トシの読書日記

読書備忘録

8月のまとめ

2009-08-31 15:51:02 | Weblog
今月読んだ本は以下の通り



夏目漱石「草枕」
立川談春「赤めだか」
村上春樹「海辺のカフカ」(上)(下)
チャールズ・ブコウスキー著 都甲幸治訳「勝手に生きろ!」
磯崎憲一郎「終の住処」
村上春樹研究会 共著「村上春樹の『1Q84』を読み解く」
岡田利規「わたしたちに許された特別な時間の終わり」
江戸川乱歩「江戸川乱歩傑作選」
立川談志「談志楽屋噺」
堀江敏幸「子午線を求めて」
安部公房「箱男」


以上、11タイトル12冊でした。平均的なペースですね。


今月の出色はなんといっても「海辺のカフカ」でした。ほんと、再読してよかった。また、磯崎憲一郎とか岡田利規とか、興味をひく作家にも出会えました。この人たちの他の本も読んでみたいし、堀江敏幸の「子午線を求めて」で紹介していたエルヴェ・ギベールも読みたいし、今月最後に読んだ安部公房の他の著作も読みたいし…次から次へと興味が湧いて、もう頭の中はカオス状態です(笑)

「見られる」から「見る」へ

2009-08-31 15:18:18 | あ行の作家
安部公房「箱男」読了


段ボール箱を頭からすっぽりかぶり、都市をさ迷い歩く箱男。一切の帰属を捨て去り、存在を放棄することで、箱男は何を求め、そして何を得たのか。


この小説は、かなり真剣に読まないとわけがわからなくなります。一応、箱男の手記という形で綴られてはいるものの、贋箱男が出てきたりして途中で誰が書いているのかわからなくなるし、「Dの場合」という、この物語とは一見無関係な話が挿入されていたりして、「あれ?」と思ってまた数ページ戻って読み直すという場面が一再ならずありました。


で、内容はどうだったかというと、それでも今ひとつ理解できていません(笑)かなり実験的な小説であることだけは確かです。

いずれにしろ、小説の表現方法の手法はかなり奇抜ではありますが、私が感じ取ったテーマは「価値観の基準とは一体なんなんだ?」ということではないかと思うんです。本物と贋物、「見る」ことと「見られる」こと、一体どっちに価値があるのか、そしてそれを考えるのは全く無意味だということ。いろんな価値で凝り固まって疲弊した現代を安部公房が哂っているような気がします。

アラゴーの指標を辿る旅

2009-08-31 15:08:43 | は行の作家
堀江敏幸「子午線を求めて」読了


本作家3冊目の著作ということで、9年前に刊行されたエッセイというか、散文集のようなものです。

同作家の「おぱらばん」を読んだときも感じたことですが、かなり話が高尚で(笑)ついていくのがやっとでした。でも、後半からは堀江の好きな作家の話になるんですが、ちょっと興味をひく人がいました。エルヴェ・ギベールというフランスの作家で「赤い帽子の男」「楽園」、この2冊、いずれ読んでみようと思います。

また、堀江敏幸の処女出版作「郊外へ」これも読まねば。

愛憎入り乱れる噺家の人生

2009-08-31 14:49:36 | た行の作家
立川談志「談志楽屋噺」読了


談春の「赤めだか」を読んで、それならひとつこっちもと思って手に取った次第。

立川談志の落語にかける思いとか、芸術論のようなものを期待して読んだんですが、ちょっとあてがはずれました。いろんな人との交流、そのエピソードがほとんどで、まぁそれはそれで面白かったんですが。


しかしびっくりするのは、昔の落語家の自殺する人の多いこと!なんなんでしょうねぇ…



このおどろおどろしい世界

2009-08-21 20:21:41 | あ行の作家
江戸川乱歩著「江戸川乱歩傑作選」読了


普段、あんまりこういうのは読まないんですが、なんとなく1冊くらいは読んどいたほうがいいかなと、「ブ」で100円で買ってきました。


全部で9編が収められた短編集です。どれもこれもよくできた話でした。どんでん返しの連続で、なかなかによく練られた作品ばかりでした。しかしよくもこんな奇想天外な話を思いつくもんです。「人間椅子」とか「芋虫」とか…ちょっと怪奇趣味に走りすぎるきらいはあるものの、人間の哀しい業のようなものが浮き彫りになっていて、いろいろ考えさせられました。

パフォーマンス不感症

2009-08-21 19:56:11 | あ行の作家
岡田利規著「わたしたちに許された特別な時間の終わり」読了


第2回大江健三郎賞受賞作ということで(ちなみに第1回は長嶋有の「夕子ちゃんの近道」)それとタイトルもおもしろげだったんで買ってみました。


これは評価が分かれるだろうなぁ。「なんだこれ!」と言って放り投げる人、絶対いると思います(笑)自分はアリだと思いましたがね。


2003年、イラク戦争が始まるときにふと知り合った男女が渋谷のラブホテルで4泊5日の時を過ごすというシチュエーションで物語は進んでいくんですが、今どきの若い子の気分をすごくよく書けてるなぁと感心しました。

この岡田利規って人は97年に「チェルフィッチュ」というソロ・ユニット(ってなんだ?劇団?)を旗揚げし、「三月の五日間」で岸田國士戯曲賞を受賞。その作品を小説にしたものが本作ということなんですね。


併載されている「わたしの場所の複数」。これもよかった。っていうかこっちのほうがずっとおもしろかったです。お互いにフリーターをやってるカップルが結婚して、安いアパートに住んで、そこは日当たりが悪くてじめじめしてて、でもお金がないからいいとこに引っ越せなくて、そんな鬱屈がなんだか爽やかに書いてあるんですね。爽やかという表現はちょっとおかしいかも知れないんですが、そうとしか言いようのない文章なんです。細かいところの表現もリアルで、それがこの小説の深みを増してると思いました。佳作です。

人生の後側を流れていく時間

2009-08-21 19:36:32 | あ行の作家
磯崎憲一郎「終の住処」読了


第141回芥川賞受賞作品であります。中日新聞の夕刊のコラムに「磯崎憲一郎の文章は読みづらい。これは誉め言葉である。」という一文があり、それが妙に心に引っかかって買ってみました。


別に読みづらいってほどでもなかったんですが、ちょっと独特の書き方ですね。決してきらいではないです。文章はうまいです。文章のうまい作家は好きですねぇ。


お互いに30を過ぎて結婚した夫婦の話なんですが、夫の妻に対する思いというのがどうにも面映く、そこは自分にはちょっとツボをはずした感はあったんですが、でも全体に流れる空気は一種独特のもので、なかなかよいです。


併載の「ペナント」という書き下ろし短篇、これもまた表題作をさらに上回る独特の内容で、おもしろかったです。磯崎憲一郎、もっと読んでみたくなりました。




《購入本》 
田辺聖子「嫌妻権」
雑誌「文芸 秋号」(あんまり文芸雑誌は買わないんですが、小川洋子の特集だったので。)

勝手すぎやしませんか?

2009-08-21 19:24:35 | た行の作家
チャールズ・ブコウスキー著 都甲幸治訳「勝手に生きろ!」読了


以前、同作家の「町でいちばんの美女」を読んでぶっ飛んだんで、もう1冊と思って買ってあったもの。


これはちょっとどうなんでしょう。主人公があまりに自由奔放でついていけませんねぇ。著者の等身であるところの主人公が小説を書いては雑誌に投稿するんですが、なかなか採用されず、それだけでは食っていけないんで職を転々とするんですが、仕事の途中でさぼって昼間っから飲みにいくわ、遅刻欠勤は日常茶飯事だわ、そりゃぁすぐクビになるでしょ。


「町でいちばん…」には、同じ雰囲気が漂うものの、社会の底辺でうごめく労働者の悲哀みたいなものが感じられたし、そこに共感できる部分はあったんですが、本作品にはそれがまるでないんですね。残念でした。



《購入本》

磯崎憲一郎「終の住処(ついのすみか)」
山田詠美「学問」

入り口の石の閉じ方

2009-08-21 18:36:04 | ま行の作家
村上春樹「海辺のカフカ」(上)(下)読了


「1Q84」を読了後、どうしてもこれが読みたくなって再読してみました。

これは文句なく面白いです。「1Q84」の数倍面白いですね。まぁメタファーだらけで完全に理解できないところはいつもの通りなんですが(笑)それでもカフカ少年とナカタさんそれぞれの物語が読んでてわくわくさせられました。


この小説の重要人物は、甲村図書館で働く大島さんではないかと思います。なかなか含蓄のあるセリフが出てきます。例えば…

「僕がシューベルトを聴くのはそのためだ。さっきも言ったように、それがほとんどの場合、なんらかの意味で不完全な演奏だからだ。質の良い稠密な不完全さは人の意識を刺激し、注意力を喚起してくれる。これしかないというような完璧な音楽と完璧な演奏を聴きながら運転をしたら、目を閉じてそのまま死んでしまいたくなるかもしれない。でも僕はニ長調のソナタに耳を傾け、そこに人の営みの限界を聞きとることになる。ある種の完全さは、不完全さの限りない集積によってしか具現できないのだと知ることになる。」

それから

「シューベルトは訓練によって理解できる音楽なんだ。僕だって最初に聴いたときは退屈だった。君の歳ならそれは当然のことだ。でも今にきっとわかるようになる。この世界において、退屈でないものには人はすぐ飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。そういうものなんだ。僕の人生には退屈する余裕はあっても、飽きているような余裕はない。たいていの人はそのふたつを区別することができない。」

さらに

「すべては想像力の問題なのだ。僕らの責任は想像力の中から始まる。イェーツが書いている。In dreams begin the responsiblities--まさにそのとおり。逆に言えば想像力のないところに責任は生じないのかもしれない。このアイヒマンの例に見られるように。」

もひとつ

「田村カフカ君、僕らの人生にはもう後戻りできないというポイントがある。それからケースとしてはずっと少ないけれど、もうこれから先には進めないというポイントがある。そういうポイントが来たら、良いことであれ、悪いことであれ、僕らはただ黙ってそれを受け入れるしかない。僕らはそんなふうに生きているんだ。」


この大島さんの深い愛に包まれた導きによってカフカ少年は強い人間へと成長していくのですね。


ギリシャ神話に出てくる父親殺し、母と姉との姦通をモチーフにし、それをここまでひねくり回した村上春樹の手腕、お見事というほかありません。