家は「工場」で類い稀な才能を感じ、「穴」で芥川賞を受賞し、やっぱりねと思ったものでした。がしかし、この「うらぎゅう」、悪くはないんですが、ちょっと奇をてらってる感じがどうにも鼻に付いてあまり楽しめませんでした。小山田浩子の持ち味といえばそうなんですが、なんというか、思ったとおりの展開になっていくところが面白くなかったかな。


他にも村田紗耶香、高橋源一郎、鹿島田真希等、ちょっと興味をそそる作家は何人かいたんですが、どれもこれも自分の好みではなかったですね。また、朝吹真理子の「きことわ」。芥川賞受賞作ということで、どんなものかと読んでみたんですが、ちょっとどうにも無理でしたね。途中で放り出してしまいました。すかしてんじゃねーよと言いたいです。


この「クロニクルシリーズ」、読んできたんですが、総じて新しい発見はありませんでした。けっこう楽しみにして何冊か買ってみたんですが、ちょっと残念な結果に終わってしまいました。やっぱり自分の好きな作家を読み込んでいく方がはずれはないようです。

「街の味」のかけがえのなさ

2016-05-24 19:40:21 | は行の作家


平松洋子「ステーキを下町で」読了



本書は文春文庫より平成27年に発刊されたものです。以前、同作家の「野蛮な読書」というエッセイを読み、読書の好みは若干違うものの、その人を引き込ませる文章力にうなったものです。で、「ブックオフ」で何気なく棚を眺めていたら本書が目に飛び込んできたのでした。


やっぱりこの作家(エッセイストか?)うまいですね。全国あちこちに行ってその土地の名物料理を食べるという、まぁありきたりな企画なんですが、そこは平松さん、そんな凡庸なものには致しません。


食べ物のエッセイなのに、読んでいて感動してしまって目頭が熱くなるというのはどういうわけなんでしょうか。自分でびっくりします。本書の中で時折登場する谷口ジローの漫画、これがまたいいんだなぁ。


本書は食探訪記第2弾だそうで、第1弾の「サンドウィッチは銀座で」、是非とも読んでみます。

「スター型」と「晩成型」

2016-05-24 19:25:51 | な行の作家


日本文藝家協会編「現代小説クロニクル1985➧1989」読了



本書は講談社文芸文庫より平成27年に発刊されたものです。講談社文芸文庫の「クロニクルシリーズ」もいよいよ佳境に入ってまいりました。本書には7人の作家による中・短編が収められています。


まずは村上春樹「象の消滅」。久しぶりに再読したのですが、やっぱりいいですね。何とも言えない味があります。そして村田喜代子の「鍋の中」。これも久々に読み返してみて、やっぱりこの作家はすごい、という思いを新たにしました。思い返してみれば、自分はこの「鍋の中」で村田喜代子に初めて出会い、いっぺんにその世界に引きずり込まれ、その後村田喜代子の作品を何冊も読んできたわけです。


正直言って、本書は他に見るべきものは見当たりませんでした。こういたアンソロジーのいいところは普段全く読まない作家の作品を読んで、意外な魅力に気づいたりするところにあるんですが、本書に限ってはそういった出会いは残念ながらありませんでした。


気を取り直して次の「クロニクル」、いってみます。その前にちょっと寄り道しますが。



所用で出かけたついでに「ブックオフ」に寄り、以下の本を購入


平松洋子「ステーキを下町で」文春文庫
伊丹十三「ヨーロッパ退屈日記」新潮文庫

新人作家と文芸誌

2016-05-17 16:41:23 | な行の作家


日本文藝家協会編「現代小説クロニクル1980➧1984」読了



講談社の「クロニクルシリーズ」第2弾であります。本書は講談社文芸文庫より平成26年に発刊されました。中編、短編含め全部で9作品が収録されています。


野間宏、吉村昭、島尾敏雄、吉行淳之介等の顔ぶれを眺めていると、やはり時代」というものを感じさせずにはいられません。しかし、藤枝静男「みな生きもの みな死にもの」や大江健三郎「泳ぐ男―水の中の雨の木(レインツリー)」等を読んでいると、全く古びておらず、今読んでも新たに胸に突き刺さってくるものがあります。居並ぶ9人の大作家達の中で、やはりそういった色分けができてしまうのは仕方のないことなのかも知れません。


大江健三郎「泳ぐ男―水の中の雨の木」、これは以前「大江健三郎フェア」を自分でやっていたときに読み、今回は再読なんですが、前読んだときは著者は何故この作品を書かねばならなかったのか、疑問に思った覚えがあるんですが、再読してみてそれが少し分かったような気がします。それは性の力=生命力ということなのではないかと思うわけです。


大江本人も「序」のところで述べているように、雨の木(レインツリー)の暗喩(メタファー)に関しては、いろいろな経緯があってこの作品に関してはそれは入れなかったと。そして性の力=生命力というテーマを頭においてこの中編を読んでみると、猪之口さんが玉利君に性器を露出させて挑発し、家の近くの公園のベンチでそれと同じ姿勢で縄で縛られるという行為も突飛ではあるんですが、理解できなくもないです。


しかし、大江作品はやはり手強いですね。普通の作家なら一度読んであまり理解できなくても再読することでかなり深いところまでわかってくるものなのなんですが(この間の富岡多惠子の「逆髪」で実感)、大江健三郎の場合、深く理解するには2回くらいではとても足りない感じです。まぁ自分の頭がその程度なんで仕方ないんですがね。


姉から以下の本を借りる


池波正太郎「酒肴日和」徳間文庫
谷崎潤一郎「陰翳礼賛(いんえいらいさん)」中公文庫
J・Mクッツェー著 くぼたのぞみ訳「マイケル・K」岩波文庫
「群像」3月号 講談社

4月のまとめ

2016-05-10 15:18:53 | Weblog


4月に読んだ本は以下の通り

日本文藝家協会編「現代小説クロニクル2000➧2004」
佐野洋子「死ぬ気まんまん」
万城目学「ホルモー六景」
筒井康隆「モナドの領域」
朝倉かすみ「恋に焦がれて吉田の上京」
尾崎翠「第七官界彷徨」
日本文藝家協会編「現代小説クロニクル1975➧1979」
奥泉光「虫樹音楽集」
ニコルソン・ベイカー著 岸本佐知子訳「フェルマータ」



と、4月も9冊。相変わらず好調です。4月は、かなりバラエティーに富んだ読書になりました。講談社文芸文庫の「クロニクルシリーズ」、今月も続けて読んでいこうと思っております。5月は頭にGWがあったので、休みが1週飛んでしまいました。GW中は忙しかったので、今月はまだ1冊も読了してません。頑張ります!って頑張らなくてもいいんですがね。



4月 買った本5冊
   借りた本0冊

襞に入る方法

2016-05-10 14:41:48 | は行の作家


ニコルソン・ベイカー著 岸本佐知子訳「フェルマータ」読了



本書は白水Uブックスより平成10年に刊行されたものです。この作家は、今まで「中二階」「もしもし」と読んできて、特に「中二階」で見せた、かなりマニアックな微細なこだわりにいたく感心した覚えがあるんですが、本職もその癖(へき)を存分に発揮してくれていて、面白く読ませてもらいました。


内容はと言うと、簡単に言ってしまえば、男なら誰でも一度は思い描くことがある、自分に時間を自在に止める能力があったら、こんなこともあんなこともやってしまうという、そんなお話なんですが、その主人公の思い描く妄想が、まぁ細かいこと!これがニコルソン・ベイカーの真骨頂なんですね。


かなりポルノチックな部分も相当あるので、万人にはおすすめできないとは思うんですが、自分は楽しく読みました。同好の士は、必ずどこかにいると思います。

ザムザとサックス

2016-05-10 13:33:22 | あ行の作家



奥泉光「虫樹音楽集」読了


本書は平成27年に集英社文庫より発刊されたものです。姉が貸してくれた本なんですが、読後思ったのは、これは姉の好みではなかったかな、ということです。


しかし、ある意味、すごい小説です。この奥泉光という作家、名前だけは聞いたことがあったんですが、本職がジャズ評論家で余技で小説を書いている人と思いきや、全く逆で、立派な作家だったんですね。


本作品はカフカのあのあまりにも有名な短編「変身」へのオマージュとも言うべき小説で、この「変身」にインスパイアされた「イモナベ」と呼ばれるサックス奏者の奇譚という体裁になっています。


まず驚いたのはこの作品の構成です。最初に「イモナベ」との出会いというような内容から始まるんですが、あとでその章の解説を自ら加える等、変幻自在に筆を運ばせているところが印象的でした。


さらに物語の後半のところでは、中東のある国に赴いた主人公(著者本人か?)が、偶然入った書店でカフカの「変身」の演劇が翌日上演されると聞き、店主から入場券をプレゼントされ、あくる日そこへ出かけるのだが、一度行ったところなのに道に迷ってしまい、ようようたどり着いてその芝居を見るという場面があるんですが、なんとも不思議な感覚にさせられる話でした。こんな雰囲気を醸し出す作家がほかに居たような気もするんですが、ちょっと思い出せません。


いやぁ面白い本を読ませてもらいました。これは拾い物でしたね。